怪鳥の行方
傷付き身を隠すカイムの下に、小さな魔王が地の底から躍り出る。
映像はそんなワンシーンから始まった。
「どこの山だ、ここ?」
「植物スキーの変態が、秒でグラドのリーマ山と見抜いていたよ」
スマホでイベント終了映像を見る俺に、秀平が注釈付きの画像を見せてくる。
横たわるカイムの周囲にある植物の名がほぼ全て書き込まれ、土の色や、一瞬移った巨木の影などから場所をほぼ確定させている。
「……確かに変態的だけど、魔王スキーの変態には言われたくないと思う」
「早速、山に残り香を嗅ぎに行ったよね!」
「真正の変態じゃん」
「いやあ、ははは」
「褒めてない」
なんだその照れるような仕草は。
……理世が無事学校に向かい、各所へのお礼も済ませた月曜の昼。
寒さもいくらか和らぎ、学食のテラス席で食休みを兼ねた動画の視聴中である。
『おい、そこのイタズラ小僧』
転移魔法の残光をちらつかせながら、魔王が呼びかける。
直後、鳥の姿をしていたカイムの体が光に包まれた。
『んあ? イタズラ娘、か……?』
魔王ちゃんの言葉に反応したかのように、人型の形態をとる。
魔王ちゃんと比べても、更に小柄な体へと変化。
といっても純白の羽はあるわ、彫像のような美しさだわで、とても人間の枠に収まっていない。
もちろん魔族とも違う姿で、髪も真っ白だ。
そしてその性別、体つきは……光っていてよくわからんというのが実際のところ。
「本当にどっちだ……?」
「ゲーム版の司っちだね!」
「お前は一回、司に怒られろ」
本人がいないところで好き勝手に……。
そうこうしている間にも、動画の時間は進んでいく。
『まあ、娘か! 娘でいいな!』
「いいんだ……」
『よく考えたら、男の体なんて我は知らんもん!』
そう魔王ちゃんが発言すると、秀平は満面の笑みを浮かべた。
近くを通りがかった女子が「うわっ」という顔した辺り、笑みの性質がわかるというものだろう。
当然、俺も触れたくなかったので、見なかったことにして話を進める。
「っていうか、魔王ちゃんが娘でいいって言った瞬間、体型がちょい変わらなかったか?」
「他者からの定義が大事? とか、そんな考察をしていたよ。掲示板では」
「あー」
おそらくカイムは変化・変身といった性質を強く持つ神族なのだろう。
本来の姿もあるのかないのか……といった感じか。
姿は定まったものの、目を閉じたままのカイムに魔王ちゃんは呼びかけを続ける。
『10代前? だか15代前? だかの魔王軍幹部には、堕天した天使が付き従っていたという!』
「なんか曖昧」
「サマエルのお勉強会から逃げ回っている弊害だねぇ」
しかしまあ、堕天使とはベタな話である。
逆のパターンをあまり聞かないのはどうしてだろうね? 俺が知らないだけ?
光落ち、なんて変な言葉もあったような気がするが。
『だから、えーと、えーと……とにかく! お前は魔界に連れていく!』
「あ、そういう流れ? 勧誘? 誘拐? ……神界勢力の対応は?」
「ま、見ていれば分かるよ!」
秀平に促され、そのまま見ていると……。
『こら! いつまでも黙っていないで、なんとか言ったらどうなのだ!?』
カイムの反応が皆無――失敬。
反応がないことに業を煮やした魔王ちゃんが、その場で地団太を踏み出した。
『……おかし』
『え?』
不意に発せられたのは、透き通った幼い声音。
続いた内容も、それに合わせたようなもので。
『まかいにいったら、おかし食べさせてくれる?』
『お、お菓子? どういうことだ?』
そこからのカイムの話は、要領を得難いものだったが……。
枝葉末節を取り払うと、こうなる。
神界での躾? 教育? が厳しく嫌気が差し、禁止されていたが地上に降りた。
神界とは違う景色に興奮し、鳥の姿で飛び回っていたら攻撃された。解せぬ。
――と、こういうことらしい。
『あ、当たり前だっ! お前! よそ様に迷惑をかけたら、駄目なんだぞ! いっぱいいっぱい叱られるんだぞ!』
『……そうなの?』
絶句した後、魔王が腰に手を当てプンプンと怒り出す。
迫力はない。
隣のバカの顔を、より気持ち悪くさせる効果ならあったが。
『そうなのだ! お前はニンゲンたちに迷惑をかけたから、たくさん攻撃されたんだぞ!』
『でも、でも……』
『でもではない! 大体なんだ、小さい形態を取れるなら最初からその姿で――もーっ!』
確かに……どういう理屈かは知らないが、質量操作までできるのだ。
仮に小さい鳥の形態であったならば、なんの問題も起きなかっただろう。
都市や田畑がぐちゃぐちゃにされることも、怪我人が出ることもなかったはずだ。
それを、あんなデカい鳥の姿で……。
