怪鳥カイム最終形態 前編
「ハインド! どうだ!?」
次戦までの僅かな時間の度に、ユーミルが順位を確認してくる。
おかげで、俺も訊かれる前にメニュー画面を開くのが癖になってしまった。
ページをスクロールするまでもないので、見つけるのは簡単だ。
上から見ていくと、すぐにユーミルの名が載っている。
「3――」
「すぐに次戦に行くぞ! まだ間に合う!」
「――位……おう」
アタックスコア1位はメディウス。
2位はソラールさんだ。
ユーミルは今の戦いの前は4位で、今しがた3位に上がったところ。
とはいえ、依然として5位までが僅差という状況。
まだ五人全員が1位を獲る可能性を残している。
「ぬおおおおおおおお……!」
「貧乏ゆすりやめ……貧乏ゆすりか? それ?」
足だけでなく全身を高速で上下に揺すっているせいで、振動マシーンに乗った人みたいになっている。
鎧があるので女性特有の柔らかい部分が派手に揺れていたりはしていないが、なんだか目の毒だ。
そっとユーミルから視線を外し、残り時間――現在時刻を確認。
23時55分……イベント終了は23時59分までなので、残りは四分程度だ。
「時間的に残り一戦ですけどー……実際どうです?」
こちらはメニュー画面を開かずに、俺たちの会話を聞いて判断しているシエスタちゃん。
この子はユーミルと対極的とまで言えるリラックス具合。
いつも通り……なのだが、どうして耳元から声が聞こえてくるのかな?
背負った記憶はないんだけど。
「まあ、想像通りの状態だよ。上位が全員走っているのは当然として、ペースもさほど変わりないから……」
「最後まで祈りながら走るのみ、ですかー。ここまで接戦になるのは初めてですかね?」
「そうだね。今までのイベントだと、最終日までに順位が確定しているパターンが多かったかな……よいしょ」
「ああー」
いよいよ妖怪じみてきたシエスタちゃんをサイネリアちゃんに返却し……。
締め日ということで人の多い山頂広場を見回していると、リコリスちゃんから袖を引かれる。
「……あの、戦っている間に時間超過した場合ってどうなるんですか?」
ああ、確かに。
レイドの戦闘時間は、カイムの形態がどこまで進むかにもよるが……。
五分は軽く超えることが多い。
その懸念はよく分かる。
「イベント説明によると、開始時間が終了時間前に収まっていれば計上されるみたい。だから戦闘中に時間を跨いでも、その一戦だけは大丈夫」
「そうですか! よかったです!」
「――だから落ち着け。ユーミル」
リコリスちゃんの質問は、偏にユーミルの成績を案じてのものである。
なので、ユーミルの肩に手を置きながら声をかけ――うん、置いた手が一緒に高速振動している。
止まらねえよ、こいつ。
「おおおおおおおお……お?」
「落ち着け。もう一戦は確実に行けるから」
「お、おお!」
高速振動自体は止まらなかったが、少し速度は落ちた。
振動マシーンだったら強から弱になったくらいの差だ。
――程なくして、マッチング完了の通知音。
そこでようやくユーミルの動きが一度止まる。
「! よぉぉぉし! い――」
ユーミルが気合の言葉を発する途中で、転送が始まる。
途切れた後半部分が聞こえたのは、少しのタイムラグを挟んで転送後の場所でのことだった。
「――くぞぉぉぉぉぉ! む?」
栄養豊富な黒っぽい土と、周囲に溢れる緑。
ここはルストにある山頂フィールドか。
叫びながら合流してきた俺たちのグループに対し、なんだなんだと視線が集まる。
「ユーミル……」
「ユーミル殿。拙者、恥ずかしい」
「……」
「や、やめろ! そんな目で私を見るな!」
