グダグダな前半戦
「ふんっ!」
ユーミルが強い踏み込みから鋭い斬撃を放つ。
必殺の間合い、目で追うのが困難なほど速い剣筋。
「はっ!」
それを髪すら斬られず躱し、鞭を振って反撃するヘルシャ。
音速を超えるという鞭を勘で回避するユーミル。
剣の風切り音、鞭が舞台の石畳を叩く音が攻撃の苛烈さを物語る。
「やりますわね! ユーミル!」
「そっちこそな! ドリル!」
「超人決定戦みたいになっとる……」
両者ともハイスペックなのは知っていたが、親交が深まったからだろうか?
互いに呼吸を読めるせいで交戦速度が加速。
他者の入り込む余地がないほど、密度の高い戦闘が繰り広げられている。
夏と冬で二度、一緒にお泊りをした成果がこんなところで……。
「ユーミルの動きに、よくついていけるな……ヘルシャは」
ヘルシャの本分はデスクワークだ。
大グループの跡取りで、既にいくつかの支社を任されている。
――にもかかわらず、あの動き。
それを支えているのは、早朝とデスクワーク後に自ら課しているトレーニングの成果だろう。
清掃バイト終業時に一度だけ、トレーニング上がりで薄いウェアを着たヘルシャを見たことがある。
それこそ腹筋――ではなくて。
よく鍛えられた美しいボディラインをしていた。
「最近、お嬢様はトレーニングにかける時間が増えましたから」
「ワルター」
戦闘中とは思えないほど普通に、ワルターが話しかけてくる。
俺のつぶやきが聞こえたからだろうけれど、それでいいのか?
……ちなみにヘルシャの屋敷の地下には、ヘルシャ専用のトレーニングルームがある。
補助はジムトレーナーの資格を持つ静さんがしているらしい。多芸だ。
置かれた機具はもちろん、最新式かつ最高級品ばかりである。
「つまり、科学トレーニングの結晶対野生児って図式か……」
「誰が野生児だ!」
「すごい地獄耳」
なんでヘルシャと話しているのに、こっちの声が聞こえてんだよ……。
そんな間にも、ユーミルとヘルシャは激しい応酬を繰り返している。
どちらもスポーツ専門の日常を過ごしていないのに、動きがキレキレである。
一緒に眺めるワルターも、どこか誇らし気だ。
「しかし、いいのかワルター? 俺を倒さなくて」
「あ……」
「チャンスだと思うけど?」
必要な支援魔法をユーミルに飛ばし終えたので、杖を手に両手を広げてみせる。
さすがに気の毒というか、このままでいいのか? という気になってきたので。
ヘルシャに叱られるぞ、ワルター。
「し、師匠! お覚悟を!」
そう言って拳を構えるワルターだったが、言葉とは裏腹に腰が引けている。
威勢のいい言葉の割に、自らは動いてこない。
そして表情は申し訳なさそうと、明らかに俺を殴ることに対し気が引けているようだ。
「……あのさ、ワルター」
「はいっ!」
再度話しかけたら、ひっじょーに素直に応じてくれる。
駄目だこりゃ。
ワルターがその気になれば、俺なんて一瞬で制圧できるだろうに。
仕方ないので話を続ける。
「お前たちが取った、この陣形って……作戦じゃなかったのか?」
一対一という観点で見れば、前衛職が後衛職に負けることはまずない。
それ以前に、現実で格闘技を修めているワルターに俺が勝てる道理はないのだが……それはそれとして。
「ふはははは! どうしたどうした! 動きが鈍っているぞ、ドリル!」
「はぁ、はぁ……この体力おバカ!」
俺たちとヘルシャたち、前衛後衛の配分は同じだ。
ここがミスマッチということは、あちら……ユーミルとヘルシャがミスマッチになっているということ。
てっきり――ヘルシャがユーミルを相手に粘る。
その間に、ワルターが俺を倒してしまう――そんな作戦だと思ったのだが。
「作戦……ではあったと思うのですけど」
俺の言葉をワルターは肯定。
その上で、赤い顔でもじもじと両の手と指を合わせる。
「ボクが師匠と戦えないので、作戦は失敗していますね……」
……ヘルシャも誤算だっただろうな。
事前に俺たちへの対策を立てていたわけでもないだろうから、この作戦は即興のはずだ。
自分がユーミルに突っかけて、後は従者二人に「察しろ」といった具合に。
実際、察することはできていたわけだけど。
カームさんはともかく、ワルターは実行に至らず。
「ちょっとワルター! あなた、ハインドに懐いているのは知っていますけれど! わたくしへの忠誠心に勝るほどですの!?」
「も、申し訳ございません、お嬢様! でも……」
「あー、あー、ヘルシャ君。その言い方はずるいんじゃないかね? 卑怯ではないかね? 友情と忠誠心を秤にかけさせようだなんて」
「ハインド! あなたね!」
ワルターを庇う言動をしながら、ユーミルに目で合図する。
今のうちにやれ! と。
――ユーミルは即座に笑みを浮かべると、意図を汲んで攻勢を強める。
「隙ありだ! ドリル!」
「くっ!」
話しごとぶった斬るような、ユーミルの斬撃。
そもそも前衛対後衛では、ステータス・スキル差があるため長くはもたない。
ユーミルの『アサルトステップ』で装備の重量差が埋まる上、ヘルシャは長い詠唱の魔法を使えない。
更に短期的に発揮できる身体能力が同等としても、スタミナはユーミルが遥かに上。
そして……。
「タイム! タイム! 作戦変更! 作戦変更ですわ!」
苦しくなったヘルシャは、横紙破りのタイムを宣言した。
そろそろ回避が難しい、といった絶妙なタイミング。
将棋の「待った」みたいだな……もちろん普通は応じない。
「……いいけど、手早くな?」
「そうだ! 早く済ませろ! 談合を疑われたらどうする!」
「こんなことで疑われるのでしたら、わたくしが直々に運営に抗議して差し上げますわ! ……ワルター!」
「はい!」
「カームを連れて、こちらに!」
「はい! 申し訳ございませんでした、お嬢様!」
しかし俺たちはフレンド同士で、これは予選だ。
本戦ならともかく予選なのである。
だから素直に止まり、態勢を整える時間を与えることに。
――ヘルシャが後方に下がり、ワルターが前で防ぐスタンダードな陣形。
リィズと詠唱妨害合戦をしていたカームさんは、ヘルシャの隣へと移動。
「さあ、準備完了ですわ!」
「いや、最初からそうしろよ……」
「別に構わん! 受けて立つぞ!」
もう完全に弛緩した空気だ。
ここから激しい戦いに持ち込むのは、難しくないだろうか?
