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ハインドのぶらり闘技場散策 前編

 問題は、誰に「組んでください」と声をかけるかである。

 そこまでフレンドが多くないのだから、さっさと全員にメッセージを送ってしまおう――という考えもぎるものの。

 どういうタイプ・職の人に声をかけるか、という方針くらいは決めておきたい。

 そういうところが無分別だと、相手に失礼だ。

 都合が合えば誰でもいいのか――と。

 それに……。


「せっかくなら勝ちたいからな」


 ユーミルも、負け癖がどうのと騒いでいたが。

 なんのことはない、勝ちにえているのは俺だって同じだ。

 そんなわけで、個人的な方針決定のため闘技場へ向かっている。

 考えをまとめるなら実戦を参考にするのが一番だ。

 自らは戦わないので、今回は観る側として行くわけだが。


「なにか言いましたか? ハインドさん」

「いや、なんでも」


 隣を歩くリィズが俺のつぶやきを拾う。

 観戦に向かうと言ったら、一緒に行きたいと言い出したためだ。

 それから……。


「うぃー……前から思っていたんですけど、ウチのホームって神殿まで遠くないですか?」


 シエスタちゃんもいる。

 サイネリアちゃんも来たがったが、ホームでシエスタちゃんとこんな会話があった。


「サイはリコのおりね」

「……」

「だいじょーぶだって。変なことはしないから」

「本当ね……?」


 他にも「今度は私のターン」だとか「どうせ妹さんもいるし」などという言葉がシエスタちゃんから出て……。

 わかるような、わからないような会話の後、シエスタちゃんのみ帯同ということに落ち着いた。


「先輩。おん――」

「そういえば、ハインドさん。この前はありがとうございました」

「――ぶ?」


 シエスタちゃんが俺の背に手を伸ばすのと同時に、牽制けんせいするようなタイミングで声を上げるリィズ。

 この前……?


「ハインドさんの背中、とても温かかったです」

「ああ……」


 その言葉で理解できた。

 理世が風邪を引いて、背負って帰った時の話か。


「なんです? なんの話です?」


 いぶかしむシエスタちゃんに、リィズは余裕のある笑みを向ける。

 それから、あの日のことを語り始めた。




「――ということがありまして。どうです? うらやましいでしょう?」


 神殿に向かう足は、一旦止まっている。

 まだ現在地は商店通りの一画だ。

 リィズがあまりに情感たっぷりに語って聞かせるものだから、長い話になってしまったのだ。

 シエスタちゃんにとっては、いい休憩になったようだが。


「おおう、謎のマウント」

「謎ではありません。ハインドさんの背中は、あなたのものではないと私は主張します」

「あー、そういう……」


 そういう話に持っていきたかったらしい。

 思い出として心にしまっておいてもいいだろうに、わざわざ事細かに言うとは。

 最初からだけど、リィズはシエスタちゃんを警戒というか特別視している節がある。

 ユーミルに対するそれとは、また少し違う感情を持っているようだ。

 ……シエスタちゃんに話したいことは終わったようで、今度はこちらを向く。


「それはそれとして、不覚でした。まさかあの程度で風邪をひくとは」

「いいんだよ、ああいう時くらい甘えても。リィズは早く自立したいみたいだけど」

「自立、とは少し違うのですが……」


 またまたぁ、知っているぞ。

 理世がスカラシップ入試での合格を狙っているの。

 早々に経済的に自立してしまいそうな気配があって、誇らしさを感じると同時に寂しい。

 お兄ちゃん寂しい。

 ……仮に学費が免除になったとしても、生活費の面倒くらいは見させてほしい。

 せめて大学卒業までは。


「自立というかー、捕食の準備動作ですよね? こう、ぐわっと飲み込んで閉じ込める感じの。もちろん被捕食者は、せんぱ――」

「黙りなさい」

「あいー」


 うん……うん?

