怪鳥襲来イベント終了とランキング結果
カイムが竜形態のまま、ボロボロになった羽を動かして逃げるように空へと向かう。
レイド最終戦、これにて終了だ。
どうやってもトドメを刺せないのは同じだが、ああやってふらつきながら去っていくのは大きなダメージを与えた証拠である。
累計ダメージが低い場合、カイムは「見逃してやる」と言わんばかりの余裕を見せながら、ゆっくりと去っていく。
それが今回はあの状態だ。
これ以上ない会心の出来だったと思うが、果たして……。
「順位は――」
「待て! ハインド! 最後は自分で見る!」
メニュー画面を開こうとした俺を、ユーミルが制する。
さすがに緊張しているのか、どうにも操作が覚束ない。
震える手でもたついている間に、景色が歪み元のフィールドへ。
「――だっ! あっ! ぐぅぅぅぅ……!」
ユーミルの表情が一声ごとに目まぐるしく変わる。
そして見えた。
見えてしまった。
ユーミルは基本、他人からメニュー画面が見えなくなる機能を使わない。
故に、横にいる俺の目にも順位の情報が入ってきた。
――ユーミルの名は上から二番目、メディウスの下にあった。
順位はリアルタイム更新なため、間違いなく今の戦いも反映されての結果である。
アタックランキング2位、総合スコアも2位。
「ユーミル先輩……」
「ゆ、ユーミル殿……?」
「すーっ……」
ユーミルは苦悶の表情を浮かべた後、細く開いた口で息を長く長く吸いこんだ。
心配そうに声をかけたのはリコリスちゃんと……。
もうひとりは、今は特に「メディウスの旧友」であることを気まずく感じているであろうトビだ。
「はぁーっ……………」
それからユーミルは、色々な感情が籠もっているであろう長い長い息を吐く。
それは悔しさのにじむ溜め息のようにも、怒りを鎮めるための呼吸法のようにも聞こえた。
「ひとまず帰ろう……ギルドホームに……」
そして誰を責めるでもなく、見守る面々に対し静かに告げる。
山頂に残っていたサーラのプレイヤーたちも、察したのか声をかけずにいてくれるようだ。
反面、話しかけられなくとも、たっぷり注目は浴びていたが……。
俺たちはそのまま、言葉少なに山を下りたのだった。
ギルドホームに辿り着くなり、解散……と行きたいところだったが。
この雰囲気を気にしてか、誰もログアウトしようとしない。
普段元気なユーミルが静かで、それに釣られてリコリスちゃんも静かなので、いつもの明るい空気はどこへやらである。
そんな中で、話しはじめたのは意気消沈気味のユーミルである。
「……遅くまで付き合わせてすまなかったな。お前たち」
「あ、いえ!」
「私は明日――いや、もう今日か。今日は……」
そこまで話したところで、ユーミルがはたと気付く。
というよりも、ようやくみんなの表情が目に入ったというべきだろうか?
ユーミルは頭を振ると、己の頬を両側からぴしゃりと張った。
「ふんっ!」
「わっ!?」
突然の行動にリコリスちゃんが跳びあがる。
ユーミルは気にせず気合を入れ直すと、言いかけた言葉も言い直す。
「――今日“も”放課後に、変わらずインするからな! みんな、ゆっくり休んでくれ! 今日はありがとう!」
「あ、えと」
リコリスちゃんは戸惑っているが、察しのいい他のみんなは各々が肯定的な返事をする。
サイネリアちゃんがリコリスちゃんの肩を叩いて耳打ちすると、ようやくリコリスちゃんは我に返って挨拶をした。
「あの! おやすみなさい! ユーミル先輩! ハインド先輩も!」
「うん、おやすみ」
「ああ! おやすみ! ありがとうな!」
それを皮切りに、次々とメンバーがログアウトしていく。
今は余計なことは言うまい、というのが暗黙のうちにユーミル以外のみんなで合致した意見となった。
そうして俺たち三人、ユーミルとリィズと俺は最後にログアウトして現実側の体を起こした。
自力で気持ちを立て直し、ギルマスとしての体面を保った――かに見えたユーミル。
否、未祐だったが。
実態は違っている。
「理世」
「はい」
俺と理世は目配せし合うと、理世はこの部屋と廊下を始めとした窓の戸締りの確認を。
俺はベッド上にある厚手のクッションを未祐に渡し、見上げる未祐に対しうなずいた。
未祐はクッションに顔を埋めると――
「……ぉおおおおおお! っぐやじぃぃぃぃぃぃっ! あああああっ!!」
――溜め込んでいた感情を目一杯乗せて、思い切り叫んだ
事前の対策により、声は大きく響かなかった……はずだ。
ゲームの中で叫んでから戻ればとも思ったが、一刻も早くゲームそのものからユーミル――今は未祐だが――を、遠ざけてやりたかったのもある。
そういうわけで、この処置となったわけだ。
少しして、理世がドアを開けて部屋の中に戻ってくる。
「理世。音漏れ――」
「大丈夫です」
「そうか。よかった。近所迷惑にならなくて」
