数日の空白
「復帰しました」
「リィズせんぱぁぁぁ――」
数日ぶりにゲームにインしたリィズ。
縄張りである調合室に現れたのを見た瞬間に、リコリスちゃんが叫びながら抱きつきにいく。
両手を上げて走っていく。
シエスタちゃんが「こいつ勇気あるな」という目で見ているのが気になったが……。
「――いっ!」
「ぐっ!」
別にリィズは振り払ったりはしない。
同じくらいの体格なので、勢いに押されてふらついたが。
受け止めてリコリスちゃんの背をぽんぽんと叩く。
「ご迷惑をおかけしました。それとメッセージ、ありがとうございました」
そのままの体勢で、リコリスちゃんとシエスタちゃんに頭を下げる。
ゲームの休みごときで大袈裟な、と思うかもしれないが……。
言葉にして伝えるのは大事だ。
休んでいる間は、みんなでリィズ――理世にメッセージやメールを送ってくれていたらしい。
初日以降も毎日だ。
治るまでの間、寝ているしかなかった理世には、それが嬉しかったのだろう。
そんなリィズの前に、口元を緩ませながらシエスタちゃんが寄っていく。
「本当ですよ。妹さんがいないおかげでポーションの補充が上手くいかないから、遠征ができない。巻き込みで先輩までほとんどいないから、まともな料理がなくて余計に遠くまで行けない。結果、私には快適な引きこもり&昼寝ライフが訪れ――近い近い近い。近いです、妹さん」
途中から圧をかけるがごとく、シエスタちゃんの顔に至近距離で近づくリィズ。
ただ、抱きついたまま一緒に移動させられたリコリスちゃんは、気にした様子もなく割って入る。
「こんなこと言っていますけど、シーちゃんしっかり働いていたんですよ!」
「……ほう?」
詳しく聞こう、という態度でリコリスちゃんとシエスタちゃんに向き合うリィズ。
その際にちらりとこちらを見たが、ここは俺の出る幕ではないので視線を返すに留める。
短時間とはいえ、毎日ログインしていた俺はある程度の事情を把握している。
が、ここは彼女たち自身の口から説明するのがいいだろう。
「まあ、働いたというかー……妹さんじゃなくてもできる、簡単なポーションだけ作っておきましたけど。それだけですよ? 本当にそれだけ」
「ほうほう」
「生産関係の復旧に馬車馬のごとく駆け回っていたリコに比べれば、私の活動時間なんてせいぜいコアラ程度でしてー……」
「ほほう」
シエスタちゃんにしては歯切れの悪い言い方だ。
なにせリィズがやけに素直で、話に対してうなずくのみだ。
それに対し、シエスタちゃんは鼻白んだ後で……開き直るように、腕を組んで胸を逸らした。
あ、ユーミルみたいなポーズ。
「は、はっはー。感謝してくれていいですよ? 一日先輩貸し切り券で手を打ちましょー」
「それは無理ですが。そうですか……」
勝手に人の身柄が取引に使われそうになったが、ともかく。
リィズが微笑みを浮かべつつ、再び頭を下げる。
「ありがとうございます、シエスタさん。とても助かります」
「うっ」
ストレートなお礼の言葉に、とうとうシエスタちゃんは呻き声を上げた。
そのまま両手も上げて、降参のようなポーズを取る。
「……はぁ。なんかズルいですねー。先輩もそういうところありますけど」
「兄妹ですから」
「お礼を言うときは相手の目を見て真っ直ぐに、って母さんが言っていたからね。俺というか、母の教えだよ」
「ご立派でー」
近くにあった椅子に座り、調合机に向かって突っ伏すシエスタちゃん。
そのまま脱力して、いつものようにふにゃふにゃと溶けはじめる。
「……ところで、ユーミルさんとセッちゃん。それとサイネリアさんは?」
リィズがギルメン・同盟リストを見て、ログイン中なのに姿が見えない三人の姿を探す。
簡易マップにも反応はなく、近くにいれば壁を透過して見えるプレイヤーアイコンも見えない。
「畑です!」
「畑? 復旧作業はもう済んだのですよね?」
言葉が足りないリコリスちゃんを見て、シエスタちゃんがゆるゆると手を上げる。
補足してくれるようだ。
「あー。あの三人はですねー」
「――ひとまずこれくらいあれば、やつも文句は言うまい!」
その時だった。
