第二回闘技大会・イベント仕様
ユーミルとリコリスちゃんが無事にランクを戻し、イベント予選開始に間に合った。
予選の期間は、およそ10日と長い。
今日は各種生産活動を終えてから、談話室へと集合。
ヒナ鳥三人は試験勉強でお休みなので、五人で全員だ。
「新しい装備は? どんな感じなのだ?」
最後に俺とセレーネさんが合流し、出迎えた後でユーミルが問う。
鍛冶と縫製。
互いの進捗状況は概ね把握しているので、代表して自分が答える。
「本戦までには間に合うと思う。予選中は無理だな」
答えつつ、空いている席に座る。ユーミルの隣。
いくら簡略化があるといっても、段々と生産の所要時間も難易度も上がっている。
特に現実にはないファンタジーな素材たちは、扱いにかなりのコツを要する。
精製時に使用時にと、複数回の失敗をすることも少なくない。
初期の生産とは比べるまでもなく、全体的に難しくなっているという現状。
「む、本戦からか。新装備の性能を隠匿する意図は……」
「ちょっとある。よくわかったな」
「まあな! さすがにな!」
ユーミルが気づいたように、予選で旧装備なのは悪いことばかりではない。
それもあって「急ぐよりも完成度を高めよう」というのが、セレーネさんと話して決めた生産方針だ。
ただし――。
「予選で負けちゃった場合は、お披露目も次イベント以降になっちゃうけどな」
「そんなことになるかっ! 絶対勝つ!」
うん、自信満々なようでなにより。
俺たちのこれまでの戦績を考えれば、優勝はともかく本戦出場――予選突破は問題ないと思う。
油断しなければ、の話だが。
「……ところで、予選の概要はどんな感じなのだ? 決闘イベントということしかわからんぞ!」
続く発言で、俺はがっくりと肩を落とす。
予選の概要、発表されたのって一週間以上前なのだが……。
「褒めたそばからこれだよ……」
「む!? 仕方ないではないか! ランクを戻すのに精一杯だった! ランクを戻すのに精一杯だったのだ!」
「二度も言わんでいい」
誰がコンビの監修をしたと思っているんだ。ちゃんと知っている。
……ユーミルもリコリスちゃんも、かなり練度が上がった。
最終的なコンビネーションは2対2のランカー陣と比べても、遜色なくなったと思う。
だから仕方ない――と俺が甘い顔をしても、そうは思わないのがリィズである。
「第一ユーミルさんは暇と時間があったとしても、なにも把握していないでしょうが。いつものことですが」
「さー、ハインド! さくっと教えてくれ! いつものように!」
都合の悪いことは全て聞こえない。
それがユーミルイヤーである。
俺は溜め息を一つ溢してから、なるべく簡単に説明を始める。
「今回のイベントは、基本的に第一回闘技大会のバージョンアップ版だ」
「どんなだったっけ? 第一回」
そこから? と言いたいところだが、俺も記憶としては大分遠い出来事に感じる。
色々なイベントがあったからなぁ……。
「あの時は2対2のタッグ戦だけだったろ。優勝してグラドターク二頭をもらったじゃないか」
「そうだった! 私とハインドのコンビが最強!」
「……」
リィズが一瞬、なにかを言いかけてから口を閉じる。
言っても無駄というのを悟ったようだ。
それと、病後なので省エネを優先したのかもしれない。
ユーミルの相手は体力を激しく消耗する。
「で、今回も主催はグラド帝国。決闘種目はそれぞれ1対1、2対2、3対3、4対4、5対5」
「いっぱいあるな!」
「それと、グループ戦の計六つの区分けになっている」
「グループ……?」
グループ戦は最小5人から、最大15人で参加可能と、言葉通りの団体戦だ。
1対1~5対5の五戦を順次行い、先に3勝したほうの勝利という内容。
最小5人なのは、重複しての出場が可能だからだ。
5人で出ると誰かしらが休みなしで戦い続けることになりかねないので、ある程度ローテーションを組める人数のほうが有利なのは言うまでもない。
「……うむ、そうか。前から思っていたが、TBはソロプレイヤーに優しくないな!」
「そうだそうだー! ぼっちにも優しくしろー! でござる!」
「そ、そうだそうだー」
ユーミルの言葉に、ゲームによってはソロのトビが。
そして人見知りが原因でソロになりがちなセレーネさんが同意の声を上げた。
俺に言われても困るのだが……反論があるといえばある。
「ところがそうでもない。1対1の報酬、かなり豪華だぞ」
ソロに優しくない。
それは掲示板でも頻繁に言われていることだし、運営も気にしているのかもしれない。
予選上位でも装備生産用の高級素材、それから定番のスキルポイントの書を獲得可。
目玉の優勝報酬は、グラド製の最上位装備一式となっている。
加えて皇族仕込みの継承スキル――グラド皇帝のスキルを一つ獲得だそうだ。
……デモンストレーションで、圧倒的な実力差を見せられた苦い記憶が蘇る。
爆炎系のスキルをもらえるんだろうか?
