レイド終盤の変事
「ダメだ、人こねえ」
時間が悪いのか、はたまたイベント終盤という時期が悪いのか。
俺たちがこもる『ドロック山』の山頂は閑散としていた。
……プレイヤーが多いグラドなら、こんなこと起きないんだろうけどなぁ。
「これは移動でしょうか?」
リィズも俺に倣い、周囲を見回しながらつぶやく。
先程までいた顔見知りのプレイヤーたちも、そうでない人たちも山を下りていってしまった。
暇すぎてシエスタちゃんなんて、セレーネさんに寄りかかって船を漕ぎ始めている。
「いい感じに体が温まってきたのに!」
「過疎ゲーならともかく、TBのプレイ人口でマッチ不成立を経験するとは思わなかったでござるよ」
「うー。なんだかもどかしいです!」
前衛三人は余る体力と、度々集中が削がれる現在の状況に不満げだ。
戦闘の間が開きすぎると、気持ちを入れ直すのが大変らしい。
その辺りは、直感的な動きが少なくて済む後衛にはない悩みだ。
「アイテムの貯蓄がありそうなのは上級者だろうし、もっと高レベルフィールドに行くしかないか……と、その前に」
「?」
ユーミルが不思議そうな顔を向けてくるが、気がついていないのだろうか?
ログインしてから、俺たちはバフ目的で食事をゲーム内で三回摂っている。
だというのに、いまひとつ力が出ないという事実に。
「現実のほうの昼食、俺たちも食べないとな」
「あ」
そう、俺たちは腹が減っている。腹が減っているのだ。
セゲムの食事風景を見ている場合ではない。
ゲームの食事をいくら摂ろうとも、現実側にある肉体の腹は満たされない。
言われて空腹を自覚したのか、腹を押さえたユーミルの手の下からかわいらしい音が「くぅ」と鳴る。
「か、解散! 一旦解散だっ!」
照れるユーミルをセレーネさんが優しい笑みで見守っている。
シエスタちゃんをサイネリアちゃんが起こし――現実時間で、今は13時。
昼食には少々遅いくらいの時刻だな。
「……昼飯どうするか、めっちゃ迷うな」
キッチンの前で、俺は頭を悩ませていた。
なにせ、すでにゲーム内で三食だからな……腹は膨れないが、非常に選択肢は狭められている感。
「カツサンド!」
「それはさっき食べただろ」
「ゲームは別腹!」
「正しいんだけど、脳が近い味を拒絶してるんだわ。未祐は平気なのか? 飽きるだろ?」
「むぅ、言われてみると確かに。美味しかったから、つい!」
栄養的には、朝が菜食中心だったのもあってカツサンドでも問題ない。
ただ仮想空間込みの話とはいえ、同じような味の食事を連続で、というのは嫌だ。
現実でも食べたいくらい気に入ってくれたのは嬉しいけどな。
「理世はなにがいい?」
「そうですね……」
問いかけに、理世は小さく唸りながら考える。
……いつも思うのだが、そこまで真剣に悩まなくてもいいのに。
未祐のように軽い気持ちで答えてくれればいい。
採用できるかは材料次第だが。
「……ナポリタン」
「お、いいな。材料もちゃんとある」
「あ、いえ、あの」
そんな考えが通じたのか、理世にしては思いつきがつい言葉に――といった様子のつぶやきを漏らす。
パスタよし、ケチャップ買い替えたばかり、玉ねぎ、ベーコン、ピーマンもストックがある。
ついでに調理時間もそれほどかからない。いいじゃないか。
「カツサンドからの連想か!? 喫茶店メシ繋がりか!? 意外と単純なところあるな! いつも難しい顔をしているくせに!」
「ちっ。うるさい人ですね……」
ああ、こうなるのを察して発言を引っ込めたかったのか。
とはいえ、俺の手はもう材料を揃えて調理の準備をはじめている。
「喧嘩すんな。いいだろ、ナポリタンで」
「いい!」
「……お願いします」
空腹は人を苛立たせるのだ。
満腹になれば、多少はこいつらも大人しくなるだろう。
……なるといいな。
「――お?」
それは調理を開始してすぐ、湯が沸く少し前のことだった。
インターフォンが鳴り、俺たちは顔を見合わせる。
誰だろう? ……今の段階だったら、未祐や理世に頼むこともないか。
難しい工程は特にないから。
「俺が出るよ。理世、ちょっと火の番を頼む」
「わかりました」
「私は!?」
「未祐はサラダの取り皿出しといて」
「合点!」
応答ボタンを押すと、俺が声を出すよりも姿を確認するよりも早く来客のほうから話しはじめた。
