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プロゲーマーたちの食生活

 俺の意見に半分正解と答えたトビは、ちらりと現実側の時間を確認。

 釣られて見ると、正午少し前を表示していた。

 ……あ、ちなみに今日は暦の上でも休日である。

 だというのに、相変わらずレイドは始まらない。

 五分経っても始まらない。


「ハインド殿、食事を!」

「あ?」


 TB内の食事は現実世界とリンクしていない。

 いないが、確認すると満腹度も下がり、前回分の料理のバフ効果も消失していた。

 急な要請に面食らったが、食事にしてもいいタイミングだろう。


「……ああ、いいけど」

「手伝います!」

「ありがとう、リコリスちゃん」


 場所はここではまずいので、レイドバトルの受付をキャンセルして広場を出る。

 というか、キャンセルした時点で頂上広場から追い出された。

 景色が歪み、押し出されるように足元が滑る。


「うぐっ」

「――うおっ!? わはははは!」


 個人差もあるようだが、俺はこの感覚がちょっと苦手だ。

 ユーミルはそうでもないらしい。笑っている。

 ……頂上から少し下ったところに小さな広場があるので、そこで食べよう。

 このイベント中、時間によってはプレイヤーでごった返していたのだが……。

 先程、野良レイドの必要最低人数に達しなかったことからわかる通り、今は過疎気味なので――ああ、やっぱり人があまりいないな。

 やはり、ここで食事にするのがいいだろう。


「バフが無駄にならなきゃいいんだが」

「大丈夫でござるよぅ。まだ登ってくる集団が見えるでござるし」


 ここからは山の中腹にある登山道が見える。

 トビの言う通り、待てば何戦かやれそうだ。

 その後が続かないようであれば、別フィールドへの移動も視野に入れなければならないだろうけれど。

 ……そんなことを考えつつ、インベントリからバスケットを取りして開ける。


「おおっ!? カツサンドか!?」

「キラーボアのヒレカツサンドだ。サラダサンドも添えて」


 バスケットは二つあるので、一つはリコリスちゃんに渡す。

 あっちはヒナ鳥とセレーネさんの四人で。

 こっちは残りの四人で食べればいいか。

 MP回復や使用MP軽減系の食事ではないが、HPリジェネの効果があるため回復の手間を減らせる。

 次戦はいいとして、その次の戦闘ができるかどうかは不透明だからな。

 MP回復系のフルーツサンドだけは後回しにしておこう。


「魔物肉! 掲示板の書き込みを見てり入れたのか!?」

「いや、偶然。臭み消しが上手くいってなかったんだけど、例の魔力水をちょっと使ったら……な?」

「大丈夫なのか!? それ大丈夫なのか!?」


 まだリィズに飲まされた毒がトラウマなのか、いつもは一番に手を伸ばすユーミルが尻込みする。


「ハインドさんが出す食事に危険があるわけないじゃありませんか。いただきます」

「あっ!」


 代わりに手を伸ばしたのはリィズだ。

 こういうパンチの効いたガッツリ系メニューは苦手なはずだが、ゲームが故に胸焼け・胃もたれの心配はない。

 小さな口を精一杯開けてかじりつく。


「……美味おいしいです。お肉が柔らかいですね?」

「だろ。味はイノシシ肉というよりも、完全にお高い豚肉と一緒だな。脂身が極端に少ないのは、好みが別れるところだろうけど」

「わ、私も食べる!」


 なんともなさそうなリィズの様子を確認するや否や、ユーミルが動き出す。

 もちろん手を伸ばした先には、カツサンド――中でも、肉がはみ出し気味の大きなやつだ。

 リィズが小さな声で「共食い……」とつぶやいたが、ユーミルは聞こえないふりである。


「ちゃんとサラダサンドも食べろよ」

「カツサンドに入っているキャベツで充分!」

「じゃねえよ。食べろ」

「……うい」


 ここはゲームだからと譲っていい場面ではない。

 あまり甘い顔をしていると、現実側でまで癖になりかねないからな。

 バランスよく食べてもらわないと。


「――お、きたきた!」


 サンドイッチを頬張りつつ、行儀悪く動画を見続けていたトビが声を上げる。

 ゲームの仕様を利用して画面を投げつけてくる。

 一瞬、叩き返してやりたい衝動に駆られたが、話が進まないので受け取っておく。


「見るでござるよ! この凄惨せいさん極まる光景を!」


 トビの大仰な言葉に視線を戻すと、ジェイジェイがプロテインバー?

 シリアルバー? バランスバー? のようなものを齧っている様子が映されていた。

 呼び方は様々だが、一本で栄養を補える! 的なキャッチフレーズが付いた系統の食品だな。

 俺はあまり食べないが、忙しい人に重宝されている商品だろう。


「凄惨? これのどこがだ?」


 普通の食事光景としか受け取れず、ユーミルも俺たちも困惑の視線をトビに向ける。

 精々、もっとちゃんとしたものを食べてはどうか? と思う程度だ。

 ジェイジェイ以外のメンバーも似たような食事か、デリバリーのピザやレトルト食品などを食べている模様。


「拙者、偶然、先週も同じような時間にこの配信を見たのでござるが」

「うん」

「これとほぼ同じ食事内容だったでござる!」

「え」


 しかし、続くトビの言葉で俺たちは凍り付いた。

 こんな内容の食事を頻繁に……?


