祝いの日 後編
「チャーハン?」
「そうだ!」
食べたいものを訊いた結果、未祐からはそんな答えが返ってきた。
てっきり、分厚いステーキでも要求されるかと思ったのだが。
「お前、誕生日にそれでいいの? もっと凝ったのを色々できるけど……」
揚げ物、焼き物、それこそ煮物でも。
家に揃った調理器具を駆使すれば、大抵のレシピは再現可能なのだが。
時間的にも……うん、まだ午後になったところだしな。
昼食を早めに済ませて出てきたので、余裕がある。
「チャーハンがいい!」
それでもチャーハンか。
……そういや、初めてこいつに出した料理はチャーハンだったな。懐かしい。
シンプルにネギと卵、ベーコンを入れて混ぜたものだったはずだ。
前日のご飯が残っていたからと、安直に決めて初挑戦したメニュー。
あの時のチャーハンは、投入した油が多くてご飯はべちゃべちゃ。
炒めにもムラがあって、お世辞にも美味しいとは言い難い出来だったように思う。
未祐は「あんまり美味しくないな!」なんて言いつつも、完食してくれたっけ。
「……わかった。チャーハンをメインに、他のおかずを考えることにする」
何年も前に作った「アレ」を再現する訳にはいかないので、クオリティは上げるけれども。
……少し前に煮た自家製チャーシューが残っているので、たっぷり入れてやることにしよう。
ちょうど近くを通りがかった、卵のコーナー。
そこで、普段は買わない高めの卵を買い物かごに入れる。
こいつもチャーハンに投入決定だ。
「うむ! ジャンルは揃えなくてもいいからな!」
「大丈夫。わかってる」
未祐の食の好みは――まあ、今更触れるまでもない気はするが。
スポーツをやっている男子高校生みたいな感じだ。
肉! 米! 丼! 寿司! 揚げ物! ラーメン! みたいな。
少し前にも確認した気がするが、再確認。
……となるとチャーハンの他には、いくつか揚げ物でもするか?
脂を溶かしてくれる、ウーロン茶が必須の食事になりそうな予感。
サラダもしっかり用意して、バランスを取りにいかないと。
「じゃ、とにかく肉だな肉。鳥豚牛に、馬でも羊でも好きなのを入れろ」
「好きなのか!? じゃあ……」
話しながら、向かった先は精肉コーナー。
大安売りのポップがついた箇所をスルーし、楽しそうに商品を選ぶ背中を眺める。
正直なやつ……。
「このオーク肉!」
「は?」
選びはじめてから、ほどなく。
妙な発言と共に、とあるパックをつかみ上げる未祐。
差し出されたそれに貼られた、シールにある商品名を読んでみる。
えーと……国産天然、猪肉肩ロース……。
「って、猪じゃないか……猪?」
オークなどと言われたので、何事かと思ったが。
しかし、猪の時点で珍しいことは珍しい。
「共食いとか言ったら怒るぞ!」
「いや、そうじゃない。そうじゃなくて……」
俺の引っかかりを別の意味で受け取ったのか、未祐は唇を尖らせている。
それに否定を返しつつも、受け取ったパックから目が離せない。
「そもそも、こんなジビエ扱っていたっけ? このスーパー」
「細かいことはいいではないか! ――お!? 鹿もあるぞ!」
「なんで!?」
いよいよおかしな展開に、俺は周囲を再確認した。
すると「数量限定! 国産ジビエフェア!」と銘打たれた、割とでかめなポップが壁に貼られているのを発見。
普通に見落としていた……こんなに目立つのに。
「あ、ああ、そういうフェアなのか。そうか……」
「こっちもいいな! 角ウサギの肉!」
「ゲーム脳やめろ。ただの兎肉」
いちいちゲーム内の似た肉に例えるのは勘弁してほしい。
なんか恥ずかしいから。
他には鴨、熊の肉なども並んでいるようだ。
値段はどれもそれなりに高いが、物珍しさで目に留まるのは確か。
「ここまで来たら、アレだな!」
「お?」
あらかた目を通したところで、未祐が大きくうなずきつつ腕を組む。
今度はどんな珍発言が出るのかと待っていると……。
「ドラゴン……!」
「トカゲの肉はさすがにねえなぁ……」
「残念!」
トカゲ肉は海外の特定地域によっては普通に食べるし、あっさりした味だと聞いたことがある。
同じ爬虫類……沖縄産のハブ酒とかなら、酒コーナーに置いてあった気がするが。
章文さんはお酒好きだけど、さすがにハブ酒は飲まないかなぁ。
もちろん俺たちは未成年なので、酒は飲めない。
「ドラゴン肉とか、そういうファンタジーなのはTBでな。つい最近、モンスター食材のドロップが増えるアプデもあったから」
「つまり……ゲーム内で二次会を!?」
「え?」
俺の言葉に対し、先走った結論を出す未祐。
一瞬考えてしまうが、悪くない案に思える。
「あー、うん、いいんじゃないか? 小春ちゃんたちも、未祐の誕生日を祝いたいって言っていたぞ」
「そうなのか!? 可愛いやつらめ!」
「まぁ、まずは現実のほうの誕生会な。えー……肉はこんなもんとして、ケーキは……」
「亘の手作りがいい!」
「ははっ。了解」
結局、変わり種のジビエもいくつか買いつつ。
他に足りない食材も買い終えた後、俺たちは家路についたのだった。
帰ってからは夕方まで調理、調理だ。
未祐がちょこちょこ手伝いに顔を出しつつも、基本的には俺の領分。
忙しく動き回っていると、あっという間に時間は過ぎていく。
「おおおお……」
「冷めても大丈夫な料理は、大体こんなかな……」
我が家の食卓に料理が並んでいく。
サラダや乾き物などが多く、まだメイン料理たちは置いていないが……。
それでも未祐は、目を輝かせて喜んでくれている。
「美味しく食べるために、今から運動してくる! お腹を空かせてくる!」
