本戦1対1決闘 その1
決闘の花形というか、決闘という言葉から連想するのは、やはり1対1であるといえる。
なんといっても、勝敗がわかりやすい。
また、試合経過も見ていてわかりやすい。
特にゲームの場合はどちらのHPが多いか、どちらのMPが多く残っているかが可視化されている。
「そこだ! 行け! 倒せっ!」
闘技場に詰めかけた多くのプレイヤーと同じように、ユーミルも拳を振り回して決闘者を応援していた。
もちろん、応援しているのは賭けた側の決闘者。
観戦中の対戦カードは『ヒジリ(軽戦士)』対『パパパパンナコッタ(武闘家)』である。
Sランクなのでそこそこの内容になっているが、トップ帯よりやや劣るといったところ。
やはりというか、ランカーが絡む試合は満員で入れなかった。
「ステップステップ! 一旦回避! ああっ! どうしてそこで突進するんだぁぁぁっ!!」
「この場にいる誰よりもうるさいですね……」
「大体、突進どうこうについて言える権利ないだろ……」
現在、一緒に観戦しているのは――というか、同盟メンバーでこの場にいないのは、セレーネさんだけだ。
それ以外は全員並んで座っている。
ノクスは俺の肩の上、マーネはシエスタちゃんの頭の上だ。
……ちょいとメニュー画面で、ギルドメンバーのログイン状況を確認。
セレーネさん、ちゃんとログアウトして休んでいるみたいだな。よしよし。
「そういうお二人は冷静ですけどー、この試合は賭けていないんですか?」
シエスタちゃんから、俺たち兄妹へ疑問の言葉。
俺の答えは決まっている。
「まだトーナメント緒戦だからなぁ。情報不足で賭けるの、怖いよ」
「先輩はビビりですねぇ……」
「慎重って言ってくれない?」
賭け事なんて、消極的なくらいでちょうどいいよ。
ちなみに賭けの資金だが、ギルドの共有資産には手をつけず。
個々の所持金は自由に賭けていい、と相談して事前に決めてある。
ただ、全賭けなどは推奨していない。
いないが、熱くなりすぎて全部スッてしまいそうな雰囲気がユーミル辺りから漂っている。
「妹さんは?」
シエスタちゃんは俺の答えが予想通りのつまらないものだったからか、今度はリィズに水を向ける。
リィズは涼しい顔をして応じた。
「私はこの試合、軽戦士――ヒジリのほうに賭けていますよ」
「なにっ!?」
それに大きな反応をしたのは、問いかけたシエスタちゃんでなくユーミルである。
ユーミルはリィズが賭けた軽戦士の対面、武闘家のほうにそれなりの額を投じているらしい。
見た目上の話だと……うん、どちらも細身の女性で判断が難しいところ。
同じくらいの体格だ。
「ど、どこを見て軽戦士が勝つと判断を……?」
「ユーミルさんが武闘家に賭けたから、と言いたいところですが。違います」
ユーミルが恐々としているのも当然だろう。
リィズは理由もなしに、なにかの判断を下すことはない。
軽戦士を選んだ根拠があるはず。
「予選の動画を見て判断しました」
「なん……だと」
ユーミル、驚愕。
リィズを除いた俺たちも驚愕。
「この二人のリプレイ、あったのか……」
「検索機能使えよ。と言いたいところだが、俺も未チェックだったな……」
なにせ、予選のリプレイ動画の量は膨大だ。
公式が自動で挙げたものだけでも、かなりの数に上る。
まだまだオッズも賭け金上限も低いというのも、細かなチェックを行う気をなくさせるというか。
……ユーミルが固まってしまったので、今度は俺がリィズに問いかける。
「どういう試合だったんだ? というか、何試合あったんだ?」
「どちらも1試合だけでしたね。それも、目の前の試合と同じ対戦カードで」
「それは……なんというか、因縁めいたものを感じるな」
予選と同じ対戦カードが本戦でも組まれてしまったのか。
出場者の数を考えると、中々のレアケースではないだろうか?
