予選経過と大遅刻のホワイトデー 後編
リプレイで最初に見るべきところは、セントラルゲームスの試合内容――ではなく。
「チーム構成は!?」
まずはとにかく、相手の編成状況を知りたい。
本番までに変えてくる可能性があるとしても、だ。
「いやいや、まさかだよわっち。わっちの予想が……」
「予想が?」
秀平がスマホの向きを変え、対面の俺に見えやすいようにする。
ちょうど、リプレイは戦闘間に入る勝敗&編成が表示されている画面だった。
「大当たりして、5人編成だよ!」
「うわ」
出場メンバーはメディウス、ルミナス、ジェイジェイにキャシー、それと普段はセゲムの動画編集をメインでやっているPさんの5人。
Pさんだけプロゲーマーじゃなくないか? と思いきや、流れているリプレイを見る限り、普通に上手いし運動能力も高い。
なんか恐竜? かなんかの着ぐるみみたいな、変な恰好をしているが。
で、ルミナスさんが全部の試合に出る過酷枠を担当と。
「当たったのか。嬉しいけど嬉しくねえ」
読みが的中したものの、流れているリプレイ内容が喜ぶのを許してくれない。
最大五戦行うグループ戦だが、セゲム側が三戦目まで全て勝って試合が終了。
リーダーのメディウスは後ろに立っていただけで、試合に出てすらいなかった。
秀平が再度再生ボタンを押し、最初から動画を流してくれる。
「少人数で充分なくらい、練度に自信ありってことだもんねぇ……」
メディウスたちと友人なはずの秀平の表情も、引きつり気味だ。
予選でありながら、既に想像以上の完成度に到っている。
しかも、セゲムが血祭りにあげている相手はベリ連邦の上位ギルド『ラプソディ』の面々である。
俺たちと同レベル帯のランカーがボロボロに……なんてこったい。
「今のうちから、なるべく対策……って言いたいけど、継承スキルが分析の邪魔をするよな」
リプレイ内でセゲムが使った継承スキルは、有名なコモンスキルのみ。
レアスキルなしでランカー集団を圧倒、というのもすごいが。
明らかに手の内を隠している。
更に、観てすぐわかるほど同じスキル・攻撃法を繰り返し使っており……。
「……あのさ、秀平。こういう癖とかって」
「プロって、それも含めて読み合いに混ぜ込んでくるから、周知徹底とかしないほうがいいと思う。裏をかかれるよ」
「だよなぁ」
「そもそもラプソディが止められていないから、同じ攻撃を繰り返しているんだろうし」
「だよなぁ……」
見た感じ、ラプソディ側は明らかに実力を発揮できずに負けている。
リプレイだけではわからない駆け引きの結果、大きくリズムを崩してしまったのだと思われる。
ランカーたちはそうなったときの立て直しも得意な面々が多いのだが、その立て直しの時間すらもらえなかった印象。
三戦とも速攻で叩かれる試合内容になっていた。
「あ、話している間にリプレイ終わった。短い。二回流したわけだけど、どうする? わっち」
「あと一回だけ再生してくれ」
この試合、グループ戦の中でも指折りの短い動画時間となっている。
それでも得られる情報はないかと、繰り返し再生するも……うぅむ、吸い出せる要素が少ない。
ラプソディがもうちょっと粘ってくれればな、と思わずにはいられない。
「てかさ、わっち。対策は大事だけど、それよりこっちの継承スキルをぶっ刺すことを考えたほうがいいんじゃないの?」
「ほう?」
動画を見ながら唸る俺に、秀平からそんな一言が。
とても建設的で前向きな意見である。
「こっちの継承スキルだって、向こうから見たら未知なんだから。おあいこでしょ」
「お前、ゲームに関してはいいこと言うし頭も回るよな」
「ふふふ。最高の褒め言葉だぜ……」
「喜ぶなよ。皮肉が大部分だったぞ、今の言葉」
大体九割くらいが皮肉成分だったと思う。
だが、確かに。
これまで俺たちが散々継承スキルを温存してきたのは、この時のためだと言える。
「でもまぁ、そうだな。受け身になるより、どう攻めるかを考えるほうが有意義か」
「でしょう?」
「そもそもウチのエース、防御よりも圧倒的に攻撃のほうが得意だからな」
ユーミルの性格を思えば、ここで相手はこう来る! だからこう返す! なんて教えたとしても……。
どのくらい実践できるか未知数である。
むしろ記憶違いやら自滅やらで、よくない状況を招く気しかしない。
「だねぇ。攻め攻めのほうがいい結果になると思うよ。それに――」
「え? 津金君、そんなに攻めたプレゼントをするの?」
「「!?」」
突如、割り込んでくる第三者の声。
コーヒーを運んできてくれた麻里子さんの声――ではない。
もっと若い女性の声に、俺たちが顔を上げると……。
「やっほー、岸上君。津金君」
「びっくりした。斎藤さん……」
そこにいたのは斎藤さんだった。
彼女はここ「喫茶ひなた」の常連客なので、そこに立っていること自体に違和感はなかったが……。
店員でない状態の自分と、こうして会うのは初めてじゃないだろうか?