俺は額を押さえ、トビは赤面し、リィズは他人のフリを決め込んだ。
ユーミルは視線を散らすようにあたふたとしていたが……。
やがて「あのユーミル」であると認知されると、視線の量こそ変わらないものの、視線の温度が生暖かいものに変わった。
いきなり目立っちゃって、まあ……。
「おのれカイムゥゥゥ! この恨み、晴らさでおくべきかぁぁぁ!」
「いつもの八つ当たり」
「以前も似たような光景を見たでござる」
「はぁ……」
「だ、大丈夫なの? 大丈夫なのかな、こんな調子で!?」
慣れているはずのセレーネさんが、動揺しつつ心配するほどのグダりようだ。
珍しく声も大きくなっていらっしゃる。
当然そんな俺たちの様子とは無関係に、カイムはすぐに飛来した。
上空に向かって叫んでいたユーミルは、あわてて統率を試みる。
「と、とにかく! 最終戦だから出し惜しみはなしだ! アイテムスキル体力気力強さ優しさやるせなさ、全てこの戦いに注ぎこむぞ!」
「なんか不純物がまざってねえか?」
「私に続けぇぇぇっ!」
「はいっ!」
「いや、最初は遠距離攻撃だから。意味なく前に出るな――行くなって! おらぁ!」
「ぐぇ!?」
ユーミルが走り出すのを、俺が物理的に(タックルで)阻止。
ユーミルに続こうとしていたリコリスちゃんはサイネリアちゃんがブロックした。
サイネリアちゃん、先程からあまり発言していないものの大忙しである。
「いい加減にしてください。これで何戦目だと思っているんですか?」
リィズの嘆息と白眼視を受け、ユーミルは口をへの字に曲げつつ立ち上がった。
なんだよその歌舞伎役者みたいな顔は。
……スタートこそあんな調子だったが、その後の推移は順調そのものである。
最初の飛行状態には方々から対空スキルが。
続く眷属召喚には分散前、出現位置に多数の範囲攻撃が。
どうも練度の高い野良グループに入れてもらえたらしく、遊んでいる戦力がかなり少ない印象だ。
「――OK、眷属全滅!」
「落ちるでござるよ、ユーミル殿! 構えて!」
「わかっている!」
眷属が全滅すると、バリアが解かれてカイムが落下。
同時、暴れる剣を抑えながらユーミルがカイムを激しく斬りつける。
「くらえ! 煉・獄・弾っ!」
初手の斬撃で魔法陣によるマーキングが施され、次いで剣から放たれた三つの闇属性・巨大魔法弾が唸りを上げて殺到。
魔法弾はカイムの体に吸い込まれ、内から喰い破るようなエフェクトを伴い大爆発した。
大気が耳障りなほど振動し、残光が小さな黒い粒となって散らばっていく。
「「「おおーっ!」」」
「見たか!」
ひたすらに派手で周囲のプレイヤーも楽しそうにしているが、ユーミルのMPは空に。
HPも大幅に消費され、戦闘不能一歩手前の状態になった。
このタイミングが俺は最も忙しい。
あらかじめ詠唱していたMP譲渡魔法『エントラスト』をユーミルに投げ、HP回復はポーションを用いる。
シエスタちゃんも回復できるが、彼女は次の形態ですぐに出番があるため、もう長めの詠唱を始めている。
「次、恐竜形態! 陣形変えるぞ!」
「ハインド、私たちもまだ平気だからね!」
おっと、ティオ殿下の声。
今回は支援に呼んだ王宮戦士団が残ったか。
大抵は眷属たちと相打ち気味に撤退してしまうので、このことからも順調であることがわかる。
かなりのハイペースだ。
他の誰かが呼んだであろう、ルスト王国の精鋭・弓兵部隊がいるのも効いている。
「はい! 頼りにしていますよ!」
ティオ殿下に返事をしつつ、カイムに視線を戻す。
すると、やつはすでに姿を変えていて――シエスタちゃんは?
