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当たらなければ意味はない

「必殺! 魔王直伝……」


 ユーミルは長剣を腰の横付近で持ち直し、脇構わきがまえへと変える。

 大量のMP、そして不足分を補って消費されたHP。

 それらを一挙に注ぎ込まれた剣が、黒い光に包まれてカタカタと震え出す。

 何度か見て慣れたつもりだが、武器が壊れないか心配になる技だ。


煉獄れんごくだぁぁぁ――」


 暴れる剣を力で抑え込みながら、ユーミルが地に伏したカイム(鳥形態)に向けて走る。

 走りながら構えは大上段に。

 周囲に技のさまたげになりそうな他プレイヤーはいない。

 どころか、ユーミルのでかい声と未見の技に注目しつつ、下がってくれている状況。

 更にバフもりもり、デバフも完璧とダメージを伸ばすには最高のシチュエーション。

 が、しかし……。


「――あふん!」


 ユーミルが剣を振り下ろす直前、カイムが気絶状態から復帰して急上昇。

 風圧で吹き飛ばされ、剣がまとっていた暗黒のオーラも霧散した。

 ついでにユーミルの体が纏っていた勇者のオーラも霧散。


「ユーミルてめえ大馬鹿野郎!」

「どうして難しい状況では当てて、簡単な状況で外すのですか!」

「拙者たちの完璧なお膳立ぜんだてがぁぁ!」


 俺たちの嘆きと怨嗟えんさの声は、果たして倒れたユーミルに届いているのかどうか。

 ……届いていそうだな。

 だって、気まずそうに身動きひとつしていないもの。


「おい、黙って誤魔化そうとするな! 早く立て!」


 無駄に叫んだり、ポーズを取ったり、そもそも前段階のMP溜めにミスがなければ余裕で間に合うタイミングだった。

 見ていた周囲のプレイヤーからもがっかりとあきれが半々の声がれている。


「も、もう一撃できるよ! ユーミルさん、立って!」


 高度が半端なカイムを見て、『初級MPポーション』を投げつつセレーネさんが激励げきれいを送る。

 ポーションが命中し、初期技の『スラッシュ』……いや、ひとつ上位の『ヘビースラッシュ』くらいなら放てそうなMPになった。

 それを受けてユーミルはあわてて起き上がったが、無情にもタイムアップのシステム音が鳴り響く。


「ああー……」

「なむー」

「お、終わっちゃいましたね……」


 即座にカイムはダメージを受け付けない状態となり、ゆっくりと空に帰っていった。

 惜しくも最終形態には至らず。

 最終形態に入れば制限時間も延長されたんだけどなぁ……。


「あああああっ! すまぁぁぁん! パーティ外のみんなも、ごめんなさいいい!」


 ユーミルは平謝ひらあやまりだ。

 それに対し、内心どうあれ表立って責めるようなプレイヤーはいなかった。

 なぜなら、あんな醜態しゅうたいさらした上でユーミルがこの戦いの与ダメージトップだからだ。

 キツイ言い方をするなら、そもそもなにか言う権利はない。

 しかし、俺たちは身内なので……。




「スキル構成を見直そう。ユーミルだけ」


 ミスはミスとして責めるし、駄目な部分をそのままというわけにはいかない。

 連戦は一度控え、『ドロック山』の中腹で反省会である。

 前にカツサンドを食べたのと同じ場所だ。


「な、なぜ私だけ!?」


 ユーミルは不服そうだ。

 不服そうだが、その口調からして自覚はあるのだろう。


「さっきの戦いを振り返ってみるといいですよ。そんなこと言えないはずです」

「うっ」

「拙者たちのお膳立て……」

「ううっ」

「えっと……別の技を試してみるのも、いいかもね?」

「うううっ!」


 みんなから責められ、更に穏健派おんけんはのセレーネさんからもやんわりとさとされれば、黙るしかない。

 先程の戦いだけでなく、既にユーミルは何度か似たようなミスをしている。


「ううーっ! ハインドー!」

「涙目でうなるな。子どもか」

「だってぇ!」

煉獄弾れんごくだんを外したくない気持ちはわからんでもないが……」


 せっかく手に入れた大技、それも分類としてはユニークスキルだ。

 取得に大変苦労したという経緯も手伝い、みんなに見せたい、なるべく多く使いたいとなるのは自然な感情ではある。


「ハインド先輩……」

「うっ」


 ユーミル大好きなリコリスちゃんが訴えかけるような目をしてくる。

 どうにかしてあげてください、という純粋な目だ。


