祝いの日 前編
家族仲という点では、毎年この時期になると表情を曇らせる出来事が発生する。
曇らせるのは俺ではなく、横にいる未祐であるが。
「げっ」
我が家に転送されてきた荷物を見て、思い切り顔をしかめている。
玄関に置かれた、それなりの大きさの段ボール。
中身は……なんだろうな。
去年はお高いバッグだった気がするけれど。
「げっ、はひどくないか。年頃の女子が出す声かよ」
「む。しかし、亘……そんな声を出させる、荷物の主が悪いとは思わないか?」
未祐が苛立ちを乗せて送り状をトントンと叩いて見せる。
送り主の欄には「七瀬章文」と書かれていた。
未祐のお父さんだ。
「また娘の誕生日にも帰らない気か、あのオヤジは……」
「こら」
そして本日は未祐の誕生日。
普段は「父さん」と呼んでいる未祐の口が悪くなっている。
章文さんが誕生日に荷物を送ってくるのは「ごめん、帰れそうにないからプレゼントだけでも……!」というパターンが非常に多い。
故に、荷物を見た瞬間に未祐の機嫌が悪くなったわけだ。
「ふん! 亘がいればいいもん! あんなオヤジいらん!」
「こらこら」
更に罵倒の言葉を重ねているが、要は愛情の裏返しである。
どれだけ忙しくても、誕生日くらいは一緒に祝ってほしいという未祐の想いが伝わってきた。
なんとかしてやりたいが、こればっかりはなぁ……。
二人が一緒に誕生日を過ごしたのは、中学二年の時で最後だったか?
去年、一昨年と章文さんは仕事で不在だった。
「とにかく、誕生会の準備をして待とう。約束はできないけど、可能な限り頑張って帰る――らしいから」
スマホを確認すると、慌てて打ったと思しき誤字のあるメッセージが届いていた。
もちろん章文さんからのものだ。
帰れなかった際のご機嫌取りもお願いされていたが、それは未祐に伝える必要のないことだ。
章文さんが早く帰ってくることを期待しよう。
「って、なんで亘にだけメッセージを送っているのだ!? 私、娘ぞ! ユアドゥタァ!」
「それは本人に言ってくれ、と言いたいところだけど……」
私にはメッセージが来ていない! と憤慨する未祐であるが。
俺が思うに、未祐にもメッセージは送られているはず。
あの人は忙しいけれど、しっかり親バカレベルの愛情をお持ちである。
そうなると、なぜ未祐がこんなことを言ったのかだが……。
「お前が携帯電話を携帯していないからだろ」
「む!? いや、ここにちゃんと入れて……」
そもそもスマホを持っているのかという問いに、未祐は穿いているパンツのポケットに触れ……。
反対側のポケット。
そしてお尻のポケットにも触れるが、求めた感触は返ってこなかったようだ。
首をコテンと傾げる。
「……あれ?」
「ほら」
「い、いや! まだだ!」
「あ?」
そこで粘る意味はわからなかったが、未祐が体のあちこちを探りだす。
しかしスマホは出てこないようで、苦し紛れに言い放つ。
「そ、そうだ! 確か……む、胸の谷間に挟んで――」
「いるわけないだろ!」
未祐が襟元から胸元に手を差し込もうとするのを慌てて止めた。
そこに物を入れるのなんて、創作物でしか見たことねえよ……。
どっかのセクシーな泥棒とか、スパイとか。
未祐に可能かどうかでいえば、まあ――だけども。
それと、自分で言って照れるくらいなら言うな。
色々とおかしなやつだが、肌を晒すことなどへの人並みの羞恥心は持っている。
「馬鹿なこと言っていないで、早く食材の買い出しに行こうぜ。調理の時間がなくなっちまう。メッセージがあったとはいえ、章文さんの分も作っておかないとだし」
「むー! 大体、用意したのに帰ってこなかったら虚しいだろうが! 一人クリパくらい虚しいだろうが!」
「お前やったことないだろ、そんなの……」
受け取った荷物は戻ってから開けることにして、靴を履いて玄関を出る。
元々、外出する準備が済んだところで荷物が届いたのだ。
そういう意味では、不在配達にならなくてよかったと思う。
「腹が立つぅぅぅ! 別にいなくてもいいけど、気を持たせる感じがすごく嫌だァァァ!」
「今日は特に駄々っ子してんなぁ……」
ご近所さんに配慮してか、静かな声で叫ぶという荒業をみせる未祐。
悪態ではなく素直に、帰ってきてほしいと言ったらいいのに。
……言って駄目だったときが嫌なんだろうな、というのはわかるんだけどな。
乙女心は複雑だ。
それから十数分後、近所のスーパーにて。
「ふん!」
「……」
俺が持つ買い物かごに、お菓子の箱が投下される。
「ふんふん!」
「…………」
俺が持つ買い物かごに、お菓子の箱と袋が投下される。
「ふんふんふん!」
「………………」
俺が持つ買い物かごに、お菓子の箱と袋と缶が投下される。
――全て順番に、そっと棚に戻した。
「なぜ戻す!?」
「逆に問いたい。どんだけ菓子入れるんだ、しかも勝手に」
そんなものでストレス発散になっているのだろうか?
