本戦1対1決闘 その2
出場選手が所属するギルドのメンバー及び同盟メンバーには、優先観覧権が与えられている。
次いでフレンドにも、ギルドメンバーほどではないが弱めの優先権がある。
それらが有効に働いたかどうかは不明なものの。
とにもかくにも、俺たちはユーミルが出場する試合に入場できた。
しかし――
「「「勇者ちゃぁぁぁん!!」」」
「ダークエルフばんざぁぁぁい!」
「きゃああああっ!!」
「俺の胸に突進してくれえええ!」
「うるっさいでござるな!? なにこれ!」
――席を埋めつくす満員の観客。
そして非常に騒がしい闘技場内。
むさくるしい声援ばかりかと思いきや、なぜか男女比率は半々である。
未だにあいつの同性人気の理由が、俺にはわからん……。
と、それはそれとして。
「あいつ、勝つかな……」
ノリノリで手を振りながら入場してきた、我らがギルマスを見下ろしつつ。
心配だ。ああ、心配だ。
安定感という言葉とは無縁なのが、ユーミルという女である。
「勝ちますよ、絶対!」
「いや、さすがに勝つでしょー。初戦ですよ?」
「トビ先輩が言っていた好成績者の分散、あるというのが大多数の認識になったようですし……」
後輩組はそんな反応だが、俺を含む他三名は微妙な顔だ。
大体、予選ができすぎだったんだよなぁ、あいつ単品にしては……。
なので、一応成績がよかった側での出場のはずだ。
「トーナメント上では、すでにいくつかの番狂わせが起きていますが、まあ……ユーミルさんがその対象にならないといいですね?」
「負けてほしそうでござるな、リィズ殿は……」
「そんなことはありません」
「じゃあ、ユーミル殿に賭けて――」
「いませんが?」
「……」
そっちとこっちで温度差がすごい。
付き合いが長いほど不安になる感。
大丈夫かな、本当に。
「あ、お相手も入場してきたでござるな」
「相手は武闘家で、これまた女性か。多いよな、武闘家」
特に自己回復できる気功型の出場者が目立つ。
次いで攻守バランスのいい騎士、単純にパワーの高い重戦士、嵌まれば強い軽戦士と続く。
後衛だと圧倒的に弓術士――というか、後衛職で1対1に存在するのは弓術士のみで、魔法職はほぼ絶滅状態。
最初の大会と違い、プレイヤー全体の職業への理解も深まってきた感。
「武闘家・気功型vs騎士・攻撃型だと……序盤速攻か、バーストエッジで回復させずに吹っ飛ばすかの二択が基本になるかと思うのでござるが」
「そうだな」
「ハインド殿、なにかユーミル殿にアドバイスした?」
と、大多数のプレイヤー以上にゲームへの理解が深いトビの言葉。
対して、ユーミルの場合は――
「アドバイスねえ。そもそも、普通さ……あいつくらいのランクなら、職別の対策くらい頭に入っているもんだよな?」
「そ、それはそうでござるが」
――ほとんどの詳細なデータを覚えていない。
なんとなくふわっと覚えてはいるだろうが、具体的な数字やらを訊くと、かなりの確率で珍回答が返ってくる。
「前に、知識を詰め込んでやろうと頑張ったこともあるんだが」
「……どうなったので?」
「あいつ、三戦くらいすると忘れんだよ」
「ニワトリかな?」
三歩よりは長く覚えているので、件のことわざにあるニワトリよりは優秀である。
ただ、ランカーというよりエンジョイ勢レベルの知識量しかないのは間違いない。
「だもんで、なるべく相手の表情を見ながら戦うようにって決めごとだけ作った」
「と、いうと?」
当然そのままでは勝てないので、ユーミルから相談を受けた俺は考えた。
特に1対1は、試合中に指示や助言をくれる味方はいない。
ユーミルが自分で状況を判断しながら戦わなければいけない。
「前進して、相手が嫌がっているようならそのままインファイトに。待ち構えてしっかり受けてくるようなら、少しだけ慎重に……って、それだけ」
戦いながら迷ったり混乱したりしないよう、決めごとはシンプルに。
それでいて、ユーミルが持つ鋭い勘や嗅覚を活かせるよう考えての結論だ。
聞いたトビは納得したようにうなずいた。
「うぅむ、そうでござったか。なるほど」
「相手がポーカーフェイスだった場合はどうするんですか?」
と、続けての質問はサイネリアちゃんから。
そんなことを言っている間に、眼下では試合が開始された。
これまでの話を裏付けるように、ユーミルは開幕ダッシュを決め、勢いよく相手との距離を潰していく。
「表情が動かなかった場合は前進。顔だけでなく、相手の反応そのものが薄い場合も前進」
「え? どうしてですか?」
普通なら、警戒して慎重になる場面だろう。
特に距離感が重要な弓術士であるサイネリアちゃんだからこそ、そういう判断に至ったようだ。
しかしそれはユーミルの場合、不向きな行動になる。
性格的にも、職性能的にも。
「表情を見せないってことは、相手に駆け引きをする気があるってことだから。それなら読み合い拒否で、ユーミルの得意を押しつける。俺はこれが最善だと考えた」
「……そうですね。確かにそうです」
常人であれば、考えながら戦うという行動は非常に神経を使うものだ。
どうしても、そうでない者に比べ一歩二歩の反応の遅れが出る。
明らかに前者の策士型であるサイネリアちゃんは、思い当たることが多いのだろう。
……まあ、俺もなんだけどね。
状況を見てから動きを決めるタイプにとって、迷いなく突っ込んでくる前衛プレイヤーは怖いものである。
「では、反応がないパターンでも前進というのは?」
「単に鈍いだけの可能性を考慮で。反射神経の問題もあるけど、スロースターターの人もいるんでね。どうあれ結局、速攻のほうがいい結果を生むだろうと」
「あのー」
そこまで話したところで、シエスタちゃんが間延びした声で割って入る。
主人のだるそうに上げた手を真似るように、マーネも片羽を持ち上げているのが微笑ましい。
――で、なにかな?