 なんだか不穏な会話内容が聞こえた気がするが、「深く考えるな」と脳の一部が警鐘けいしょうを鳴らしている。

 素直に従い、神殿に向けての歩みを再開する。


「ちなみに先輩の好みは、ちょっと手のかかる子ですよね?」


 そう言うシエスタちゃんの顔には「からかおう」とか「反撃してやろう」と書いてある。

 リィズに言われっぱなしで終わる気はないようだ。


「否定はしないよ。もうわかっていると思うけど、世話を焼くのは性分だから」


 今さっき、リィズの自立に関して寂しい気持ちになったばかりだ。

 結局のところは……そう、あれだ。

「手のかかる子ほどかわいい」というやつだ。

 リィズには、もっと我儘わがままや要望を言ってほしい今日この頃。


「ほーほー。先輩先輩、ここに先輩の好みドンピシャの子が!」

「語るに落ちていますよ」


 自分を指差しアピールするシエスタちゃん、それに呆れ顔を向けるリィズ。

 ……うん、まあ。

 確かに君は、手はかかるけれども。

 その気になれば全部できちゃう子じゃない。その気がないだけで。


「いいんですよー。諸々、隠す気ないのでー。ずっと言っていますけど、私は世話焼き熱烈希望です」

「と、言われてもなぁ……」


 ずりずりと背をよじ登ってくるシエスタちゃんの足を抱え、軽く屈伸して位置を安定させる。

 シエスタちゃんもそれに合わせ、しっかりと腕を足でホールド。

 互いに慣れた動作でおんぶの体勢が完成した。

 ――はっ!? つい反射的に!


