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春の日差しと母の愛

 本日は晴天なり。

 繰り返す、本日は晴天なり。

 そんな日に優先してやることといえば、そう。

 ゲーム! TB! ――と、脳内で秀平しゅうへいに似た声が叫んだ気がするが無視。

 ……気を取り直して、こういう日にやることはひとつ。


「洗濯、洗濯っと」


 洗濯である。

 今日は晴れている上に暖かく、更に花粉の飛散も少ない好条件。

 まずは今朝まで片付けられなかった、炬燵こたつに装着されていた布団類から。

 誰か入っている気もするが、関係ねえ!

 天板を外し、べりべりと引きがしていく。


「あー! 私の炬燵ぅ!」

「諦めろ。炬燵とは次の冬までお別れだ」


 中で丸くなっていた未祐みゆの抵抗を振り切り、布団を外し洗濯機に放り込む。

 全て「丸洗い可」のものを選んで買ってあるので、この辺の処理は楽だ。

 次、各部屋を回って洗濯物を回収。

 年末頃まで着ないであろう冬物のコートなどを取りに向かう。

 自分の部屋、未祐の部屋(仮)、母さんの部屋に――最後は理世りせの部屋。

 ノックしつつ、廊下から声をかける。


「理世、いるかー? 来季まで着ない冬物とか防寒具があったら……」

「はい、これを。お願いします」

「早っ」


 行動を読まれたのか、はたまた物音で察知したのか。

 ともかく、理世の素早い行動により一瞬で回収が終わった。

 ノックしてからドアが開いて閉じるまで、数秒の出来事だった。

 そのほか、洗濯物としては大物に該当するやつらも一斉に洗いきることに。


「客間のカーテンよし。居間のカーペット……は、さすがにやめておくか。次の機会にしよう」


 もちろんそれらに加えて、普段の洗濯もしっかりやらなければならない。

 我が家の洗濯機、三度に分けてのフル稼働である。

 それが順次終わると山のように重なった洗濯衣類を抱え、何度か繰り返し庭へと出る。

 合間に他の家事、朝食の後片付けや浴室の掃除などを済ませておく。


「急いで干してしまわんと」


 洗濯に時間がかかったこともあり、段々と陽が高く登りはじめた。

 朝にあった肌寒さは徐々に和らぎ、風が心地いいほどだ。

 かごに満載した洗濯物を抱え、サンダルを足につっかけて庭へ。

 我が家にはバルコニーもあるのだが、今日は外だろう。日に当てたい。


「っと、こっちは陰干し……」


 ニット類は日に当てると縮むので、先に陰干しにする。

 ――改めて、いざ日差しの下へ。

 ぴょこぴょこと生えるツクシをなんとはなしに踏まないように避け、洗濯済みの衣類がはためく物干し台の前に立つ。

 ヒバリの声がして目を向けると、抜けるような青空が目に飛び込んできた。

 直射日光が入らないよう、手でガードしつつ目を細める。


「あったけえ」


 ついつい動きが緩む。

 少しの間、暖かな日の光と空気に身をゆだねた。

 そのまま深呼吸――うん、春特有のほこりっぽさもない。いい日だ。

 いやされる……と同時に、体の疲れを自覚した。

 昨晩ソファで寝たせい、未祐のせいというわけではない。

 何日かの時間をかけて蓄積された疲れ、という感覚がある。


「あー……」


 昨夜は熟睡ではあったので、風邪の予兆や眠気などはない。

 ただ、首やら肩やら背中やらに若干のだるさと重さを感じる。

 ――ふと、二軒隣の家の大型犬、ゴールデンレトリバーの花子が芝の上でごろんと横になったのが見えた。

 ……うん、俺も横になりたい。

 横になって、陽の当たる場所で読書やらゲームやらがしたい。今日はそんな気分だ。

 まあ、洗濯以外の家事も残っているので難しいが。


わたる

「ん?」


 叶わぬ願いに意味のない具体性を持たせていると、背後から声がかかる。

 この家で俺の名を呼び捨てにするのは、未祐と――


「待たせたわね!」


 ――かあさんだけだ。

 格好つけた指差しポーズをして立っているのが、普段の未祐の姿とどこか重なる。

 というか、未祐側が影響を受けてああなった感が否めない。

 未祐は母さんをやたらと尊敬しているから。


「残りの家事はお母さんに任せなさい!」


 続けてそう言うと「マザータックル!」……体当たりをかましてくる。

 そして俺が持っていた洗濯済みのコートを奪った。

 体当たりする必要、あったかな? ねえ?


「……でも、母さん仕事明けじゃない。疲れているんじゃないの?」


 よろめきながら、俺は母さんの顔色を確認する。

 寝てから帰ってきたとは言っていたが、徹夜明けでハイになっている人のそれに見えなくもない。

 ……ただ、いつもこの調子といえばそうなんだよな。

 我がははながら、なんて難しい人なのだろう。

 判断がつきかねていると、母さんはこちらの声をスルーして続ける。


「――慣れない生徒会のお仕事!」

「!?」

「料理部の部長就任、卒業式、アルバイト、理世ちゃんの風邪、春休みの課題に未祐ちゃんのお誕生日会! 大事なときに帰ってこない母!」

「!?!?」

「そしていつもの家事!」


 なんだなんだ。

 ここ最近、俺が経験した状況を次々と挙げる母さん。

 一息に言い切ると、今度は顔色を確かめるように覗き込んでくる。

 更には両手で顔をがっちりホールドする。

 ……これ、頬が潰されて、ひどい顔になっていないか?