それがなんだか不思議な感じだ。
「いやいや、攻めないから。無難なプレゼントにするから! 自分をプレゼントとか、絶対にしないからっ!」
そして秀平は動揺からか、妙なことを口走っている。
佐藤さんならワンチャン喜びそうな気も……いや、ないか。
俺が知る限り、佐藤さんって常識人だし。冷笑が返ってきそう。
秀平がポンコツ化したので、俺は適当な会話で場を繋ぐことを試みる。
「ゲームの話だよ、ゲームの」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱりって……斎藤さん」
わかっていて言ったな、これは。
斎藤さんはテーブル席のこちら側、俺の隣に着席する。
――おわ、なんかふわっといい香りがした。
「春休みは二人とも、たくさんログインしているんだ? 確かTBって、周年前夜祭……?」
「そう、前夜祭の決闘イベントだね。俺たちも連日ログインして、予選に参加しているよ」
「ふーん……」
なんだか含みのある声と共に、座った斎藤さんはバッグを膝の上へ。
見覚えのあるウサギの編みぐるみが、チェーンに吊られてぷらぷら揺れている。
……あれって、前は学生鞄についていた気がするのだが。
わざわざ付け替えて持ち歩いているんだろうか?
「それにしても、斎藤さんすごくお洒落」
来た時から柔らかい色のロングコートと、マフラーが特に目立っていた。
暖色系の色使いが上手いんだろうな、多分。バッグの色も合っている。
見た目からも暖かそうで、冬の街歩きにはぴったりだと思う。
今はそれらを脱ぎ、中には――と、あんまり見ると失礼なので割愛。
首元にネックレスが着いているのが最後に見えた。
アクセサリも華美すぎず、いい雰囲気である。
「本当。わっちなんて、いつものスラックスにセーターなのに」
秀平にそう言われ、俺は自分が着ている服を見下ろす。
うん、急にお前に来られたせいで服を選ぶ暇なんてなかったからな?
横に畳んで置いた外套も、普段学校に着て行っているやつだし。
「お前が言うな。くたびれたジーンズにトレーナーのくせに」
大体、野郎同士の外出にお洒落もなにも――まあ、どんな時でも気を遣っている男性もいると思うが。
今のように予想外のことが起きることを考えれば、それが正解なのだろう。本当なら。
「あはは。お褒めに預かり光栄です」
一瞬、意味ありげな視線がこちらに向いた気がしたが……気のせいだろう。
斎藤さんは容姿にせよ服装にせよ、外見を褒められ慣れているのか、反応薄めである。
大丈夫? 今からダサい格好の野郎二人と歩く羽目になるわけだけど。
「さあさあ、パンフとかカタログ持ってきたから。ここで決めて、あんまりフラフラ歩かなくてよくしちゃおう」
「おお、斎藤さん準備いい」
そう思っていたら、事前に色々と準備をしてきたらしい。
斎藤さんのバッグから大小様々な冊子たちが出てくる。
最近はまた、電子カタログからアナログなものに回帰している印象だ。
お洒落な店には、これまたお洒落な装丁の小冊子が置かれていることが増えている。
「佐藤ちゃんがほしいって言っていた商品に赤丸、好みっぽい商品に青丸がつけてあります」
「しかも手際もいい。よかったな、秀平」
「じゃ、津金君。こっちのカタログからチェックしよっか」
「うっす……」
秀平のやつ、出てきたカタログの量に気圧されている。
なるほど、これは待ち合わせに喫茶店を指定してきた理由がわかる。
目を通すだけでもそれなりの時間がかかりそうだ。
……軽食でも頼もうかな。ちょっと小腹が空いてきたぞ。
「うっ、値段が……ぐぅぅ……来月発売の新作ゲーム……」
金なら用意したと豪語していた秀平だが、どうも予算オーバーの商品が多いようだ。
苦しそうな表情をまるで隠さない。
「あの、斎藤さん……?」
恐る恐る、斎藤さんの横顔を見る。
斎藤さんも佐藤さんも、あまりブランド志向ではなかったように思うのだが……。
「ああ、大丈夫大丈夫。そっちは漢気を見せたいとき用のだから」
すると心配無用とばかりに、小声でそう教えてくれつつ……。
俺にだけ見えるように、バッグから追加で別の冊子を取り出した。
しかもお茶目なウィンク付きである。
「こっちに、高校生らしいお値段の商品が多数ありますとも」
「……なんというか、さすがです」
斎藤さんは斎藤さんで、秀平のホワイトデー大遅刻に思うところがあるようだ。
そりゃそうか。
親友と呼んで差し支えない仲だものな、佐藤さんとは。
なぜか互いに苗字呼びのままなのが謎だけど。