灼熱の後半戦
ヘルシャたちとの決闘(イベント予選)後半戦。
前半の優勢からは打って変わり、俺たちは苦戦していた。
「ぬおおっ! ハインド! カバーカバー! フォローミー! じゃない、ヘルプミー! 助けてぇぇぇ!」
「うるせえ! わかってる!」
『ホーリーウォール』を纏った体で、ユーミルに飛んできた火炎弾をブロックする。
ユーミルはワルターの対処で手一杯だ。
リィズは頑張っているが、魔法だけでなく近接攻撃を織り交ぜるヘルシャに苦戦。
そしてカームさんだが……。
「くっ、無理か!」
位置取りが上手い。
倒れたまま『シャイニング』を放とうとするも、ワルターとユーミルの背後に回るように動いている。
こんな状態なので、カームさんの回復・支援が止まらない。
俺はこの通り、戦線が崩壊しないよう駆け回るので精一杯だ。
今も横っ飛びしたせいで転んでいる有様。
立ち上がるまでの時間がもどかしい。
「すまんハインド! すぐにワルターを倒して、数的有利を作る!」
「焦らなくていいっ! そんな容易い相手じゃないぞ、ワルターは!」
ユーミルは甘く見ているようだが、ワルターは強い。
空手をベースとしつつも、総合格闘技の選手のような柔軟な動きもしてくる。
「えへへ……」
「喜んでいるんじゃありませんわよ、ワルター! 敵の言葉に!」
「はい! 申し訳ございませんっ!」
それが気功型の自己回復力と相まって、戦闘不能になる兆しが見られない。
結果、カームさんの支援・回復はヘルシャに集中可能というわけだ。
バフが重なり、炎の強さが段々と増している。
「リィズ! リィズ! 大丈夫か!?」
俺たち以上に負担が大きいのはリィズだ。
俺の『シャイニング』程度でも、詠唱妨害の手としては重要となる今の局面。
ユーミルのカバーに回った代償は、リィズのHPの半分が焼失という事態だった。
駆け戻ると火属性魔法の爆炎を受け、倒れていた。
「すまん、回復してやる余裕はない!」
ヘルシャの魔法詠唱を『シャイニング』で妨害し、せめてリィズが体勢を立て直す時間を作る。
ヘルシャは魔法のキャンセルを受け、忌々しそうに鞭を振り回してくる。
当然、俺はユーミルのように回避できず――直撃を受けた。顔面に。
「いってえ!」
「あら、ごめんあそばせ」
絶対にワザとだ!
なんということでしょう、ビンタのように頬にピンポイントに先端がヒット。
――現実の鞭だったら、頬がばっくりと裂けていたと思う。
想像すると割とグロい。
……さっきの失言の恨みだな? そうなんだな?
とはいえ、魔法職の物理攻撃。
衝撃の割にダメージはそこそこといった程度である。
それよりもリィズだ。
「リィズ! 立てるか!?」
「――っ、まだ行けます」
「よし!」
闘志を感じる言葉と共に、煙の上がる体を起こしたリィズ。
そしてまた、魔法詠唱の妨害合戦が始まる。
先程は妨害失敗で、ユーミルに炎が飛んでしまったが……今度はそうはいかない。
気合を入れ直していると、ヘルシャが含みのある笑みを浮かべる。
「フフ。あなたたち、なにやら継承スキルを出し渋っているようですけれど」
――やはり気づくか。
ただ、こちらの会話がユーミルに聞こえていないのは幸い。
俺たち兄妹は顔色を変えずに受け流す。
それを気にした様子もなく、ヘルシャはこう続けた。
「わたくしたちは遠慮しませんわ! ――ワルター! 裂震脚を使いなさい!」
「はいっ!」
今から継承スキルを使うという余裕の宣言。
ご丁寧に技名まで教えてくれる。
ワルターは呼びかけられると同時に、大きく跳びあがった。
「たあっ!」
そのまま舞台の地を両足で、強く踏みしめる。
……なにが起こるのかと身構えていると、異変を報告したのはユーミルだった。
「ふおおっ!? 地震か!?」
「え?」
急にユーミルがふらつきだした。
立ち眩み――でないことは、石畳がぶつかり合う不穏な音でわかる。
「ユーミルの足元だけ、強く振動している……?」
「そこです!」
「ぬあっ!?」
足を取られるユーミルに、ワルターの押し込むような蹴りが炸裂。
そのままユーミルは倒れ込む。
ダメージよりもダウンを奪うことに重点を置いた攻撃だ。
同時に気絶スキルも使用していたのか、『スタン』の表示と共にユーミルが動けなくなる。
まずいぞ!