「その時の試合内容は……」
「わかった! その時も軽戦士が勝ったのだろう!?」
あ、ユーミルが復活した。
今回は早かったな。
「いえ」
「へ!?」
と思ったら、またフリーズした。
完全にリィズの話についていけていない。
「予選の試合では、武闘家側が大差で勝利していましたね」
「なん……もう驚き疲れたし、わけがわからなくなってきたのだが?」
予選では武闘家が勝ったという。
今の試合で、ユーミルが賭けてリィズが賭けなかった側が武闘家だ。
再確認。
「どこを見て軽戦士側が勝つと判断を……?」
今度の質問はサイネリアちゃんから。
一生懸命推測しようとしていたが、わからずに諦めたようだ。
その表情がリィズにも横目で見えていたのか、ユーミルに答える時よりも声色が優しい。
「全て説明すると、冗長になってしまうので要点だけ。足運びや攻撃時の動きが、軽戦士のほうが綺麗でした」
その言葉を受けて、俺たちは一斉に舞台へ視線を戻す。
軽戦士ヒジリは……山賊だか海賊のような格好をした女性プレイヤーで、荒々しい見た目に反するように丁寧なステップワークをしていた。
右、左、前進、後退とスムーズだ。
やや攻撃の怖さ・鋭さが足りない気もするが、それ以外はリィズの言う通り。
「それは……大事なことかもしれませんね」
「ええ」
「そうか?」
うなずきあうサイネリアちゃんとリィズに対して、ユーミルが首を傾げる。
これだから、感覚で全てなんとかしてしまうやつは……。
「まあ、ユーミルさんのように汚いフォームで強い人も存在しますが」
「あ!? 誰の動きが汚いって!?」
リィズが皮肉を飛ばしているが、実際のユーミルの剣筋は綺麗だ。
ただ、型がないので格闘技・武道経験者ほど嫌なはずだとワルターが言っていた。
……現実でスポーツをやっている際の動きも、軒並み綺麗だしな。
スポーツのほうはさすがに、基本を押さえたフォームだが。
要はやっかみである。俺も持たざる者なので、リィズの気持ちはよくわかる。
「勝負に絶対はありませんが、リプレイを参考に……私はこの試合、基礎能力の高そうなほうに賭けることにした、ということです。ご納得いただけましたか?」
「おい! 無視するな! せめてダイナミックな動きと言え!」
基礎能力か……大事なことだな。
全てをひっくり返す可能性を持つ『継承スキル』があるとはいえ、勝敗において重要なウェイトを占めているのは基礎戦闘力だ。
基本の動きが悪ければ、継承スキルを有効に使用することも命中させることもできないだろう。
「――あぁ、リィズの言葉通りになってきた。軽戦士側が段々と押し始めたな」
それを裏付けるように、武闘家側のスキル攻勢を凌ぎ切った軽戦士が反撃を開始。
大技に逃げず丁寧に初級スキルを積み重ね、MPが尽き気味の相手を堅実に追い詰めていく。
ユーミルの対極のような動きだが、Sランク帯ではこういう戦法のほうが多数派である。
「ま、まさか!? 駄目だ駄目だ踏ん張れ! 負けるな気持ちから負けるな、まだお前はやれる! 諦めるな! 諦めるなよ!」
「なんかいつにも増して暑苦しいでござるな、ユーミル殿」
「下がるな! パンナコッタァッ!」
舞台上の武闘家とリンクするように、焦りまくる観客席のユーミル。
周囲で同じような焦り顔の観客たちは、きっとユーミルと同じ。
武闘家に賭けているからか、純粋な応援とは少し違う言葉を口々に叫んでいる。
「あ」
最後は、武闘家が焦りに焦って舞台端まで追い込まれ。
背中から落下してのリングアウトと同時に戦闘不能になり、武器――片手剣のシミターを掲げた軽戦士ヒジリが、大きな歓声を浴びた。
「ああああっ! パンナコッタァァァッ!!」
「わーお……」
「試合内容も中々でしたけどー、うーん。妹さんすげーやー」
「があぁぁぁっ!! 私の一万ゴールド!」
嘆くユーミルだったが、口にした金額が思ったよりも少額で、俺はほっとした。
まあ、色々やって稼いだお金が一瞬で消えたと思うと、賭け事は怖いとも思ったが。
ゲーム内だからいいけれど。
「ほらほら、ユーミル。落ち込んでいる暇はないだろ?」
「む?」
頭を抱えていたユーミルが顔を上げる。
俺はトーナメント表を確認しつつ……というか、対象のプレイヤーは、視界内に警告メッセージが出ると聞いたが。
出ているんだろう?
「そろそろ控室に行けよ。確かグループ2の最初のほうだったろ?」
「そうだった!」
ユーミルは一対一決闘トーナメント、グループ2に出場登録されている。
俺たちの中では本戦出場トップバッターだ。
勝って勢いをつけてほしいところ。
「行ってくる!」
「頑張ってください、ユーミル先輩!」
「いてらー」
「うむ!」
賭けでの負けもなんとやら。
リコリスちゃんとシエスタちゃんの声に、元気に応えて立ち上がると……。
ユーミルは闘技場内にある、選手控室のほうへと駆けていった。