本戦1対1決闘 その3
トーナメントは長丁場である。
なにせ、予選があったとはいえ出場者が半端じゃなく多い。
観戦も出場も、休憩を挟みながらの参加となる。
当然、最初以降は俺たち同盟メンバーもバラバラだ。
必然的に集まるのは、仲間が出場する試合の応援時ということになる。
「うおおおお! リコリィィィス!」
特に、リコリスちゃんの試合時にはユーミルが。
「ユーミル先ぱぁぁぁい! ファイトォォォ!」
ユーミルの試合時には、リコリスちゃんが懸命にエールを送り。
「トビ!?」
「トビ先輩!?」
一撃瀕死になるトビの姿に悲鳴を上げつつ。
トーナメントは徐々に進んでいった。
そして……。
「ま、負けたでござる……」
一対一に出場した三人の同盟メンバーの中で、最初に脱落したのはトビだった。
荒い息を吐きながら、踏ん張りの利かない動きで観戦席に戻ってくる。
無理もない。
俺はリィズと一緒に、グロッキー気味なトビを出迎えた。
「お疲れさまでした」
「お疲れ。一戦一戦の試合時間が長すぎたよな。バテただろう?」
「拙者、盾職かつ低火力故に……ぐふっ」
トビは隣の席にドカッと座ると、白目を剥いて動かなくなる。
軽戦士・回避型は魔法職ほどではないが、集団戦向き。
むしろ、職性能の割には頑張ったほうだと言えるだろう。
今のトーナメント四回戦の時点では……トビ以外だと、回避型で残っているのは二人だけだな。絶滅危惧職。
「他の回避型の試合も観に行ってみるか?」
今、俺たちが入っている会場では武闘家同士の試合中だ。
特に顔見知りというわけでもない人たちだが、実力伯仲で試合は盛り上がっている。
「い、いや……すぐユーミル殿の、試合でござろう? はひ……」
数の都合で試合間隔が最も長い一回戦が終わったので、徐々に出番が来るスパンが早くなっている。
そのせい……というのも変だが、トビの試合はリコリスちゃんの試合と時間が被ってしまった。
故にヒナ鳥組はそっちの応援だ。
「じゃあ、早めに移動しておくか。あいつの試合、すぐ満員になるし」
「本当、あの人のどこがいいのでしょうね?」
早めとは言ったものの、この試合を観終わってからでちょうどいいはずだ。
ユーミル本人は既に控室だが、まだ会場の入場受け付けが始まっていない。
「はー、ふぅ……リィズ殿だって、単独で出場すれば満員にできると思うでござるよ?」
ようやく人心地ついたらしいトビが、座り直してリィズのほうを見る。
意外な言葉に、俺とリィズは目を丸くした。
「珍しいですね。あなたが素直に人を褒めるなんて」
「その刺々しい内面さえ知らなければね?」
「は?」
結局、上げてから落とす発言になったことでリィズの視線が鋭くなる。
いつも通りのトビである。
しかし、リィズに関しては「蔑まれたい」だの「踏まれたい」だのという種類の人たちが、掲示板で妄言を書き込んでいる姿が散見されるので……。
内面込みでも、1対1に出れば集客力は高かったのではないかと思われる。
まあ、この場でわざわざそんなことを言う気はないのだが。
兄としては複雑な評価のされ方、見られ方であるからして……。
「――あ、見たことない継承スキル」
リィズの圧から逃れるように、視線を逸らしていたトビが声を上げる。
釣られて舞台に目をやると、片方の武闘家の体が金色に光り輝いていた。
な、何事!?
そして次の瞬間――光が掌に集まり、練り上げた気の塊を放出!
一方、対戦相手は……。
「「「お!?」」」
こちらは足だ。
足に赤いオーラっぽいものを纏わせ、勢いよく跳びあがる!
