怪鳥カイム最終形態 後編
恐竜に翼が生えるとどうなるか?
翼の生えた恐竜になる! プテラノドンとか! と返されると困ってしまうが。
およそ飛行不可能に思えるずんぐりした巨躯と重量が、これまた巨大な翼によって宙に浮かんでいる。
本来なら、あの翼の大きさを持ってしても空を駆けることは不可能だ。物理上は。
なにかしら魔法的な力が働いてでもいなければ、説明がつかない――と、そんなわけで。
「うーん、ドラゴン! ベタだが燃える!」
ユーミルの言の通り、カイムの最終形態はドラゴンだ。
火を噴き、空を飛び、体当たりや前肢、尾で殴ってきたりもする。
体表色の大部分は、黒に少しの紫を混ぜた暗い色。
ちょうどフィールドが夜になったこともあり、まるで夜空に溶けこむかのようだ。
「やはり何度見ても、天界産にしては暗黒竜っぽい見た目でござるなぁ。ブラックドラゴン! って感じ」
「喋っている暇はないですよ。来ます!」
トビとリィズが防御態勢を取る。
ややランダム性はあるものの、変身直後のカイムは大技を放つパターンが多い。
今回も大技の予兆……カイムは俺たちプレイヤーの攻撃範囲外への飛び上がりを見せた。
山頂に一瞬の静寂が訪れる。
ゲームシステムにより、落下予測地点表示――から数秒の後、大気を切り裂く轟音。
そして地表に衝撃波が襲う。
「――!」
「――!?」
爆音の中、意味のある言葉として捉えられない悲鳴と怒号が上がる。
カイムの高高度落下攻撃『ドラゴンダイブ』の威力は、着弾地点から離れれば離れるほど受けるダメージが低くなる。
直撃あるいは近くで受けると、一部特殊スキルを用いた防御職を除き、即時戦闘不能。
中距離だと遠距離職のほとんどが、更に離れてようやく全プレイヤーが生存可能なダメージとなる。
これはどれだけ練度が高いプレイヤーでも、運が悪ければ戦闘不能になる攻撃だ。
攻撃開始からダメージ確定までが早すぎる。
故に、カイムが巻き上げた土煙が収まった、現在の山頂の状況は……。
「ああっ、やっぱり半壊……」
まず、俺たちが支援に呼んだ王国戦士団が撤退。
もちろん誰かが呼んだルストの弓兵部隊も撤退。
そして多くのプレイヤーが戦闘不能に。
レイド中いつでも参照できる情報によると、生存人数は28と表示されている。
これでも半分を割っていないだけ、上手く逃げたほうだというのがたまらない。
「せんぱぁぁぁい……」
「あ、シエスタちゃん。無事だった?」
「なんとかー」
ダイブから逃げたのと、みんな吹っ飛んだせいで位置関係は滅茶苦茶だったのだが……。
幸いにも生き残ったシエスタちゃんが近くにいた。
現状はとにかく回復あるのみなので、これは運がよかったと言っていいだろう。
さっと視線を巡らせ、カイムの位置を確認。
「は、ハインド殿! 早う、リコリス殿の回復を! 早くぅぅぅ!」
瀕死のトビとリコリスちゃんが、カイムの攻撃を引きつけて――否、事前に上がりきったヘイトのせいで、激しく追い回されている。
それを認識した瞬間、こちらはHPポーションを投擲。
例の魔力水を使った、回復量の多いリィズ特製のやつだ。
「――はっ!? ハインド先輩、ありがとうございます! トビ先輩、交代します! 私の後ろに!」
「た、助かった……死ぬかと思ったでござる……」
回復したリコリスちゃんが盾を構え、トビの前に。
トビは下がってシエスタちゃんの回復を受ける。
その後の二人は、交代でヘイト値を操作しつつ攻撃を凌いでいたのだが……。
「って、キツイキツイキツイ! キツイでござるよ、ハインド殿! ピンチは続くよどこまでも!」
「二人じゃ抑え続けるの、無理ですーっ!」
頻繁に混ざる『ヘイト無視攻撃』でペースが乱されている。
対象が「近くのHPが低い敵」やら「蘇生魔法・スキルを準備中の敵優先、ただし妨害されるとターゲットを変更」など、判明していても複雑で煩雑な行動が多いせいでタンク泣かせだ。
ブレス、尾による薙ぎ払い、飛翔しての突進、噛みつき、魔法、踏み潰し、前腕の振り回し、プレイヤーの影から眷属が出てきて奇襲、咆哮、頭突きなどなど。
上げても上げてもキリがない多彩な攻撃を持つのもよろしくない。
それでも大ダメージ技はヘイト値参照なことが多いので、人が多ければどうにか抑えられるのだが……。
「まずい。戦線が崩壊する」
現状、タンクが少なすぎる。
