本戦開始
あれから時間が進んで、予選期間が終わり本戦の開始となった。
周年前イベントということで、豪華報酬に釣られてゲーム内に人が集まってくる。
もちろん、俺たちもそんな群衆の一部に過ぎないわけだが。
「おぉー。某同人誌即売会のような光景」
闘技場にゆっくりと進む行列に、ユーミルが独特な感想を漏らす。
予選と違い、本戦は一つの会場で行われる。
出場者が多いので、緒戦は同時並行――同じ会場だけど異空間が複数、というゲームらしい仕様で進む。
決勝が近くなると、1試合ずつの進行になって賭け金の上限・賭けの倍率も上がるという流れだ。
グラド帝都の大通りは、本戦開始を待つ人々でごった返している。
「とりあえず、オープニングマッチは観戦しようってことで来たけど……」
トーナメントは数日にわたって行われる。
全ての試合を観戦することはできないので、最初のほうはみんなで。
後は都合があえば適当に、という話をしていたのだが……。
「目当ての試合に入場できるのか? これは……」
序盤のほうの試合は、入場制限がある。
サーバーの負荷対策とのことだが、この人の数を見ると納得だ。
帝都の中央通りは道幅が広いのだが、横一杯に広がった人の列がどこまでも長く続いている。
もしかしたら、帝都の正門からも飛び出しているのでは? という様相だ。
ちなみに俺たちの目当ての試合というのは、スピーナさんの試合だ。
直近の試合に出てくるフレンドは、彼だけなので。
「まあまあ。成績上位者は、分散して配置されているという噂でござるし。スピーナ殿なら、きっと勝ちあがるでござろう? 初戦は無理でも、その後のどこかの試合は観られるでござるよ」
背伸びで行列の先を見ながら、そう言ったのはトビである。
確かに、一回戦でスピーナさんが負けるとは思えない。
二回戦、三回戦もあると思えば焦る必要はないだろうけど。
「む。私は最初の試合、スピやんに賭けようと思っていたのだが」
「俺もだよ。せっかく来たんだし、知らない人同士の試合でも観戦はしていくけど」
最も早く開催されるトーナメントは一対一。
俺たちの中にも出場者はいるが、第一グループにはいない。
全員観戦側だ。
「あれですねー。きっと、ランカーの試合ほど早く埋まる感じですよね?」
背中から声と柔らかいものが密着してくる気配。
……背負わないからね? シエスタちゃん。
「そうだね。純粋に派手な試合を求めて、という人もいるだろうけど。大多数は――」
「賭けに勝ちやすいからー、ですか?」
「でしょうよ。観戦と賭けはセットな仕様だから」
とはいえ、賭けて勝ったところで、そういう試合は相応に倍率も渋いのだが。
ちなみに払戻金だが、単純に賭け率だけでなく予選成績も加味されているそうだ。
賭け率が片方に偏った場合は、更に渋い倍率になり……それこそ。
賭ける意味ある? というレベルまで配当金は減るはず。
それでも戦いを見て個々の調子を確認したり、ワンチャン未見の継承スキルを使わないかなぁという期待からであったりと、ランカーの試合に人が集まることに変わりはないだろうけど。
「後は、ほら。観戦キャンペーンとかいうのが追加されたじゃない?」
「あー。試合を観るだけで、報酬がもらえるとかいう」
「そうそう。賭け事抜きでも、うまみがあるってことだ。とにかく闘技場に客を入れたいんだね、TB運営は」
「そんで目論見通りに、この行列ですかー」
シエスタちゃんはややげんなりした様子。
観戦キャンペーンは急遽追加されたので、予選での人の入りが芳しくなかったのだと思われる。
ランカーの試合はそれなりに盛況だったけれども、それ以外の試合は閑散としていた。
「なんだかこういう行列、わくわくするね!」
「そう? 私は苦手なんだけど……」
と、こんなことを話しているのはリコリスちゃんとサイネリアちゃんだ。
個人的にはサイネリアちゃんに同意だが、お祭り感が楽しいというリコリスちゃんの意見もわかる。
ただ、まぁ……。
「うおおお! わかる! わかるぞ! 遊園地のアトラクション! 美味いラーメン屋! 始発駅の通勤電車!」
「最後のは嫌なやつだろ」
ユーミルほどではないが。
美味しいものの行列なら、物によっては余裕で待てるな、うん。
満員電車はマジで嫌だ。乗りたくない。
「お、進んだ進んだ」
話している間に、入場可能時間になったらしい。
進み始めてしまえば、後はスムーズだろう。
入口さえ通れば、行き先は並行存在する複数の闘技場へと分散させられる。
物理的に詰まることはないはずだ。
「……リィズ、大丈夫か?」
と、そこで先程から口数の少ないリィズに視線を向ける。
人混みが特に苦手なのはサイネリアちゃんもだが、リィズと……。
「平気です。私よりも、セッちゃんが」
セレーネさんもで――セレーネさん!?