フレンド内だと、ヘルシャ辺りが喜びそうな気がする。
「はい! 拙者、アルベルト殿の優勝に全額BET!」
「勝手に賭けを始めんな」
そして勝手に出場を推測するな。
そりゃあ、あの人とフィリアちゃんは出るだろうけど。
……傭兵親子としては、恰好の宣伝の舞台である。
前回は勝ったが、進んで当たりたい相手でもない。むしろ当たりたくない。
「ちなみに、出ようと思えば全てのカテゴリに出場可能だぞ」
「全部!?」
「全部」
ユーミルが驚き顔で詰め寄ってくる。
近い近い。
そして「出たい!」という言葉が放たれる前に弊害というか、全出場の欠点を挙げていく。
「ただまぁ、スケジュールが鬼になる」
「で――む?」
案の定、言葉が出かかっていたが。
これに関しては見たほうが早いので、運営のイベントスケジュールのページを表示して画面を投げ渡す。
「本当だ!? なんだこれは!」
「盛り上がりを考慮してか、決勝の時間が被らないようになっているらしい。だから全てに参加可能なんだけど、仮に全制覇ペースだと……」
「ずっと試合している感じになるのか!」
「そういうこと」
これでは、スタミナが持たない。
集中が続かない。
そして後の試合になるほど対策を立てられやすい。
トーナメントの試合は全公開なので、熱心な人は対戦相手の情報を集めるだろうから。
「ついでに勝ち上がり以前に、そもそも全ての予選に出るのがきついと思う」
「確か、10試合分でしたね? 予選の成績として記録されるのは」
「そうそう」
リィズの言う通り。
予選の成績は、予選モードで戦った直近10試合の記録が運営に提出される。
グループ戦のみ5試合の成績を参照。
ここから単純に考えると、全カテゴリ出場なら最低55試合が必要だ。
七連勝以上の好成績なら、10試合の成績がなくても予選突破が可能かもしれないが……それでも40試合前後。
もちろん成績が悪ければ試合を続けることになるし、一日中試合をできるのなんて休日くらいだ。
常人には、まず無理だろう。
「グループ戦は人数次第で負担が変わるにしても……現実的には、出場カテゴリを絞る感じだよね?」
セレーネさんも同じ感想なようで、ユーミルから受け取ったイベントページを見て難しそうな顔をしている。
一応という感じで、リィズもページを見てから俺に返――そうとしたところで、トビがインターセプト。
くるくる回して遊んでいたところを、リィズに奪い返されページを顔面に突き刺された。
俺のメニュー画面……。
「そうですね。優勝を狙うなら、出ても二つくらいが適当なような――」
「狙うに決まっているだろう!!」
「人の真横で叫ばないでくれる?」
耳が痛いんだよ馬鹿野郎。
ようやく返ってきたメニュー画面を閉じ、鼻息を荒くしているユーミルに向き直る。
「……で、どうするんだ? ギルマス」
「お!? 私が決めていいのか!?」
「ギルマスだからな。一応」
「一応言うな!」
不在にヒナ鳥たちは、ユーミルが決めた方針に従うと言っていた。
この場のメンバーも、表情を見る限り不服がある者はいないようだ。
「むむむ……む? ――あ、そうだ」
「?」
不意に、ユーミルはなにかに思い至ったようだ。
自分の顔に異常がないか、ペタペタ触っていたトビのほうを見る。
「おい、忍者! 忍者!」
「なんでござるか?」
ユーミルに応じつつも、割れてない? 裂けてない? と訊いてくるトビが鬱陶しい。
なんで俺に訊くんだよ。
いつもと変わらない、うざい顔だよ。
メニュー画面に殺傷力はないし、お前の面の皮は厚いから大丈夫だ。
「メディウスたちはどれに出る!? なにか言っていなかったか!?」
「あー……」
トビが懸命に記憶を探るような顔をする。
そんなに? そんなに深掘りしないと出てこない?
一番関わりの深いトビが、一番メディウスたちに関心が薄いのはどうなんだ。
ルミナスさんの気持ちを思うと、なんとも言えない感じがするぞ。
「そういやグループ戦だけは必ず出ろって、ルミちゃんが言っていたような。いなかったような」
「グループ戦だな!?」
「いやいや、待って」
さすがに大事なことと踏んでか、トビが更に考え込むように額に手を当てる。
反対の手はユーミルのほうに向け、答えを待つように促す。
「……うん、グループ戦。グループ戦で間違いないでござる!」
「よし!」
メディウスたちはグループ戦に間違いなく出るようだ。
ルミナスさん的には、そこでトビを叩きのめしたいらしい。
彼女は直情的な性格のようなので、まず嘘はないだろう。
……それにしても、意外なのはユーミルの態度だ。
「お前、そんなにリベンジしたかったのか?」
「したい! 決まっているだろう!」
「そうか。まあ、俺もしたいけど」
俺もメディウスには、トビと組んで負けているしな。
といっても、俺とトビの組み合わせなんて火力不足もいいところな駄目コンビだが。
……うん、負け惜しみだね。悔しいものは悔しい。
「では、グループ戦にはみんなで出るぞ! 後は自由!」
「自由?」
「自由! グループ戦だけマストで、他はどれに出てもいい!」
「……ハインドさん?」
リィズが確認を取るように水を向けてくる。
グループ戦の人数をどうするか? という問題はあるが、それは追々解決すればいいか……。
今回はギルド同士で競うような項目はないし。
『勇者のオーラ』も報酬になかった。
特に問題ないように思える。
「うん、いいんじゃないかな。各自、やる気と体力に相談で」
「決まりだな!」
ユーミルが己の掌に拳を打ちつける。
――さて、俺はどうしようかね。
装備の完成度を重視するなら、グループ戦のみ出場というのもありだが……。