『来い! 配下にする前に、お前には色々なことを教えにゃっ……教えなければならん!』
『やーっ!』
『ヤーではない! ……いい子にできたら、お菓子をやるっ!』
『ほんとう!?』
『ほんとう! 魔王うそつかない!』
精神年齢の近さもあってか、あっという間に丸め込まれるカイム。
最も、頻繁に逃亡するとはいえ、サマエルの教育を受けている魔王ちゃんのほうが情緒がしっかりしている。
魔王の持つ倫理観としては、どれも真っ当すぎて大丈夫か? という気がしないでもないが。
先程からの発言も完全に「いい子ちゃん」のそれである。
「うへへ……やっぱいい。何度見てもいい。お姉ちゃんムーヴする魔王ちゃん……」
「うわ……」
ただ、そっちのアホには――って、もういいか。
細かく認識しようとすると疲れるから。
見ない見ない、見えない見えない。
『と、魔界に連れ去る前に!』
『?』
魔界産のローブを纏わせ、カイムを支えて立たせる魔王ちゃん。
一瞬、完全にカメラ目線……というとおかしい気もするが、映像を収めている方向を意識するように見た。
それから、再びカイムと向き合う。
『カイムよ! 分別がつくようになったら、お前は地上で、たくさんごめんなさいをして回らなければならん! だが、まずは手始めに!』
『???』
『いいか、地上の者ども! 並びに来訪者どもよ! 今回の詫びは後々、返すとして! この映像を残して行くので、受け取るがいい! せーの!』
ああ、先程の視線はやはり気のせいではなかったらしい。
正面を向き、姿勢を正し、真っ直ぐに頭を下げる。
『ごめんなさいでした』
『ごめー……なさい!』
それは「魔王ってなんだろう?」という疑問が更に深まる、清々しい謝罪の姿勢だった。
きちんと謝れる子は偉い。
偉いが、「王として軽々しく頭を下げないでください!」と、サマエルが嘆きそうな案件でもある。
ただ、俺個人としてはこう言いたい。
「うーん、許す!」
「お、わっち。最初に映像を見た時の俺と、全く同じ反応だね!」
「マジか。じゃあ、お前には消えてもらわないと」
「待って!? それおかしくない!?」
秀平と同じ反応は恥である。
この恥をなかったことにするには――わかるよな?
「まあ、それは後回しにするとしてだ」
「後!? 後って!?」
うるさいな。
あんまり騒ぐと、また女子に嫌な顔をされるだろうが。
暖かいお茶を紙コップに注ぎ、飲ませて落ち着かせる。
「実際、人的被害がそこまでじゃなかったのが大きいと言えば大きい」
「ずずーっ……あー。主な被害に遭ったのは、人より畑がメインだしね。怪我人は出たけど――そこは魔法世界だかんね。後遺症とかもないし」
「そうそう。現実世界だったら許されないやつだけどな」
ここで「ゲームの中のキャラがどうなろうと、なんとも思わない」とか言っちゃう人とは相容れない。
俺たちはゲームの世界に思い切り感情移入するタイプである。
「それに。カイムのあの様子だと、行動に悪意を感じたのは気のせいだったみたいだし」
「誰かに先に悪意を向けられてからの、反射行動だったかもねぇ」
「そんなところだろうな」
ただでさえ俺たちは、交流のあるNPCを傷つけられ、大事な生産施設を荒らされた後での邂逅だ。
悪印象を得がちなフィルターがかかっていても不思議はない。
そこまで秀平と話したところで、動画内容には大きな変化が見られた。
『なんだお前らは! もうこいつはウチの子だ! 犯した罪ごと魔界に連れていく!』
「あ、神様たち来たわ。動物神さんと地母神さんっていう謎チョイスだけど……魔王ちゃん格好いいな」
「止めるなら戦闘神でもないと無理だよねぇ……案の定、魔王ちゃんにあっさり振り切られちゃっているし」
幼女と化した怪鳥を脇に抱え、少女な魔王が腕を一閃。二閃。
二柱の神を軽くあしらうと、魔王ちゃんは魔法を用い、その場から掻き消えた。
――映像はここまでである。
「以上! 俺、大満足の魔王ちゃん劇場でした。神界発の謝罪&声明文もあったけど……そっちは知らん! 一人で見て!」
「へいへい。要は、魔界の幹部追加イベントだったわけだな。幹部になれるのか微妙な幼さだったけど、カイムは」
「小さい女子で固めた魔王軍になってしまっても、俺は一向に構わん! 構わんよ!」
「構えよ。サマエルが心労で倒れるわ」
魔王軍は保育所でも幼稚園でもないんだぞ?
……そういや魔王軍に大人の女性魔族って、あんまりいなかったな。
創作物では定番のセクシー系魔族なんかも見た記憶がない。
一応、複数の姿を持つ冥王様がそうと言えなくもない存在ではあるが。
どちらかというと、神界側にお姉さん系が多いような。
TBは今後もそういう振り分けで行くのだろうか……?