「ちょっと。なにシレッと背中に乗っているのですか」

「はい?」

「降りてください」


 リィズの牽制、なんのその。

 まるっと聞かなかったようなシエスタちゃんの態度を見て、さすがにリィズの声音に苛立ちが乗る。


「まー、甘え下手は損ということで。ここはひとつ」

「誰が甘え下手だと?」


 甘え下手……確かに、そういうところはあるな。

 シエスタちゃんの言葉は正鵠せいこくを得ている。

 弱いところを見せたがらないというか。


「それに、先輩だって妹さんとは違った感触を背中で楽しんでいますってー。ほら、私はいいところの肉付きがー……ね?」

「――ハインドさん。引きずり下ろして叩きつける許可をください」

「ああ、今のはひどい。引きずり下ろすところまでは許可する」

「わかりました」

「あー」


 二人同時を敵に回す発言に、兄妹の行動は一致。

 俺が足を支えていた手を放し、リィズが背中を引っ張った。




「おー、やってるやってるー」


 シエスタちゃんがのっそりした動きで、目の上に手をやりつつ周囲を見回す。

 だるそうにしながらも、自分の足で闘技場の観客席通路に立っている。

 今日はおんぶ禁止だ。

 俺も同じように周囲を見ると、俺たち以外の観客の姿がちらほら確認できた。


「昨日なんかよりは、観客の姿が見えるな。俺たちの試合は無人だったのに」

「Sランクマッチですからね。イベントが合わなかった人、闘う気力が足りない人、対人戦が嫌いな人……」


 その三つ、全部同じでは? と言いたくなるが、細かくは少し違う。

 面倒だからそこには触れずに、リィズの言葉の続きを予想する。


「でも、観るのは好きな人たち?」

「そういう手合いが、段々と集まりはじめているとー?」

「だと思います」


 見る専と化した人たちが徐々に増えているようだ。

 リィズが挙げた理由以外にも、本戦付近のスケジュールが合わないだとか、色々と理由はあるのだろう。


「もちろんハインドさんのように、組む人や戦いの参考にする人もいるでしょうし……」

「あ、察していたか。さすがリィズ」

「戦いの合間に、休憩を兼ねて観にきている人もいるでしょう」

「私の場合は、ずっと休憩のターン! で万事OKですが」


 へにょっと、ポーズを取った後に脱力するシエスタちゃん。

 そこまでではなくとも、観始めたら止まらなくなった人もいるのではないだろうか。

 自分が参加する決闘は消費カロリーが高いからな……。

 いくらでも連戦できる、という人は精神構造がちょっと特殊だと思う。


「ところであそこ、すごい形相でメモを取りまくっている人がいるんですけどー……」


 偶然、視界に入ったのだろう。

 最前列で、身を乗り出すように観戦している人を示して言うシエスタちゃん。

 今にも観客席から落下してしまいそうな、半端ではない熱の入りようだ。

 その手には、なにかが握られているようで……。


「予想屋じゃないかな? 賭けの」

「あー」


 羊皮紙に墨のチョークで、手を黒くしながら得た情報を細かく書き込んでいる。

 現代でも競馬場や競艇(きょうてい)場、競輪(けいりん)を始め多種多様な競技で似た表情かおをした人はたくさんいるだろう。

 そういったレースだけでなく、球技にだって金銭を賭けた勝敗・点数予想が存在するくらいだ。

 持ち物が新聞とボールペン、そこから更に進んでスマートフォンに置き変わっただけの話である。

 ……そういえば、今回は第一回大会とは違う部分があるんだよな。


「――前回は、初期イベントだからそこまで大金は動かなかったんだけどさ」

「はい?」

「今回は出ると思うんだよ。超大型配当」

「……なるほど」


 俺の言葉に、リィズが納得しつつも考え込むような仕草をとる。

 今はサービス開始から一年近くが経過し、各プレイヤーが持っている資産も大きく増加した。

 もちろん個人差はあるものの、それでも第一回大会とは比べ物にならない額が賭けのテーブルに乗るわけだ。


「で、イベント後に急に金満プレイに走るプレイヤーが出るわけですかー」

「全身高額装備で固める、などがベタな使い道でしょうか」

「おー。それ、中身が弱ければ弱いほど芸術点が高いですねぇ」


 二人がイベント終了後の光景に思いを馳せる。

 TBのゲーム内マネーは利用価値が高い。

 課金して得る別の「有償コイン」などが存在しないので、莫大なゲーム内マネーがあれば無茶なプレイも可能になる。


「配当金を元手に、商人プレイとかもありだね。現地人だけの傭兵団なんかも結成できるし、裏社会に切り込んだりもできちゃう」

「うーん、夢が広がりますねぇ。だからああして、必死になる人が出るわけですかー」

「賭けて勝つより少額にはなるけど、集めたデータを売っちゃう手もあるね」

「お、それは頭のいい稼ぎ方だー。そっちはあんまり、夢はないですが」


 シエスタちゃんの言う通りだが、データ売りは確実な稼ぎになると思う。

 しかし、掲示板でもデータがどうのという話は出ていたかな?

 割と予想屋の数は多くなりそうなので、競合が多そうなのがネックか。


「……ハインドさん。そろそろ次の試合がはじまりそうですよ」

「おっ」


 ――と、いつの間にか眼下の試合が終了していたようだ。

 リィズが袖を引いた直後に、両チームの選手が転移していくのが見えた。

 話に夢中になっていたせいで、ほとんど試合内容を見られなかったな。


「この闘技場は、えーと……何対何でしたっけ?」

「2対2だね。Sランク闘技場だから、有名プレイヤーも割と出てくるはず」


 そんな話をシエスタちゃんとしつつ、次の決闘者を待っていると――観客たちの間からどよめきが起こる。

 金と赤の派手な髪色に、大きな円錐形のランス。

 不敵な笑みで、背筋を伸ばして立つ彼は……。


「お、噂をすれば。ソラールさんだ」


 グラドの最大手ギルド『ソール』のギルドマスター、ソラールさんが現れた。

 ペアになっているのは副官ポジの神官・ソンブラさんではなく、幹部で軽戦士のジョッシュさん。

 2対2の中ではスタンダードな組み合わせの前衛コンビだな。

 騎士と軽戦士。

 どちらも1対1(タイマン)能力が高いので、安定感がある。


「おー、いいですねー。観戦的には大当たりだー」

「観客もいていますね……というか、急に数が増えましたね」


 ソラール・ジョッシュコンビの名を見てか、他会場の観客も集まってくる。

 そこら中に転移の光が出ていて、実ににぎやかだ。

 ただ、それらを待つことなく――予選ということもあり、試合はすぐに開始された。

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― 新着の感想 ―
>他にも「今度は私のターン」だとか「どうせ妹さんもいるし」などという言葉がシエスタちゃんから出て…… >「ほーほー。先輩先輩、ここに先輩の好みドンピシャの子が!」 >「いいんですよー。諸々、隠す気ない…
ついに反射の領域にまで突っこんでしまったかハインドよ… シエスタちゃん推しとしてはとてもニマニマ。
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