でかい声とでかい足音、それに続いて二人分の足音と声が近づいてくる。
「ユーミルさん、そういうところ割とマメだよね……ハインド君の影響なのかな?」
「リィズ先輩、喜ぶと思います」
「ち、違うぞセッちゃん! サイネリア! これは復帰早々、ヤツを調合漬けという名の地獄に落とそうという……」
そこまで聞こえたところで、開いたままだったドアから姿が見える。
出てきたのは、収穫した薬草類を抱えたユーミルたち。
「あ」
確認不足か、中に誰かいると思っていなかったのだろう。
リィズと目が合い、固まるユーミル。
「違うっ!」
「なにがですか?」
なにが違うのかはわからなかったが、とにかく違うらしい。
……まあ、さすがにそれは通らなかったのだが。
――それからしばらくして、調合机の上に薬草が山積みにされた。
リィズの復帰を待っていた、みんなからの贈り物である。
最優先で薬草畑の復旧・促成栽培・収穫に取り組んでくれていたらしい。
音頭を取ったのはユーミルだ。
「ありがとうございます、ユーミルさん」
「ちっ……さっさと調合をはじめろ!」
「そうですね。そうします。セッちゃん、サイネリアさんもありがとうございました。もちろん、リコリスさんも」
「はいっ!」
リィズは嬉しそうだ。
数日寝てばかりだったため、大量の生産作業を前にむしろ喜んでいる。
先程から認めようとしないが、ユーミルの行動は完璧に目論見通りだったと言えるだろう。いい仕事をした。
俺は黙って、作業の補助をするため、リィズの隣の席に座る。
「今からハインドさんと一緒に連続調合するので、私がいない間に起きたことを教えてくれますか? セッちゃん、サイネリアさん」
「うん、いいよ」
「わかりました」
作業しながら話を聞かせてほしい、というリィズの提案を快諾する二人。
なるほど。
シエスタちゃんは力尽きたようだし、リコリスちゃんやユーミルだとやや言葉足らずになる。
セレーネさんとサイネリアちゃんなら適任だろう。
「いいんだけど……まだトビ君が戻っていないけど、いいの?」
ただし、トビがいない。
ログインはしている。
気にしたセレーネさんが、待たなくていいのかとリィズに尋ねるが……。
「別にいいです」
即答だった。
そしてまたも、開けっぱなしだったドアの外から足音が近づいてくる。
今度はドタドタと慌てて走るような足音だ。
「ちょおーっ! よくない! よくないでござるよぉぉぉ!」
走るトビと――それに続くように、ノクスとマーネも飛んできた。
どうも、給餌をしていてくれたようだ。
「うるさいですね……」
リィズが思わず、といった様子で顔を顰めながら毒づく。
わかる、わかるぞ。
トビにだけは素直に礼を言い難い……ある意味才能だよ、あれは。
それに気づいたリィズは、やってしまったという表情で横の俺を見た。
「……あっ。あの、ハインドさん……」
「まあ、トビへの礼は後で言えばいいんじゃないかな? 後で。うん」
「……そうします」
トビは畑に出ない代わりに、情報収集と二羽の世話をしていてくれたようだ。
それに、みんなに対してと同じように礼を言ったところで「リィズ殿がいつもと違う!? なんか気持ち悪い! まだ熱あるんじゃないの!?」とか言い出しかねない。
あとでサラッと言うのがいいさ。何事にも例外はある。
「チェイサーッ! さあ、話をどうぞ! でござる!」
そのまま勢いよくスライディングをかますと、トビは床へと正座した。
あまり懐いていなかった二羽も、世話の甲斐あってか、その膝へと止まる。
セレーネさんは一瞬、勢いに怯みつつも……。
「そ、そうだね。じゃあ、リィズちゃんがログインできなかった……」
「四日間ですね」
話を進めようとしてくれたので、一言だけ口を出す。
早退した日の後から丸四日間、理世は休みを取った。
そのまま週末休みになったので、今日は様子見を兼ねてのログイン……といった状態だ。
異常がなければ、週明けには学校へも行けるだろう。
「うん。四日の間に起きたことを簡単に話すね」
セレーネさんは一つうなずくと、サイネリアちゃんに目配せしながら話しはじめた。