上機嫌なギルマスさんの夜
章文さんがすっかり酔いつぶれ、抱えて自宅に帰したあとのこと。
入浴を済ませ、寝るまでの時間を使い、俺たちはTBへとログイン。
「むっふっふ」
腕組みをして立つユーミルが、ものすごい笑顔だ……。
誕生日のパーティは満足したらしい。
いつもは恐る恐る近づくノクスに、自分から行って抱きよせる。
「おー、ノクスぅー! 本物もかわいいなぁ!」
『!?』
そのまま羽毛をモフモフモフモフ。
ノクスは温厚なので暴れ出したりはしないが、混乱しているのが伝わってきた。
普段は取らない行動だもんなぁ。
どうしたらいいのかと、必死に首の動きと目でこちらに訴えかけてくる。
……なんか、ごめん。
「わかりやすく上機嫌だな……」
「単純な人……」
俺とリィズの視線の先、ノクスを抱えたユーミルが談話室内を歩き回る。
文字通り、くるくると。
そんな状態の部屋に、ドアを開けて新たな入室者が登場。
「あ、いたいた!」
「ユーミル先輩。お誕生日……」
「おめでとーござ……んん?」
順番に話すヒナ鳥三人だが、シエスタちゃんの言葉が途中で止まる。
様子がおかしいユーミルが気になったようだ。
ユーミルはノクスを抱えたまま、未だにくるくると部屋の中を回っている。
「なーんでユーミル先輩、ノクスを窒息させようとしているんですー?」
「ああ、いや……」
シエスタちゃんの疑問に対し、簡単に経緯を説明する。
俺が未祐にプレゼントしたのは、ノクスのぬいぐるみで……。
いつも触りたくても遠慮しているので、ぬいぐるみならどうだ? という考えで製作してみた。
結果、喜んでもらえたものの……。
「なんか暴走してさ。本物もモフる! とか言い出して、ああなったわけで……」
「なーるほど」
今の現実のほうのあいつの体は、ぬいぐるみを抱えた状態で横になっている。
つまりダブルでモフった状態にあるわけだ。
まだ肌寒いからね、仕方ないね。
「ぬいぐるみなんて、ちょっと子どもっぽいプレゼントかなとも思ったんだけど。いらない心配だったみたいだ」
「いえ、素敵だと思います。私もほしいくらいです」
「ノクスのぬいぐるみを抱いたリアルのユーミル先輩、見たいです! 写真とかありますか!?」
「あるよー」
三人の要請は予想の範疇だったので、予め用意しておいた画像を表示する。
そのまま画面を拡大、三人の前に滑らせる。
「おー。楽しそうですねぇー……ぬいぐるみの再現度、無駄に高いなぁ」
「料理が美味しそうです!」
「このケーキ――フルーツタルトですか? もしかして手作り?」
ノクスぬいぐるみを抱えた写真の他にも、誕生パーティの様子を収めた写真をいくつか同じフォルダに入れておいた。
料理の写真は自分で撮らなかったので、おそらく未祐が仕込んだものだろう。
あれだけ騒いでいたくせに、いつの間に撮ったのやら。
「うーん。私もお祝いに行きたかったです……」
一通り見終えてから、リコリスちゃんがしみじみとつぶやく。
心底残念そうだ。
日帰り可能とはいえ、中学生が気軽に来られる距離ではないからなぁ……。
以前のお泊り会は、かなり念入りに企画していたようだし。
ただし俺と理世には無断で、だが。
「なんのなんの、リコリス。こうしてゲームの中で祝ってくれるだけでも、私は嬉しいぞ!」
その時の元凶であるユーミルは、ノクスを抱えたままリコリスちゃんの前へ。
ようやく動き回るのをやめたようだ。
ノクス……ぐったりしているな。
もう好きにしてくれ、という諦めをその表情から感じる。
「ユーミル先輩!」
「リコリス!」
抱き合う二人、その隙にこちらに向かって飛び立つノクス。
いつもよりフラフラとした動きで、軽く頭上で旋回してから右肩に。
肩に乗ったノクスは体重を預けきっているのか、いつもより重たく感じた。
……すまん、それとおつかれさま。
「ちーっす……お? なにこの状況」
熱い抱擁を交わすユーミルとリコリスちゃんを見て、目を丸くするトビ。
お前、その手の発言をしながら登場する頻度高いな。
――ともあれ、適当に状況を説明してやる。
「そっかそっか。ついにユーミル殿も、拙者たちの領域に……」
「あ?」
「は?」
そうしたら、途端に変なことを言いだした。
俺が純粋な疑問の声を、ユーミルは険の混ざった疑問の声を上げる。
「だって、年齢が追いついたのでござろう? すぐにハインド殿が先に行くけど」