今しがた、見かねた瀕死の他プレイヤーが二人ほど前に来てくれたが、どちらもすぐにやられてしまった。
戦闘不能者は減ってきているが、HP回復と防御バフ撒きが間に合っていない状態だ。
……実は、この状況に打って付けなスキルを保険に装備してきている。
いるのだが、使うべきかどうなのか。
「……仕方ない。使うか」
迷いは一瞬。
技が露見するリスクよりも、このまま全滅するほうがはるかにマズい。
ユーミルのランキング1位がかかっているのだ。
使用を決めて詠唱を開始すると、視界の端ではシエスタちゃんがユーミルを蘇生させているのが見える。
「ふっかーつ!」
ユーミルが起き上がって少ししたところで、複合効果を持つ魔法の詠唱が完了。
フィールド全体をレモン色の淡い光が包み込む。
こいつは『ヒールオール』の光とは違っているし、エフェクトも派手めだ。
この場にいる人には「何らかの継承スキル」を使ったのだとわかってしまっただろう。
「……っておい!? これ! いいのか!? ハインド!」
もちろん、それはユーミルにも。
――驚いて俺が使用したスキル名を叫ばなかっただけ、ユーミルにしては上出来である。
もしかしたらスキル名を忘れ去っているだけ、という可能性も残るが。
ユーミルの視線に対し、俺はゆっくりと首を左右に振る。
「いいんだ。まだ変化・成長するスキルだし、それに……」
カイムの最終形態は文句なしに強い。
運営が突入した時点でボーナス、としたのもうなずける話だ。
しかし、俺たちは突入しただけでは目標に届かない可能性が高い。
ここからいかにスコアを稼ぐかが大事なのだ。
だから不安そうなユーミルに笑いかける。
「ここで出し惜しみして、負けるほうが悔しいだろ。しゃーない」
「そうか! よく言った!」
「すげえ偉そう。誰目線なのでござる?」
俺が使用したスキルは、徳を積むと性能が上昇する『ルクス・オブ・サーラ』である。
ティオ殿下の教えに従いコツコツと育て、現在の効果はHP全体中回復+物・魔両面の防御バフとなっている。
回復スキルとしてはすでにかなりの高性能な上に、現在必要な性能をあまりにも満たしすぎていた。
そりゃ使わざるを得ないでしょうよ。
「……よし。前線が再形成されてきたな」
蘇生こそ不可だが、生き残っていたプレイヤーが即時戦える状態に仕上がった。
パラパラとだが防御・回避タイプがカイムの前に集い、後方でも少しずつ立って戦っているプレイヤーが増え始めた。
いい感じだ。
「もうひとつ駄目押しで、奥の手を使う!」
「む!? “奥の手を使う”、だと!? ハインドお前! 私が人生で一度は口にしたい台詞、十年連続トップ10入りの台詞を! ずるいぞ!」
「変なとこで器用ですねー、ユーミル先輩。戦いながらずっと喋っていますよ? バカでかい声でー」
「ま、まあ、それでも集中できているならいいよ。そ、それよりも!」
仲間はみんな手持ちの支援コマンドを知っているので、ユーミルに奥の手という言葉を殊更に復唱・強調されて恥ずかしくなったが……。
この『支援要請』が奥の手に近い強さを持つというのは本当だ。
ここまで来て出し惜しみはなしだ。
ちょうどいいタイミングで支援攻撃が要請可能になったので、顔を背ける俺を面白そうに見ているシエスタちゃんから逃げつつ。
視界内にある支援要請の項目に手を伸ばし、迷わず魔界から「ヤツ」を呼んだ。
「来てくれ! サマエル!」
これまでサマエルを呼び出せたのは、全イベント期間を通して三度ほど。
政務で忙しい時間は不可とのことなので、まるで計算に入れられなかったが……。
最終日の最終戦、この土壇場にきて呼び出し可能となった。
これは呼ばない手はない。
召喚陣が出て、視界を遮る白煙が立ち込める。
「……あ?」
白煙が収まると、中からサマエルが出現した――愛用の執務机と一緒に。
自分で呼び出し可能のサインを出していたはずなのに、呼ばれた本人が呆気に取られている。
「え?」
「へ?」
「はい?」
そんな姿を見せられ、こちらも呆気に取られた。
目の下にはおなじみとなった隈、手はインクで指先が黒くなっている。
……フィールド内の空気が完全に止まる。
カイムも含めた全員が動きを止め、サマエルに視線が集まる。
「……」
「…………」
「………………あー、ごほん!」
サマエルは立ち上がると、さっと腕を振って戦闘用の衣装を一瞬で纏い、執務机だけが先に魔界に帰っていく。
