悪い予感ほど的中する
休み時間の度に、何度も何度もスマホを確認し……。
時には授業中に教師の目を盗み、通知がないか画面に目をやってしまう。
そんなこんなで迎えた昼休み。
「わっち? わっち? わっち!? わっちぃ!? わ――」
「はいはいはい。なんでそんなに呼びかけの圧が強いんだよ……」
返事はしているじゃないか、顔は上げていないからアレだけど。
弁当を食べながらスマホを操作する俺に、しつこく呼びかけてくる秀平。
今日は天気がよく暖かいということで、学食のテラス席を使って弁当を広げている。
「もう、さっきからスマホを気にして。いつも食事マナーを俺に説いてくるくせに」
「確かに珍しいな」
ああ、まあ、行儀が悪かったな。
秀平はともかく、同席している健治に不快な思いをさせるのは申し訳ない。
俺はスマートフォンをテーブルの上に置いた。
「すまん。今朝、ちょっと理世が具合悪そうでな。お友だちにフォローをお願いしたんだが」
消化にも悪いので、一旦昼食に集中することにした。
とはいえ、端末は見える位置だ。
……今日の弁当、時間がなかったせいで少し盛り付けが甘いな。
玉子が潰れ気味だ。
彩にも不満が残る。もっと赤色が欲しかったかもしれない。
「うん。それは心配だな」
俺の話を聞いて大きくうなずいたのは、年の離れた妹を持つ健治である。
もっとも、健治の妹である菜緒ちゃんは、元気で健康なお子さんではあるのだが。
「過保護ぉ。なんだかんだでシスコンなんだよね、わっちも」
一方で呆れた様子を見せたのは秀平のほうだ。
こいつは末っ子ということで、いまひとつ俺たちの会話に共感できていない模様。
「その“も”は、もしかして俺にかかっているのか?」
秀平の言葉尻に食いつく健治。
こう見えて細かいところに気がつく男である。
「そだよ。優秀な姉へのぐぬぬな劣等感という意味では、俺もシスコンだけどね」
「……そ、そうか。お前は弟で末っ子だったな。姉は姉で大変そうだな」
「まじか。シスコントリオじゃないか俺たち」
「お、おう。亘がそれでいいなら、俺も別に構わんが……」
大体、家族を大事にしている程度でシスコンシスコン言われるのは心外であるが。
そこを突っつくのは面倒なので、適当に秀平に合わせておく。
俺はスマホの待機画面で時間を確認した。
……多少のズレはあるけど、あっちもそろそろ昼休みか。
「昼休みを過ぎれば、放課後まで大丈夫だと思うんだが」
昼休みは学生にとって、最も気が抜ける時間だと俺は考えている。
だから自然と疲れが出やすいし、食後という状況も手伝い眠くもなる。
しかし午後一の授業を乗り越えれば徐々に放課後が見えてくるので、残りは気力が補ってくれる……と思うのだが。
「そんなわっち。昼休みが峠みたいな……」
「お前、それ体が弱い子にとってシャレになってないからな? 不謹慎だぞ」
秀平のとぼけた発言に対し、常識的なツッコミを入れる健治。
あー、健治がいるとこういうところが助かるな。
横目で俺を見てくるので、別に怒っていないと手を左右に振って示す。
秀平も少しくらい他人の顔色を窺う癖を覚えればいいのに。
「いやいや、こういうのは笑い飛ばすくらいでちょうどいいんだよ! 病も一緒に吹っ飛ぶって言うじゃん! だから俺は謝らない!」
「一理ある……のか?」
「大体、そんな盛り盛りな筋肉飯を食べているやつに言われたくないね! 理世ちゃんが見たら吐くわ!」
「俺の弁当になんの関係が……?」
姉への劣等感だけでなく、マッチョに対する劣等感まであって忙しい秀平だ。
どうも秀平は筋肉がつきにくい体質らしく、アルベルトさんへの憧れを持て余している状態である。
ちなみに健治の弁当は秀平の言葉通り、タンパク質多めの筋肉弁当。
それでいて鳥ササミ、ブロッコリー、梅干しにひじきなど体にもよさそうだ。
ただし量は多い。大盛り。弁当箱が二段でデカい。
対する秀平は学食のカレーうどん(並)である。
学食が悪いとは言わないが、中々の格差。
「あっ」
ふたりのやり取りを見守っていると、テーブル上のスマホが短く振動した。
秀平が俺の弁当のおかずを強奪しているが、一旦無視。
