打診
三人揃って、決死の突撃をした結果――
「負けた……」
――負けました。
三人で接近できたまではよかったが、ワルターの防戦でリィズが脱落。
正確には足止めしたところに炎という、ヘルシャたちにとって理想的な展開。
仕方ない、弾幕を見切って回避コースの指示出しをしていたのはリィズだった。
終始負担が大きく、体力もHPも真っ先に尽きてしまった。
その後、俺は炎から身を盾にして、ヘルシャのところまでユーミルを送り届けた……のだが。
ユーミルが放った『バーストエッジ』から、カームさんが魔法を解いてヘルシャを庇う。
……両チームの神官が似たような動きをしたが、明暗は大きく分かれることに。
最後は一対二。
「MPなし・HP半分で孤立した騎士」対「MPに余力ありの魔導士」+「HPに余力ありの武闘家」の構図。
その後、どうなったかは語るまでもなし。
「むうう! 最近、負け癖がついている気がするぞ! よくない!」
樽型のマグカップを叩きつけ、荒くれ者のように悪態をつくユーミル。
ここは選手控室……という名の闘技場酒場。
ちなみに、ユーミルのカップの中身はオレンジジュースである。
色は似ているが、ビールのように泡は立っていない。
「幸いなのは、どれも大舞台での敗戦じゃないってことくらいか」
酒場では雑談、飲食、作戦相談などができる。
プライベート設定による人払いも可、その場合は独立空間へご案内。
そうでなければ、現在のようなガヤガヤとした「それらしい雰囲気」を味わえる。
俺たちは壁際の円卓を囲んで座っている状態だ。
「噂は駆け巡っていますがね。すっかり弱くなったと」
「ぐぬっ!」
リィズがそれとなく周囲に視線を流しながら、そうつぶやく。
基本はみんな、自分たちのイベント成績と戦法相談などに夢中だが……。
何人か、こちらに向いている視線を感じる。
――どうも、弱くなったランカーです。
「おほほほほ! これで向こう三ヶ月ほど、思い残すことはありませんわ!」
「ぐぬぬ……」
まあ、ランカー関係なく容姿が目立つ連中が並んでいるのが悪いが。
特にユーミルとヘルシャが並んでいると超目立つ。どちらも派手だ。
声も通るしアクションも大袈裟なので、更に目立つ。
決闘前の言葉通り、こうしてヘルシャたちと話す場を設けたのだが……うん?
「思い残すことはないって……今回のイベントはいいのかよ?」
ヘルシャから妙な発言があった気がして、俺は訊き返す。
ちなみに、決闘中の発言に対する謝罪は先にしておいた。
カームさんの助けもあり、それほど怒られずに済んだ。お嬢様はお優しい。
「いいということはありませんが。全制覇を掲げるほどスケジュールを開けるのは、少々……」
「難しい、忙しいと。年度末だもんな」
ゲームをたっぷりプレイする時間を確保するのは無理だと、ヘルシャが言う。
たっぷりでなければ可能、というのがすごいと個人的には思ってしまうが。
「ええ。ほとんど判を押すだけとはいえ、色々と必要な手続きがありますわ。わたくしの故郷では、年度末は年末と一緒でしたが」
「イギリスとかカナダとかだっけ? 同じ三月末までなのって」
会計年度末――要は決算期だな。
同年代の人間であるヘルシャから、会社経営の話をされると変な気分になるが。
今更か。
「ふふ。ですが、よい思い出ができましたわ! 一つか二つ程度のカテゴリに絞った上で、本戦で運よくあなたたちとの再戦が叶うなら――と思っていましたから」
「最初から俺たちが標的かよ。どこに焦点を合わせてんだ」
考えてみれば、ヘルシャから見た俺たちは勝ち逃げ状態だったわけか。
言葉に違わず、リベンジを果たしたお嬢様。
実にいい笑顔である。
「予選で会えて、しかも勝ってしまうなんて! ああ、気分がいい!」
「ぐぬぬぬ!」
「弾幕コンボが決まったのも最高の気分ですわ! オホホホホ!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」
そして反比例するように、夜叉だか般若だかのような顔で呻くユーミル。
偉い偉い、キレて――はいるだろうが、物に当たったり他人に当たったりはしていない。
悔しいだろうに。そういうところ立派だよ、本当に。
継承スキルを使わなかったことは言い訳にならない、というのもよくわかっている。
温存・隠匿は俺たちの勝手な都合だからな……。
「ハインド! 次に行くぞ次に!」
「次って――予選にか?」
「決まっているだろう! こんな落ちた気分、勝利によってしか立て直せん!」
ビール風に見えるジュースを飲み干すと、俺の手を引き荒々しく立ち上がる。
俺たち、まだミルクを飲み終わっていないんだが?
リィズなんて一口も飲んでいないんだぞ?
