魔女妹とお昼寝神官と戦術議論
人が増えきる前に着席できた俺たちは、最前列で試合を見ている。
騒がしい周囲を気にしてか、やや声を張って――ということはなく。
「トッププレイヤーによる虐殺ショー! とは……」
耳元まで物理的に距離を詰めるという手段で、シエスタちゃんが話しかけてくる。
こそばゆい。
「ならないんですねー、やっぱ」
程なくシエスタちゃんは、俺を挟んで反対側に座るリィズに押し戻された。
二人の間に座ったの、ちょっと失敗だった気がする。
「そりゃね。相手もSランクだもの」
「レートがきちんと機能している証拠ですね」
結局、三人で顔を寄せ合うような形に落ち着いた。
全員、声を張って話すのがあまり好きではない面々である。
……一応、俺は必要な際は大きな声を出せることは出せるが。
「やっぱり少人数戦の後衛は、弓術士が強い。強いというか、一択まである」
さて、試合に視線を戻して。
始まってからそれなりに時間が経過したが、戦いは未だ膠着状態。
シエスタちゃんの言う通り。
大方の予想を裏切り、一方的な展開には至っていない。
短弓を持った弓術士の射撃が間断なく敵に向けて飛んでいく。
至近弾、至近弾、かすり、至近弾。
うーん、避けるほうも大概だが……狙いがいちいち精確だ。
「ええ、的確な援護です。前衛の重戦士も弾くような防御で、きちんと二対二に持ち込めていますね」
と、これはリィズの戦況分析。
ソラールさんたちの対面、重戦士の彼は……。
大柄で手足も長く、グレートソードのリーチをうまく活かしている。
どことなくアルベルトさんを防御寄りにした感じの戦い方だ。
「おー。ちなみに、がっぷり組んじゃうと?」
「後衛の弓術士が危ない」
「相手側、フリーになったほうに抜けられますよ。後方に」
「ですよねー」
後衛を抱えているチームは、結局のところ「近寄らせない」よう立ち回ることになる。
全員が弓術士、なんてチームもないわけではないが……。
「そもそも、少数戦では全員前衛職が一番安定するからね。2対2はもちろん、3対3くらいまでは」
「先輩とユーミル先輩のコンビ、超否定しているじゃないですか。前回優勝ペアなのに。まー、理由はなんとなくわかりますけど」
「少数では、どうしても後衛職の自衛力に難が出ますね。人数が増えれば、それだけチームで連携してカバーも利くのですが」
更に踏み込んだ話をすると……。
魔法詠唱を始めとした「溜め」の動作が不要で、牽制射をどんどん放てる弓術士。
こいつが後衛職の中では最も自衛力が高い。
「特に魔法職の編入は最低でも、3対3から――っていうのが大体のプレイヤーの認識だと思う」
「それも一人まで、ですよね?」
「もちろんそうなる。残り二人は前衛ね」
邪魔をされずに、魔法を完成させられるかどうか。
結局はそれに尽きる。
「……じゃあ、私たちとかシリウスさんちのおじょーさま方の前衛1、後衛2っていうのは」
「一般的な決闘メンバーとしては、かなりバランスが悪い。一人にされる前衛の――リコリスちゃん、ワルターの負担がマシマシ」
「ですよねー」
ちなみに俺たち側のフルメンバー、前衛2に後衛3もあまりいいバランスではない。
仮に俺が神官・前衛型になったとすると、かなり安定感が増すだろう。
もちろん引き換えに、パーティ全体の回復力は下がってしまうが。
前衛型の神官はPvEではやや微妙とされているが、決闘適性は非常に高い。
「少数で後衛を守る場合の前衛には、高い運動能力と視野の広さが必要になります。そういう意味では、あの重戦士の方は自信があるのでしょう」
と、そんなリィズの追加分析である。
――おお、大剣をすごい勢いでぶん回している。
風圧がここまで飛んできそうな迫力だ。
当たらなかったが、ソラールコンビを大きく下がらせることに成功している。
それを見て、シエスタちゃんは小さく唸った。