メッセージの送信元が楓ちゃんであることを確認した段階で、俺は椅子から立ち上がった。
「すまん。ちょっと行ってくる」
来ないでほしかった連絡だが、来てしまったものは仕方ない。
内容を確認すると、案の定お昼を食べられずに保健室にいるらしい。
俺のほうはほとんど食べ終わっているので、このまま出るのに支障はない。
残りは秀平に押し付ける。
「おう。今日持ってきたので、重い荷物はあるか? 通学鞄も含めて、後で家に届けるぞ。その弁当箱も置いていっていい」
健治が即応してくれたので、礼を言ってロッカーの鍵を預ける。
おかげで、身一つで向かってもなんとかなりそうだ。
健治になら鍵を預けても安心である。
「担任には俺が連絡しとくよ。わっちの普段の素行を考えたら、本人が言いに行かなくても平気っしょ? ついでに未祐っちにも早退したって言っとくし」
「ありがとう、ふたりとも。恩に着る」
秀平も珍しく気を利かせてくれた。
そんなわけで、俺は取るものもとりあえずといった調子で学外へと向かう。
早歩きで昇降口へ行く途中、見知った顔が通りかかる。
「あれ、岸上くん?」
「ど、どうしたの? そっちは昇降口だよ?」
「ごめん。ちょっと急いでる! し、早退する!」
「えっ!?」
クラスメイトの佐藤さんと斎藤さんのコンビだ。
近くの自販機で飲み物を買った帰りのようだ。
ただ、今は一刻も早く寝込んだ理世のもとへ向かいたい。
適当な返事で通りすぎようとしたところ――
「岸上君、待った」
――佐藤さんに割と強い力で肩をつかまれた。
驚いていると、ポケットから出したなにかを握らされる。
これは……なんの鍵だ? さっき健治に渡したロッカーの鍵とは違う。
「二列目の駐輪所、正門から見て一番奥の赤い自転車ね。窃盗防止に名前書いてあるから、よく見たらすぐわかると思う」
「え……いいの? 本当に?」
どうも佐藤さん、自転車を貸してくれるようだ。
それも詳しい事情を訊かず、急いでいる様子を見ただけで。
「女子のだし、恥ずかしいかもだけど、よければ。あ、もし途中で警察にでも話しかけられたら電話して。私、防犯番号もしっかりメモってあるから。誤解を解いてあげる」
「佐藤さん素敵! 最高! ありがとう! きちんと洗車して返すよ!」
「サドルを軽く拭いてくれるだけでいいわ」
今日はなんとも、友人たちのフォローと気遣いが身に染みる。
理世の高校は電車で三駅という距離なので、どのみち駅までは行かなければならない。
そして俺たちの高校から駅までは徒歩だと遠いので、自転車を借りられるのは非常に助かる。
「え、ええと、ええと、よくわからないけど頑張って! これどうぞ!」
「斎藤さんも、ありがとう! また明日!」
混乱気味の斎藤さんは手に持っていたスポーツドリンクをくれた。
……キャップが開いているのが気にはなったが。
ほとんど満タンだったので、きっと開けただけで口はつけていなかったのだろう。
そう思うことにする。
――それから数分後。
フレームの目立たない位置に「佐藤」と書かれた自転車で、俺は駅へ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
中学は一時期自転車通学だったのだが、それ以来だろうか?
久々に使う筋肉ばかりなせいか、体が少し軋んで感じる。
駅に着いたら、有料の駐輪所にしっかりロックをかけて自転車を預けた。
そのまま息を弾ませつつも、どうにかタイミングのいい電車に間に合わせて乗り込む。
電車が進み、理世の高校の最寄り駅を出てからは徒歩だ。
「微妙に遠い……」
駅近くとも言い難い半端な立地がもどかしい。
場所は知っているので、道を間違えないよう気をつけつつ急いで進むと……。
やがて校舎が見えてきた。
「すみません。体調不良の妹を迎えに来たのですが」
「はいはい。保護者の方で……おや? 高校生?」
この高校は守衛付きだ。
なんでも女子校だったころの名残とかで、共学になった今でも門前に人が置かれている。
守衛さんは愛想のいい初老のおじさんだった。
自分の学生証を提示しつつ、話を続ける。
「はい、兄です。妹の名前は岸上理世、クラスは1-Aで学籍番号は――」