 俺と違い、母さんは確信を得たようにひとつうなずいた。


「うん、やっぱり。亘、疲れているでしょう?」

「え? ……あー、うーん……」


 つまり、そういう結論になるらしい。

 だから強引に仕事を奪おうとしているのか……。

 絶対に体当たりはいらなかったと思うけど。


「そんなに顔に出ていたかな?」

「顔もそうだけど、洗濯物を持ったまま固まっていたじゃない?」

「ああ……」


 そう見えたのか。

 実際は日向ぼっこに近い状態だったわけだが……。

 傍目には同じことだろうし、疲れがなかったらしなかったであろう行動だ。

 それはそれとして、このまま母さんに家事をお願いしていいかは別問題。


「いやいや、母さんほどじゃないって。病院の仮眠室? 宿直室? で寝たくらいじゃ、そんなに疲れは取れていないでしょ?」


 そう言い返し、奪われたコート――は既に干されたので。

 籠の中から別の洗濯物を取り、家事を続けようとする。

 しかし、その途中で母さんの手がそれをはばむ。


「いいえ、絶対に今日は亘のほうが疲れているわ」

「いやいや」

「いえいえ」


 洗濯物を手に引っ張り合う。

 伸びる伸びる。

 しかもこれ、よく見たら俺のパーカーじゃないか! ヤメテ!


「だ、大丈夫だってば! ほら、冷蔵庫に母さんの好きなエクレアが――」

「問答無用!」

「ああっ」


 絶妙なじりかたで手首を返し、パーカーをもぎ取る母。

 そのままの勢いで、物干し場から遠ざけるように張り手をかましてくる。

 どすこいどすこい。


「決まり手は押し出し! 押し出しで、明乃里あけのさとの勝ちぃー!」

「ええ……」


 バルコニー付近まで押すと、満足したのだろう。

 一方的な勝利宣言をし、パーカー片手に背を向ける母。

 無法である。そして強引である。


「ほらほら、敗者の亘山わたるやまは去りなさい。お昼も夕食も久しぶりにお母さんが作るからね。今日は散歩でもして、のんびりすること」

「……」

「大好きなゲームもしていいんだからね! 変な遠慮は駄目よ!」


 散歩をすすめてくる辺り、眠いわけではないことを見抜かれている。

 その後にするであろう行動も。


「……わかった。ありがとう母さん。今日は休んだり遊んだりする」

「よろしい。ちなみにお母さん、明日までお休みだからね?」


 体力の心配はいらねえ! たまには母親らしくさせろ! と言外に含ませる母。

 お言葉に甘え、俺は玄関に向かい靴に履き替えると……。

 のんびりと川原を歩き、途中で買った温かいお茶を飲んでから家に戻った。




「……うっし、大分すっきり」


 久しぶりに母さんの手料理を食べ、軽い昼寝までしてしまった。

 眠くないとか言っていたのにな。

 今の時間は……14時を回る少し前といったところ。

 体を伸ばし、ゆっくりベッドから下りてカーテンを開く。

 天気は良いまま、晴天のままだ。


「すっきりって、たった数時間の休みでか!? お前、絶対ブラック企業とかには就職するなよ!」

「そうですよ。限界まで働き続けそうで心配です」

「なんでいるのかな?」


 背後から声。

 自分しかいないはずの部屋に、なぜかいる未祐と理世。

 当然のようにスルーされる俺の言葉。


「しっかり疲れを見抜いて休ませた明乃あけのさん、さすがだな?」

「その件に関しては、激しく同意します。見習いたいものです」

「あー、もー……」


 寝顔でも見られていたのだろうか? すげえ恥ずかしいんだけど。

 それと、寝ていたとはいえ気配を察知できなかった自分に驚愕きょうがくである。

 気づけよ。仮眠程度だったんだしさ……にぶいな、俺。

 色々と言いたいことはあるが、どうせ言っても不都合なことはスルーされる。

 今日はそういう日なのだろう。


「……お?」


 一階からは、廊下で掃除機を使う音が聞こえてくる。

 ……うん、そろそろ掃除が必要と思っていたから助かる。

 母の気遣いに感謝しつつ。


「……夕食まで一緒にTB、やるか?」

「やるぅぅぅ!」

「やりましょう」


 せっかくだから思い切り遊ぶことにしよう。

 俺の提案に対し、二人は即座に同意の声を上げた。

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― 新着の感想 ―
日常回や幕間がしっかり凝ってて読み応えばっちり。 誰かさんの暴走がないのがなお良し。
ほのぼの日常てぇてぇ
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