「お待ちになって」
そしてこちらは、優雅にワイン――に見える、葡萄ジュースの入ったグラスを置いて呼び止める。
グラスもジュースも、どこからかカームさんが取り出したものだ。
酒場の商品を注文してやれよ……。
「なんだドリル! 再戦以外の話は受け付けんぞ!」
「狭量すぎませんこと!?」
ユーミルの態度は、けんもほろろ。
あからさまな拒絶に、さすがのヘルシャも鼻白む。
「ん、んっ! 再戦の話ではないのですが――」
「じゃあ話しかけるな」
「お子様みたいな反応ですわ!?」
「わかりやすく拗ねてら」
席に戻ってミルクを口に含み、成り行きを見守る。
……うん、山羊の乳かな? これは。
「恥ずかしい人で、申し訳ないです」
フォローなのか皮肉なのか、微妙なことを言ったのはリィズ。
それに応えたのは、壁際に控えるように立つワルター。
「でも、素直で好感が持てますよ。これが、お嬢様でしたら――」
「ワルター」
「――はい! 黙ります!」
なにを言おうとしたんだろうなぁ……。
ワルターも硬さが取れたというか、最初に会ったころより素を見せてくれるようになった。
同時にヘルシャに叱られる回数が増えた気もするが、ずっと恐縮しているよりはいいはずだ。
「お嬢様が最初の闘技大会で敗北された際は、しばらく私室にこもって出てきませんでした」
「カーム!? どうして言うんですの!? どうして言ってしまうんですの!?」
……やっぱり悔しかったんだな。
俺とリィズは同じ動きでミルクを飲むと、生暖かい目で憤るヘルシャを見つめた。
お嬢様はチャーミング。
「プリンで機嫌が直りましたが」
「お子様」
「お子様ですね」
「やめてくださいまし! 兄妹揃って、そんな目でわたくしを見ないで!」
「――フン! 子どもっぽいのはどっちだ? ん?」
俺たちは和んだが、ユーミルは依然トゲトゲしたままだ。
無理にトゲを抜こうとすると怪我をするかもしれない。
「か、カームの手作りプリンは美味しいんですのよ!?」
「ハインドが作ったプリンのほうが美味い! 絶対に美味い!」
「どうどう、ユーミル」
「お嬢様。少々、声が大きいかと」
名を挙げられた俺たちは取り合わず、互いの相手を諌める。
プリンの美味さはどうでもいい……とは言わないが、話が進まない。
「ヘルシャ。ユーミルは一旦放っておいていいから、話してみてくれよ」
「そ、そうですわね。では」
そんなわけで、続きをヘルシャに促す。
イライラと足踏みしつつも、ユーミルは一応その場に留まっている。
なんだかんだで、聞く気はあるようだ。
「単刀直入に言いますわ。わたくしたち三人と一緒に、グループ戦に出ませんこと?」
俺とリィズは顔を見合わせた。
ユーミルは変な顔をした。
「言い方を変えましょうか。グループ戦のメンバーに、わたくしたちを加えていただけませんこと?」
「ほう! それは私たちの傘下に入るということだな!?」
「ユーミルさん。話がややこしくなるので黙ってください」
「なにおう!」
一瞬で機嫌を直したかに見えたユーミルだが、リィズに一蹴されて逆戻り。
……ともかく、もっと詳しい話を聞かないことには。
「えーと……ヘルシャ。他のシリウスメンバーは、なんて?」
「メンバー全体の傾向として、少数での対人戦が苦手な方が多いようでして」
少数での対人戦……? これまた妙な言い回しだが――そうか、なるほど。
お嬢様が絡まないとモチベ上がんないよな、あの人たち。
シリウスのメンバーって、基本的に執事やメイドなんかのロールプレイをしている人たちだから。
ヘルシャがリーダーとしてずっと先頭にいる、ギルド全体の団体戦だと頑張るんだけどなぁ。
誰かが四対四や五対五、グループ戦にヘルシャと一緒に出られたとしても、出られなかったメンバーから不満が出るだろう。
シリウスはきっちり定員五十名が在籍している上に、サブギルドもある大所帯だ。
「事後承諾になりますが、文句を言うメンバーはいないと思いますわ」
「そうかい」
そういうことなら納得だ。
そもそも、シリウスにおいてヘルシャの発言は絶対である。
……であれば、話を受けるかどうかだが。
「……ユーミル。俺は受けてもいいと思う」
まずはユーミルに目を向け、自分の考えを伝える。
「なんだと!?」
「というか、むしろありがたい話だろ」
「そうですよ」
リィズも俺と同じ意見なようで、言葉を後押ししてくれる。
「どう考えても、グループ戦を私たち八人だけで回すのは難しいです」
「どの辺が!?」
「相手からすると、対策が簡単になるからですよ」
「編成の幅が狭いよな」
