緊急アップデート
お知らせ冒頭にはまず、今レイドイベントにおいてプレイヤーから多数の意見があったため緊急で修正する旨。
それから新要素・新システム多数実装、それに伴う説明不足により、混乱を招いたことへのお詫びが綴られていた。
「ふむふむ……」
確かに導線の甘さというか、特にアイテム備蓄を促す「予兆」のようなものが足りなかったように思う。
現実の世界における災害は予測が難しく唐突なものだが、そこはゲームの世界。
事前に準備できる猶予があれば、もっと不平不満は減っただろう。
例えば「次回イベントでは回復アイテムが重要になります!」みたいな予告というか、一文さえあればなぁ。
全く同じイベント内容でも、かなり心証が違ったのではなかろうか?
「見えん!」
食器を洗い終えたのか、後方から画面を覗く未祐がもどかしそうな声を上げた。
視線を向けると、いつの間にか理世もその横に立っている。
机の上には湯気を立てるカップが置かれていた。いい香りだ。
「――っと、コーヒーありがとうな。理世」
「いえ」
「未祐も食器洗いありがとう」
「うむ!」
二人は俺の肩にほぼ同時に手を置くと、至近距離で頭上からこちらの手元に目を凝らす。
……なんでだよ。なんでそうなる。
「近いです未祐さん。無駄に長い睫毛がくっきり見えて不快です」
「なんだと! お前こそ、ええと、ええと……お人形さんみたいな顔をして! もっと表情筋を動かせ!」
「なにその変なやり取り」
思わず、といった様子で秀平がツッコミを入れる。
喧嘩すると俺に叱られるからか、直接的な暴言を避けた結果だろう
婉曲的に褒めあう形になってしまっている。
両者はそれに気がついた瞬間、苦虫を噛み潰したような顔だ。
「そもそも集まってくんな。無理があんだろ、三人でひとつのスマホ画面って」
それにしても、こいつら互いの容姿の良さは認めていたんだな……などと考えつつ。
一旦スマホを置いて、睨みあう二人を手で物理的に遠ざける。
「ほら、散った散った」
「羽虫のような扱い!」
俺の払うような手振りが気に入らなかったのか、未祐が歯噛みする。
とはいえ、大人しく昼食を食べていた席に戻るようだ。
「それだとわっちは誘蛾灯かな?」
「誰が蛾だ!」
「せめて蝶と言いなさい。蛾は秀平さんだけでしょう」
「が、蛾と蝶の区分は曖昧だって聞いたし……」
余計なことを言った秀平がカウンターを受ける、いつものパターンである。
そして誰が誘蛾灯だ。そんな怪しげな光を発した覚えはない。
未祐と理世は席に戻ると、自分たちのスマホでお知らせのチェックを始めた。
俺も借りていた秀平のスマホを返し、自分のスマホでTBの公式HPにアクセス。
……それから数分後。
「……なるほど」
あらかた読み終え、コーヒーを空にしたところで俺は顔を上げた。
先にお知らせを読んだであろう秀平は別として……。
未祐と理世の二人も同様なようで、なにから話そうかといった表情。
「これでマッチング問題は解決ですね」
「相変わらず山に行く必要はあるみたいだけどな」
最初は理世が切り出したマッチングについて。
お知らせには「レイド開始人数に満たない地域では、別フィールドの参加者と合同になる」とされている。
人が少ない地域のプレイヤーが、一時的に参加人数の多いフィールドに転移、という形を取るらしい。
つまり、俺たちは今まで通り王都から最寄りの『ドロック山』に通えばいいということになる。
もっとも、ログアウト前の状況を鑑みると戦闘開始時には別の場所に飛ばされている可能性が高いが。
「これで参加人数は揃うだろうけど、質の低下はちょっと心配じゃない?」
「まあ、そこは頑張るしかないだろ。今までだって大半が野良には違いないんだし」
秀平の懸念は、参加可能レベルギリギリで来るだろうプレイヤーたちが戦力になるのかどうか、という話だ。
ゲームスタート地点であるグラド帝国の地域と合同になった場合、初心者が混ざりやすい。
とはいえ、『ドロック山』に初・中級プレイヤーがいなかったかといえば否である。
幸い俺たちは常に八人で参加できているので、最大五十人のレイドに及ぼす影響はそれなりになる。
全体のおよそ六分の一だからな。
「そうだな! 上位プレイヤーで! ランカーの! 私たちが! 引っ張ればいい話だろうっ!」
「すごいでかい態度」
「語気が過剰に強い」
「鼻息が荒いですよ。イノシシ娘」