「お前たち! どれだけ私が大声だと思っているのだ!? さすがに外に聞こえるほどではないぞ!?」
「そう言われても。現にクッションを貫通して会話できているし……」
未祐の声は声量だけでなく、通りが滅茶苦茶いいのだ。
学校なんかでも、未祐が近くを話しながら歩いていると、すぐにどこにいるのかわかるくらいに。
……それはそうと、叫び終わったのならクッションから顔を上げたらいいのに。
「叫んですっきりしたか?」
「しない! なんでもいいから優しくしてくれ!」
「なんでもいいからって……どうしたらいいんだ……?」
どうやら顔を見られたくない心境のようだ。
わからなくもないが、もう深夜である。
早く寝ないと体に悪いし、いつまでもこのままというわけにはいかない。
「もう放っておいて寝ましょうよ。兄さん」
「そうは言っても、ここが俺の部屋なんだが」
未祐は体育座りで俺のベッドを占領しているし、未祐の布団があるのは客間である。
このまま寝床を交換――というのは、憚られる。
どれだけ距離が近しくとも、家族ではない異性である。
「私の部屋で一緒に眠ればいいではありませんか」
「そんな、当たり前のことでは? みたいな顔をされてもな……」
そして家族であっても年頃の妹と寝る兄はおかしいと思う。
未祐は理世の発言に一瞬、ぴくりと肩を動かしたが……。
それでもクッションからは顔を上げなかった。
どれだけ悔しいのだろう。
理世も張り合いがないと見えて、珍しく自分から未祐に声をかける。
「……先程は立派でしたよ。小春さんたちの前で、気丈に振る舞って」
「……」
「ログアウトするまでは我慢しましたものね。未祐さんにしては我慢が利いていました」
「…………」
「ま、小春さん以外には無理しているのが丸分かりだったと思いますが」
「………………」
それはそうなんだが、挙げてから落とす必要性はあるのだろうか。
ちなみに秀平を除くみんなからは、就寝の挨拶と未祐を心配するメールがスマホに届いていた。
多分秀平だけは速攻でもう寝たのだと思う。あいつはそういうやつだ。
「……なんとか言ったらどうですか?」
無反応に痺れを切らした理世が、肩をつかんでクッションから引き剥がそうとする。
未祐の顔が一瞬浮き上がるが、そのまま今度は頬擦りするようにクッションに顔を沈め直した。
「……いい匂い」
「は?」
そして予想外の発言。
理世も俺も呆気に取られる。
「このクッション、いい匂いがする!」
「ええ……」
「急になんですか」
機嫌がすっかりよくなっている。
横向きになって見えた表情にも険がない。
それはいいのだが、急にクッションの匂いを気にし出した理由がよくわからない。
「そいつはそんな頻繁に洗っているわけではないけど。柔軟剤とか、洗剤の香りじゃ……?」
「これは違う! なんというか、落ち着くのに、嗅いでいると体がポカポカと……」
「は? なんだそれ」
クンクンスンスンと、未祐が犬のようにクッションの匂いを香っている。
どうもこいつ、顔を見られたくなくてクッションに顔を埋め続けていたわけではないようだ。
理世が不審に満ちた表情を浮かべつつ、未祐に手を差し出す。
「……貸してください」
「嫌だ!」
「なんでですか。匂いの正体がわからないと気持ち悪いじゃないですか。とりあえず、ほら」
「むぅ……」
あまりな反応に対し、気になったのだろう。
理世は未祐からクッションを受け取り、自分も同じように……というと語弊があるか。
未祐よりは幾分か上品な仕草で、匂いを確認する。
「……これは。少々、未祐さんの香りも移ってしまっていますが……なるほど」
小鼻をひくつかせ、思考を巡らせてからうなずきをひとつ。
なにやら確信を得たようだ。断言する。
「兄さんの匂いですね。素晴らしい濃縮具合です」
「そうか! 納得!」
「納得するなよ!?」
なにそれすごく恥ずかしい。
今までのほほんと傍観していたけれど、いざ自分の臭いを嗅がれていたのだとわかると話が違ってくる。
「おかしいおかしい。その結論はおかしい。え? そんなに臭いが染みついてんの? 嘘でしょ。確かにお気に入りだけど……」
寝る時に落ち着かない場合は、抱き寄せて眠ることもある。
もちろんベッドに入るのは基本、風呂の後なので、そこまで悪臭ではないと信じたいが……。
年頃の男子の代謝量は高く、そして寝ている間も汗はかくと聞いたことがある。
だとすると……アウトでは?
俺はふたりが持ったままのクッションにつかみかかった。
「今すぐ洗ってくる! 夜中だけど!」
「どうしてそんな酷いことをするんだ! 駄目に決まっている!」
「そうです。いくら兄さんでも許しませんよ。これは家宝にします」
「なんでだよ!」
取り上げようとするも、どちらも手を放してくれない。
そのままつかみあいとなり、ふっくらしていたクッションが残念な形に伸びていき……。
敗戦の夜は騒がしく更けていった。