「全てひっくるめて、誘いだった場合はー?」
「諦めよう」
「ええー……」
いきなりの接近戦を嫌がっているふりをする。
反応が遅れているふりをする。
その上で、強烈なカウンターを狙う……もちろん、そういう輩も存在するだろう。
しかしだ。
「1対1でインファイトになっている時点で、あいつの土俵ではあるから。そこで負けるなら仕方ない、そういう割り切りも必要だと思う」
「あー。近接職がまったく近づけない状況って、遠距離職が絡む3対3くらいからしか起き得ませんもんねぇ……」
「そういうこと」
まず前進というのは、1対1でもそれなりに存在する弓術士を念頭に置いているためでもある。
弓術士・前衛型は例外としても……。
騎士がそれ以外の2タイプを相手に、距離を詰める以上に有効な初手は存在しないからだ。
――と、両者のMPが溜まってきたところで、試合が動く。
「あっあっ、なんだか嫌な予感がしますっ!」
そう悲鳴に近い声を上げたのは、リコリスちゃんである。
相手の掌打を回避し、のけぞるような、やや無理な体勢になったユーミル。
そこから舞台に手をつき、全身を捻るようにしながら綺麗に後転。
回転しながらも剣を手放さず、即座に反撃。
――それも全魔力の乗った、渾身の一撃だ。
「「「ああーっ!?」」」
会場からどよめきが起きる。
ユーミルが放った『バーストエッジ』は――空を切った。いや、斬った。
行き場を失った魔力が剣先から解き放たれ、激しい風圧が武闘家の背後の観客席に飛んでいく。
「うっわ、エッジ外した!」
周囲の観客たちと同じように、俺も思わず叫んでしまう。
相手が回避するだろう読みの、やや横に向けての一撃。
しかし、相手の武闘家はまるで反応できていなかった。
それが功を奏し、必殺の一撃を結果的に回避できたわけだが。
「ああ! やっぱり!」
あいつ、多分ランカー相手用のギアが高い動きをしちゃっているな……。
上からじっと見ていたリコリスちゃんには、俺よりも早くそれがわかっていたのだろう。
なんか噛み合っていないな、あの武闘家そこまで強くないな、という。
「ん!? あれ!? 相手、回復しちゃいましたよ!?」
と、ここで魔力が空になったユーミルに対し、敵は敵で最適とは言い難い行動を選択。
顔面の真横を爆風付きで通過した『バーストエッジ』に恐怖したのか、はたまたユーミルのアクロバティックな攻撃に恐怖したのか。
青い顔で『気功・快癒』を発動。
――なんでだよ! 助かったけど! 攻撃スキルで畳み掛ければ終わっただろ!
リコリスちゃんも疑問と安堵がミックスされた表情で、額の汗を拭っている。
「あー……これは」
そしてここに、試合序盤のような状態が再現される。
もちろん回復した武闘家に対し、ユーミルのHPはそれなりに減っているが。
それでも、振り出しに戻ったような徒労感がすさまじい。
周囲の観客席もなんだか静かだ。
「泥試合確定でござるな……」
「やはりこうなりましたか……」
「あいつが楽に勝てるわけがなかったな……」
スキルの存在しない純粋な戦いは、やや地味だ。
仮にあの『バーストエッジ』が決まっていれば、前段階の派手な動きと相まって拍手喝采だっただろう。
さすが勇者ちゃん! 本体なんかいらんかったんや! という声が聞こえてきても不思議ではなかった。
「ま、まだだ! まだ終わっていない! まだ私は負けていない!」
劣勢になった己を鼓舞するように、咆えるユーミル。
同格の相手であれば、まず逆転不可能という厳しい戦況。
だが、一時的とはいえ怯えを見せた武闘家に勝ちの目が出ることはなかった。
攻撃面ではミスを連発、スキル選択は回復一辺倒という悪循環に陥り……。
「か、勝ったぞぉー!! うおー! 見ているか、ハインドー!」
散々な殴り合いの末に、ユーミルが『ヘビースラッシュ』を胴に決めて勝利となった。
なんというか……辛勝だった。
回復あり対回復なしで長時間戦ったので、勝ったユーミルのHPも結構ギリギリである。
ひとつ幸いだったのは、試合後。
観客たちがユーミルに、笑いの混じった満足そうな声援を送っていたことだろうか?
ああいう試合でも許されるのか……愛されているな、あいつ。