と目を向けるまでもなく、拘束型の光属性魔法『サザンクロス』が放たれた。
乱れ飛んだ十字型の光が体を縫い留め、恐竜カイムの突進を鈍化させる。
ここでリィズの『グラビティ』でないのは、突進ですぐ範囲外に抜けられてしまうからだ。
「よし……リコリスちゃん、前に!」
「任せてください!」
「トビ!」
「承知! こっちでござるよ、トカゲ野郎!」
カイムにスピード鈍化系は効くが、『影縫い』のようなストップ系は効かない。
そんなわけで、足止めが難しいトビの役目は誘導だ。
スタート時から上げに上げ、50名の中で最も高まったヘイトを活かして突進方向をコントロール。
逃げるトビの背を守るように、リコリスちゃんが盾を構えて立ち塞がる。
「たぁぁぁぁっ!」
リコリスちゃんの『カウンター』が発動、小型カイトシールドにあたったカイムの巨体がよろめく。
更にサーベルで斬り返され、カイムは現実の物理法則を無視した動きで吹っ飛んだ。
カウンター成功である。
……言葉にすると簡単だが、レイドモンスター相手のカウンターは非常にシビアだ。
特に今のは首を振り回しながらの突進攻撃であり、カウンター成功判定になるのは「鼻先部分を盾で防いだ時」のみという難しさ。
最近めきめきとプレイヤースキルが上昇中なリコリスちゃんでも、成功率は三割未満。
しかし、成功した際のリターンは……。
「……上手いっ!」
「これ特殊ダウン? こんなのあったんだ」
「はじめて見た!」
「おおおおお! 殴れ殴れ!」
鳥形態の落下時に似た、特殊ダウン状態となる。
あちらと違いダメージ・スコアアップこそないが、数秒の間、無防備なレイドボスを袋叩きにする事が可能だ。
――本当に順調だな! これは逆転、あるかもしれない!
「ダウン時間延長します!」
続けてリィズの「グラビティ」がカイムに圧しかかる。
突進していないダウン状態の今なら有効となる。
しかも寄ってきた近接職たちに当たらない絶妙な範囲設定だ。
ほんの少しではあるが、重力魔法によってダウン状態の継続時間が伸びる。
そして、仲間を信じて待機していたユーミルが満を持して『バーストエッジ』を解き放つ。
「おらぁぁぁぁっ!」
続けてユーミルは通常攻撃、通常攻撃、手の空いたシエスタちゃんから『中級MPポーション』がその背に届く。
直後、『ヘビースラッシュ』を始めとしたありったけの攻撃スキルをのたうち回るカイムにぶつけていく。
「フンフンフンフンフン! オーフェンス! オーフェンスッ! ……セッちゃん、サイネリア!」
ラッシュするスタミナが尽きたところで、ユーミルは密着状態から一歩後退。
直後、近接メンバーと別方向から多数の矢と単体攻撃魔法が殺到した。
サイネリアちゃん、セレーネさんはその一団の先頭で無駄なく矢を放ち続ける。
一瞬の息継ぎ・休憩を経て、俺のバフ・回復各種を受け直したユーミルが更にラッシュ、ラッシュ。
視界上部に表示されているカイムのHPが気持ちよく吹っ飛んでいく。
「次ィ!」
「恐竜形態がほぼスキップされた……」
「はえー」
周囲から感心している声が聞こえるが、今の特殊ダウンの間、フレンドリーファイアがほとんどなかった。
上手く周り込んだ後衛もだが、前衛も無暗に広がらず、きっちり射線を開けていた配慮が素晴らしい。
与ダメージ量やスコアこそ俺たちが抜きんでて高いが……。
やはりこの戦いのメンバー、ほぼ全員「当たり」で間違いない。とても快適だ。
「飛行形態に再突入……む?」
恐竜形態のHPバーが消えたのを見て、次に備えていたユーミルと俺たちだったが……。
カイムの様子がおかしい。
恐竜形態のまま宙に浮かび上がると、その体が激しく明滅をはじめた。
「来た! 来た来た来た来た! 最終形態、最速突入だ! 行けるぞハインド!」
「おお、マジで最短記録じゃないか!? 恐竜形態ところか、飛行形態二回目もスキップじゃないか!」
「おー! みんな、感謝でござるよー! 最後までこの調子でよろしくぅ!」
トビの声かけにその場の半分ほどのプレイヤーは笑顔で反応し、残りはカイムの様子に注目している。
程なくして、山頂フィールドは眩い光に包まれた。