「じゃ、じゃあ、いきなり禁止はアレなんで……次に同じようなミスをしたら、一時封印。これでどうだ?」

「む……」

「お前、追い込まれると力を発揮するタイプだろ? なんか条件を付けておけば命中率も上がるんじゃないかと思ってさ」


 悩んだ末に、俺はそんな妥協案を提示することにした。

 そもそもミスが多いのが問題なのであって、『魔王煉獄弾』というスキルに問題が――ないとは言わないが。

 とにかく、当ててくれるならいいのだ。

 ユーミルが腕を組んで思案する。


「悪くない。が、決闘ならともかく! レイドだと、どうしても周囲の状況に左右されないか……?」

「そりゃ確かに、レイドは多人数なせいか誤射や進路妨害なんかも多いが」

「い、いや、自信がないわけではない! ないわけではないのだが! なんというか、その……なあ!」

「そこまでスキル構成を変えたくないのか……」


 非常にユーミルらしくない言い回しだ。

 いつもなら「やってやらあ!」と即答する場面なのだが。

 どれだけ煉獄弾を撃ちたいんだ。

 確かに、命中さえすればド派手で気持ちのいい継承スキルだけれども。


「……それなら、別のペナルティでも考えるか。みんな、なにか意見ある?」

「あ、ペナルティが付くのは確定なのだな……」


 それはもう。

 みんな一丸となってユーミルの順位を押し上げようとしているのだから、妥協だきょうは許されない。

 そんなわけで、意見をつのる。


「はい」

「はい、リィズ」


 真っ先に手を挙げたのは我が妹である。

 反応の早さと自信ありげな表情からして、妙案を期待できそうだ。


「ユーミルさんが大技を一度外す度に、私がハインドさんのほほにキスします」

「え?」

「はぁ!?」


 出てきたのは妙案というより妙な案だった。

 ユーミルのペナルティなのに、ユーミルまさかの蚊帳かやの外である。


「なんだそのお前だけが得をするペナルティは! 許さんぞ!」

「安心して好きなだけ外してください」

「安心できるか!」


 ユーミルがリィズに向かってえまくる。

 そもそも、外すほうに誘導したら本末転倒なのだが……。


「ま、まあ、その案ならユーミル先輩の命中率は上がりそうです……よね?」

「上がりまくるわ! 1000%になるわ!」


 リィズの奇案にサイネリアちゃんも半笑いだ。

 採用なるかどうか、みんなの反応は……。


「その、効果はありそうですけど……反対です」

「すーっごいパーティ内の空気がギスギスしそうですねー。私も嫌ですねー。はんたーい」

「わ、私も反対かな……」

「拙者は見ている分には笑えるから、別にいいでござるよ?」

「部外者は黙っていろ!」

「拙者もパーティメンバーだけど!?」


 反対多数で否決のようだった。

 リィズもそうなることはわかっていたのか、無理にねばる様子はない。

 だったらなんで提案した……?


「いや、ユーミルのペナルティで俺やリィズがなにかするのは変だから……他になにかない?」

「はいはーい」

「……はい。シエスタちゃん」


 既に嫌な予感しかしないが、シエスタちゃんが手を挙げたので意見をうかがう。


「ユーミル先輩がミスする度に、先輩が一枚脱ぐ。これでしょー。これしかないなーい」

「お、それなら私もいいぞ!」

「よくねえよ」

「先輩が私に振り込んだ場合も脱いでくださいね? 飛んだ場合は服も全部パージで」

「それもうただの脱衣麻雀(マージャン)じゃん」

「???」


 ユーミルとシエスタちゃんがエア麻雀を始め、ポンだのチーだのと言い合う。

 見守る面々も意味はわかっている顔で、わかっていないのはリコリスちゃんだけである。

 振り込み? 飛ぶ? と頭をひねり、サイネリアちゃんがこっそり教えてあげるいつものパターン。

 脱衣うんぬん以前に麻雀のルール自体を知らない感じだ。

 話が変な方向に行きすぎているので、むしろリコリスちゃんの反応のほうが正常ともいえる。


「そもそもなんで俺が脱ぐの? おかしいって言ったよね? ユーミルのペナルティだよ?」

「大丈夫ですよ。パンツまでは脱がなくていいですし、撮ったスクショはドット絵風に加工しておくのでー」

「どこが大丈夫なのか、全然わっかんねえ……」

「麻雀が嫌ならブロック崩しでも――」

「そういう問題じゃないから」


 シエスタちゃんのエアはいを持つ手つき、確実に経験者のものである。

 家に雀卓じゃんたくがあったりするのだろうか?

