前イベントの影響と次イベント
セレーネさんは最初に、田畑の復旧がどの程度まで進んだかを。
続けて前回イベント――レイドイベント後の他プレイヤーの動向を中心に話してくれた。
ポーション価格はイベント後も、似たような品薄状況に陥るのを恐れて高いままらしい。
しばらくは自力での生産が重要そうだというのが、止まり木のメンバーも含めて出した結論だそうだ。
当面の間は止まり木も、販売用のポーションを俺たち用の貯蓄に回してくれるらしい。ありがたいことだ。
「あ、後で二人とも王宮に顔を出してね」
「王宮? ……ああ、論功行賞のようなイベントでもありましたか?」
聞き役がリィズなのもあり、テンポよく会話が進んでいく。
セレーネさんの説明も簡潔で的確だ。
要点をまとめるのは大学のレポートで慣れているのかもしれない。
「うん。例の勢力報酬っていうのが女王様からもらえるのと、何度も支援で呼んだ戦士団からも少し話が……みたいな感じだから、時間ができたら行っておくといいよ」
「了解しました」
へえ、そんな特殊イベントが……。
俺が知らなかったという顔をしていると、セレーネさんが笑みを向けてくる。
「ハインド君もまだだったよね? リィズちゃんと一緒に行ってみてね」
「ですね。色々とありがとうございます、セレーネさん」
「うん」
笑顔で返すと、嬉しそうな顔でうなずいてくれる。
不在の間、中心となって細かなフォローをしてくれたのはセレーネさんだ。
大好きな鍛冶もできなかっただろうから、しばらくは自由な時間を作れるよう配慮しなければ。
――と、セレーネさんがリィズに向き直る。
「あと、三日前だったかな? レイド終了の特殊演出があったんだけど……」
「拙者大歓喜!」
「……魔王ちゃん関連ですか?」
「魔王ちゃん関連でした……」
「大歓喜!」
騒ぐトビを見て察したようだ。
そういえば魔王ちゃん、視察とか称して地上に残る素振りがあったような……。
「公式に映像が残っているから、チェックしてトビ君と感想を言い合うと喜ぶと思うよ」
「それは遠慮しておきます」
「ちょっと!?」
にべもないリィズの態度に「わっちは見るよね!?」と、こちらに詰め寄ってくるトビ。
現実のほうの呼び方をするな。
まあ、気になるから見るけど……リィズのも冗談だと思うぞ、多分。
あとでチェックするとしよう。
「――こんなところかな、リィズちゃんが不在の間にあったことは」
少し話し疲れたようで、長めの吐息を一つ。
シエスタちゃんが言っていたように、遠征などの長距離移動はしなかったようだ。
レイドイベントの後始末が主だった模様。
「それで、ここからは先々の話なんだけど……えっと、サイネリアちゃんから」
みんなに注目されて照れながら、説明を譲るセレーネさん。
サイネリアちゃんはリィズの手により、高速で生産されていくポーションに目を白黒させていたが……。
呼びかけられていたことに「はっ」と気付くと、慌てて背筋を伸ばした。
結われた髪が動きに合わせてふわりと揺れる。
「は、はいっ! えー……とですね。リィズ先輩が最初にお休みした日に、公式から次のイベントの発表がありました。詳細発表は来週とのことですが、概要は発表されまして。決闘形式の対人戦イベントだそうです」
そういや、掲示板でも触れていたレスがあったな。
見ると意識がゲームに持っていかれるので、看病のために詳細確認はしなかったが。
「決闘形式で対人戦……では、アイテム精製はそれほど急がなくていいですね? 決闘は基本、アイテム使用不可ですから」
そんな言葉を返しつつも、リィズの調合の手はまるで緩んでいない。
俺がすり潰した薬草を攪拌、合成、魔力処理、ピカッと光って完成。
それが数秒おきに高速で繰り返されている。
「そ、そうなると思います。イベント専用の変則形式で決闘を行う、となればその限りではないでしょうが……」
「ないでしょうね。わざわざ予告した意味がなくなります」
「そうですね。私もそう思います」
積んであった薬草の山が減ってきた……かと思えば、部屋付属のアイテムボックスからユーミルが追加を持ってくる。
すごいな、相当頑張って畑の手入れに励んだようだ。
「それと、今回のイベントは周年イベントの前夜祭的な位置づけだそうです」
「ああ……確かに、そろそろそんな時期ですね」
TBのサービスインは昨年4月、そしてそろそろ現在の暦は3月になる。
対人戦イベントの開催期間次第ではあるが、その次のイベントが周年記念ということになるようだ。
しかし、周年……ゲームを始めて、もうすぐ一年か。
思わずつぶやきが漏れる。
「周年かぁ。早かったような、そうでもないような」
「拙者は体感三十秒!」
