表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1056/1111

卒業式 前編

 TBの決闘イベント予選に参加する、その前に。

 現実の学校生活で、俺たちは一大イベントを迎えていた。


『この高校三年間で、先輩方は――』


 卒業式、未祐みゆの在校生代表祝辞。

 場所は高校の体育館で、式も終盤といったところ。

 相変わらず声の通りがよく、背筋が伸びていて絵になる姿だ。

 マイクいらないんじゃないか? という声量。

 この時ばかりは生徒会長として、未祐もふざける余地なく真面目な内容を読み上げる――


『――ニョキニョキと夢をはぐくみ――』

「うん?」

『――学友とモリモリ高め合い――』

「う、うーん……?」


 ――はずだったのだが。

 時々変な表現が混じっているな……。

 一部の教師は顔を引きつらせているが、その度に生徒間ではささやかな笑いが起きている。

 激しく怒られるほどではない、微妙な範囲を突いてやがる。

 おかしいな。リハや原稿チェック時にはなかったぞ、あんなの……。


「――ご卒業、誠におめでとうございます!」


 最後はマイクから離れ、演台の斜め後ろに立ち、お辞儀と共に締める。

 そんなハラハラする祝辞も終わり、体育館内は盛大な拍手で包まれた。

 胃が痛い……。

 そして最も渋い顔をしているのは、教師陣よりも書記の緒方おがたさんだった。

 ……緒方さんによる未祐へのお説教、確定。




「ふーっ……」


 体育館での式が終わり、生徒は一度各々の教室へ戻った。

 卒業する先輩たちには申し訳ないが、俺が最初に感じたのは「肩の荷が下りた」という思い。

 襟元えりもとのネクタイを緩め、椅子に深く体重を預ける。


「お疲れだね、岸上きしがみくん」


 それが目に入ったのか、近い席の斎藤さいとうさんが話しかけてくる。

 担任教師はまだ来ないので、周囲も雑談に興じている。


「まあね。未祐が変な式辞をするから、余計に疲れたよ。来賓席のそばだったから、下手に表情も崩せなかったし」

「大変だねぇ、副会長サマは」


 茶化すように言ったのは、斎藤さんではなく秀平しゅうへいだ。

 続いて佐藤さとうさんも話に加わってくる。


「あの式辞ねー。私は“ムキムキとしたすこやかな心身で乗り越え”で、耐えられなかったわ……」

「私も。女の子もムキムキなの? って」

「心身だから体だけじゃなく、心もムキムキだしね」


 仲良しの二人は、笑いのツボも似ているらしい。

 俺もそちら側で気楽に見られればよかったんだけどね。

 生徒会役員は、座っている場所から違うという悲しみ。


「ってか、あの式辞内容で、三年生が“馬鹿にされている!”ってならないの。マジでスゲーよね」

「そりゃ、七瀬ななせさんの人徳じゃない? 私は好きよ。ああいう式辞のほうが」

「最後の“笑顔で門出を”って言葉が大きい気もするよ。実際に、ほとんどみんな笑顔だったから。泣いている人よりも多かったんじゃないかなぁ? すごいことだよ」

「……」


 秀平、佐藤さん、斎藤さんの順での発言。

 俺は黙って聞き役に回っていたのだが、秀平が不思議そうにこちらを見てくる。


「どしたん? わっち」

「いや。そもそも……」


 耳を澄ますと、周囲のクラスメイトも多かれ少なかれ、未祐の式辞について話題にしている。

 冷静に考えると、これって異常なのでは?


