第二回・闘技大会 予選出場 その1
とりあえずユーミル・リィズと一緒に、3対3予選(Sランク)に出場してみる。
トビくらいはインしているかと思ったが、どうも入れ違いだった模様。
最終ログインが数時間前になっていたので、午前中にはプレイしていたようだ。
ギルドの普段の活動時間は夕食後なので、無理に他のメンバーを召集するのも悪い気がする。
「おー」
そんなわけで、ギルドホームを出て、最寄りの神殿から転移。
――出場登録後の舞台の上で、ユーミルが予選会場を見回す。
場所は第一回大会と同じ、グラド帝国にある小コロッセオ。
決勝になると、街の中央にある大コロッセオが舞台となるのも一緒なのだろう。
前回と同じ流れというわけだ。
「前より会場、豪華になったか……?」
「俺は前の予選会場とほぼ同じだと思うけど。変わったのは、垂れ幕の文字だけじゃないか?」
小コロッセオといっても、グラド帝国は豊かな国だ。
周囲の装飾、掲げられた旗、炎が灯り続ける燭台、そして第二回大会であること示す垂れ幕。
小規模であっても、みすぼらしさは感じない。
それが故に、ユーミルと俺の認識に齟齬を生じさせている。
ぱっと目に入ってくる情報量が割合、多いのだ。
「ふむ。賭けるか!?」
「いいや、罰ゲームにしよう。負けたほうが夕飯の前に腹筋百回」
「健康的でいいな! 乗った!」
どうせイベント内で賭け事はするのだからと、俺は罰ゲームを提案。
ユーミルが承諾したので、リィズに視線を向ける。
「「判定は!?」」
今更再確認するまでもないが、リィズの記憶力はべらぼうに高い。
前回は主に観客側だったが、俺たちよりもずっと精確に会場の状態を記憶しているはず。
リィズは一瞬だけ記憶を参照するように、左上に視線を上げる。
「……ハインドさんが正解だと思います」
「よっしゃ!」
「ちぃっ!」
さすがに印象が薄かったのか、珍しく自信がなさそうだったが……。
こういう時のリィズは贔屓をしないので、俺は素直にガッツポーズを。
ユーミルは悔しそうに下を向いて腰に手を当てた。
「そうか……意外と憶えていないものだな。あんなに同じ場所で、何度も戦ったというのに」
「それくらい遠い記憶ってことだな。一年近く前だから」
「むぅ。しかし、腹筋百回とは。私の腹筋がバキバキになったらどうするのだ?」
既に引き締まっている己の腹をポンポンと叩くユーミル。
少々はしたない動きに俺は目を逸らし、リィズは半眼を向けた。
「馬鹿ですね。百回程度じゃなりませんよ」
「仮にそうなっても、ユーミルなら似合いそうだぞ。腹筋が薄く割れている程度なら」
「それは、ハインド的に筋肉女子はありということなのか?」
「え? お前に似合いそうってだけで、俺の好みの話では――」
「ありなのか?」
「――答えにくいことを訊くね、お前……」
どうしてこういうときに限ってマッチングの待ち時間が長いのだろう。
ほら、今だよ今。
ピロンと鳴って、俺の窮地を救ってくれ。
……。
…………。
………………ダメか。
ユーミルの視線が痛い。これ以上は引っ張れない。
「……ありかなしかでいえば」
「言えば?」
「……」
「……あまり極端じゃなければ、あり」
「ふむ!」
ふむ! じゃないよ。
どうしてこんな――いや、俺の不用意な発言が原因か……。
失敗した。完全に失敗した。
しかし普通、あんな言葉に対しては「気持ち悪い」の一言で終わりじゃないのか?
どうして深掘りしてくるんだ。
「この瞬間、罰ゲームが事実上、罰ではなくなったのであった」
「ヨカッタネ」
「やるぞ、腹筋!」
「ガンバッテネ」
負けていないのに罰ゲームを受けた気分だよ、俺は……。
打ちひしがれていると、今度はリィズが話したそうに視線を向けてくる。
「どうした? リ――」
「私は筋肉がつきにくいので、それを目指すのは大変なのですが……どの程度がお好みですか? 極端に筋肉質でないほうがいいのですよね? 女性らしい柔らかさを残しつつの共存、ということで間違っていませんか? 特にどの部位の筋肉がお好きか、教えていただけると嬉しいです。頑張りますので」
「すごい詳細に訊いてくる」
そんな、俺が筋肉マニアみたいに……。
一般的に有名な筋肉の名前しか知らないよ。どの部位とか言われても困る。
それに、筋肉と柔らかさの共存って。
ある種の究極系ではあるのだろうけど、実現可能なものなのか?