突っ返されたのを見て笑っている辺り、構ってほしいだけの行動だとは思うが。
「……しかしまあ、見ないうちにお菓子のラインナップも変わったな」
「む? 言われてみれば」
幼いころ、小銭を握りしめて選んだ菓子がなくなっているのは寂しい限り。
一方で、古い商品のリニューアルや、新発売の変わった見た目のものには興味を惹かれる。
未祐も俺の言葉にうなずいていたが、途中ではたと動きを止める。
「……そういえば。駄菓子屋やスーパーで買えるようなお菓子って、小学生のころまでしか食べた記憶がないぞ? なぜだ?」
「そりゃ、お前あれだよ。料理に目覚めてからは、俺がお菓子全般まで作っているから」
「そうか! 確かに!」
最初こそ焦がしたり、味付けを間違えたりで食べられたものじゃなかったが。
我が家のお茶請けに乗っているのは、今ではほとんどが俺の手作りとなっている。
偶に別のものになるとしても、それらはお歳暮やお中元などで頂いた、地域土産や高級菓子店製が多かった。
その中には、章文さんの出張土産なども含まれる。
そんなウチのお菓子事情である。
「ケーキ、クッキー、ドーナツ、ワッフル、スコーン、アイスにゼリー。飴玉にグミまで。果ては和菓子まで作ってくれるものな、亘は……神か!?」
そう言って俺を崇めるようなポーズを取る未祐。
やめて。
他のお客さんからの視線が痛いから。
このスーパー、客層的にじろじろ見てくるような人は少ないのだが……。
さすがにそこまで変な動きをしていれば、注目されてしまう。
「そんな恩に着なくていいよ。半分趣味だし。それに自分で作ると、砂糖や塩の量を調整しやすくていいんだ」
「結果、既製品よりたくさん食べられる!?」
「そういう面もなくはない。まだまだ食べ盛りだからな、俺ら」
適切な塩分・糖分の調整は、手作りのほうがしやすいと俺は考えている。
既製品はどうしても、保存の観点も含めて、多めに配合されているからな。
油分・カロリー抑制なんかも、手作りだと特に工夫のし甲斐がある。
嗜好品としての味を保ちつつ、極力健康に配慮した菓子作り――これが意外と楽しい。
「……もしかしなくても私、亘がいなかったら物凄く太っていたのでは?」
「太りやすいかは体質にもよるけど、今より不健康だったかも――くらいには、お前の健康に気を遣っていることを自負している」
普段から量を食べるので、未祐が太りにくい側の人間に属するのは間違いない。
ただ、好き勝手に食べさせた場合、圧倒的に肉食に偏っていたはず。
そうなったら、今のような綺麗な肌や髪をしていたかはわからない。
風邪なんかもひきやすくなっていたかも。
「……亘」
「なんだ」
神妙な顔つきで真正面に立つ未祐。
こういうとき、ロクなことを言わないのが未祐なのだが……。
「抱きしめてもいいか?」
「つい最近も聞いたなぁ、その類の言葉……」
「なんだと!?」
まさかの被りである。
しかも理世との被りであることを伝えると、未祐は心底嫌そうな顔をした後にこう言った。
「やり直しを要求する!」
やり直しって、この上まだ恥ずかしいことを言われるのか?
だが、感謝の念から発した行動だとわかっているので、嫌とも言い難い。
半ば聞き流すような態度を取るため、商品のレタスの重さを比べながら応じる。
「好きにしてくれ……」
「よし! では、感謝のチューを……」
「エスカレートさせればいいってもんでもないと思う」
完全に暴走しているな、これは。
俺に向けて唇を突きだす未祐の姿を見て、店員のおばちゃんが笑っているのが見えた。
恥ずかしい……これは恥ずかしい……。
その後も未祐の相手を適当にしつつ、スーパーでの買い物を続けた。