鍛冶場での語らい 前編
あの後、なにが原因とは言わないが胸焼けがひどかった。
そして複数の女子生徒からの視線が冷たかった。
――というか、どう伝わったのか特に佐藤さんからの視線が冷たかった。
どうもスマホを片手に、猥談でもしていたと勘違いされたらしい。
実際に見ていた映像の中身は露出度の高い少女&幼女が主役だったため、言い訳するにも微妙という地獄のような様相。
「と、そんなことがありまして」
傷を慰めてもらおうと、訪れた先はTB・ギルドホーム内の鍛冶場。
幸い、部屋の主は温かく迎え入れてくれた。
「秀平君、良くも悪くも目立つもんね……」
しかも作業中ではなかったようで、ゆっくり話をできそうな空気だ。
炉に火が入っていない。
……忘れそうになるが、セレーネさんが言うように秀平は顔がいい。
「ええ、まあ。秀平がもっと、キリッとした表情で動画を見ていれば起きない事態ではありましたね」
それを台無しにするくらい表情が悪いが。
どうにかならないのだろうか? あのニタニタした笑いは。
「キリッとした表情で、魔王ちゃんを……?」
「……すみません。無理なことを言いました」
「ううん。あと、それはそれで怖いっていうか……別の問題が起きそうっていうか……」
「確かに!」
むしろ余計にヤバイことになる気がする。
全くもってセレーネさんの言う通り……と、なんだか陰口っぽくなってきたな。
これ以上はやめておこう。
セレーネさんも申し訳なさそうというか、話題を変えてほしそうな顔をしている。
「そんな感じで、魔王ちゃんの動画は確認できました。学校で見たのは失敗でしたけど。それで……」
「神様の声明文のほうは、まだなんだね。じゃあ、私と一緒に確認しようか?」
「そうさせてください」
「うん。座って座って」
笑顔で椅子への着席を勧めてくれる。
それから「ちょっと待っていてね」と告げたセレーネさんは、いそいそと飲み物の準備をはじめた。
手伝いたくなるが、ここは黙って待つことにする。
セレーネさんの足取りは軽く、小さく鼻歌も聞こえてくる。
とても自然体な姿で、嬉しく思うと同時に……。
「……なんだかセレーネさん、機嫌がよさそうですね?」
「え? あ、うーん……」
度を越して上機嫌にも思え、つい疑問が口を突いて出る。
セレーネさんは答えを迷う、というよりは……。
勢いをつけるように、短い間を置いてから口を開く。
「……こうしてハインド君と鍛冶場で二人きりで話すの、久しぶりな気がして。嬉しいなって」
「あっ」
そう言われ、最も強く得たのは罪悪感。
次に嬉しさと羞恥心が半々の感情。
そうだった、セレーネさんは二人きりだとやや大胆でストレート……。
そういう傾向があるのを忘れていた。
「す――そうですね。俺も嬉しいです」
真っ先に出そうになったのは、「すみません」という謝罪の言葉。
だが、謝ったとしても、困った顔をさせてしまうだけだろう。
それよりも、今後はもっと頻繁に鍛冶場を覗こうと決意を固くしておく。
「……」
「……」
沈黙が場を支配する。
二人の間に置かれたお茶が湯気を立てている。
ここから上手に、なんらかの状態に進展させる術を俺たちは持っていない。
どちらも持っていないのだ。
なぜなら経験がないから。
「と、とりあえず声明文とやらを見ちゃいましょうか!?」
「そ、そうだね! そうしようね!」
結局、互いに誤魔化すように話題を変える。
変えるというか、本来の目的に回帰したともいえるが。
……いい雰囲気、まるで活かせず。
ほっとしたような、残念なような。
秀平は軽視していたが、神界の声明も見所の多い映像だった。
まず、声明発表した神が『秩序の神』という新キャラ。
青髪長髪、怜悧な美貌を持った女性神で、話し方も名の通り堅苦しい感じで――これはこれで人気が出そうという印象。
で、語った内容の大半が謝罪という不憫な役回り。
「うん……今回、神界サイドはいいところなしでしたね」
一緒に見ているのがセレーネさんということで、新女神に対する感想は程々にしつつ。
声明の内容としては、カイムが歴とした「神族」であることを明言した上で、更なる謝罪を――といったものだった。
どの道、黙っていても魔王が残した映像でバレてしまう話ではあったが。
