Sランク復帰への道
普段から決闘をやるメリットとして、決闘ポイントというものがある。
一般の通貨のようには使えないものの、貯めればレアな装備やアイテムを含む景品と交換が可能だ。
「むむむ……」
ワープポータルがある大神殿の隣、決闘に使う小さいほうの神殿。
通称・決闘用神殿、正式名称は『戦闘神の神殿』にある一室。
受付に女性神官が立つ交換所の前で、俺は唸っていた。
「なにを悩んでいるのだ? ハインド」
近くで武器の手入れをしていたユーミルが、後ろから声をかけてくる。
――リィズがゲームに復帰した翌日。
俺たちは早速レートを戻すため、待ち合わせの最中となっている。
予定の時間より早くインできたため、今はリコリスちゃんを待っている。
決闘ポータル周辺は人が多かったが、ここは今のところ他のプレイヤーの姿はない。
「結構ポイントが貯まったんだけど。使うかどうか迷っている」
そう返しながら、俺はユーミルに景品一覧表を渡した。
プレイヤーが使う電子のメニューパネルとは違い、羊皮紙に書かれた趣のある一品だ。
「おっ! どれと交換するのだ? 神官の聖武器、聖杖マーシィロッド……はないか。セッちゃんの杖でいいもんな!」
「まあな。もしセレーネさんと出会っていなかったら、交換も視野に入れていたんだろうけど」
決闘初期シーズンから交換所に置かれている『聖装備シリーズ』というものがある。
こいつを目標に決闘に通いつめているプレイヤーは多い。
見た目よし、耐久性よし、性能よしで、今の目線で見ても一線級なハイレアリティの武器。
ただ、最近はセレーネさん作の武器・防具がこれらを全ての面で超えつつある。
ありがたい反面、少々恐ろしくもある。
特に装備を奪取可能なPK対策に関しては、フィールドに出る度に気を張る日々だ。
「うーむ。ならば、万能素材のユニコーンの角か?」
「ああ。リィズが無限にほしいって言っていたな」
『ユニコーンの角』は薬品調合素材・アクセサリー素材・武器防具素材と、あらゆる場面で使用可能な素材となっている。
ユーミルが言った通り、その用途と性質は万能の一言。
粉末にして畑に撒く、馬の餌に混ぜる、などの生産方面にも使えてしまう。
そのまま敵に突き刺し武器として使う、なんてロックな使い方もあるとかないとか。
「でも、俺はいいかな。ユニコーンの角って、例外的に料理の材料にだけはならないし」
「そう……む? ……そ、そうか。そうだな!」
馬の餌にはできるが、人間が食べるのには向いていない。
ちなみに馬の餌に混ぜても、効能は馬が元気になるだけだ。
霊力を得てユニコーンに変化したり、ペガサスに進化したりはしない。
ペガサスが欲しい弦月さんの命で、ギルド『アルテミス』が試してみた――という話を風の噂で耳にした。
「――そうか、わかったぞ! この辺の上位攻撃魔法の巻物だろう!? 使い捨てだが、神官のハインドにとっては貴重な自衛手段に……」
「おー、悪くない悪くない。いい読みだ」
「ふふん!」
「だが残念。正解はこっちの……」
俺は身を寄せ、ユーミルが持つリストのとある項目を指差す。
交換ポイントは三万ポイントきっかりで、『聖装備シリーズ』の二万八千よりもポイント消費が多い品だ。
「これ。神様イチオシ☆神界調理器具セットだ!」
「わかるかぁっ!」
ぺしーんと、手に持っていた景品一覧を叩きつけ――ようとしてから、そっと受付に戻すユーミル。
そうそう、公共物だから大事にな。
受け付けの神官さんが一瞬驚いた顔をしたが、丁寧な扱いを見て笑顔に戻る。
「大体なんだ、そのふざけた名前は! 間に入った星マークは!」
「知らん。けどそもそも、未登場の料理神という神様がいるらしくてな?」
「料理神!?」
「決闘の景品に置いてあることからして、多分だけど戦闘神と仲よしなんだろうな」
腹が減っては戦ができぬともいう言葉もある。
まあ、神様に食事が必要なのかは定かではないが。
料理の神様がいるからには、神様だって食事をできる可能性は高い……のかもしれない。
「……今更だが、この世界の神はずいぶんと担当が細かいな? 愛と豊穣の女神は、まあメジャーとしても。他に出たのは――動物神だったか?」
「それだけ神様の数が多いのかもな。日本の神の数よりは絶対少ないだろうけど」
「八百万!」
「ああ。万物に宿りまくっとるからな、日本の神様」
受付の神官さんが、俺たちの話を「へー」とか言いながら聞いている。
ついついユーミルと二人で顔を見てしまうと、柔らかな笑顔が返ってきた。
愛嬌があって面白いな、この人……。
今度、時間がある時に見かけたら雑談を持ちかけてみようかな? 今は難しいが。
「あ、すみません。この調理器具セットと交換お願いします」
「はーい。神様イチオシ☆神界調理器具セットですね」
「するのか、交換!?」
交換決定を告げると自分の体から光が溢れ出て、女性神官が差し出した水晶に光が吸い込まれる。
ポイントを大量消費したが、「お金ではない」という一点が心理的負担を和らげる。
あと、単純に好奇心に負けた。
