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ハインドのぶらり闘技場散策 中編

 まず、自分がどのカテゴリに出場するか決めておきたい。

 先程リィズやシエスタちゃんと話した通り……。

 神官・支援型サポートタイプという職には、人数が多いカテゴリのほうが合っている。

 ただし。


「不利をくつがえせるような相手――ランカーの中でもトップ帯のプレイヤーと組めるのであれば、その限りじゃないか」


 独りちたあとに、ついつい周囲を確認する。

 あんまりぶつぶつ独り言をつぶやいていると、危ない人認定されかねない。

 もっとも、ここは闘技場。そして今は試合中。

 自分が歩いているのは観客席後方、最上段の通路。

 誰が見ているというわけでもないので、そこまで気にする必要も……。


「やあ、ハインド」


 ないかと思っていたら、背後から声をかけられた。

 女性的でありながら落ち着いた低音、このうるわしい声の主は……。

 振り返ると、そこには――エルフがいた。


「あ、モロにトップ帯のプレイヤー」

「ん?」

「すみません。なんでもないです」


 エルフファッションをしたプレイヤーの中でも、通称ハイエルフ。

 そう呼ばれている弦月げんげつさんである。

 名前負けしていない美貌と、輝くような緑の髪が目に鮮やかだ。


「なにをして――というのは野暮だね。観戦にきたんだね?」

「弦月さんは……ああ」


 周囲から歓声がして、視線を舞台上に向ける。

 ――ギャグ漫画みたいに、決闘者の脳天に矢が突き刺さっていた。

 対面では、命中させたはずの射手が呆然としており……。

 小さい体に、不釣り合いな大弓を持ったその少女には見覚えがある。

 もう一人、横にいるチームメイトの女性も同じく、名を知っている。

 合点がいった。


「フクダンチョーさんとエイミーさんの試合だったんですね。2対2決闘」

「その言い方からすると、ハインドは今来たところだね。その上、ランダム選択だ」


 ランダム選択というのは、観戦者が多く、盛り上がっている会場に自動で移動させてくれる機能だ。

 今の俺のように、特定の観たい試合がない人にうってつけである。

 弦月さんの洞察は鋭い。


「一緒に座らないかい?」


 と、続けて気さくな声かけ。

 断る理由もないので、即応しようとしたところ……。


「うっ」


 急速に集まる視線に気づき、息が詰まる。

 前列の観客席に固まって座るアルテミスのメンバーたちから、強い注目。

 一応、何人かとは見知った間柄ではあるものの、アルテミスも大所帯のギルド。

 当然、知らないメンバーの「なんだあいつ」という目もあるわけで。


「座り……ます……」


 リーダーである弦月さんの人望が厚いだけに、かなりの圧を感じる。

 今からあそこに行くのかと思うと、気が滅入りそうだったが……。


「では、こっちに」

「え? ――あっ、離れたところに座るんですね」

「ふふ。あそこだと圧迫感……アウェー感があるだろう?」

「助かります……」


 救いの糸が垂らされたので、迷わずつかんだ。

 空いていたやや後列寄りの席に、弦月さんがエスコートしてくれる。


「それとも、誤解を避けるために誰か呼んだほうがよかったかな?」

「誤解って?」

「それは、その……あれだ……」


 麗人の照れ顔は貴重である。

 視線の圧から解き放たれた反動もあり、とぼけた反応をしてみた。

 効果は覿面てきめんだったが、弦月さんは裏表がない素敵な人なので、そのままというのもまた座りが悪い。

 程々にしておこう。


「冗談です。大丈夫ですよ、二人並んで一緒に座るくらい」

「は、ハインド! 今日のキミは少々、意地が悪い!」

「すみません」


 男女で隣り合って座る、というだけであらぬ噂が立つ場合もある。

 が、これだけ見張られている状況でそれはない。

 アルテミスの面々からの視線、未だ途切れず――もうちょっとフクダンチョーさんたちの試合を見てあげて?