「おかしな言い方をするんじゃねえ」
「年齢マウントか!? くだらん! くだらんぞ!」
「ユーミル殿、同級生のほとんど全員に負けるもんね。わはははは」
「お前ーっ!」
今日から俺が年上だから「さん」をつけて呼べよな! みたいなノリのやつ。
同級生相手だから半年限定だったり、数日限りだったり。
実際にやる奴は少数派だと思うが、トビは実際にやる。
というか、現実に未祐相手にやっていた。
それを思い出したからか、ユーミルがご立腹だ。
「自力で変動させようがない数字で争っても、仕方ないでしょうに」
「ですねぇ。でも妹さん、できれば自分も先輩と同い年のほうがよかった――とかありません?」
横でそんな話をしているのは、リィズとシエスタちゃんだ。
リィズが――理世が俺と同い年だったり、年上だったりする世界か。
想像もつかないな。
「ない、とは言いませんが」
「自分がユーミル先輩より年上だったら、とかは?」
「それはいいですね。首根っこを押さえやすくなるので」
「よくない!? そこ、なんて不吉な想像をしているのだ!」
しばらくトビと言い争っていたユーミルが、耳聡く会話を聞きつける。
……そもそも学年なんてものがなければ、そこまで差を感じることはないんだよな。
未祐と理世の生年月日なんて、半年も差がないのだし。
それこそ社会に出たら、意味が薄くなる差だと思うが。
子どもの間ほど、年齢の差というのは意識しがちかもしれない。
「そういうシエスタは、今のままが最適とか言いそうだな?」
「ですねー。リコやサイとは同い年のままがいいですし……先輩に甘えるにしても、年下のほうが都合いいので」
「フン! 弄り甲斐のない!」
できればシエスタちゃんに矛先を向けたかったんだな、ユーミル……。
自分だけ弄られている状況が気に入らないようだ。
シエスタちゃんは涼しい表情で、さらに続ける。
「だったら、次にくるセッちゃん先輩にも訊いてみましょうよ。ハインド先輩基準で、年上がいいか年下がいいか」
「――ほう、面白い! 外したやつは今日の生産活動を肩代わりな!」
「おー。いいですねー」
「え? 全員参加? そしてなんで俺基準?」
なんか急にはじまった。
上か下か、はたまた……。
全員がどれかに賭けたところで、折よくセレーネさんが現れる。
「こんばんはー……あれ? なんだか、雰囲気が……」
ちょっとトビと似た台詞を言いつつの登場に、俺は笑いを噛み殺す。
そして三度、簡単に状況を以下略。
「――そんな話をしていたんだ」
「すみません。勝手に賭けの対象になっていますが……」
「ふふっ、いいよいいよ。次のイベントの前哨戦だね?」
割と失礼な話だったが、セレーネさんはまるで気を悪くせず。
闘技大会の賭けの練習になるねと、優しく笑ってから考え込む。
「そうだなぁ……」
仕事を押しつけたいシエスタちゃん、そして対抗心が剥き出しのユーミルは真剣に。
他は気楽な様子で、セレーネさんが答えを出すのを見守る。
……仲間内とはいえ、この人数の視線を一身に受けてもたじろがない辺り、セレーネさんも進化したなぁ。
「……もしハインド君たちの同級生で、今みたいに近くにいられたら。昔の私と違って、楽しい高校生活を送れたかも? ――なんて、考えたことはあるかな」
暗黒の高校生活を思わせる、若干重めの話が含まれてはいるものの。
そこはみんなでスルーして、己が投じた答えと照らし合わせて一喜一憂する。
「よぉぉぉしっ! さすが私、さすが誕生日!」
「あちゃー。外したでござるかぁ……」
「うーわー。自分から提案した賭けで、仕事を増やしちゃったよー……私のバカー」
正解者はユーミル、そしてサイネリアちゃんの二人だった。
外れたみんなで、畑の作業と馬の世話を負担ということになるか?
ちなみに俺は年下に賭けて、外してしまった。
リィズ・シエスタちゃんも同じで、トビとリコリスちゃんは「そのまま年上」で不正解。
「はっはっは! セッちゃん! はっはっはっは!」
「ユーミルさん、今日は特に楽しそうだね……うっ」
「……まぁ、そうですね」
正解したユーミルは有頂天だ。
セレーネさんの背中を叩きまくる。やめなさい。
もう一人の正解者であるサイネリアちゃんは、ちょっと申し訳なさそうだったが……。
ともあれ、その後は誕生日の二次会のようなものも開催しつつ。
祝いの夜は更けていったのだった。