「それはだめだろ……」

「野菜が足りんな!」

「塩分と糖分が多いです」

「油分も」


 シリアルバーやレトルト食品は日々進化を続けている食品の一つだろう。

 もしかしたらそれひとつで充分という可能性もあるし、それに加えてサプリメントを少々で健康維持できるのかもしれない。

 かもしれないが、この人たちの食事内容だと……。


「太るぞ、これ」

「太るな!」

「太りますね!」

「ですねー」


 俺、ユーミル、リコリスちゃん、シエスタちゃんの声がほぼ同時に発せられる。

 栄養素が足りていても、油とカロリーが過剰な気がしてならない。


「レトルトもデリバリーも美味しくなったけどね……」

「美味しいは太りま……いえ、美味しくて太らないは手がかかる、ですね」

「そう、ですね。私も最近は特にそう思います」

「ふはははは! 我が意を得たり!」


 セレーネさん、リィズ、サイネリアちゃんも口々に感想を述べた。

 望む反応を得られたからか、トビはご満悦だ。


「で、結局どういうことだ? もしかして、セゲムに料理できる人って」

「いない!」

「メディウス」

「できない! ヤツの数少ない欠点!」

「ルミナスさん」

「論外! メシマズ!」

「外国人組」

「見た感じできてない! この部屋、キッチンも備え付けでござるよ!? なのに、多分一回も使ってねえ!」

「……」


 もしかしたら、画面外にいる動画などの編集担当をしている「Pさん」と呼ばれている人ならできるかもだが。

 キッチンの様子を聞く限り、その人も料理スキル皆無な可能性は高いだろう。


「つまり、あれか? お前が言いたかった彼らの弱点って」

「料理で差をつけろ! もとい、差を縮めろ!」

「ふっざけんな! もうやってんだよ! 今、お前だって食べただろうが!」

「バカな……忍者マンと発言内容が被る、だと……!?」


 俺たちが話す横で、ユーミルが愕然がくぜんとしている。

 それもそのはず、トビが出した結論は昨日ユーミルが口にした内容と同じだった。


「ま、まぁまぁ。要は現状維持で追いつけるって言いたかったのでござるよ! 現実であのていたらくでござるから、TB内の料理もたかが知れているでござろう?」


 ただ、トビの視点はセゲムの実情を知るが故のものだ。

 ユーミルのように、掲示板を見てなんとなく言ってみたのとは違うだろう。


「確かにこの終盤戦、アイテム枯渇で料理の重要度は上がっていくわけだが……」

「そうでござろう! あ、さっき撮った料理の写真、使っていい? できれば現実でハインド殿が作った料理の写真も! 後でいいから、数点欲しいのでござるが」

「いいけど。そんなのどうすんだ?」


 後でと言わず、今渡してしまおう。

 TB内で作る料理に迷ったり、レシピをど忘れした際に思い出せるよう、保存しておいた写真がいくつか手元にある。


「お、感謝感謝。で、この写真たちを……」

「え? 送信すんの? ……誰に?」


 トビの動きを見守っていると、どうやら写真を送信するようだった。

 別に料理の写真なので、どう扱ってもらっても構わないが……。

 写真を送り終わったトビは、セゲムの生配信がついたままの画面に視線を戻す。

 俺も同じように画面を見ると――VRギアを外したルミナスさんが、そわそわとスマートフォンを確認する様子が映されていた。

 まさか、こいつ……。


「いぇーい、ルミちゃーん! 見てるぅー!?」

「え? セリフおかしくないです? トビ先輩、配信画面に向かってピースサインしていますけど? 送った写真は見えても、TB内の姿は見えませんよね?」

「忍者マンは頭がおかしいから、仕方ないな!」

「いや、っていうか……まあいいや」


 トビの言葉はツッコミどころ満載だが、細かく指摘すると俺が被害を受けそうなのでやめておいた。

 ピュアなリコリスちゃんに変な知識を植えつけることもあるまい。そのままの君でいて。

 ……ゲーム内ブラウザで開いた、他社のメールサービスプラットフォーム。

 そこからルミナスさんのスマホへ、トビのメールが着信といった流れのようだ。

 ――どんな文面を添えて料理の写真を送ったのか、配信内のルミナスさんはスマホを柔らかいソファに全力で叩きつけた。

 そのまま部屋を出ると、キャシーの横に移動してサンドバッグを叩き始める。


「……おい。いいのか? これ」


 この配信は音声控えめなので、そこまで明瞭に聞き取れたわけではないが。

 サンドバッグを叩くルミナスさんからは「くたばれぇ! バカイトォォォッ!」と叫んでいる声が聞こえたような聞こえなかったような。

 重そうなサンドバッグが縦に揺れている。怖い。


「いいのでござるよ。これも盤外戦術ということで!」

「そうかい。冷静さを欠いてくれるならともかく、かえって怒りで火がかないか心配だけどな……」


 結局のところ、今のまま粘って戦おう! というのがトビの言い分らしい。

 確かにじわじわ追い上げてはいるが、イベント最終日までに逆転が間に合うかどうか微妙なところだな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メディウス達の悲惨すぎる食事情を見た渡り鳥の面々の反応が面白かったです 最初は「で?これが?」だったハインド達が「このような食事を頻繁にしている」と知った時の凍り付き方は特に(笑) と…
[良い点] 主人公周りは現実とゲームのバランスがいいからなぁ しかも基礎スペック高いからどこでも重宝される! [一言] プロゲーミングチームで体作りもできるジムあるなら料理出来るトレーナーぐらい雇え(…
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