「カーム!」
「かしこまりました」
先程から、ヘルシャの一切隠さない指示は自信の現われか。
俺たちの初級魔法による詠唱妨害を、ヘルシャは鞭の一閃で防ぎきる。
――そこまで密集してはいなかった。
むしろ的を絞らせないよう、散開気味に立っていた俺とリィズを一度の攻撃で黙らせてくる。
どういう鞭捌き&技量だよ! おかしいよ、あのお嬢様!
「くっ……!」
「マジか!」
「甘いですわよ! それでもランカーですの!?」
「……あなたの動きが、一般的な高校生を逸脱しているだけでは?」
つい、といった様子で漏れた感じのリィズのつぶやき。
全面的に同意だが、その間にカームさんの詠唱が完成してしまう。
ワルターのものは未知のスキルだが、こちらはよく知られたスキル。
「お嬢様」
「ええ、カーム。そのままわたくしの後ろへ」
発動者が静止することを条件に、味方に強バフをかける『戦神への祈り』という支援魔法。
対象が近接職なら、物理攻撃力上昇とスキル消費MP軽減効果を。
魔法職なら――
「フフフ……」
「マジかよ……」
――魔法攻撃力上昇、そして同じく消費MP軽減。
デメリットを薄めたサクリファイスとも、サクリファイスの上位互換とも言われている技で、コモン継承スキルとしては最上位のものだ。神殿に多額の寄付をすれば習得可能。
……ただ、これで終わりとは思えない。まだなにかある。
予想通り、仕上げと言わんばかりにヘルシャも継承スキルらしきものを発動。
全身に赤く揺らめくオーラ状のエフェクトを纏いはじめる。
詠唱がなかったことから、非魔法の自己バフ……そう認識したのも束の間、かなりの短詠唱で火魔法を次々と飛ばし始めた。
もしかして、詠唱短縮効果のある技か!? しかも再使用時間まで減っている!
「ほらほら! そのままだと、全員焼かれてしまいますわよ!」
「はははっ! 滅茶苦茶しやがるな!」
綺麗な連携、そして徹底したヘルシャ中心の戦術に笑ってしまう。
ワルターが採用している足止めスキルも、最終的にヘルシャが魔法で相手を焼くと思えば合理的。
ワルターが持つ優しさと、詰めの甘さをカバーできる戦術でもある。
そういう意味では、ヘルシャも優しいと言えるのだが――と、思考が脱線気味だ。
ここでなんとかしなければ負ける!