「へっ……!? むぅ……」
ユーミルは大方、体力面の話だとアタリをつけていたのだろう。
グループ戦の人数を増やす最大のメリットは、対戦相手が的を絞りにくくなることだ。
相手は誰を出してくるのか、自分たちは誰を出せば有利になるのか、という。
「もちろん体力面でも、他のカテゴリに出易くなるってメリットがあるぞ。グループ戦の日程はイベントの最後だから」
「グループ戦に多く余力を残そうとすると、どうしてもパフォーマンスが落ちますからね。あなたの大好きな、全力の戦いからは程遠くなりますよ?」
「……ちっ。だったらお前たち、メディウスたちはどう来ると予想する?」
感情論での反対は無理だと悟ったのか、ユーミルなりに頭を回し始める。
うん、そもそもグループ戦出場の目的はメディウスたちを倒すことだからな。
「あいつらがグループ戦だけに絞るなら、最小の五人だけで来る可能性もある。セゲムの構成人数は十名弱らしいけど、動画でよく見るのは五人だからな」
チャンネルでTBを始めた直後に出ていたメンバー数人が、最近の動画には出なくなっている。
どうも途中で人数をパーティ定員の人数――五人まで絞った感がある。
抜けたメンバーは抜けたメンバーで、他のゲームに忙しいのだろう。
もちろんその人たちを呼び戻すなり、一時的に外部から助っ人を呼んで増員するなど、可能性を挙げればキリがないが。
最も可能性が高いのは最小構成だと俺は踏んでいる。
セントラルゲームスのチャンネル視聴者が望んでいるのも、そういう参加の仕方だろうし。
「五人のセゲムに対し、私たちは多人数で迎え撃つ? それって……」
「別に卑怯でもなんでもないぞ。少数なら、それだけ連携が密になる。デメリットばかりじゃない。いつも俺たちがやっていることじゃないか」
「むむむ……」
反面、俺たちのようにメンバーを増やすほど、連携にボロが出る確率が上がる。
メリットは先程触れた通りで、さすがにいいことばかりというわけにはいかない。
同じギルドメンバーでないのなら、尚のこと。
「どうなさいますの? わたくし、無理強いはいたしませんことよ?」
「むむむむむ……」
それらを踏まえた上で、判断を下すのはユーミルの役割である。
ヘルシャが決断を迫る。
ユーミルはしっかり、それはもうしっかりと間を取って考えた上で……。
「受け……よう」
探るような目をしたヘルシャの視線を受けつつ、やや苦し気にそう答えた。
立ってしっかりユーミルの正面で笑顔を見せた後に、ヘルシャは両の手を合わせる。
パチッと乾いたいい音がした。
「ふふ、そうこなくては! 早速、予選出場のスケジュール合わせをいたしますわよ!」
言いながら着席し、今度は俺とリィズを招き寄せる。
時間が足りないというのは本当のようで、今のうちに実務的な話まで済ませてしまいたいようだ。
「グループ戦は一戦あたりの時間がかかりますから、余裕を持って早めに予選に出ておきたいですわね!」
「出場グループ数によっては、楽できそうだよな。程々の成績で本戦入りできそう」
「大雑把な編成の組み方、戦術の方針なども決めておきませんか? 暫定でいいですから」
俺とリィズはヘルシャに応えつつ、カームさんとワルターにも視線を送った。
ヘルシャだけでも可能といえば可能なのだろうが、せっかくだから話し合いに参加してほしい。
――二人とも察しがいいので、すぐに卓に近づいてきてくれた。
「そうですね。場合によっては装備の強化や継承スキルの取得など、本番までに必要なこともあるでしょうから」
「カームさん。ヘルシャもですけど……時間は大丈夫なんですか?」
「捻出します。みなさんと一緒にグループ戦に参加する以上、半端な真似はできませんから」
「もしかして、ボクも師匠と一緒に戦ったりできますか……?」
ヘルシャたちシリウストリオは、忙しいと言いつつも三人全員が楽しそうだ。
カームさんとワルターは、あくまで付き合いでゲームをやっていたのかと思っていたのだが……。
この様子を見ると、そうでもないとわかり嬉しくなってくる。
「ユーミルも。いつまでも拗ねていないで話し合いに混ざれ」
――と、そこで俺は不機嫌顔で立ったままのユーミルに呼びかけた。
こういう楽しい場で、ユーミルが隣にいないのは落ち着かない。
早く座ってくれ。
「拗ねとらんわ! ――いいか、ドリル! 従者ズ! 次に敵になったときは、絶対に私たちが勝つからな!」
「根に持っているじゃないか」
「持っていない!」
文句を言いつつも、ユーミルはしっかり円卓に戻ってきた。
そうこなくっちゃな。