ハインドのぶらり闘技場散策 後編
「よう、ハインド」
「――」
いくつかの闘技場を移動していたら、また観客席の通路で声をかけられた。
今度は会っている頻度の高さもあり、振り返る前から誰かわかった。
「ふじ――スピーナさん」
「おぉい!? 今、俺に付けられた蔑称を呼びかけたじゃんよ!?」
二つ名を蔑称言うな。
と言いたいところだが、本人が嫌がっていれば蔑称だよなぁ……。
彼は俺たちと同じサーラ王国所属。
ギルド・カクタケアのマスター、スピーナさんだ。
日焼けした肌を持つ陽気な兄ちゃんで、熱烈な女王様ファンの一人である。
初めて会ったときから比べると、口調がどんどんラフになってきた印象。
「格好いいと思うんですけどね、不死身のスピーナ」
「うっせえよぉ、勇者ちゃんの本体が」
「もう最近は、省略されて本体だけになっていますけど」
省略しちゃったら、なにがなんだかわからんじゃないか。
そもそも本体って呼び方からしてなんかおかしいだろ。
ユーミルはリモコン式か?
制御不能な暴走特急だぞ。
「で、その勇者ちゃんはどうしたよ?」
「別行動です」
「あー。なんか俺らが会う時、いつもいないよな? ユーミルちゃんに限らず、鳥さんズの女性陣全般だけど」
言われてみれば……。
スピーナさんと話すのはトビと一緒の時が多い、か?
男同士の馬鹿話になることが多いので、それでいいような気もするけど。
「避けているわけじゃないんですけどね。めぐり合わせですかね」
「ま、俺ぁ女王様とのめぐり合わせさえよけりゃそれでいい!」
「はっはっは」
「んだぁ! その癇に障る笑い方!」
こんなことを言っているが、カクタケアがあまり女王様に謁見できていないのを知っている。
親しくなった女官さんが色々教えてくれるのだ。
外堀から埋めるのは大事である。
……と、それはそれとして。
「スピーナさんは、今回のイベントは……」
「国の情勢が関わっていねえから、ハーフスロットル」
「らしい答えですね。でも、参加自体はすると」
「ああ。俺らのギルドは――」
歓声に飲まれ、一瞬会話が止まる。
あー、なんとなく応援していた重戦士が負けてしまった。
接戦だったのか、勝った騎士の男性が腕を天に向けて突き上げている。
「……戦闘自体は好きだからな。女王様を抜きにしても」
「おぉ、さすが不死身」
「言っておくけど、殴られるのが好きなわけじゃねえからな!?」
特にそんなことは思っていなかったが、先回りするように話すスピーナさん。
でも、そうか……違うのか。
女王様がああいう系統の人だから、スピーナさんも鞭かなにかでしばかれたいタイプの人かと。
「なーんかお前、俺に対して誤解が多いじゃん?」
「そんなことはないですよ」
「嘘だっ!!」
白々しい返しに、指差しと叫び声で抗議するスピーナさん。
そうだなぁ、スピーナさんの印象を一言で表すなら……。
「気のいい兄貴分みたいに思っていますが」
「なっ、ぐうっ……!?」
同時にからかい甲斐のある人とも思っているが。
彼の長所は、とにかく反応がいいこと。
人の話をよく聞き、活発で、生返事なんかはほぼしてこない。
実質女王様ファンクラブのカクタケアが、しっかり戦闘力も高く団結しているのは、偏に彼の人望故である。
「ハインド、お前……たらしって言われたことない?」
「狙ってやっていますから」
「タチ悪いな!?」
好かれるためというより、嫌われないために身につけたスキルなので後ろ向きだが。
その後、続けて行われている試合を見ながら相談に乗ってもらった。
まあ、相談というより実質勧誘でもあるのだが。
「――ってことで、スピーナさん。俺と一緒に2対2に出てくれませんか?」
男性で、連携が取れそうで、本人の強さも充分以上。
偶然闘技場で会えなかったとしても、彼には連絡してみるつもりだった。
しかし、スピーナさんは眉を落とし……。
「無理だ。すまん……」
組めないという答えを返してきた。
うぅむ、残念……だけど、理由を聞いておきたいな。
「もう誰かと組んじゃいました?」
「そうじゃねえ。そうじゃねえんだがよ」
とても申し訳なさそうな顔をするので、こちらも申し訳ない気持ちになってくる。
続けて出た言葉も、非常に彼らしいもので。
「俺じゃ、お前を勝たせてやれねえ」
「ああ……」
そんな、俺の側の心配をするような内容だった。
お前と組んだら俺が勝てない、ではない辺りがなんとも。