「うーん。まー、少数での前衛後衛コンビが難しいのは理解できました。要は、ミスの許容値がめっちゃ低くなるってことですよね?」
「代わりに嵌まったときの打点は高くなる。というか、高くなるような戦術を組まないと無意味だ。だって――」
「安定感を捨てているからー?」
「――その通り」
「なるなる」
これは後衛が、俺のような支援型の神官であっても同じことだ。
勝負を決するためには「バフがかかった攻撃を前衛が決める」ことが目標になるからだ。
回復主体でじわじわ攻めるという戦術は、やはり3対3以上でないと成立させるのが難しい。
MPチャージや魔法詠唱中、1対2になる前衛がそんなに長く耐えられる道理はないし、倒されなくてもいつかは突破される。
「しかしお二人、やっぱ色々考えながらプレイしているんですねぇ」
「シエスタちゃんだって、しっかり会話についていけているじゃない」
「んー……」
質問や確認が多いあたり、普段はなにも考えていないことはわかる。
しかし打てば響く問答の早さ、要点把握などなど……。
今更、疑うまでもなく頭のいい子である。
「疲れるんで、普段からはやりませんけどね。リコとのおしゃべりなんて、ほとんど脊髄反射でもできるので。楽ですし、癒されますよ」
「貶しているのか褒めているのか、微妙な線ですね……」
「全くだ」
脊髄反射はひどい。
それだけ頭を使わずに、更に言うと気を遣わずに会話できると言いたいのだろうけど。
「ただまぁ、リコがいないとき……サイとは、小難しい話もしますし。決して嫌いなわけではないですよ」
「動くよりはお喋りのほうが楽だもんね」
「先輩、大正解ぃー」
「はぁ……」
つくづく省エネ第一で生きている子である。
横で呆れ顔をしている、勤勉なリィズとは正反対だ。
「とはいえ、ここまで色々と話したけれど。同ランク帯でも、実力には上下があるわけで」
「え?」
「そろそろ戦況が変わるよ」
俺がそう告げた直後に、弓術士から強いエフェクトを伴った矢が放たれる。
それは味方であるはずの重戦士の背に一直線に向かい――。
途中で二方向に分かれ、敵前衛をホーミング。
大柄な重戦士に隠れるように射られ、寸前まで軌道を読み切るのは難しいそれを……。
「「「おおー!!」」」
観客が沸く。
どちらも躱した――と同時に、走り出す。
槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で重戦士を跳び越すソラール。
いくらゲームで武器の重量が現実と違うとはいえ、かなり無茶な動きだ。
しなるタイプの槍でもないのに、しっかり体は高く浮き上がっている。
更に、追いかけようとした重戦士に二刀流の軽戦士・ジョッシュがラッシュ。
なんらかの自己強化スキル込みの、強い連撃でその場に縫い留める。
「おおっ!」
再度、一部の観客が叫ぶ。
弓術士に肉薄したソラールの槍に、光が収束。
「チェストォォォッ!!」
こちらにまで聞こえる気合の声と共に、速度を緩めず駆け抜ける。
結果、舞台上に立っているのは三人となった。
「うわ、一撃かぁ……こうなると、後は消化試合だね」
援護なしになった重戦士が、二人の戦士に囲まれる。
降参は……しないようだ。
場外に跳んだ仲間の弓術士に視線をやった後で、尚も剣を構え直す。
戦う気概を見せている。
「おー。先輩、預言者?」
「シエスタさんの冗談は置くとして。どうして戦況が動くことがわかったんですか?」
重戦士の最後の抵抗を見つつ、二人が疑問を投げかけてくる。
予見できた理由は多々あるが、最も大きな要素というと……。
「単純な話だよ。MPだ」
「MP?」
他にもあの重戦士の足運びだったり、弓術士の位置取りだったりもあるが。
どうも相手を「撃ちやすい角度」「スキルが当たりやすい角度」に誘導するような動きだったんだよな。
……と、それはそれとして。
「MPチャージのない職同士で戦うと、よほどの手数差がない限り……大体、上昇量が同じくらいになるんだ。だから――」