「こほん。ところで、いてもいいだろうか?」

「ユーミルの出場カテゴリですか?」


 そもそも、弦月さんの興味はユーミルにあると思うのだ。

 問い返しにうなずきがあったことからも間違いない。


「話が早い。できれば、相応の舞台で再戦を……と考えているのだけど」

「それなんですがね……」


 決闘イベントと聞いた時に、ユーミル対弦月さんの対戦カードは俺の頭にも浮かんでいた。

 しかし……。


「なるほど。グループ戦でセントラルゲームスと決戦を、ね……」


 セントラルゲームスからの実質宣戦布告があった、ということを弦月さんに話して聞かせる。

 ついでに、弦月さんなら察しているとは思うが……。

 ユーミルの性格上、両方同じくらいに力を裂くことは不可能ということも言い添えておいた。

 それにより、弦月さんの納得と共に次の機会に――という話の流れを引き出すことに成功。

 やつらは今回を逃すと引退してしまうが、弦月さんは……。


「引退? ははは、もちろんしないよ」

「ですよね」

「TBの戦闘は楽しいし、まだこの世界の空を飛んでいないからね。ペガサス、鳳凰フェニックス……ドラゴンや、空飛ぶクジラの背なんかも魅力的だね」


 幻想的な生き物に乗って、空を飛ぶまでは絶対に引退しないそうだ。

 ゲームにかける想いは人それぞれである。

 空はいいぞ。


「それで、セゲムですが。優勝してすっぱり別のゲームに――という雰囲気ですね」

「軽く見られたものだ」


 弦月さんが小さく鼻を鳴らす。

 いつもスマートな彼女らしくない反応と仕草に思える。


「弦月さんは、あいつら……というか、プロゲーマーの参入ってどう思います?」


 だから続けざまに質問を投げかけた。

 すると、小さく肩をすくめるようにしつつ自嘲するような笑みを浮かべた。


「特に何も。と、断ずることができれば格好がつくのだろうけれど……」

「あるんですよね? 言いたいことが」

「ああ。ある」


 含むところがある、と。

 意外な一面――ちょっと汚いところが見られるかも、という下衆げすな好奇心が頭をもたげる。

 いかんいかん。


「あるが、言葉にするのは避けておくよ」

「え」


 ああ、言わないのか……。

 残念なような、さすがと称賛したいような。

 弦月さんは険しい表情をあっさり引っ込めると、笑顔で続けた。


「だって、キミたちが倒してくれるんだろう?」

「おふっ」


 変な声が出た。

 なんなのこの人?

 結局格好のつくところに着地したんだが?

 どういうことなの?


「私はそれで満足さ。信じているよ、ハインド」

「そ、うですか……」


 これは真のイケメンですわ……。

 一瞬でも邪悪な考えを持った自分が浅ましく思える。




 その後、気持ちを立て直すのに数分ほど要したが……。

 中盤戦にさしかかった決闘を見つつ、俺はとある提案を弦月さんに申し出た。


「それはそれとして、グループ戦以外のカテゴリに俺と一緒に出てくれません?」


 聞いた側の弦月さんは、目を丸くした後……。

 少々照れたように頬を紅潮させつつ、柔らかな笑顔を浮かべた。

 破壊力の高い顔面だな!


「唐突だね」

「唐突でしたか?」


 ああ、こうやって勘違いする人を量産しているんだな……。

 そう思わずにはいられない一連の動作である。

 美女・美少女を見慣れていて助かった。

 あやうく俺もアルテミスの一員になるところだった。


「グループ戦は別として、他のカテゴリにはギルド外の誰かと一緒に出ようと思っているんです。弦月さんが組んでくれたら嬉しいのですが」


 ちなみにだが、アルテミスの男女比率は半々くらい。

 弦月さんは性別を問わないカリスマ性を発揮しているというわけだ。


「そうだな……」


 こちらの提案を真剣に検討してくれる弦月さん。

 彼女であれば、能力的にも人柄的にも申し分ない戦力になってくれると思うのだが……。


「お誘いは嬉しいのだけれど、難しいね。2対2なら、まだ誰ともチームを組んでいないのだが」

「ん?」


 2対2の席は空いていると言いつつも、難しいとの言葉。

 なぜだろう?


「2対2だと、なにかまずいんですか?」

「……キミらしくない言葉だ」


 俺の側が2対2だと足手まといということもあるが、そういう話でもないらしい。

 また、言う場合はスパッと言ってくれる人だと思う。


「それとも、また私をからかっているのかな? あるいは、私を女として見ていない――」

「待ってくださいすみませんすぐ頭を回しますから五秒だけください本当すみません」


 どうも的外れなことを考えていたようで、あわてて思考の方向性を修正する。

 あれか、この席に座った時と同じような――。

 ペア感やらカップル感が出るというか、つまりそういうことだな!?

 そこから更に発展させて考えると……ああ、そうか。


「……怒りますかね、ユーミル」

「怒る」

「間違いなく?」

「断言しよう。他のカテゴリならともかく、2対2だけは絶対に駄目だ」


 そうだよなぁ……。

 俺だって、ユーミルが俺以外の男性プレイヤーと組んで出てきたら嫌だもの。


「ユーミルだけではなく、リィズだっていい顔はすまいよ」


 と、接点のあるリィズについても言及する弦月さん。

 確かにその通り。


「――ですね、すみません。無神経でした」

「わかればいいんだ」


 完全に戦力的にどうか、という頭しかなかったな……。

 間抜けにもほどがある。

 不意に現れたトップランカーに目がくらんでいたようだ。

 当の本人からおしかりを受けてしまったが。


「ともかくだ、ハインド。君が2対2に出るのであれば、男性プレイヤーの中から探すことをおすすめするよ」

「そうします……」


 2対2は男性の中から、か……。

 弦月さんの前で醜態しゅうたいこそさらしたが、方針が限定されたのは不幸中の幸い。

 選択肢が多いから悩んでしまうのだ。


「ふふ。どうしてもつかまらない場合は、ウチのギルドから誰か出すよ。アルクス、それとアーロンなんかはキミの話をよくしているから、引き受けてくれると思う。必要な時は、私に連絡してくれ」

「ありがとうございます。弦月さん」


 そこでちょうど試合が終わり、弦月さんが「では、また」とあいさつを残してさわやかに去っていく。

 なんとなくその背を目で追っていると、アルテミスで固まった一団の中にいたアルクスさんがサムズアップしてきた。

 意図を計りかねていると、メッセージが着信。

 いわく「ギルマスの百面相おもろい」「貴重な機会をありがとう! ハインド!」とのこと。

 うん……中々いい性格しているよね、あの人も。

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― 新着の感想 ―
或いは、不死身が正真正銘不死身になるか?
安全認定した上で楽しんでるのマジいい性格してるwww
ハインドにも嫉妬心あったんだ…ハインドは鈍感?過ぎるってわけでは無いだろうけど、キチンと全員に好意持ってるのは分かるけど、離れても自分のせいだし、仕方がないってスタンスだからそのへん余り意識無いと思っ…
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