兄貴とか呼びたくなるね。呼ばないけども。
「お前は後衛として超一流だけどよ。それでも、2対2で武闘家と支援神官はなぁ……」
「やっぱり攻撃力不足になりますかね?」
「それもある。けど、武闘家じゃそもそも攻撃のリーチがな」
「後衛までカバーしきれないと」
武闘家は決闘というコンテンツにおいて上位の職業である。
が、それは1対1の局面を指して言われていることだ。
武闘家は拳・蹴り・気功と、どの型であっても無手で最も攻撃力が高くなる。
武闘家らしい武器の三節棍やヌンチャクなどはリーチがあるが、補正が悪い上にスキルとの噛み合いも悪い。
「そうそう。後衛カバーだけを考えるなら、まだトビのほうがマシだぜ。俺と組んだときより、もっとチームの攻撃力は下がっちまうけど」
そして武闘家には、軽戦士が持つ『縮地』のような強烈な移動スキルが存在しない。
だからだろうか、武闘家は「タイマン専用職」などと呼ばれていたりする。
ワルターもこれらの要素が祟り、後衛二人を守るのはしんどそうだった。
「優勝狙いならリーチの長い武器と……あ、あと機動力か。それがあって、その上で破壊力が高い相方が必要じゃんよ。回復込みなら多少、低耐久でもいいしな……MPがねえ序盤以外は」
スピーナさんの分析は的確だ。
求めすぎに聞こえるだろうが、それだけ少人数での後衛魔法職は不利ということだ。
しかし、そうだな……。
俺の知っている中で、スピーナさんの出した条件に該当するプレイヤーといえば。
「それだと、ユーミルがドンピシャなんですけどね。2対2に神官が必要かどうかは置いといて」
「だなぁ……一般論としてバランス悪めっつっても、前回優勝コンビじゃん? でも、今回は組まないんだろ? 他にそんだけのことができるプレイヤーっつうと……」
「断られましたけど、弦月さんには声をかけました」
「弦月? アルテミスの? ……前衛弓術士だっけか? ――片方と体術で戦いながら、もう一方を短弓で牽制?」
「ええ。そういうイメージです」
「難しいけど、あの人ならできちまいそうだな。バフやら回復やらが届くまで、余裕で耐えそうな……ってか、顔広いなハインド」
広くない……と思うが。
全体的に強めのプレイヤーと知り合いだったり、フレンドだったりはすると思う。
スピーナさんだってその中の一人だ。
「そしたら――あ」
「うん?」
なにかを閃いた、という顔のスピーナさん。
これがユーミルやトビであればロクなことを言わないだろうが、スピーナさんならきっと大丈夫。
ということで、期待して言葉の続きを待つ。
「いるいる、いるじゃんか。お前の知り合いで、勇者ちゃんレベルか――それ以上に、破壊力のありそうな相方候補」
「誰ですか、その優良物件は」
それから、スピーナさんが挙げた名は……。
TBプレイヤーのほとんど全員が知った上で、その強さも認められている男性の名前だった。
「なるほど……確かに」
しかも先程、スピーナさんが並べた条件も全てクリアしている。
……若干、機動力だけは怪しいが、それでも。
「ハインド、知り合いだったよな? フレンド?」
「フレンド登録はしてくれています。俺にどういう印象を持っているかはわかりませんが」
「お前に悪印象を持っているやつなんて、そうはいねえよ。偶にひでえけど」
言いきって、がははと笑うスピーナさん。
そうだといいんだけどな……。
「ま、今から声をかけても、間に合うか微妙だけどよ。でも噂じゃ、まだ誰と出場するか決まってねえって話も聞くし……」
「スピーナさんが女王様以外の情報を!?」
「てめえハインド、やっぱり馬鹿にしてるよな!? 1対1で決闘するか!? お!?」
そんなのやるわけがない。
ボクがキミに勝てるわけないだろ、というやつである。
「とにかく、連絡してみます。ありがとうございます、スピーナさん」
「おー。俺とのコンビは、国別対抗戦ででも実現させようじゃん」
「是非そうしましょう」
何度も礼を言って、それからスピーナさんとは別れた。
残念ながら弦月さん、それからスピーナさんの二人とチームは組めなかったが……。
弦月さんは俺のチーム選考に確かな指向性を。
スピーナさんは有力なコンビ候補を挙げてくれた。
闘技場で行われていた試合のほうは、あまり頭に入らなかったものの。
決して無駄な時間にはならなかったと思う。思いたい。
――さて、スピーナさんが言っていた、あの人に連絡してみるとするか。