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鍛冶場での語らい 中編

「まずは、シエスタちゃんだけど――は、ハインド君?」


 セレーネさんが名前を挙げ始めたということは、各人の装備を詳細に詰めるということだろう。

 こちらも話についていけるよう、気合を入れ直す。

 ただ顔を近づけすぎてセレーネさんが赤面したので、座り直して適正距離へ。

 ……ちょっと気合が空回ってしまった。


「すみません、前のめり過ぎました。えーと……」

「シエスタちゃんは戦闘スタイルに変化なし。特に改善要望もないってことで、杖はマイナーアップデートで充分かな? って思うんだけど」


 マイナーアップデートというのはハードウェア・ソフトウェアなどの小規模な改善を指すIT用語だ。

 装備の場合は要するに、素材だけ変えて似た仕様でパワーアップさせよう……みたいな、俺とセレーネさんの間でなら通じる感じの使い方になっている。

 シエスタちゃんの武器は神官用の儀仗(ぎじょう)杖で、魔法強化重視、殴り能力低めな代物(しろもの)


「シエスタちゃんって、元から完成されているタイプの子ですしね」


 彼女は精神面からして、中学生としては大人寄り。

 体よりも頭を使って戦うタイプなので、ブレが少ない。


「服系防具のほうも、着心地がよければなんでもいいということで。楽で助かりますね」

「なんだかんだで、一番私たちの負担を減らしてくれているよね」

「ええ。本当にそうなんですよ」


 長期的に見たとき、シエスタちゃんは決して人に無理な負担や面倒を押し付けてこない。

 短期的に見ると、あれしてこれしてと小さな注文やお願いがありはするが。

 どれも可愛い我儘わがままで済まされる範囲である。


「楽させてもらえるぶん、丁寧に仕上げてあげようね」

「そうしましょう」


 もしかしたら全てシエスタちゃんの計算の上かもしれないが。

 先輩ズとしては、乗せられてあげようじゃないかという心持ち。

 肌触りのいい生地で神官服を仕上げてやるぜ!


「あ、そうだ。楽というか、私がほとんどノータッチなリィズちゃんはどうかな?」

「――」


 続いてセレーネさんから出た言葉に、俺は僅かな間だがフリーズしてしまった。

 セレーネさんがリィズの装備で関係しているのは、武器の一部分。

 魔導書を強化するために追加した金属装丁と、本を閉じる鍵の部分だ。

 今のリィズの魔導書は、鍵付き・金属装丁のゴツイ本になっている。

 それでも、やはり魔導書の性能を左右するのは書かれた内容だが……リィズの魔導書は……。


「……あいつの魔導書、今どうなっているか知っています?」

「え?」


 魔導書の中身は、使い手の感情を強く動かすものであればなんでもいい。

 人によっては愚痴を連ねた日記であったり、中学生のころに書いた黒歴史ノートの写しであったり……。

 また、ネガティヴなものに限らず、嬉しかったこと楽しかったことをひたすら書いても、あるいはポエム帳なんかでもいいらしい。

 リィズの場合は、アレだ。

 初代魔導書の内容、つまり俺への想いをつづったもの――を大増量させたものらしい。

 中身は怖くて見ていない。


「ま、まあ、機会があったらいてみてください。防具に関しては、あいつも上位素材に置き換えるだけになるかと」

「う、うん。戦闘スタイルに変化はないし、なにより……」


 リィズの防具に関しては、俺たちの中で見た目に一番変化がない。

 というのも……。


「似合っているもんね、魔女の格好。そのままが一番可愛いよ」

「異議なしです」


 セレーネさんの言う通り、魔女っ子サイコーというのが単純な理由である。

 地味な格好とリィズの優れた容姿、暗めの紫紺色と白い肌のコントラストがまたいい。

 どこに出しても恥ずかしくない魔女っ子姿である。


「次、サイネリアちゃんは……」


 サイネリアちゃんはオーソドックスな弓術士スタイル。

 和装も似合うと思うのだが、使っている弓――ロングボウに合わせて洋装寄りだ。

 鍛冶に関係するのは弓、胸当て、肩当て、籠手こてで、残りというかインナー部分が俺の裁縫分野である。

 あるのだが……。


「……あの、ハインド君。気がついている?」

「……ええ」


 セレーネさんが口ごもる。

 サイネリアちゃんに問題……といっても、これは本人のせいというわけではない。

 致し方ない問題。


「彼女、背が伸びましたよね。それ以外にも――その」

「成長期、だもんねぇ……」


 それは全体的なサイズアップ。

 ヒナ鳥三人の中では、サイネリアちゃんが最も成長(いちじる)しい。

 ユーミルほどとはいかないが、そろそろセレーネさんの背は抜かれるのではないだろうか?


