鍛冶場での語らい 後編
「ユーミルで最後って言いましたけど、セレーネさんの装備は?」
「あ、私?」
一通り話し終えたという風情で、セレーネさんは茶をすすっている。
しかし、まだ自身の装備をどうするのか聞いていない。
「いつも自分のは後回しにしちゃうんですから」
心配と少しの揶揄を込めて言っておく。
とてもありがたいのだが、セレーネさんだって戦闘要員である。
生産専門ではないし――戦闘に参加したくない、という言葉は今のところ聞いたことはない。
「そ、そんなことはないよ?」
どうだろう?
目を逸らしているし、先程まで満足そうな表情をしていたと思うが。
「特に武器はちゃんと凝ってくださいね? ユーミルと合わせて、ウチのエースアタッカーなんですから」
「う、うーん……」
わかっている、わかっているけど優先度とモチベーションが……。
と、言葉にせずとも伝わってくる。
「……だったら、ハインド君が一緒に作ってくれないかな? なんて」
「はい?」
不意に思いついたように、セレーネさんが明るい表情で顔を上げる。
両手は祈るように合わせられている。
それに対し、俺は間の抜けた返事をしてしまい……。
「い、今のなし! なしで――」
「やりましょう」
「え!?」
焦ったセレーネさんが発言を撤回しようとしたが、即座に切り返す。
なかったことにさせてはいけない。
「俺が関わる程度で、身の入り方に差が出るなら喜んで」
「でも、ハインド君にだって布と革防具の作業があるよね?」
「それはお互い様ですよ」
ゲーム仕様で短縮されるとはいえ、それでも長い生産作業。
だれないように、途中経過を報告しあうのもいいだろう。
もちろん手伝い、補助、共作、どんとこいである。
「じゃ、じゃあ……お願い、します」
「喜んで」
よし、言質を取ることに成功したぞ。
問題は俺の鍛冶技術では足を引っ張りかねないところだ。
せめて知識だけはしっかりさせておきたいので、改めてクロスボウについて勉強しておかないと。
セレーネさんの得物は独自に改造したクロスボウなので、どこまでついていけるか不安だが。
「……」
「……」
共作する約束をしたところで、変に会話に間が空いてしまう。
目が合うと、互いに逸らしてしまう。
一転してこそばゆい空気……それを変えたのは、セレーネさんの素っ頓狂な声。
「あっ!」
「?」
忘れていたなにかを思い出した、といった様子だが……。
やたらと焦っている。
席を立ったセレーネさんは手を左に右に、ちょっと面白い動きで彷徨わせている。
しかしどうにでもできず、次の言葉を待っていると……。
「一番大事なことを言っていないよ、私!」
「一番大事なこと?」
やはり、なにかを思い出したらしい。
セレーネさんは椅子に座り直すと、小さく息を吸いつつ姿勢を正す。
「その……ハインド君の杖のことなんだけど……」
「あ、ああー……」
改まってなにかと思えば……そういえば。
俺の装備のことを話していなかったな。
セレーネさんにあんなことを言った癖に、抜けている。
「いい素材が手に入ったので、完全に新型にします」
「え? 決定事項ですか?」
「決定事項です。します。支援者の杖、リニューアルです。次の決闘イベントの――本戦には間に合うよう製作中です」
らしからぬ強い言葉と断定口調だ。
気合と意気込みが怖いくらいに伝わってくる。
「……一生懸命作っているから、受け取って欲しいな」
「――そ、それはもちろん! 楽しみにしています!」
とどめの殺し文句をくらい、俺は絶句した後に何度も何度もうなずいた。
自惚れでなければ、特別扱いされている……よな?