「ユーミル!」
ヘルシャ強化の起点になっているカームさんへの接近は、不可能と見た。
炎魔法が切れ目なく飛んでくる。
短詠唱の魔法を飛ばす隙すらない。
リィズに目で合図して、連続で放たれる炎を必死に回避しながらユーミルの下へ。
駆けて辿り着くと、ちょうどスタンの切れた体を抱え起こす。
「ユーミル、起きろ! 負けるぞ!」
「――むおっ!? 一面火の海!」
スタン状態は技にもよるが、視界暗転も含まれる。
起きたユーミルは舞台の炎上に驚いている。
ただ、驚いているのはユーミルだけではない。
対面のワルターも目を見開いている。
「復帰が早い!? でもっ!」
「そして目の前ぇぇぇっ!」
「うおおおいっ!? 俺ごと動くなぁっ!」
眼前に迫るワルターを迎え撃とうと、ユーミルが強引に剣を構えた。
その動きの反動を受け、俺はワルターとユーミルの間へ。
――一瞬、俺の姿を捉えたワルターの動きが鈍る。
偶然できたその隙を狙い、ユーミルはワルターを斬ろうとしたが――炎の弾丸が俺とユーミルに向けて殺到してきた。
「「!!」」
初級魔法『ファイアボール』の、通常では有り得ない超連射。
しかも強化されているせいか、火の玉が一般的なそれよりもでかい。
中級魔法の『フレイムバレット』に近いサイズがある。
視界一杯に火の玉の群れが迫り……。
「危ないハインドォォォ!」
「ぐっほぉ!?」
命中直前、剣を投げ出し、体当たりで俺と二人同時の回避をするユーミル。
危ないのはお前だ! と叫びかけたが、なんとか留まる。
正直どうかと思う一連の動きだったが、おかげで体当たりと転倒によるHP-5の表示だけで済んだ。
即座に転がるようにしながら起き、逃走を開始。
ユーミルの剣はリィズが拾い、三人揃って舞台の外縁を走り回る。
「なんなのだ! なんなのだ、これは!」
剣を受け取ったユーミルがぼやく通り、もう決闘の体を為していない。
一方的に放たれる多量の炎弾を、ひたすら避け続けるだけの時間と化している。
狩りの獲物にでもなった気分だ。
「オホホホホ! これこそ! わたくしの理想とする“弾幕”の姿ですわ!」
「TBにシューティングゲームを持ち込むな! 馬鹿ドリル!」
流麗な金の巻き髪を振り乱し、いい笑顔でヘルシャが炎の玉を乱射してくる。
楽しそうで非常に結構だが、撃たれる俺たちはたまったものではない。
炎の種類も通常弾・散弾・榴弾と、複数種類を撃ち分けてくるせいで回避が辛い。
「はぁ、はぁ……某艦長も大満足な弾幕ですね……まったく。はっ、はぁ……」
「密度が高すぎてクソゲー待ったなしだろ、こんなの……」
舞台中央付近にいるヘルシャたち三人に近づけない。
その上、最も体力面に不安があるリィズの息が上がってきた。
リィズの体力よりも先にヘルシャ、それからカームさんのMP切れを期待したいところだが……。
消費軽減のバフがある上に、前衛として足止めの役目を終えたワルターが自分の残存MPをヘルシャに譲渡している。
やめろぉ! などと叫びたい気持ちだが、叫んだところでどうにもならない。
あれは武闘家・気功型に元からあるスキルだが、神官と違いMPチャージを持たない武闘家で習得するプレイヤーは稀であり……と、そんなことよりも。
「おい、ハインド! もう完全にクソゲーが始まっているのだが!?」
「いかんな。こりゃ戦闘終了まで持つぞ、あのトリガーハッピー状態!」
「う……げほっ! 判定負けしてしまいますね、このまま逃げていると……ふぅ、ふぅ」
決闘の勝敗判定は、まず生き残った人数が多いほうが。
同数なら、HPの合計割合が多いほうの勝ちとなる。
この弾幕だと――熱っ! 回復する隙は――熱い! 与えてくれないだろうから――熱いっての! ……仮に逃げ続けて生き残れたとしても、負けになる。
イベント予選としてのスコアは、これだけ長い戦闘時間となると、どうやっても低水準になるのは不可避。
そうなると、あるのは勝敗がどうなるかだけ。
単にプライドが許すかどうかの問題となる。
それに関しては、我らのリーダーが……。
「――ええい、このまま終われるか! 勝つぞ!」
と、タイミングよく言ったことで肚を決める。
相手はおそらく、手札は全て切り終えた状態だ。
MPが空になったワルターは、通常攻撃だけに気をつければいいとして……。
第一目標は、魔法の継続使用で静止状態にあるカームさん。
一歩でも動くか、あるいはどんなに小ダメージでも攻撃を受ければ、あの異常な効果を持つ支援魔法は止まる。
あるいは近接戦でヘルシャに勝てるユーミルが接近できさえすれば、この弾幕シューティングゲーム状態は終わる。
必要なのは飛び込む勇気だけ。この場面で他に策はいらない。
「「「――」」」
俺たちは走りながらうなずきあうと、一斉に散開。
炎の隙間を縫うように走りつつ、弾幕の中心・炎の発生源へ。
哄笑を上げ続けるヘルシャに向かい、決死の突撃を開始した。