「それで、セレーネさんにお願いがあるんですが」

「あ、うん。採寸かな?」


 TBの装備には体型への自動フィット機能がある――とはいえ、オーダー品はそうもいかない。

 店売り品・既存品にはない特徴として、フィット機能を使うたびに品質が落ちる。

 いつぞやのアップデートで追加された仕様だ。

 そのため、誰かが使わなくなったオーダーメイド装備を取引掲示板で買ったとしても、やや性能が落ちる……ということを覚悟しなければならない。

 奇跡的に体型が前所有者とほとんど同じであれば、そのデメリットを受けずに済むが……ともかく。


「話が早くて助かります。お願いできますか? できれば、型紙まで……」

「うん。どの道、私が作るほうの防具にも必要なことだから。大丈夫。任せて」

「ありがとうございます。お願いします」


 図らずもオーダーメイド装備の製作者は、現実と同じように依頼人の体型を把握することになってしまう。

 だから普通は同性の生産者に頼むわけだ。

 ……全員が「別にいい」と言うので、服飾関係は俺が担当しているが。

 無心だ、とにかく無心になるしかない。

 どこが大きくなったとか、メリハリが出てきたとか考えてはいけない。


「……」

「?」


 俺が製作時の心構えを再確認していると、セレーネさんが考え込むような仕草をする。

 なんだろう? と、見守っていると。


「グッと大人っぽくなったよね、サイネリアちゃん。ハインド君、ドキドキしたりは……」

「する、と言っても。しない、と言っても角が立ちますよね? ……すごく綺麗になったとは思いますが」

「わあ。リィズちゃんに伝えておくね?」

「やめてください!」


 わざわざ固めたメンタルを揺さぶるような発言をしてくる。

 黒髪ポニテで涼やかな容姿を持つ美少女が、段々とオトナな美女へ近づいていく過程。

 そこに目をかれない男のほうが少数派であろう。ひどい。


「ふふ。冗談だよ」

「言うようになりましたよね。セレーネさんも……」

「ハインド君だけだよ? 私がこんなこと言えるの」

「その台詞せりふはもうちょっと別の場面で聞きたかったですねー」


 軽口を交わしあい、互いに小さな笑いをらす。

 先程までとはまた違った、いい雰囲気というやつである。

 居心地のいい、気安い空気。


「ええと……次はトビ君だけど」


 言われ、トビの装備を頭に思い浮かべる。

 あいつは相変わらず、全身紺色の忍者装束(しょうぞく)である。


「トビ君もリィズちゃんと同じくらい、私はノータッチなんだよね。精々、籠手と鉢金はちがねくらいで……」

「あ、それなんですけど」


 トビに関しては、刀と装束が俺の担当。

 各所の金属小物だけがセレーネさんとの共作という感じなのだが、トビから細かな注文が出ている。

 三十分近く熱く語られた記憶があるが、要約して伝えると……。


「――刀と防具の重量バランス? ……装備全体の重心がどこにあるか、ってことなのかな?」

「おそらく。軽ければ軽いほどいい、という単純なものでもないようで」

「そっか……あれだけ動き回っているんだもんね」


 回避盾として動き回るのもあるが、やたら繊細な操作を要求するスキル群も原因だろう。

 その癖、二刀流なんかにもこだわりがあるせいで難しいことになっている。

 しかも納刀時、抜刀時、両方でバランスを取ってほしいという無茶振りだ。

 ただ、まあ……。


「うん、了解。やってみよう」

「助かります。調整時は本人を必ず連れてきます」


 難しい要求をされるの、作り手としては嫌じゃない。

 それだけ腕を信用されているという感じがするから。

 トビの考えがどうあれ、だ。


「それで、次は一番手直しが必要だと思う――」

「リコリスちゃんですね?」

「――そう。リコリスちゃんの装備だね」


 セレーネさんも、ユーミルとリコリスちゃんの連敗は気にしていたらしい。

 連敗時の映像は二人が消してしまったが、改善時のリプレイを送ってほしいと要求。

 その後、細かく何度も確認してくれていた。

 セレーネさんの装備のせいでは決してないのだが、このいるような表情。

 そういう人なのである。


「今のリコリスちゃんなら、もっとシールドを小さくしてもいいと思うんだけど。どうかな?」


 だからなのか、出た提案も日和ひよったものではない。

 装備の使用感が大幅に変わる内容。

 俺は直近のリコリスちゃんの戦闘を思い返しながら、慎重に返答する。


「……賛成です。カウンター精度は上がり続けていますし……それでいて、盾の重量・面積を活かしたシールドバッシュなんかは――」

「使用率があまり高くない」

「そうです」


 テクニックの上昇に伴い、リコリスちゃんの戦闘スタイルは大きな変化を遂げた。

