理世の看病とイベント後の掲示板 前編
ゲームからログアウトすると、理世が起きていた。
好きなことをしていていいから、部屋にいてほしいという要請があり……。
気が弱っているのかもしれない。ベッド脇に椅子を寄せて近くにいることにする。
窓を開け、五分ほどしてから閉めて再び椅子へ。
「理世。ビタミン剤――」
「飲みました」
「水分――」
「摂りました」
「湿度――」
「快適です。あの、兄さん。本当に傍にいてくれるだけでいいですから」
「そうか?」
「スマホでも弄ってリラックスしてください。私も楓ちゃんにお礼のメッセージを送りますから」
そんなわけで、言われた通りスマホを取り出す。
俺のほうは健治たちにお礼のメッセージを送信済みだったので、ゲームの掲示板を眺めていたところ――
「兄さん」
「んー?」
――声がかかったので、顔を上げてベッドのほうを見る。
話をしたくなったのかと、スマホを机に置こうかと腰を浮かせた直後。
「私も見たいです。一緒に」
理世は半身だけ体を起こし、俺が手に持ったスマホに目を向けていた。
なにを見ていたのかは察していたようだ。
というか「暇になればゲームの掲示板を見るだろう」と行動を読まれている。聡い。
「そうか? じゃあ、読み上げ機能で……」
「兄さんに読み上げてほしいです」
「ん!?」
読み上げるって、掲示板のレスをか?
俺が疑問に満ちた表情を浮かべると、理世はその通りとうなずいてくる。
「兄さんの声をたくさん聴きたいです」
それなら素直になにか話せばいいのでは?
そう思ったが、理世が臥せった際には最大限、我儘を聞くと決めている。
故に異論は挟まない。
言われた通りスマホを手に、椅子を更にベッドへと寄せた。
「なんか、絵本の読み聞かせみたいな……」
「ゲームの掲示板ですから、絵本の内容と比べてかなり俗っぽいですけどね」
「そうだな。絵本は絵本で、この内容を子どもに聞かせるのか? って類のやつがあるけど」
子どもを寝かしつける際のシチュエーションに似ていたので、二人してそんな会話を交わす。
「私は、かちかち山はきっちりタヌキにお仕置きするルートが好みです」
「俺が読んでもらったやつは、おばあさんも軽症だったし、お仕置きもそれに準じて軽い感じだったぞ」
「マイルド版ですね。よくないです。それはよくないですよ、兄さん」
理世は過激なほうがお好みらしい。
あるいは、物語を歪めて伝えるのが許せないのだろうか?
いずれにせよ興奮すると体調によくないので、受け流して話を進める。
「……さ、読むぞ。あー、ごほん」
いざ声に出して読むとなると、変に緊張するな。
しかしなんだよ、掲示板の読み上げって。
改めておかしすぎるだろう。やるけど。
45:名無しの魔導士 ID:Kg4Lfes
久々の虚無期間だね……
46:名無しの騎士 ID:PQAjUi4
そうか?
虚無っている暇なくない?
47:名無しの軽戦士 ID:GuzuamW
イベントはないけど、
失った消耗品を補充しておかないと……
48:名無しの武闘家 ID:mF4JD3S
次はアイテム消耗のない対人イベントと見たね
49:名無しの神官 ID:PKVVrnX
対人戦……
苦手な人のために別イベントを並行開催してくれんかのぅ
50:名無しの弓術士 ID:uuXTWag
次が対人イベだとしても
次の次のイベントのためにアイテム貯蓄を……
51:名無しの魔導士 ID:ACBYgi6
じゃあ俺は次の次の次のイベントのために
52:名無しの軽戦士 ID:BVPESJe
ボクは次の次の次の次の……
53:名無しの神官 ID:YMie2GR
うるせえ!
宵越しのポーションは持たねえ!
「こんな感じでどうだ?」
「兄さんが声色を使い分けているのが面白いです」
「お、おう。そのほうが雰囲気出るかなぁって」
声の高い低い、早口かそうでないか、性別などなどは俺の想像である。
文章から受ける印象で適当に決めている。
しかし、それで聞きづらいというなら話は別だ。
「棒読みとどっちがいい?」
「甘く囁くようにお願いします」
「掲示板の読み上げでそれをやったら、ただの異常者だと思うんだが……?」
中には罵倒や喧嘩腰のレスもあるんだが、それも甘い感じで読むのか……?
というか、そもそも俺のレパートリーにない声色なのだが。
そんなわけで。
「却下」
「では、先程と同じ形で」
「わかった。同じ声の人が再登場しても突っ込むなよ」
「七色の声を持つ兄さん――」
「ではないから、無理だってば」
先程の分だけでも、すでに似たような人が登場しているからな。
まあ、もっと言うと全て俺の声なのだから仕方ないとは思うが。
アニメのおふざけ回で、声の出演が全て同じ人で埋まる現象と似たものを感じる。
「……あの、兄さん。録音とかって」
「絶対にダメ」
「残念です……」
「じゃ、さっきの続きから読むぞ」
できれば、この場限りの恥としたいところだ。
大体、録音したとしてどこで何に使う気なんだ? 謎である。
53:名無しの神官 ID:YMie2GR
うるせえ!
宵越しのポーションは持たねえ!