そのお返しというわけではないが、俺も言い忘れていたことを伝えておく。
「……それじゃあ、セレーネさんの防具も。これまで以上に気合を入れて作らないといけませんね」
「あっ……いつもありがとう。楽しみにしているね」
セレーネさんの防具も、見た目や組み合わせは初期とあまり変わらず。
ツナギに手袋やらブーツやらを装備といった内容。
「変更の要望などは?」
「ううん。今のツナギもかなり気に入っているから、同じ形でお願いしたいな」
「了解です」
変わった箇所といえば、クロスボウの矢――ボルトを取り出しやすい機構を、腰辺りに追加してある。
もちろん、生産作業時に工具を吊るすのにも支障がないような構造になっている。
ちょっとずつ話し合って改善して、今の形に落ち着いた感じだ。
メンバー全員、どの武器も防具も、そうといえばそうなのだが。
「それにしても……」
今度こそ全員分の装備の話が終わりということで、セレーネさんが肩の力を抜く。
一年近い付き合いで、わかるようになった切り替えの合図だ。
そして雑談タイム再来のお知らせ。
「いつの間にか服系の装備も、かなりの防御力になったよね。サービス開始半年くらいの金属防具より、もう防御力が高いし……」
ただし雑談といっても、まだ装備に関係した内容だ。
進行に伴い、装備品のステータスがインフレするのはどのゲームでも同じ。
でも、繊維素材で金属の防御を簡単に凌駕するのはどういう理屈だろう? というセレーネさんの主張。
裁縫マンのこちらとしては、微妙な顔になる話だが。
「まあ、現代の防刃チョッキなんかに通じるところはありますよね……あれもアラミド繊維っていう素材ですし。それ以前に、ゲームだと露出度が高い防具のほうが強かったりしますが」
「水着とか、ビキニアーマーとかだね!」
「それです」
そもそもゲームに現実の理屈は、あまり通用しない。適用されない。
ファンタジー! と叫べば全て解決だ。
……まあ、それは冗談として。
「どれもこれも急所が丸出しなので、どういうこと? って言いたくなりますが」
仮にリアリティ重視を標榜するゲームなら、ユーザーの受け取り方も変わってくる。
その場合は、『水着』やら『踊り子の服』やらが強いのはアウトだろう。
そうでなければ許容値が大幅に増える。
大事なのは一つ一つの要素が、ゲームのコンセプトに合っているかどうか。
「精霊の加護とか、高濃度の魔力とか、バリア! とかで誤魔化している作品もあるよ」
「そうまでして薄着にさせたいのか? とは思いますけど――薄着にさせたいんでしょうね……」
特に近代、装備が見た目に反映されるゲーム。
キャラクターの見た目は、プレイするモチベーションにすら関わってくる。
古くは「○○は△△な水着を装備した!」という文字情報だけであっても、心の目で見て悦に入ったとのこと。
想像は無限大。
しかし、その格好で街中を歩いたならば変態である――という不都合な情報は無視される。
あるいは、紳士淑女はそれすらも「有り」として想像を更に膨らませ……うん、これ以上はやめておこう。
「せっかく格好いいキャラや可愛いキャラなんだから、ってことだろうね。見せて自慢したいんだと思うよ、作り手としては」
「それ、見せちゃいけない部分まで見せていませんかね……?」
「大丈夫だよー。きっとなにかしらの審査は通っているから」
セレーネさんはのほほんと笑っている。
ゲームキャラのエッチな格好にはあまり抵抗がないようだ。
嫌悪感のようなものは全く伝わってこない。
そういったコンテンツに毒されているせいか、それとも懐が深いからなのか。
あるいは作る側の人間の気持ちに立っているからか。
一体どれなのか、いまひとつ判断がつかないが。
「薄着も結構ですが。俺は重武装なら重武装で、ロマンがあると思いますよ」
「装備によっては顔が見えなくなっちゃうっていう欠点もあるからねぇ。ほら、映画やドラマなんかでも、本当は顔を覆う装備なのに……」
「あー、なんかモロに剥き出しだったりしますよね。あれも俳優の顔が見えなくなっちゃうからか。一部のアニメやゲームのキャラも同じ理屈ですかね?」
逆に主要人物なのに顔を隠されると、中身が気になって仕方なくなる。
ミステリアスな仮面キャラ、誕生! ――といったように、考えを巡らせると楽しくなってくる。
製作・演出の都合で色々とあるんだろうなぁ。
「って、また話が脱線しちゃったね?」
「楽しいからいいですけどね!」
発言者が逆になったものの、先程と同じやり取りをして笑い合う。
必要な話だけしていたら疲れてしまうから、これでいいんだと思う。
それに、セレーネさんとの雑談が楽しいのは本当だ。
何時間でも話していられそう。
「ふふっ……ハインド君も、自分の装備を疎かにしちゃ駄目だからね?」
「あー……そう言われると……」
「裸が正装です、とか言っちゃダメだよ? ちゃんと神官服を着てね?」
「言いませんよ!? 本当に今夜は絶好調ですね!?」
古代ギリシャかな? 俺に自分の肌を他人に見せて喜ぶ趣味はない。
話しながらも、いつの間にかセレーネさんは立ってハンマーを。
俺は薪を持って移動を始めていた。
雑談を交えつつ、いつの間にか一緒に鍛冶作業へ。
その後の鍛冶場では随分と長い間、炉に火が入り続けることになった。