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寝つきが悪い本日の主役

 謎の肉、謎の草に謎の果物。

 手持ちの食用可能素材・モンスター食材を集めた結果、二次会の食卓はカオスに。

 しかし、どこか現実の食材に似た味がするそれらが調理され、載っていた皿を片付けながら……。


「よぉぉぉし、このまま闘技大会予選に……」

「行かない」

「えー」


 ユーミルと交わす会話は、どこか気の抜けたものだ。

 TBの食器類は、インベントリに放り込むだけで綺麗になる素敵仕様だ。

 超高性能な食器洗浄機に入れているような感覚。

 ただし、ちゃんと手で洗うと『清潔な食器』と名が変わり、載せた料理にプラスの補正がかかる。

 時短を取るか、料理のグレードアップのために手間をかけるかは、各プレイヤー次第といったところ。

 俺たち、というか俺は後者である。

 あまり楽を覚えると、現実でサボる癖がつきかねないので。

 ……と、思考がれたな。


「イベント予選なんて、今日は行かないよ。そんなフワッフワした状態で行って、負けたらどうすんだよ」


 片付けを進める俺に対し、ユーミルは机にもたれかかるように座っている。

 飲んでいないのに、酔っているような状態に見えるのは何故だろう?

 出てくる言葉も――


「なんだぁ! 私が負けるとでもぉ!?」

「そう言っているじゃん。負けるよ」


 ――なんだか、絡み酒の人みたいだ。

 最後に残った皿を手元に重ね、周囲を見回す。

 室内にあるのは料理の残り香。

 それと、人数分の中身がないカップがまだ置かれたままなのが目に付く程度。

 俺とユーミル以外の声はしない。

 いかにも宴の後、といった風情ふぜいである。


「それに、もうみんな帰ったし……」


 イベントに出るにしても、二対二しか出場できない。

 ギルド外、フレンド一覧を見ても――うん、ほとんどログアウト済みだ。

 いても決闘中の表示が並んでいる辺り、手が空いているわけでもなし。


「春休みとはいえ、遅い時間だからな! 寝ないと!」

「なんでそれが自分と俺には適用されていないんだ……?」


 一人残していくのも悪いと思い、ユーミルがゲーム内から出るのを待っているのだが。

 一向にログアウトする気配がない。

 最後までお供します! と粘っていたリコリスちゃんも、さすがに目をこすりだしたので強引にログアウトさせた。

 あまり遅いとお母さんに怒られてしまう。


「名残惜しいのはわかるけど、夜更よふかしは体に悪いぞ」

「む……」


 楽しかった今日の記憶を振り返り、余韻よいんひたる。

 そんな心境は理解できるが、時間的にそろそろ限界が近い。

 日をまたぐまで、もう残り一時間を切ろうとしている。

 ……こういうときは、こんな言葉が効くかもしれない。


「それに、いいのか? 寝るのが遅れた分だけ、リィズよりもお肌の調子が――」

「なにをしているハインド! ログアウトだ!」

「……」


 効果覿面(てきめん)すぎた。

 リィズ――理世りせに負けたくないのか、肌が荒れるのが嫌なのか、どちらの比重が重いのかは謎だったが。




「――眠れん!」

「でしょうね」


 そうして戻った、我が家の一室。

 布団に入った未祐みゆが血走った目で叫ぶ。


「というか、人のベッドで寝ようとするな」

「フカフカ! いい匂い! 快適! 一体なんの問題が!?」

「問題だらけだよ」


 俺のベッドは未祐に占拠されていた。

 しっかり歯磨きを済ませ、パジャマを着用。

 腕に抱えられたノクスぬいぐるみの頭が、け布団の下からひょっこり顔を出している。


「家に帰れとは言わんから、せめていつもの客間に戻れよ。慣れた寝床のほうが、まだ眠れて――」

「なにおう!? 我、今日は誕生日ぞ!」

「別に、全ての我儘わがままが許される日じゃないよな……? 誕生日って」


 残り時間いっぱいまで、全力で誕生日を堪能たんのうしようとしている模様。

 絶対に出ないという意志を示すためか、未祐は布団を頭までかぶった。


「そうですよ。さっさと自分の部屋? に、戻りなさい」

「あ、理世」


 ところで、俺はどこで眠ればいいんだ? と考えていたところで、理世が部屋のドアを開けて入室。

 言葉の途中に疑問形がついていたのは、未祐が超大連泊している場所を未祐の部屋と呼んでいいのか微妙だからだろう。

 俺としては、あそこはもう未祐の部屋でいいと思ってしまっているが。

 客間とは呼んだものの、実態は空き部屋同然だったところだし。


「嫌だ!」


 一瞬だけ顔を出し、叫んだ後でまた引っ込める。

 理世は間髪いれず、布団をつかんで未祐の顔を再び見えるようにした。

 どうでもいいけど、ほこりが立っちゃうな……。


「……あなたが、そう答えるのは折り込み済みなので。条件をつけましょう」

「条件?」


 移動しろという要請を突っぱねる未祐に対し、理世は即座に切り返す。

 ちなみに理世も寝間着……俺が昔、中学生のころに使っていたジャージに着替えていた。

 何年も前に着ていたものだが、理世が着るとそですそも余っている。