「こんなに式辞の内容であれこれ言われるやつ、未祐くらいな気がする」

「「「確かに」」」


 式辞の内容なんて、普通はある程度の型に沿った印象に残らないものになる。

 誰だって大きな行事で失敗したくないから、普通はそうなる。俺だってそうする。

 度胸がすごいのか、単に向こう見ずなだけなのか……。

 しかし、みんなほど手放しで褒めたくはないんだよなぁ。身内としては。

 胃と心臓に悪いから。


「あーっと……この後は、校門辺りで先輩たちにご挨拶? 斎藤は?」


 話が途切れたところで、佐藤さんがちらりと時計を確認する。

 斎藤さんも釣られて時計を見てから、今度は教室後方の棚へ視線を向けた。


「テニス部のみんなで、先輩たちに花束を渡すことになっているよ。これでも私は現部長だから、前部長さんに渡す感じで」


 斎藤さんが見ているほうには、この後に渡す花束やらラッピングされた一輪花やらが置かれている。

 ロッカーに入りきらない大きさのものもあるし、形が崩れるのを防ぐためにああしている場合もある。

 部費で用意したり、カンパだったりとお金の出所は様々だ。


「おー。岸上君は?」

「前生徒会のみなさんには未祐と緒方さんがやってくれるから、俺は料理部のほうだね。俺も次期部長だから、花束贈呈(ぞうてい)はありまする」

「ありまするか」

「ありありです」


 絶対ではないが、どの部でも新任の部長が前任の部長に花束を渡すのが慣例になっている。

 特に女子が多い部活では、事前にどんな花を用意するのか盛り上がる程度には重視されている行事だ。

 ……適当でよくない? などと少数の男が口にしようものなら、一体どうなるか。

 賢い諸兄ならわかってくれると思う。


「……あれ? いいんちょ、俺には?」


 俺の答えを聞いたところで、満足そうにうなずいた佐藤さん。

 それに異を唱えたのは秀平である。

 なぜ自分にはかないのかと不満顔だ。

 佐藤さんは面倒そうに応じる。


「あんた上級生とのつながり、なーんもないでしょ。あるの? 帰宅部の津金つがねクンは」

「ないけど……」

「そんなやつが部長ズに張り合おうとするんじゃないわよ。おこがましいわね」

「そこまで言うことなくない!?」


 ちなみに佐藤さんは美術部である。

 先輩後輩の仲は悪くないが上下の繋がりが薄いらしく、特に部として花束贈呈などはしないとのこと。

 個人でするのは自由で、過去にアーティスティックな造花のブーケを贈った人がいたとかどうとか。  

 素敵な話だ。


「いやー……しっかし、我々も次で最終学年ですなぁ」


 と、渋い顔をしていた秀平が、気を取り直しつつ言葉を繋ぐ。


「そうね。受験――」

「黙れいいんちょ! 黙れ! 受験と就職は禁止ワードです! 黙れ!」

「こいつ……」


 秀平の言葉に合いの手を入れてやったのに、黙れと言われ青筋を立てる佐藤さん。

 しかし、ここで怒りをあらわにしては同レベル。

 深呼吸して落ち着いてから、笑顔でこちらを向いた。大人だなぁ。


「ま、進路は少し先のこととしても。あんたら、一層責任が重くなるわね」


 これは秀平を無視して、俺と斎藤さんに投げかけた言葉だ。

 四月になれば新入生も入ってくる。

 斎藤さんは真摯しんしな表情で、しっかりとうなずく。


「そうだね。頑張らないと」

「俺は最終手段として、健治に仕事を投げまくれば負担は軽くなるから。副部長も二人に増やしたし、平気平気。生徒会はそもそも俺自身が副だしね」


 料理部の男子は現一年生だとやや多いが、それでも部全体を見れば女所帯。

 そんな中で男の自分が部長になるということで、副部長には健治ともう一人、同学年他クラスの女子になってもらった。

 女子からの信任が厚い子なので、しっかり統制してくれると思う。

 俺が生徒会で不在の際には、代理で健治が部長を、その子が補佐をやってくれるので安心。

 頼んだ際に、健治が――


「なるべく来てくれ……」


 ――と、泣きごとを口にしていたが。

 筋肉でなんとかしてくれ、お前ならやれる! とはげましておいた。