三人で未祐に半眼を向けるが、一方で「それくらいの意気で臨むのもありかも……」と思える。
キャリーするとまで行かずとも、今後のレイドはユーミルが与ダメ1位を取り続けないと逆転は厳しい。気合は大事。
……と、レイドイベントのマッチング関連についてはこの辺にして。
「継承スキルの装備枠拡張! これもいいな!」
今回の主要なアップデートは三つあるそうで、継承スキルについては二つ目だ。
内容は未祐が言った通り継承スキル装備枠拡張である。
今までは一枠だったものが、アップデート後から二枠になるそうだ。
アプデ後からは継承スキルを二つセットして戦闘に臨める。
「近接職はカイムの特性のせいで、対空スキルが必須になっていたもんな」
「これで多少は自由度が増したねぇ」
俺の言葉に秀平がしみじみとうなずく。
掲示板でも「せっかく習得した他の継承スキルが使えない」という意見が散見された。
それだけ運営に多く要望が寄せられていたのだろう。
「増えた箇所には、落下時に放てる大技か――」
「MP消費軽減スキル、あるいは消費に対して効果が高いスキルでしょうか」
「――今の状況だとそうだな」
もちろん落下回数を稼ぐため、対空スキルを二つセットするのもありだが。
落下時はカイムの被ダメージが増える仕様があるので、そのタイミングでの大技はスコアがよく伸びる。
また、理世が言ったような継戦能力が上がる選択も有用に違いない。悩みどころだな。
「HP消費技とかでもいいな!?」
「そうだな。みんな枯渇しているのは、どちらかというとMPポーションだから」
当然、一時的にせよHPを自発的に減らせば戦闘不能になるリスクは上がるが。
着眼点が未祐らしい。
その戦法を取るなら保険として、戦闘不能を回復する『聖水』の準備も重要になる。
「で、最後が……」
アプデ三つ目。
それに触れた瞬間、三人とも微妙な顔になる。
多分、俺も似たような表情になっていると思う。
「カイムの最終形態追加……」
「まさかのレイドボス強化ってアホでしょ。この状況で……」
「これは……どうなのでしょう?」
「なんだ? 更に巨大化でもするのか?」
アイテム枯渇で気持ちよく戦えないところに、この追加はどうだろう?
見た瞬間はそう思ったのだが、どうやら運営も心得ているようで。
俺たちは改めて詳細を読みつつ、形態追加の影響を予測する。
「……総合スコアの条件がかなり厳しいから、どのみち弱いメンバーだと突入不可なんじゃないか?」
「だね。それに突入した時点でボーナススコア加算って書いてあるから、今までより稼げないってことはないのかぁ。むしろ得?」
「いずれにせよアプデ前のほうが稼げた、ということはなさそうですから。そこまで不満は出ないでしょうね。前半戦で全力を出したような、日程が合わない人からの文句はありそうですが」
「むむ? 色々あるようだが、とにかく……さほど問題なさそうだな!」
とまあ、よくよく読めばイベント的にはおまけのような追加要素らしい。
アプデ前と比べて難易度が上昇するわけではないようだ。
むしろ「最終形態発動を狙って、更に稼いでね!」という終盤のボーナスタイムのような雰囲気。
――と、うんうんとうなずいていた未祐がスマホを置いて挑戦的な笑みを浮かべる。
「話していたら続きをやりたくなってきたな! 早速再ログイン、行くか!?」
「……実地で継承スキルの組み合わせを考えたいところですね」
「そうだな。食休みが済んだら行くか」
「よーし! 俺もやる気が再燃してきたぜ! 行こう行こう!」
話が終わったということで、秀平が椅子から立ち上がる。
しかし、俺たちはそれに続かず黙って視線を送った。
「……」
「……あれ?」
「いや、お前は一旦家に帰れよ。VRギア持ってきていないだろ」
「あっ!?」
そう、秀平は特になにも持たずに我が家を訪ねている。
元から午後の部としてみんなでインする予定はあったが、食後すぐというのは想定していなかったのだろう。
急なアプデ情報を前に、昼食が済んだら帰るつもりだったことが頭から飛んだな?
未祐と理世が俺の声に続く。
「そうだ、帰れ帰れ! 食休みが終わったら、お腹が痛くならない程度の速度で帰れ!」
「コーヒーを飲み終える時間くらいは差し上げます。お帰りいただくことに変わりはありませんが」
「ヤダ、この子たち微妙に優しい……」
「気持ち悪いしなを作るな」
突如オネエと化した秀平が帰ったのは、それから軽く三十分ほど後のことだった。