「早すぎるだろ。あっという間におじいちゃんじゃん」
「それだけ楽しかったということでござるよ!」
トビの三十秒は明らかに言いすぎではあるが。
楽しいことが続けば早く、退屈であれば長く、というのは体感時間を語る上で定番であると言えるだろう。
振り返れば新鮮な体験ばかりで、確かに早かったと感じつつも、記憶の上では濃密な時間だったようにも思える。
「それで、その前夜……前夜?」
「前日祭っていうのは聞いたことがあるね。その応用でいくと……前月祭かな?」
「とにかく。周年前ということで、大型イベントなのですね?」
リィズがセレーネさんと話しながら、脇道に逸れた話を本題へ軌道修正する。
サイネリアちゃんは念のためか、告知ページを開いて再確認しつつそれに応じる。
「はい。とはいえ、過去に行った決闘イベント――グラド帝国主催の闘技大会を踏襲し、グレードアップしたものになるそうです」
「闘技大会といいますと……トーナメントに」
「勝者を予想して賭ける、賭博システムがあったかな」
リィズが完成させたポーションをアイテムボックスに吸い込ませつつ、俺は当時の記憶を掘り起こす。
報酬にグラドターク二頭をもらったイベントだったよな。
今でも現役のあの二頭、本当にすごいと思う。
グラドの闘技大会といえば、かなり初期のイベントだったはずなのだが。
「今回は敗退者が最後までイベントに参加できるよう、累計ポイント報酬が追加されるそうです。これは通常の決闘に追加される形みたいですね」
「ああ……負けてもポイントは加算される形式ですか?」
「はい。その通りです」
「そうですか。負け犬にもやさし――」
「そ、それ以外の追加要素は!? サイネリアちゃん!」
リィズの発言が不穏当だったので、遮ってサイネリアちゃんに続きを促す。
自分が負けた時のことを一切考えずに言えるのが、半端じゃないというか。
強気がすぎるというか。
「は、はい。それと今回は、最初から決闘ランクごとのトーナメントに分けられるそうで……でしたよね? セレーネ先輩」
「うん。まあ、これも実質予選代わりだよね。もちろん、ランクが高いトーナメントほど報酬も豪華みたいだよ」
ランクというのは決闘レートポイントの高低で振り分けられているアレだ。
総合・パーティ戦・ソロ戦などと細分化されているが、どれか一つでも高ランクなら総合ランクも高くなる。
この辺りはソロ戦が厳しい後衛職の救済システムでもあるな。
イベントで参照するのはこの中でも、総合ランクが該当するそうだ。
「そうですか。セッちゃん、決闘ランクの確定日……予選の締め日はいつですか?」
「今日は土曜日だったよね? 次の次の日曜日までだから、一週間と少しだね。レートポイントのシーズンリセットと同じ日」
最後にリィズがセレーネさんに日程を聞き、健康第一と小さくつぶやく。
……その通り、元気に楽しくゲームしような。
現実にも、このポーションみたいな回復薬があればいいんだけどな。
ない以上は気をつけないと。
「そうですか、日曜日。当落線上の方々は活発に決闘しているのでしょうけれど。時間経過による減少値込みでも、Sランクで安定している私たちには無関係――どうしました?」
「な、なにがだ!?」
不意にリィズがユーミルに視線を向ける。
ユーミルは露骨に震え、その額には嫌な汗が浮かんでいた。
目に見えて異常である。
「明らかに顔色が悪いじゃないですか」
「わ、悪くない! 気のせいだ!」
「お腹でも下したんですか? その辺のサボテンを丸齧りにでもしましたか? だから拾い食いは駄目だと、ハインドさんも私もあれほど注意して……」
「私が常習的に拾い食いしているような言い方はやめてくれるか!? せんわ、そんなこと!」
確かに腹痛を我慢しているような顔だったが、ユーミルの胃も腸も鋼鉄製だ。
一度も薬に頼っているところを見たことがないし、いつどんな時でも、重たい料理をぺろりと平らげてきた。
しかし、いくらユーミルでも食中毒となるとな……どうかな。
「ユーミル、お前……」
「ハインドまで!? 私はいつも、お前のご飯でお腹いっぱい大満足なのだが!?」
「まさか、サソリの踊り食いをするなんて……」
「兄妹揃って私に変なキャラ付けをするな! そんなことするわけ――ええいっ!」
とうとう観念したのか、ユーミルは弄りによる怒りも交えつつ机を叩く。
机に寝そべっていたシエスタちゃんが振動を受けて「ぐえー」と悲鳴を上げた。
「言う! 言えばいいのだろう! 素直になにがあったのかを!」
焦りだしたタイミングからして、決闘絡みでなにかあったようだ。
俺とリィズを除いた面々は事態を把握しているのだろう、やや苦い笑み。
……あ、なんだか嫌な予感がする。