 未祐的に言うと、ムキムキとした健やかな心身があるから大丈夫だ。

 健治のそれは特盛だし。


「岸上君はわかってんなー。斎藤は潰れないように、ちゃんと周囲を頼んなさいよ」


 佐藤さんが俺の肩を雑な手つきでぺしぺしと叩いてくるが、それは本当にそう。

 斎藤さんは責任感が強いタイプだろうから、張り詰めすぎないようにしてほしい。

 だが、いい助言をした佐藤さんを怪しい目で見る男が一人。


「またまたぁ。いい、斎藤さん? いいんちょ、これ副音声で“私を頼りなさい”って言っているからね? ね? わかる? わかるよね? 周囲とか適当なこと言って、照れ隠ししちゃってさぁ。もー、まったく」

「あ、うん。もちろんわかっているよ。ありがとう、佐藤ちゃん」

「……」


 佐藤さんは応えず、ガタッと音を鳴らして椅子から立ち上がった。

 今度は我慢できなかったらしい。

 ノータイムでキレたのか、両手で秀平につかみかかる。


「あっ、ちょっ、タンマ! いいんちょ! 待って!」

「待たない」


 秀平は姉と母が強い家庭環境のせいで、怒った女性はめっぽう苦手なのだ。

 だというのに、挑発したりからかったりするのをやめない病気を持っている。

 ……改めて確認すると、どうしようもねえやつだな。


「……ねぇねぇ、岸上君。あの二人、前より仲良くなったと思わない?」


 手を口元に添えながら、斎藤さんがこしょこしょと耳打ちしてくる。

 物理的にも精神的にも、ダブルでくすぐったい。

 吐息が耳に当たってどうたらなどと、意識してはいけない。いけない。


「……さすが斎藤さん。うん。やり取り自体は、以前とさして変わらないわけだけど」


 手を組み合っての押し合いは、拮抗きっこうせずに秀平が劣勢だ。

 弱っ。

 秀平が立って逃げようとするも、あっさりと椅子に押し戻された。

 そして逃げないように両肩を押さえつけられる。


「いいっすなー。佐藤ちゃんの無意識なボディタッチ。今は怒りでなんとも思っていないけど、後で恥ずかしくなっちゃうやつだぁ」

「口調が乱れていますよ。斎藤さんや」

「いいじゃないですか、おじいさん。微笑ほほえましいし、うらやましいのだから」

「おじいさんかぁ。斎藤さんもおばあさんって呼んでいい?」


 そのまま「ばあさんや」と返してもよかったのだが、一応の確認だ。

 斎藤さんのノリのよさなら十中八九平気だろうけれど、念のため。


「いいですとも! さあさあ、どうぞどうぞ!」

「おっ?」


 そうしたら、意外な反応をされてしまった。

 想像以上に乗り気である。


「試しに呼んでみてほしいな。岸上君がおじいさんで、私がおばあさん。それって、まるで――」

「がっふぅ!?」

「うわぁ!?」


 彼女が照れたようになにか言いかけたところで、秀平が俺の机に倒れ込んでくる。

 暴力はいけないということで「腕相撲で決着をつけようぜ!」と秀平が言っていたような気がしたが……。


「なにしてんだよ、秀平」

「いや、俺のせいじゃないから! 文句はいいんちょに言って!」


 どうやら、秀平は惨敗ざんぱいして大袈裟おおげさによろけたらしい。

 秀平の席を見ると、佐藤さんが勝ち誇ったようにガッツポーズをしていた。

 ……やっぱりお前のせいじゃないか?

 会話を中断された俺と斎藤さんは、互いに曖昧あいまいな笑みを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >「おじいさんかぁ。斎藤さんもおばあさんって呼んでいい?」 >「いいですとも! さあさあ、どうぞどうぞ!」 >「試しに呼んでみてほしいな。岸上君がおじいさんで、私がおばあさん。それって、…
[良い点] こー薄幸というか機会がつぶされる感じ 斎藤さん、応援したくはあるが… ハインドの現状が現状だからなぁ とりあえず何かしら期待ということで、良い点! [一言] トビは…うん笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