それから杖を構えると、こちらに向けて高らかに宣言した。
「魔王補佐官筆頭、大魔導士サマエル! 友との盟約、今こそ果たさんっ!!」
サマエルはポーズを取っている。
ポーズを取り続けている。
召喚された直後の姿は、完全になかったことにするつもりのようだ。
「今更格好つけられても……」
「締まらないでござるなぁ、最終戦なのに。ユーミル殿と同レベルでひどい」
「わざわざ混ぜっ返すな! 私はあそこまでひどくない!」
「私はユーミルさんのほうがひどいと思います。彼は仕事中にわざわざ駆けつけてくださったんですよ?」
「くっ……!」
「駆けつけたというか、不意に転送されたって感じに見えるけど……」
当然、次々とツッコミやら茶々が入った。
起き上がったばかりのリィズ、セレーネさんにまで言われている。
戦闘中とは思えない緊張感のなさだが……。
「え、ええい、貴様ら! そんなことをしている場合か!?」
「「「はっ!?」」」
さすがにカイムが動きだしている。
他のプレイヤーも呪縛が解けたように、それぞれが動きだしていた。
それぞれの支援要請によって、周囲にはNPCの姿も一気に増え――いよいよ総力戦の様相だ。
サマエルという誰でも知っている大物が来たことで、全体に浮ついた空気はあるものの。
みんなこちらを気にしつつも己の成績を少しでも高めんと、残ったリソースと体力気力を振り絞る。
「と、とにかく頼むぞ! サマエル!」
「わかっている。どこにいようと、どんなときだろうと私は魔王様の副官。魔王様と魔族の威、しっかりと示してみせようぞ」
さて、肝心のサマエルの支援効果だが……。
過去三度分の記憶を思い出すよりも、見ていたほうが早いだろう。
一瞬だ。
「ふん、天界の羽虫風情が」
まずは重力魔法。
それも、闇型魔導士のプレイヤーが使うよりも精緻で強力なものだ。
そいつを用い、ドラゴン型になったカイムを触れずに魔力で引っくり返すと、脳天から――
「頭が高い!」
――地面に叩きつけて拘束。効果範囲はピンポイント。
どれだけ近づいても、カイム以外の者が重力に圧し潰されることはない。
次いで、サマエルの得意技。
ドデカい魔法陣がサマエルの足元に生み出され、中から帯状の闇が滑り出す。
デバフ複合魔法『カース・オブ・アビス』によって生み出される可視化された呪言が、カイムの全身にこれでもかと絡みつく。
カイムの苦しみに満ちた咆哮が周囲に響き渡った。
「――後は煮るなり焼くなり、好きにするがいい。死ぬなよ、ハインド」
「サマエルも、休みはちゃんと取れよな。身体に悪いぞ」
「フッ……覚えておくとしよう。ではな」
仕事を終え、サマエルは俺に目配せしてから魔界に帰還する。
もがくカイムには一瞥もくれず、背を向けたまま姿を消した。
あいつが去った後もしばらくの間、拘束とデバフの効果は持続する。
と、このように……。
「むぅ、やるなワーカホリック! 見事だ!」
「やはり、何度見ても仕事を奪われた気分になりますが。四の五の言っていられる状態ではありませんね。私も攻撃に参加します」
サマエルの支援は、支援効果としては最上級の部類だ。
ユーミルが感心し、リィズが軽い愚痴をこぼしている通り……。
有効な搦め手の全てを単独で実行していってくれるので、その分だけ俺たちは攻撃に全力を注ぐことができる。
さらにデバフによってカイムの攻撃力も下がっているので、俺たち神官の回復の負担も減るというわけだ。
「最終局面だな! ハインド!」
ラッシュするスタミナが尽きたユーミルが、他プレイヤーに譲る形で一度下がってくる。
隣に並んだユーミルに対し、俺は『中級MPポーション』を使用し、うなずきを返す。
「ああ。どうなるにせよ、最後まで集中して行こう」
「うむ!」
「すみません。今、戻りました。フィールド端まで飛ばされてしまって」
「お! よしよし、戻ったかサイネリア! これで全員揃ったな!?」
ようやく蘇生の手が回り、俺たちの中では最後にサイネリアちゃんが復帰&合流。
いよいよ準備は整った。
戦闘の制限時間的にも、大きな攻防は残り二、三回が限界といったところだろう。
ユーミルはパーティの面々を見回すと、剣をカイムに向けて大きく息を吸う。
「……みんな、準備はいいな! 突撃ぃぃぃっ!」
ユーミルの声に後押しされるように、俺たちはカイムへと集中攻撃を開始した。