「っていうか、話は後とか言った割に話しすぎな。無言で戦っていたの、カームさんとリィズだけじゃねえか」
「む、確かにそうだが。最初に話しだしたのはドリルだぞ?」
「うるさいですわよ!」
その空気に引きずられ、考えるよりも先に言葉が出ていた。
ただし魔法職の特権、МPチャージだけはしっかりやっておく。
せっかく立ち止まっているんだもの。
隣に戻ってきたリィズは……うん、言わなくともやっているな。さすが。
「戦いながらでも、意外と話せるものだな!」
「ここまで長く話す気はありませんでしたわよ! 緊張感のない!」
「じゃあ話し返されても、無視したらよかったのに!」
「あなたの声が、無視しがたいほど馬鹿でかいのですわ!」
ヘルシャの言葉にリィズが何度もうなずく。
ユーミルは俺たちのMPチャージを察して、話を引き延ばしてくれている――わけではない。
天然である。
あ、カームさんがこちらの様子に気づいた……ヘルシャにそっと知らせ、あちらもMPチャージを開始。
後衛組のMPが溜まっていく。
「リィズ。ヘルシャと魔法の撃ちあいになると思うけど……」
「ご安心を。手の内を隠しつつ、それなりにやってみます」
「うん。頼んだ」
「それなり!? それなりってどういうことだ!」
コソコソ話していると、ヘルシャと話していたユーミルが急に振り返ってくる。
気が利かないな! もうちょっと時間を稼いでくれれば――いや、いいか。
最低限、必要なことはリィズと話せた。
MPも、これだけあれば充分だろう。
「あー、はいはい。お前はワルターの抑えこみ担当な」
「む……」
妙な流れになったが、万全な――通常の決闘ではあまり見ない、HPもMPも高い状態でのぶつかり合いとなる。
決闘の残り時間は約半分。
ユーミルは相手の前衛……ワルターに視線を向けた。
「前にも思ったが、なんかやりにくいな! ドリルのほうが殴りやすい!」
「なんですって!?」
失礼な発言に抗議の声を上げるヘルシャ。
前というのは、それこそ第一回闘技大会の際の話だ。
ワルターの見た目は可憐な少女そのもの。
リコリスちゃんなんかもそうだが、小動物を相手にしているようなやりにくさがある。
故に、ユーミルに同意する。
「安心しろ。それは誰でもそう思うから」
「ハインド……後で少し、二人っきりで話をしましょうね……?」
「あっ」
――しまった。
ヘルシャの底冷えするような声音に震えがくる。
違う、違うんだ。
ヘルシャなら殴りやすい、という部分に同意したんじゃないんだ。
しかし、訂正する間もなく話は進んでしまう。
「ボクは師匠とお嬢様以外でしたら、誰とでも戦えますよ! 勝負です、ユーミルさん!」
「フン、大した忠誠心だな! おじょぼっちゃん!」
「へ、変な呼び方しないでください!」
ユーミルが剣を。
ワルターが拳を構え、距離を詰めて対峙し――
「簡単に大技を撃てると思わないでくださいね? ヘルシャさん」
「あなたの聡明さは忘れていませんわ、リィズ。体力勝負の次は、頭脳勝負と洒落こみますわよ!」
――ヘルシャは鞭を手元で巻き取り、リィズは魔導書を宙に浮かべた。
両者の足元に魔法陣が浮かぶ。
そして俺は……。
「……後ほど、可能な限りのフォローはいたします」
「あ……ありがとうございます。カームさん……」
短いステッキ状の杖を構えたカームさんに、理解と同情の目を向けられていた。
すごくありがたい……! けれども、更に戦いにくさが増した気もした。