『わぁぁぁぁっち! 俺俺、俺だよ! 愛しの秀平ちゃんだよ!」
「帰れ」
モニターを見るまでもなく秀平だった。うるさい。
なんのつもりか知らないが、ログアウトしてすぐこちらに向かってきたようだ。
ちょうど津金家からわが家へ、早足で辿り着く程度の時間が経過している。
『待って待って! ログアウトしたら家に誰もいなくてさぁ! 母ちゃんも父ちゃんも姉ちゃんも、俺の昼飯用意せずに黙って出かけちゃったみたいなんだよ! ひどくない!? ひどいよね!? 絶対三人で外食コースだよ、アレ! 俺だけ除け者かよぉ! 書き置きすらないんだけどぉ!? どゆこと!?』
「……」
『ってことで、昼飯プリーズ! 間に合うように速攻で来た! まだだよね!? 是非に! 混ぜて! 岸上家の食卓に俺も混ぜて! 混ぜてぇぇぇ!』
つまり、秀平が起きたら家に誰もいなかった。
昼飯どうしよう? ――そうだ! わっちの(以下略)という思考を辿ったようだ。
俺は溜め息と共に返事をする。
「……わかった。いいよ。待ってろ」
『マジ感謝! 大感謝! 秀平春の大感謝祭り!』
こういうケースは、別に珍しいことではない。
未祐も理世も、文句は言うだろうけど追い出したりはしないだろう。
台所を出て玄関の扉を開ける。
急いで来たのと捲し立てたせいで、息が上がっている秀平の姿が視界に入った。
「――シンプルにうざったい。つっこむ気も失せるわ」
「そんなことを言いつつ、開けてくれるわっちが大好きさ!」
「……言っておくが、メニューの文句は受け付けないからな。量が足りないとかも」
「わかってらぁ!」
そうは言いつつも、急いだだけあって本当にタイミングがいい。
具の炒めも麺の茹でもこれからなので、今なら量の調整が利く。
「ちゃんと洗面所で手を洗ってから来いよ」
「おうよ! 洗面台を泡まみれにしてくるぜ!」
「どんだけハンドソープを消費する気だ。使用料請求すんぞ」
くだらないやり取りをしつつ、秀平は洗面所へ。
こちらは未祐と理世が待つ台所へ。
三人前を四人前に変えて、俺は手早くナポリタンを完成させた。
――それから、軽く三十分ほど後。
「ふいー、満腹満腹」
楊枝で歯の隙間をつつきながら、秀平が足を組みつつスマホを取り出す。
見たことがある訳ではないが、飲み屋のオッサンみたいな雰囲気だ。
テーブルに肘をついており、体は斜めっている。
「行儀悪いな、おい」
「スマホを見ていないで皿ぐらい片付けろ! アホ忍者!」
「えー。でも、それってあなたのお仕事ですよね?」
「殴りたい!」
食器を下げつつ、秀平を睨みつける未祐。
一方、理世は我関せずで食後のコーヒーを用意してくれている。
バレンタインにコーヒーを淹れてくれて以降、よく見る姿である。
「兄さん。お砂糖は?」
「今日はいいや。ブラックで頼むよ」
「はい」
慣れてきたのか段々と味も手際もよくなってきており、理世の腕がどこまで成長するのかというのが、俺の密かな楽しみとなっている。
――マスターはともかく、俺程度はすぐに追い抜かれそうだ。
バリスタ理世が爆誕する日もそう遠くないかもしれない。
「おん!?」
「どした」
腹が満ちたことで、若干の眠気に苛まれつつ。
素っ頓狂な声を上げた秀平に、瞼が重くなった目を向ける。
「……」
「いや、本当にどうした?」
急に黙り込んだ秀平を見て、閉じ気味だった目が少し開く。
秀平はスマホを見つつ、目が右に左に。
どうやらなにか文章を読んでいるようだ。
応える余裕がなさそうだったので、それ以上の質問は控え、秀平のほうから話すのを待つ。
「……わっち。俺ら、いいタイミングでログアウトしたかも」
「どういうこった?」
ようやく口を開いたかと思えば、意図の読めないことを言う。
秀平はまたも応えず、黙ってスマホの画面を俺に見せた。
そこには――
「輝度が高いな。目が痛い」
――眠たい目にはキツイ、強く光った画面があった。
「いやいや、そういうのいいから! 早く見てよ!」
「わかったわかった」
秀平がお怒りなので、スマホを受け取り改めて画面を見る。
するとそこには――
「緊急アップデートのお知らせ……?」
――と書かれた、TB公式ページが表示されていた。
現在時刻は14時、お知らせが出された時刻は13時30分。
おおよそ、俺たちが遅めの昼食を食べはじめた頃の告知だったようだ。