普通の調理器具とどう違うのか、非常に気になる。気になって仕方がない。
「そ、それはそうと、リコリスはまだか? 私はとっくに、準備完了して――」
「お待たせしましたっ!」
ほぼ時間通りに、リコリスちゃんが交換所の扉を元気よく開ける。
俺は鍋、包丁、お玉にフライ返し、ザルなどを受け取ってから振り返った。
走ってきたリコリスちゃんが待ち構えていたユーミルとハイタッチする。
「よしよし、来たな!」
「うーし。じゃあ、早速行ってみようか。二人でパーティ組んで」
「あれ? このまま行っていいんですか? ハインド先輩。改善案とかって……」
とりあえず『神様イチオシ☆神界調理器具セット』はインベントリに。
性能がとても気になるが、今は二人の決闘ランクだ。
「一応、俺もメディウス戦のリプレイは見てきたけどね。でも、あれって二人が調子を崩す前の戦いじゃない?」
「うむ。負けは負けだが、言われてみれば善戦したような気がするな。負けたが」
「すごい悔しそう」
「悔しいです!」
どんな戦いをしたのか、俺もドキドキしながら頂上戦のリプレイを見たのだが……。
少なくとも、他人に後ろ指をさされるような内容ではなかった。
僅差の決着だった。
最後はルミナス、メディウス両名共に瀕死の状態まで追い込みつつも、競り負ける――という接戦だった模様。
トビが言うほどボコボコだったわけではない。負けたが。
「でも、その後の連敗中にどんな戦いをしたかは知らない。二人とも、リプレイを残してくれていないから……」
「面目ない」
「すみません……」
「ああ、まあ、気持ちはわかる。わかるからいいよ」
決闘のリプレイは、勝手に公式にアップされるものとは別に……。
個人の端末に過去五戦分まで自動で記録される仕組みだ。
二人は悔しすぎたので、ログアウト前に怒りに任せて消したらしく、記録は綺麗さっぱり残っていない。
「つまり、まずハインドは“今の状態を見せろ”と言っているのだな!」
「そうそう。状態を把握しないことにはなにも言えないからな」
なんとなく予想はつくが、それを基に話を進めるのは危険だ。
言われている側も、決めつけで話をされてはいい気分ではないだろう。
「しかし、連敗から時間が経っているのは確かだぞ? あえて悪い状態を見せながら戦う! なんて器用な真似が私たちにできるはずもなし!」
「それは知ってる。だから、今日になってリフレッシュできていたから、すんなり連勝! ってなるなら、それはそれでいいよ。そのままSに帰ってきてくれ」
「ハインド先輩が見守ってくれているから大丈夫! っていう場合もあるかもです!」
「うんうん。とにかく、俺は初戦と――二戦目、もしかしたら三戦目くらいまではなにも言わないから。とりあえずやってみ?」
なんにしても、とにかく実戦だ。
交換所を出て決闘待機所に向かいながら、三人でこれからの予定を詰めていく。
「連敗してレートが下がっても――」
「怒らん怒らん。どうせ、っていうとそのランクの人たちに怒られそうだけど。Aランクの半分以下まで落ちたんだし……もう、いくつ負けてもあんまり変わんないよ」
レート戦で「勝利した際」のポイント変動は、ランクによる変化が小さめなのに対し……。
「敗北した際」のポイント下降はSに近いほど、Sで高い位置にいるほど多くなる。
現在のユーミルたちの二対二レートポイントは、Aランクの底辺。
限りなくBランクに近い場所。
「その位置だと敗戦時のレート下降も緩やかだからな。中級者も混ざるようなエリアだし、そうそう無様なことにはならんでしょうよ」
「ふっ。それはどうかな……?」
「俺はともかく、お前は負ける前提で話すなよ……自信満々に自信喪失したことを語るんじゃあない」
「哲学か!?」
「哲学でもないし、特に矛盾もしていないからな。ほらほら、決闘ポータル前が空いたぞ」
Aの下位からBの上位は最も人口が多いボリュームゾーンのレート帯であり、勝率五割を少し割る程度でも余裕で維持が可能だ。
通称『ぬるま湯ゾーン』あるいは『吹き溜まり』と呼ばれる場所に入ってしまっているので、ここから更に連敗を重ねてもあまり影響はない。
それよりも再び連勝の流れに乗って、Sに近づいた際に、いかに「いい状態」にあるかが大事。
「ってことで、いってらっしゃい。俺は観戦席で二人の戦いを見守っているから」
「うむ! いってくる!」
「いってきます!」
ユーミルとリコリスちゃんはそれぞれの得物、長剣とサーベルの柄に触れつつ気合を入れる。
観戦者の自分は、一拍遅れて円盤型のポータルに乗っかることになる。
設定は済んでいるので、このまま進めばそれで同じ決闘場所に移動するはず。
「……ハインドには、ああ言ったがな。やるからには全て勝つつもりで臨む! そうだろう? リコリス!」
「ですね! ハインド先輩に余計なお手間は取らせませんよー!」
と、大量の旗を立てつつ二人が決闘ポータルに向かう。
始まる前から、なんだかダメそうな予感が漂っているが……。
ひとまずは宣言通り、戦いぶりを見守ることとしよう。