54:名無しの神官 ID:7R4CLRT
それ駄目なほうの江戸っ子の心意気や
55:名無しの武闘家 ID:pNwCkWF
そうだぞ
かーちゃん(家内)と子どもが泣いてるぞ
56:名無しの魔導士 ID:Kg4Lfes
とーちゃん(旦那)と子どもかもしれん
57:名無しの騎士 ID:PQAjUi4
パーティ募集
求:貯ポーション500本以上の方
58:名無しの重戦士 ID:5DNbUxs
出:ポーション残り2本のワイ
59:名無しの軽戦士 ID:CdVABmV
鮫トレが過ぎる……
60:名無しの軽戦士 ID:subFmca
年収とかに変換すると、
現実の婚活で大量に存在しているやつや……
成立するか、そんなもん!
61:名無しの弓術士 ID:BCnubYQ
じゃあ、俺独身のままでいいや!
62:名無しの騎士 ID:TT5RcWJ
そもそも相手が
63:名無しの弓術士? ID:BCnubYQ
あ?
64:名無しの神官 ID:PEUWTkM
相手というか、
もっとソロプレイヤー向けのイベントも増やしてほしい
パーティ前提イベントのおまけ扱いじゃなくて、
がっつりソロがメインのやつ
65:名無しの騎士 ID:pHxpHDS
ソロプレイヤー(独身)
66:名無しの魔導士 ID:25HzbZG
それはもういいって!
67:名無しの武闘家 ID:YuQYm6H
ひとりでいることを悪みたいに言うんじゃねえよ!
ぶちのめすぞ!
68:名無しの魔導士 ID:c8gYkGa
ほらあ、ひとりでいることで凶暴性が増しているじゃん!
69:名無しの騎士 ID:39sJ9Ti
ひとりが寂しい人は相手を探そう
誰かといるのが苦痛な人はひとりになろう
これで解決
ラブアンドピース!
70:名無しの騎士 ID:yAPQJVC
そう単純な話かねぇ
71:名無しの重戦士 ID:CRXeSTB
言うは易しってやつだな
「言うは易しってやつだな……と、ちょっと休憩させてくれ」
「はい」
これは雑談スレなので、ゲームの話をしつつも脱線が多い。
ポーション枯渇の話から、よくもまあ婚活? 対人関係? の話に飛んだものだ。
「……兄さんはひとりになりたい、なんて思ったことはありますか? 例えば一人暮らしをしたい、なんて」
「唐突……でもないか。そうだなぁ」
理世の質問は掲示板の内容に関連したもの。
ゲーム内でサイネリアちゃんを中心に「進路の話」をしたことも教えておいたので、自然な発想といえばそうなのだ。
しかし、一人暮らしねぇ。
「大学に行ったら夢の一人暮らし! うるさい親からの独立! なんて言っているクラスメイトもいた気がするけど」
「現実が見えていないのですね。家事をしてくれる人がいる、という事実がどれだけ重いか」
「辛辣だな!?」
「ええ。誰よりも近くで、その苦労を見てきましたから」
理世がキツイ目から一転、優しい目を俺に向けてくる。
明確に言葉にしていないとはいえ、そう持ち上げられると居心地が悪くなる。
「ま、まあ、そういうタイプの人も慣れてきたころ、あるいは帰郷したタイミングでわかると思う……ぞ? きっと」
「手遅れにならない段階で気がつくといいですね」
「本当に今日は毒を吐くな!?」
「寝込んで気が立っているので」
「そ、そうか」
頻繁に体を壊すと、弱気と、もどかしさによる苛立ちが交互に来るそうだ。
理世は……ちょっと苛立ちのターンが長いかな。弱気な時に比べると。
「ただまぁ、本当に家庭環境が悪い……とまではいかなくとも、居場所がない。共同生活が合っていない、なんて人もいる感じだからな。そういう人にとっては絶好の機会なんじゃないか? もちろん離れたくなくても、進学先や就職先が遠いから――なんて人もいるだろ」
「兄さんはどうですか?」
そういや、最初の質問は「俺が一人暮らしをしたいかどうか」だったな。
話を逸らしてしまったが、理世が真剣な顔で答えを待っている。
ここは素直な気持ちで返すのがいいだろう。
小さく息を吸ってから、話しはじめる。
「……俺はそういうのないよ。例えば、作った料理を理世や未祐、母さんに“美味しい”って食べてもらえると最高に幸せだ。そういうのって、一人暮らしだと難しいことだろう?」
「……」
「誰かが散らかした部屋を片付けている時なんかも、仕方ねえなぁとか呟きつつも悪い気分じゃない。晴れた日に全員分の、真っ白に洗ったシーツを干しているときはひどく清々しい」
「…………」
「庭の花壇とか植木に水をやっているときは、不思議と嬉しい気持ちになる。あれって、なんでだろうな? 理世が小学校を卒業した時に三人で植えた、卒業記念樹とかがあるからか? 伸びたよなぁ、あのニシキギ。秋には真っ赤でとても綺麗だ。で、他にも――」
「………………」
「――どうした?」
「……兄さん」
話していると、理世が真剣な表情を崩していないことに気がつく。
思ったような答えじゃなかっただろうか?
そう不安を感じていると――
「抱きしめても、よかですか?」
「え、いいけど。なんで九州弁?」
――真剣な顔のまま不思議な提案をしてきた。
別に嫌ではないので、理世からのハグを受け止める。
……やはり弱っているせいか、回された腕に力がないな。
「ずぅっと一緒にいましょうね。兄さん」
「お、おお? でも、理世の進学先によっては――」
「ずーっと一緒にいましょうね?」
「――……」
「ね?」
「……お、おう。も、もうちょい読むか? 掲示板」
「お願いします。眠気がまだ足りないので」
抱擁を解いた後、少し待っても理世が体をベッドに横たえる気配はなかった。
言葉通りに眠気が足りないようなので、掲示板の読み上げを再開することにする。