「あ、わかりましたわかりましたー。つまりー」
「あの辺りで、両チームとも中級クラスのスキルが使用可能なタイミングだった……そういうことですね?」
「おおーう、妹さんひどい……ヒドスー」
先んじてリィズに言われ、悔しがるシエスタちゃん。
辿り着いたのは同じ答えだったようだ。
「この試合は序盤から中盤まで、どちらも初級スキルなしで戦っていたから。タイミングはわかりやすかったと思う。リィズなら意識さえしていれば、俺より正確に両チームのMP量を計れたはず」
「……あー。妹さん、実戦経験が足りないから」
「偉そうに。あなたも同じでしょう? ……まぁ確かに、少数戦の経験はほとんどありませんが」
その代わりというか、普段リィズは「MPチャージ込み」の計算を「5対5」でやっている。頭どうなってんだ。すげえやウチの妹。
決闘時に対戦相手のステータスは見えないので、これは非常に大事な能力だ。
リィズほど正確でなくとも、なんとなく相手のMPが「多そう」「少なそう」という感覚は重要である。
それこそ仕掛けるかどうかの判断にかかわってくるからだ。
「そういう意味では、ちょっと相手側が早仕掛けだったかな……MPが溜まって、スキルを即撃ちだったはず。ソラールチームにタイミングを読まれちゃったからね」
その上で、あえて仕掛けを遅らせたりずらしたり。
相手の準備が不十分なら畳み掛けと、駆け引きがある。
熟練者は充分な思考や言語化がなくても、経験の蓄積からくる「慣れ」でそれができる。
だから、全ての決闘ランカーがこんな面倒なことをごちゃごちゃ考えているわけではない。
それでも、俺のような思考先行タイプが理屈を知っておくのは大事だと思うのだ。
「ってことはー、思ったよりも重戦士が追い込まれていたんですかね? それとも弓術士の人が焦った?」
「さあ、こればっかりは。上から見ていたほうがわかりやすいこともあれば、対面している人間にしかわからないこともあるから」
「それも含めて実戦経験、というやつですか」
「多分な」
ちなみに我が同盟内での決闘回数は、トビ>俺≧ユーミル>リコリスちゃんといった順だ。
俺の参加数が多いのは、ユーミル・トビの後衛として引っ張り回されているせい。
バランス悪い、弱いと言いつつ少数戦の経験もそれなりに多い。
「あー、オワター」
「終わりましたね」
そうこう話しているうちに、重戦士が倒れた。
あの後、重戦士が見せた意地に心を打たれたソラールさんが、後方腕組み待機へ移行。
そして、ジョッシュさんが一騎打ちで倒すという展開に――場内からは多数の拍手が送られた。
うーん、俺たちだったら囲んで袋にしている気がする……。
「さて、俺は別の会場も見に行こうと思うんだけど……二人はどうする?」
なんとなくだが、二人の動きが落ち着かないものになっている気がした。
他にしたいことができたのではないかという問いに、返ってきたのは……。
「……ちょっと、セッちゃんを誘ってイベントに参加なり観戦なりをしようと思います。ハインドさんの傍にいたい気持ちは天よりも高いのですが、このままですと己の不甲斐なさが許せませんので」
「お、おう。セレーネさんに関しては、鍛冶に根を詰めすぎないよう、休ませないとだしな。外に連れ出してやってくれ」
リィズの一旦ホームに戻り、セレーネさんと合流するという答え。
それから――
「先輩の考え方というか戦術論的なの、噛み砕いてリコに教えてもー?」
「ああ、いいよ……噛み砕くのは確定事項なんだ?」
「ですです。幼児に飲ませる風邪薬くらい手を加えませんとー」
「そ、そっか」
――リコリスちゃんとサイネリアちゃんのところに向かうというシエスタちゃんの答え。
もしかしたら二人とも、俺が一人になれるよう気を遣ってくれたのかもしれない。
……ともあれ、次の目的地は別々ということになり。
俺たちは、まだ熱気の残る闘技場を後にしたのだった。