「日付が変わったら、もう誕生日ではありません。そうですね?」

「それはそうだが?」

「その前に寝付けなかったら、おとなしく部屋に戻りなさい。それが条件です」

「つまり……0時までに眠れば、そのままここで寝ていいのだな!?」

「そうです」

「そうなの?」


 章文あきふみおじさんには私から説明します、との理世の力強い言葉。

 おかしいな、俺のベッドなのに意見を差しはさむ余地が見えてこない。

 そうなの? とか言うだけで精一杯だ。


「それから。あなたが眠るまでは、私もここにいて監視します」

「私がわたるや亘のベッドになにかするとでも!?」

「しないんですか?」

「……」

「え?」


 俺、未祐になにをされる予定だったの?

 あるいはベッドになにかされる予定だったの?

 どうして理世はおおよその見当がついているんだ……?

 というか、俺も未祐が寝るのを監視していないと駄目なのだろうか?

「私も」と理世が言った気がするが。


「あなたが一度寝たら、朝までぐっすりなのは知っていますから。0時前かつ兄さんより先に寝た場合のみ、この場で眠ることを許可します」

「わ、亘のほうから私になにかする可能性もあるだろうが!」

「ははははは」

「笑うな! 腹立つぅぅぅ!」

「あの」


 テンポよく進む会話。

 聞こえていないかのごとく、流される俺の声。


「本当は私がそこで毎日でも兄さんと一緒に寝たいのですが、誕生日なので特別です。いいですね?」

「ちっ! わかった、それでいい!」

「そういうことになりましたので。兄さん」

「ソウデスカ」


 ようやく二人の目がこっちを向いたが、他にどう答えろと?

 ……仕方なく、俺は理世と並んでベッドサイドに立つことにした。

 会話が止まると、カチコチと時計の針の音が鳴り、三人分の呼吸音だけが聞こえるようになる。


「……」

「…………」

「………………」


 俺と理世が見守る先で、未祐が寝返りを打つ。

 二度、三度。

 それでも落ち着かないのか、仰向けになったところで未祐が口を開く。


「……おい」


 一言目は天井を見ながら。

 それに続く言葉は、布団から起き上がりつつの未祐である。

 勢いでノクスのぬいぐるみが、マットレスの反発でポヨンとねた。


「おぉい! さすがにじっと見られていると、神経の太い私でも眠れないのだが!?」


 言われてみれば。

 ベッドサイドに黙って立ち、寝ている人を見つめる四つの目。

 割とホラーな状態である。

 もしくはサイコなサスペンスか。


「それは好都合。私は、このまま日付が変わるのを待っても一向に問題ないので」

「そう興奮するな。余計に眠れなくなるぞ」

「こいつら!」


 ただ、この状況を提案したのは理世で、受けいれたのは未祐である。

 俺としても新たに寝床を用意する手間を考えると、このまま日付が変わるのを待ってもいいような気分。

 代わりに俺が未祐の布団で寝る――のは、なしだろうからな。色んな意味で。


「亘! 亘!」

「なんだよ?」


 そのまま寝直すかと思ったら、まだ喋るつもりのようだ。

 もうあんまり時間ないぞ? いいのか?


「なんでもいいから話してくれ! 寝物語的な!」

「あー。子どもに絵本を読み聞かせる的な?」

「そうそれ!」


 なんだろう、つい最近も似た流れの会話をしたような。

 横の理世に視線を向けると、なんだか苦い顔をしている気がする。


「でも、家に絵本なんて残っていたかな? スマホで適当に探して――」

「TB掲示板の読み聞かせがいい!」

「それおかしくない? それとまた既視感」

「む!?」

「……」


 理世と未祐の視線が交差する。

 誰と発想が被ったのか、未祐はそれで理解したようだ。

 対する理世は、いよいよ苦々しい表情を隠さなくなった。

 ……本当はこいつら、仲いいのでは? と思わなくもない被り具合。


「か、被っていてもいい! 時間がない! とにかく頼む!」


 未祐も一瞬、嫌そうな顔を経由したものの……。

 結局、他に考えも浮かばなかったようで、掲示板を読んでくれと再度の要請。

 俺は理世に許可を取るような視線を向ける。


「……はぁ。好きにさせてあげてください。0時を回るまでは」

「そうかい。仕方ねえなぁ……」


 あれ、普通に恥ずかしいんだけどな……。

 まあ、途中で理世に読んでもらったり、感想を言い合ったりで羞恥心しゅうちしんを誤魔化すのに協力してもらおう。

 そんな算段をしつつ、まずはルームライトの輝度を落とし。

 合わせて、スマホを取り出すと輝度を抑えめに。

 さすがに、立ったままというのもどうかと思ったので……。

 理世に座る用のクッションを渡すと、自分もその隣に腰を下ろした。

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― 新着の感想 ―
未祐のワガママぷりが最高潮に…w それを上手く御する兄妹の息の合いぷりよ
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