なんかふらついていませんか!?
「うぅぅ」
「ああっ!?」
セレーネさんが人酔いしていらっしゃる!
目を回している感じで、非常によろしくない。
「……ごめんね」
そんなわけで、俺たちは観戦を放り出してギルドホームに戻ってきたのである。
もちろん誰からも反対意見は出ず、不満そうな顔をしている者もいなかった。
行列を抜けだすのは大変だったが……。
談話室の椅子に腰かけて謝るセレーネさんに、俺は水の入ったコップを差し出した。
「いえいえ。鍛冶で連日遅くまでログインしていたの、みんな知っていますから」
セレーネさんの人酔いの原因は、もちろん行列が苦手というのもあるだろうが。
このところの鍛冶による疲労も手伝ってのものだと思うのだ。
ちょこちょこと鍛冶場に様子を見にきていたヒナ鳥三人も、同意するようにうなずいている。
「はい! セッちゃん先輩、とっても頑張っていました!」
「すごい集中力でしたよね……鍛造中なんかは、声をかけられないくらいの迫力でした」
「そうですよー。私からしたら信じられないくらい、過重労働でー」
「え?」
トビが「そうなの?」と疑問の声を上げるも、ユーミルとリィズに睨まれて黙る。
空気を読め。
お前が周囲の変化に鈍感なのは知っているけども。
「今日と……そうですね、できれば明日くらいまで。セレーネさんにはお休みしてほしいです」
ゲームは趣味で遊びのお話なので、あくまでお願いになってしまうが。
できればそうしてほしいと、みんなを代表して要請してみる。
「……でも、もしグループ戦に新しい装備が間に合わなかったら」
「休みましょう」
重ねて言いつつ、俺はリィズへと目配せする。
鍛冶で共同作業をしている俺で駄目なら、最も精神的な距離の近いリィズにやってもらうしかない。
リィズは小さく首肯すると、座るセレーネさんへと一歩近づく。
「セッちゃん」
「リィズちゃん……」
立った状態から、屈んでセレーネさんと目線を合わせ……る必要は、リィズの身長を考えると、あまりなかったと思うが。うん。
ともかく、しっかりと目を合わせてから、リィズが口を開く。
「休んだほうが効率もよくなりますし、完成度も上がります」
「でも」
「しっかり休んで、より品質のいい武器防具を必ず間に合わせてください」
「!」
短く端的な説得。
しかし、リィズとセレーネさんにとっては充分だったようで。
「……わかった。明後日まで休むね」
「そうしてください」
間に合わなくてもいい、などと甘い言葉は口にしない。
――あなたの腕を信頼しているから。
そんなリィズの説得は、しっかりと心に響いたようだ。
セレーネさんは表情を緩めると、他のみんなに向けても微笑を浮かべた。
……もう大丈夫そうだ。すごいぞリィズ。
「では、今日は解散!」
最後に、ユーミルがそう号令をかけて解散に――
「……いや、このまま普通に観戦に行ったほうが、セッちゃんは気を遣わなくて済むか?」
――なるかと思ったが、そんなことを言い出した。
それに対し、みんなが呆れと半笑いの混ざった表情になる。
締まらねえなぁ……。
「あはは、そうだね。うん。私は休むけど、みんなには普通に過ごしてほしいかな」
唯一、セレーネさんは微笑みを崩さずにそう返してくれる。
お言葉に甘えてと、ユーミルたちが再び闘技場へと向かっていき……。
「ちゃんとログアウトしてくださいね? セッちゃん」
「俺が言えたことじゃないですが、こっそり鍛冶場に戻ってきたりしたら駄目ですからね。観戦中でも時々、セレーネさんがログインしていないかチェックしますからね?」
「だ、大丈夫だよ。きちんと休むから……ありがとうね、ふたりとも」
俺たち兄妹は、セレーネさんがログアウトするまで談話室で見守ることにするのだった。
……なるほど、誰かを休ませたい側の気持ちはこんな感じなんだな。
などと自分の過去の行いを反省しつつ、本戦トーナメント初日の時間は過ぎていった。