……って、待て待て。
「いやいや、俺はありかなしか程度の話しかしていないからな? 筋肉最高! とは言っていないから。そんなに張り切らなくていいから。二人して筋肉ロードを歩もうとしなくていいから」
「まどろっこしいな! つまりは!?」
ユーミルが詰め寄ってくる。
つまり? つまりとは?
これ以上に踏み込んだ発言をしろと?
さっきの発言――もとい失言で十分では?
「……各々の美意識を大切に、健康的であればそれでいいじゃないか。俺の好みなんて気にするな」
「……おい」
「……なにかな?」
俺の出した答えに、ユーミルはひどく興醒めといった顔をした。
続けて怒りをにじませる。
「またそんな結論かっ!! 灰色の答えか!! もっと己の癖を発露させていけ! 好きな見た目やタイプくらい、心の底から叫んでみせろ! 日和るな! いい格好をしようとするんじゃないっ! むしろダサいぞ! まったくハインドは! まったく!」
「すみません……」
「そうですよ。計画の参考にならないじゃありませんか」
「すみま――計画?」
腰の引けた答えだった自覚はあるので、素直にユーミルの怒りを受け止める。
しかし、そうなると……。
「やっぱり腹筋だろ! 女子の腹筋最高! 撫で回したい!」とでも叫べばよかったのだろうか?
それはそれでおかしい人扱いになると思うのだが、どうだろうか。
リィズに関しては――なんか怖かったので、それ以上踏み込むのはやめておく。
「ま、まあ、もう許してくれよ。なにか別の話をしよう、別の」
「フン……で、準備万端で対戦のマッチング待ちなわけだが。気軽に参加してしまって、大丈夫だったのか?」
ユーミルの質問の意図は、3対3の出場をこのメンバーで確定させてしまっていいのか? というものだろう。
不在のギルドメンバーに相談もなしに、とも。
しかし問題ない。
「他の組み合わせで参加した時点で、古いほうのエントリーは除外されるから。気にすることはないと思うぞ」
「そうか! 暫定の組み合わせ、ということにできるのだな!」
予選の期間中、各カテゴリの出場メンバーは上書きが可能だ。
もちろん上書きした時点で成績もリセットなので、チーム結成が早いほど予選突破に対する余裕ができる。
リィズが呆れたように短く息を吐く。
「相変わらずルール説明を読みませんね、あなたは」
「わからないことはハインドに全て訊けと、私の父さんが言っていた!」
「いや、そんなこと言わな――……」
否定しようとした俺の脳裏に、章文さんの顔が浮かぶ。
そのまま、脳内の章文さんが「未祐を任せたよー、亘くん」と暢気な発言。
うーむ……。
「言わないこともないか……あの人なら……」
「そうだぞ! 本当に言ったからな!」
「恐ろしい父娘ですね……」
丸投げしている父も、丸呑みしている娘も恐ろしい。
全くもってリィズの言う通り。
章文さんにそんなつもりはないのだろうが、物凄いプレッシャーを感じる。
絶対に未祐を間違った道には進ませられない……責任重大である。
「まぁ、でも……さっきみたいな質問以外なら、ちゃんと答えないこともない」
「筋肉女子と、好きな筋肉の話か?」
「そうだ」
「断る!」
「なんでだよ!」
「お前のことは、なんでも知りたいからに決まっているだろう!」
「ぐうの音も出ない殺し文句!」
恥ずかしい質問をしないでくれという要請は、ユーミルのイケメン発言で封殺された。
なにこの男前。ちょっと照れる。
「お! マッチングした!」
「やっとか……やたら長く感じたぞ……」
一早く通知音に反応し、笑顔で気合を入れるユーミル。
戦闘前から疲れた顔になっている自分とは、随分な差だ。
――と、そこで柔らかく袖を引かれる。
「ハインドさん。後で、好みの体型をこっそり教えてくださいね。私だけに」
「まだ諦めていなかったのか!?」
リィズがユーミルに聞こえないよう、一言だけこっそりと耳打ち。
精一杯の背伸びから着地するのを見届けていると、足元から転移の光が。
俺たちが移動させられる側だったようで、よく似た別の小コロッセオにワープした。
「……あら?」
舞台に着地するや、聞き馴染みのある声が耳に届く。
紅いドレスに金の髪、こちらを見る碧い瞳……このド派手な配色は……。
「ヘルシャ?」
「奇遇ですわね、あなたたち」
ヘルシャだ。
左右にはこれまた、見慣れた執事姿の少年とメイド服の女性。
ワルターにカームさんが一歩下がった位置に控えている。
「――ハインド、話は対戦後にしろ!」
「おう」
「お嬢様」
「ええ」
話す間もなく、対戦開始の音が鳴る。
当然だ。
ここは言葉を交わす雑談の場ではなく、剣を交える闘技場。
――両チーム、ブザーと同時に会話を打ち切り、一斉に動き出した。