金色の光弾を避け、そのまま落下の勢いを乗せた蹴りをぶちかました。
「「「おおー」」」
格闘漫画のような、あるいは特撮のような派手な戦いに、三人揃って間の抜けた声を漏らす。
偶然入った試合で、すごいものを観てしまった……。
ああ、いや、もちろんランカー同士の試合のようなハイレベルな駆け引きがあったわけではない。
ないのだが、見世物としては一級品だったように思える。
お金のかかったヒーローショーを見た後のような気分になりつつ。
「い、行くか。ユーミルの試合」
「そ、そうでござるな」
「……行きましょう」
俺たちは会場を移動したのだった。
……あいつがこの試合を観ていなくてよかった。
観ていたら、絶対に感化されてロクでもないことになっていたはず。
そんなことを考えていた俺は、甘かったのだろう。
「魔王! れんごくだぁぁぁん!」
「あー! ユーミル殿のアホォォォ!」
「はずすなぁぁぁっ!」
「……」
感化されるまでもない。
なんであれ、大技を狙うのがユーミルというやつなのである。
三回戦中盤、ユーミルが『魔王煉獄弾』を放つも不発。
空間を歪ませながら、闇属性を帯びた三つの炎弾が空の彼方へ消えていく。
外れた瞬間、俺とトビは声の限り叫んでしまった。
「くっ! 私がここまで追いつめられるとは……!」
毎度おなじみのMPなし状態。
そして今回は、HP大幅減もプラスされたユーミルが表情を歪める。
「追い詰められたというか、自分でピンチになったんだけどな」
「煉獄弾、自傷ダメージ付きスキルでござるし……」
「ひとり相撲ですね、完全に」
ひとしきり叫んだら落ち着いた。
落ち着いたというか、もうなるようにしかならない諦めの境地とも言う。
あいつが戦うのを見守るしかないってのは、歯がゆいものだなぁ……。
「しかしまあ、相手が悪いな。こんな特大のミスが許される相手じゃない」
ユーミルの踏み込み・斬撃は充分に鋭かった。
それを躱した対戦相手を見ながら、俺は眉間に皺を寄せつつ目を細める。
「1回戦、2回戦までならなんとかなっていたけども」
「そうでござるな……こんなトーナメントの浅いところで、ソラール殿でござるし」
「なかなかの凶運でしたね。結果、オッズは真っ二つに割れました」
大手ギルド・ソールのリーダー、ソラール。
言うまでもなく、ランカーの中のランカー。
あらゆるイベントで顔を出すトップ帯プレイヤーの一人だ。
職はユーミルと同じ騎士・攻撃型なので、同職対決となっている。
「驚いたぞ! 魂の乗った素晴らしい攻撃だった! ここは俺も、誠心誠意全力をもって応えねばならんな!」
ソラールが暑苦しい言葉を、暑苦しい動きを伴いながら口にしている。
というか、声でっか!
ユーミルもだけど、全ての声が歓声に掻き消されずに聞こえてくる。
どんな声量で喋っているんだ。それも決闘中に。
ちょっとノリが似ている二人である。
「い、いや、待て! そこまで全力を出さなくてもいいんじゃないかなーと、個人的には思うのだが!」
「遠慮するな!」
「遠慮ではない!」
「「「……」」」
MP最大値のソラールが迫る。
俺たちは……俺は手で目元を覆い、トビは手を合わせて黙祷。
リィズは特に反応せずに、戦いを見続けている。
「受けるがいいっ! 我が全霊の一撃!」
「いらないと言っているだろうが!」
「ディバイン・クラァァァッシュ!!」
気合の声を上げ、光輝く槍を持ったソラールが跳躍。
そのままユーミル目がけて叩きつける。
大気が逆巻くほどの魔力が込められた槍を、ユーミルはとっさに長剣で受け止めたのだが――
「おのれおのれおのれぇぇぇ! ハインドさえいれば、お前なんぞにぃぃぃ!!」
――とても受け流しきれない光の奔流に飲まれ、踏みしめていた舞台ごと陥没。
三下悪役のような言葉を叫びつつ、あえなく退場となった。
「安らかに眠れ、強敵よ……」
いや、戦闘不能で控室に強制転移になっただけなんで。
影すら残らない壮絶な散り際ではあったけれども。
基本、破壊不可能であると思われていた闘技場の舞台が壊れるという一大事に、観客たちも驚いている。
「……」
「……」
「……」
ツッコミどころ満載な決闘内容に、しかし俺たちは沈黙。
一方で、必殺級スキルの応酬を受け、驚きから立ち直った観衆は大盛り上がりだ。
確かに見た目は派手だった。
ただ……もうちょっと善戦できたよな?
ウチのユーミルはこんなもんじゃないんだと、そう言って回りたいような悔しい気持ちである。
「……ユーミルを回収したら、リコリスちゃんの応援に向かうか」
「そうでござるな……」
「そうしましょう」
三人連れ立ち、静かに席を立つ。
リコリスちゃんの試合は長引いているのか、それとも目を離している間に次の試合に移ったのか。
フレンドリストを見ると『状態:決闘準備中』との表示になっていた。
入場は……ああ、無制限になったのか。
トーナメントが進んだからだと思うが、これなら余裕を持って行動できそうだ。