「そうだね。補償は手厚かったから、プレイヤー目線だと最終的にはプラスだったけど……」
「心証面があんまり。半封印・再教育中の神族が、逃走して被害を出したわけですから。プレイヤーへの要請も捕獲ではなく、討伐でしたし」
今回の討伐――というより「撃退」報酬は、神界・各国の両方から出ている。
更には、魔界も後からとはいえ補償を明言している。
街も村も田畑も荒れたし、ポーションは大きく減ったが、懐具合がマイナスのまま終わったプレイヤーはほとんどいないと思う。
……結果的に三勢力から補償があることで、神界の手厚い補償が霞んで見える。
どの勢力よりも多く、財を放出したのは間違いないのだが。
「あと、カイムが最終的に幼子の姿に落ち着いたのもよくないです」
「……事実はどうあれ、神界の神々がカイム――ちゃん? を、虐めていた感じが出ちゃう?」
「出ちゃいます」
見た目が与える影響は大きい。
仮に運営がそこを計算に入れて指向性を持たせたとすると、一つの推論が成り立つ。
「……神界への不信感を植え付けるためのイベントだった、とか?」
セレーネさんも同じ考えに至ったようだ。
はっきり言って、そこまで深読みする必要がある事項ではない。
ないが、そのまま話を続けていく。
「神界勢力が一枚岩なら、将来的にプレイヤーの敵になりそうですね」
「一枚岩じゃなかったら……?」
「内乱イベントとかですかね? そっちのほうが、プレイヤーの介入度が上がって満足感がありそうです」
神界大戦勃発! どの勢力につくか! みたいな。
正直、魔界側の組織がゲーム開始時点からズタズタなので、一回くらい内乱で弱体化した方が勢力的に釣り合うという気はする。
与太話ではあるが、そのままセレーネさんも話に乗っかってくれる。
「その場合……敵になって、そのまま消滅しちゃうキャラに人気が出たらどうするんだろう?」
「あー。その類のキャラって扱いが難しいですよね」
TBの世界観的に、戦いが起きても死亡ということはなさそうだが……。
なんらかの都合で退場だとか、封印だとかでゲームから追い出されることはあるかもしれない。
それ以前に、これは「一般論として、そういう退場キャラってどう?」という話だろうか。
「悲劇性があってこその人気だ! の、そのまま退場希望派もいれば。帰ってきてくれ! な、復活希望派も出るわけで」
「似た容姿や性質の代替キャラを出すっていう禁じ手もあるよね?」
「本当に禁じ手ですよね、それ。ナンカチガウとかソウジャナイとか言われるまでがセットみたいな」
セレーネさんが言っているのは、例えばだが……。
退場したキャラにそっくりな容姿のキャラが出てくる、などといったもののことだ。
双子、親族パターンもあれば、他人の空似というパターンもあり。
こっちが「似た容姿」のキャラが出るお話。
「似た性質」のほうは、RPGだと見た目が違っても役割が同じだったり、どこか性格・立ち位置が似ていたり。
俺のスタンスとしては、そういうのは……うーん。
微妙な表情を読み取ってか、セレーネさんが激しく頷く。
「わかる。全く同じ人気が出ることも、同じ愛着を持つこともないよね。別人だから当たり前なんだけど」
「なんだか、余計に虚しさ寂しさが増すんですよね。もしかしたら、それが狙いなのかもしれませんけど」
と、仮定の話を重ねて、過去に見た物語で受けた悲しみ。
そんな地点にまで至ったところで――ふと、正気に返る。
「……まあ、ここまで全て妄想の話なんですが。どうしてまだ存在しないキャラの行く末を心配しているんでしょうね?」
「ふふ。でも、楽しいよ? こういうの。すごく楽しい」
熱く語ってしまって恥ずかしい。
が、セレーネさんはニコニコと楽しそうだ。
照れ隠しを兼ねて出されたお茶を流し込むと、いい感じにぬるくなっていた。
いつの間に……ついさっきまで湯気が出ていた気がするのだが。
「ずっと話していたいけど……ちょっと現実的な話もしようか?」
「と、いいますと?」
湯飲みを置くと、今度はセレーネさんのほうから別の話を切り出してくる。
視線は周囲の……鍛冶道具や、炉のほうを眺めながらだ。
「うん。次のイベントに向けた、装備更新の話なんだけど」
「――聞かせてください」
「うん」
俺は姿勢を正すと、セレーネさんのほうにわずかに身を乗り出した。