 ……あの家なら、全自動の雀卓くらいありそうだな。

 にしてもシエスタちゃん、女子中学生の発想じゃないよ。オッサンかな?


「はいはい」

「なんだトビ」


 もう流れが悪いしトビがそれを断ち切ってくれる気はしなかったが、一応聞いておく。


「ハインド殿が脱ぐ様子を想像したら、気持ち悪くなったのでござるが? 謝って?」

「知らないよ。俺のせいじゃないし」

「……もうユーミル殿がミスする度に、晩のおかずが一品減るとかでいいのでは?」

「!?」


 トビは「うえー」と舌を出しつつ、投げやりな意見をひとつ。

 それを聞いたユーミルは今日一番の絶望顔でトビと俺を見る。

 ……意外といい意見だな。悪ノリせず軌道修正してくれたのも意外だ。

 ただ、ちょっと気にかかる点がある。


「あー、そういう実害が出そうなのはちょっとな。精神ダメージ程々で、それでいて後腐あとぐされがないやつがいいんだけど」

「――」


 ユーミルが同意するように激しくうなずく。

 ペナルティといっても緊張感を呼び起こしたいだけで、ユーミルを傷つけたいわけではない。

 健康を損なうような罰は駄目だ。

 トビが腕を組んで首をかたむける。


「難しい注文でござるなぁ」

「でもその案、一部採用にするわ。他に案もないようだし」

「!?」


 さすがにそろそろ結論を、ということもあって俺はペナルティを決定した。

 まず間違いなく、ユーミル以外からは反対されないだろう内容である。

 一部採用と聞いたユーミルがすごい顔でこちらを見ているが、ともかく発表。


「最近、ちょっと動物系の肉が多かったからさ。ユーミルがミスする度に、動物系たんぱくを植物とか魚介に置き換えることにする」

「え? なにそれ? そんなの、別に効果なくないでござ――」

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ! ハインド! お前! この外道げどう!」

「――あ、そうでもないのね」


 滅茶苦茶効いていた。

 ユーミルの抗議の叫びを聞いたトビは納得した様子だ。


「ユーミルがしっかり嫌がるペネルティな上に、健康促進にもなるから悪くない」

「そうですね」

「異議なしでござる」

「うん」

「いいと思います!」


 罰とも言えないペナルティの内容を聞いて、みんなからの反対意見はなし。

 先程まで、かわいそうだと反対していたリコリスちゃんも納得といった様子だ。

 ちなみにこれらは、現実側での食事の話である。

 先程から栄養面の話をしているので、当然といえば当然だが。


「ということで、これに決定!」

「おい、ハインド! 確か、今日の夕飯の予定は……」

「ハンバーグだな。心配するな。失敗しても牛が大豆だいずに置きわるだけだ」

「嫌だぁぁぁっ! いくら豆腐とうふハンバーグが美味うまくても、私は牛100%のほうがいいんだぁぁぁ!」


 寝転がって元気にジタバタと地面の上を跳ね回るユーミル。

 まだまだスタミナには余裕がありそうだ。


「見た目ダークエルフなんだし、エルフらしく菜食主義に染まればいいじゃないか」

「むしろ黒エルフは肉食なイメージなのだが!? 僧侶と破戒僧の破戒僧側みたいな!」

「要はバーストエッジやら煉獄弾を外さなきゃいいんだ、外さなきゃ。ほれ、休憩終了。次の戦いに行くぞー」

「もぉぉぉぉぉぉ!」


 こうしてプチ反省会を終えた俺たちは……。

 牛のような声を上げるユーミルを引っ張り、次のレイド戦へと向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
安易に1位に行かずにちょいちょい不調を挟み、一つずつ対策してくのが丁寧で。 しかし大技外しは大罪ですね。
[一言] >ユーミルがしっかり嫌がるペネルティ “ペナルティ“では? 誤字報告受け付けてなかったのでこちらで
[一言] > 私は牛100%のほうがいいんだぁぁぁ! 豚との合挽きが一番美味いと思う。
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