 ひたむきにシールドで受けて大きな隙だけを刺すスタイルから、積極的に前に出つつカウンターを狙うスタイルへ。

 ……こうなると、装備の軽量化が視野に入ってくるわけだ。

 より前に出るなら、離脱までを考えた足を残さなければならないから。

 重い装備は移動の負担になる。


「ただ、一番は本人の感覚に合うかどうかが大事かと。それで今のバランスが崩れたら、元も子もないので」

「そうなんだよね……」


 今のカイトシールドの安心感があるからこそ、前に出られる。

 そういう考えをリコリスちゃんが持っているとしたら、シールドの更なる小型化は悪影響になりかねない。

 サイズ変更なし、強度を落としての軽量化も――という別案が出たところで、話し合いが一区切り。


「後のことは簡易的な試作品を作って、感想を聞いてからにしようか?」

「それがいいと思います」


 いいと思うが……セレーネさんの「簡易」という言葉は少し怖い。

 適切なサイズを探るなら木製の模造品なんかでもいいと思うのだが、簡易と言いつつしっかりしたのを作ってしまいそうだ。

 それこそ普通のプレイヤーなら即・実用品になるようなやつ。

 ……今後もなるべく、装備相談の場には立ち会うことにしよう。


「最後にユーミルさんだけど」

「なにかあります?」


 思考を中断し、顔を上げて問いかけると……。

 セレーネさんにやや口ごもる様子が見られる。


「……本人から言っていいって言われたから、言うんだけど。その……」

「なんですか?」

「……大きくなったみたい」

「――え? 大きくって、身長ですか?」


 ずっと一緒にいるからこそ、どうしても変化には鈍くなる。

 ユーミル……未祐みゆがここ最近でどう変わったか考えてみても、俺の中で答えは出なかった。

 当てずっぽうで出した「背が伸びたのか」という言葉に、セレーネさんは首を横に振る。

 ま、まさか!?


「じゃ、じゃあ、体重……?」


 もし体重が増えたのだとすれば、食生活を管理している俺の責任である。

 太った!? 太ったんですか!? 肉の食べすぎか!?

 おそる恐るたずねると、これにもセレーネさんは首を横に振ろ――うとして動きを止める。

 妙な反応だ。


「ええっと……乙女の矜持きょうじを守るため、あえて変な言い方をするね。ウェストは変わっていないって」

「うっ」


 最も脂肪がつきやすい腹周りが増えず、しかし体重が僅かに増えた。

 その上で身長は伸びていない。

 これらが意味するところは、実に簡単である。

 上か下かは知らないが、女性らしい部分の肉が増えたということ。

 ……い、いや、まだだ。まだ他の可能性はある。


「あの、筋肉がついたとか……」

「違うね。増えたのは間違いなく脂肪だね……」

「おぉう……」


 ついでに二の腕、顔、背中に太ももなんかも変わっていないとセレーネさんは言う。

 確定。

 もう確定です。

 未祐のやつ、体組成計にしっかり乗った模様。


「……サイネリアちゃんと同じようにお願いします。セレーネさん」

「う、うん。了解だよ」


 オーダー品は以下略であるからして、仕方ない。

 ユーミルの防具は軽鎧なので、割と布部分があるんだよ……セレーネさんに全て任せられればよかったのだが。

 最近のフルオーダー品は大多数が共作になってきている。

 フルプレートアーマーがいい! 金属オンリーで! という人は稀なのだ。

 仮に金属がメインでも、どこかしらに革なり布なりで縫製が必要な箇所が生じてくる。

 肌に当たる部分の隙間を失くしたり、クッションの役割を果たしたりだ。


「しかし、まだ成長していたのか……一体どこを目指しているんだ、あいつ」

「モデルさん……は、ちょっと違うか。グラビアアイドルが裸足はだしで逃げ出す体型だよね……私みたいな普通体型の女の子なんて、もう」


 セレーネさんが遠い目をしていらっしゃる。

 しっかり細い割に曲線があって、充分に女性らしい体型なんだけどな……セレーネさんだって。

 比較対象が変なだけで。

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― 新着の感想 ―
[一言] 装備と言うか武器だけど傭兵親子もそろそろ話題に上がってもおかしくないね…
[一言] 成長が都度アバターに反映される感じなんですね……太ったらバレるのか
[良い点] ユーミルが成長するのは予想の範囲内だけどサイネリアちゃんまで!?ユーミル二番手みたいにボンキュッボンとなるのだろうか…! ただの成長期?それとも…恋したことがキッカケかな?? [気になる…
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