「落ち着け。嬉しい反応だけども」
もう夕方である。
今から運動して、風呂に入ってだと遅くなってしまうだろう。
料理も食べ時を逃してしまう。
興奮する未祐を宥め、小休憩のため椅子に腰かけようと――
「む!?」
――したタイミングで、玄関のほうから物音が聞こえてきた。
そのまま洗面所を経由してから、リビングに足音が向かってくる。
自分で鍵を開ける音がしたことから、誰かというと……。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
「なんだ、お前か……」
「なんだとはなんですか。失礼な」
やはり学習塾帰りの理世だった。
普段通りに迎え入れる俺と、露骨に落胆した様子を見せる未祐。
理世は笑顔で俺に応じてから、渋面を未祐へと向ける。
「……はい」
渋い表情のまま、手に持っていた袋を突きだす理世。
未祐は首を傾げる。
「む? なんだ?」
「いいですから! とにかく受け取ってください!」
「なんなのだ……」
早く受け取れと言わんばかりに袋を振る理世に押し負け、未祐が両手で受け取る。
袋は紙製で、どこのブランドなのか洒落たデザインがされている。
覗き込んだ中には……。
「こ、これは!」
これまた華やかなパッケージに、銀のキャップがついたビンやらケースやら。
俺はピンとこなかったが、未祐はすぐに中身を察したらしい。
「あなたに合いそうな限定コスメです。肌に優しい製品ばかりですから、付け心地は悪くないはずです。あなたは素材だけはいいのですから、もっとお化粧にもこだわってください。鬱陶しいと面倒はナシですからね」
「おー、コスメ。男には入り難い世界」
化粧品かぁ……。
化粧をする男がいないわけではないが、やはり女子の世界といった感じ。
なるほど、これを買いにいっていたから、少し帰りが遅かったんだな。
いつもの帰宅時間より一時間ほど多くかかっている。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ありがとう」
「間ぁ長っ!」
誕生日プレゼントを受け取った未祐は、長い長い沈黙を経て、絞り出すようにお礼を述べた。
ちなみに沈黙している間には、百面相していたことを付け加えておく。
強気かつ失礼な態度を取った手前、素直に言葉が出なかった模様。
――リビング内の空気が硬直したので、俺は解すように言葉を投げかける。
「プレゼントで思い出したけど、俺のプレゼントは夜にな」
「夜!? いやらしいやつか!?」
「なんでだよ。調理で手が離せないだけだよ」
「いけませんよ兄さん! 夜のプレゼントだなんて」
「なんで理世まで乗ってくるんだよ! 勝手に言葉の前後を入れ替えるな!」
空気を変えることには成功したが、なぜか恥をかかされた。
そんなことを言われると渡しにくくなるじゃないか……。
「――それにしても、今夜はいつにも増して豪勢ですね」
落ち着いたところで、理世から食卓の感想が出てくる。
そろそろ調理も仕上げに入る段階だ。
気合を入れ直さねば。
「まあな。後は大人組が帰ってきてくれるかだけど……」
「どっちでもいい! 特にウチのオヤジのほうは!」
「まあまあ。拗ねずに待とうな」
陽は今にも沈みそうだが、まだ少し時間はある。
それから小一時間後。
すっかり食事の準備も済み、あとは食べるだけという段階になった。
湯気を立てる肉料理、揚げ物、煮物、チャーハンに、ローストされた鹿肉。
そして未祐の隣、空いた席に置かれた一対のワインとワイングラス。
「章文さん、帰ってこないな……」
「きませんね……」
「……」
準備は済んだが、章文さんがまだ帰ってこない。
母さんからは既に連絡済みで、急患が入って帰るのが難しいとのことだ。
未祐にも茶目っ気たっぷりな謝罪文&祝いの言葉が届き……。
「全然許せる! ありがとう明乃さん!」
と、笑って言っていた。
章文さんと比べて態度の差が激しいのは、連絡頻度もあれば、肉親かどうかという面もあるだろう。
先程からイライラしたように、未祐が体を揺すっているのも仕方ないことだ。
みっともなくはあるが、今日だけは見逃すべきか。
「……むぅ! もう食べていいか!? 空腹と失望感の板挟みでストレスフル!」
「そ、そうだな。19時まで待って、駄目なら始めようって決めていたしな……」
「では、ろうそくに火を点けますね」
時刻は午後七時を回ったところ。
忙しめの社会人が帰宅するには早い時間だが、もう未祐の精神と空腹度合いが限界だ。
理世がライターを手に、ろうそくに近づけたところで……。
『ピンポーン』
「「「!!」」」
インターフォンが鳴った。
室内灯を消そうと、立ち上がっていた俺は受話器のほうに視線をやった。
続けて未祐を見ると、慌てたように両手をバタつかせる。
「ま、待て! 私は期待せんぞ! まだ、配達とか新聞の勧誘とかの可能性も……!」
「すっかり疑心暗鬼ですね」
「モニター見てくるよ」
立っていたので、そのままモニターを見に向かう。
カメラ越しに映る玄関の様子を見ると、そこには激しめに肩を上下させたスーツ姿の男性が立っていた。
笑い皺の目立つ優しい顔に、汗を浮かべながら。
「……未祐」
「!」
うなずきと共に未祐と目を合わせ、玄関に向かうよう視線を流す。
一瞬の間を置いて察したのか、弾かれるように椅子から立つ。
それからすぐにリビングを出ると、玄関ドアを開ける音と明るい声が聞こえてきた。
……どうやら、用意したお酒は無駄にならずに済みそうだった。