耕作とギルドホームへの来客
土を撒き終わった後は固い部分を耕し、盛り上がった部分を均してと続けている内にあっと言う間に時間が過ぎていく。
途中からは自分達の分の作業を終えたセレーネさんとリコリスちゃん達が合流。
「耕せオルゥアアアアッ!」
「へあああああっ! 秘技、分身耕作! はっはっは、これで二倍の効率ぅ!」
「トビさんが増えたっ!? わ、私も負けません!」
「ならば私に続けリコリスぅぅぅ!」
「はいっ! たああああっ!」
ユーミルとトビ、加えてリコリスちゃんは終始とてもうるさい。
とはいえうるさいだけでなく最も働いているのも事実で、三人の居る区域は雑ながらもハイペースで耕作が進んでいく。
土に空気が含まれるから、高く巻き上げているのが一概に無駄とは言い切れないのが何とも。
「ハインドさん、三人の後ろに付いて丁寧に均しているセッちゃんが不憫なんですが……」
「そう思うんならリィズ、手伝ってきて――あ、サイネリアちゃんが気付いた」
そして仕事が丁寧な二人が勢いよく進む三人の後ろを追従するという、機能的な分業が成立した。
サイネリアちゃんは気が回る良い子だなぁ……。
「サイが居なかったらとっくに私達三人はバラバラですし、渡り鳥における先輩みたいなもんですよ?」
「……シエスタちゃん、気配を消して背後に立たないでおくれよ。あと、前にも言ったけどサラッと読心するのやめて」
「悪霊退散ッ!」
突如リィズが俺の背後へと向けて、握った土を飛ばして攻撃した。
しかしリィズの行動をシエスタちゃんは予想していたかのように、ヌルッとしたスローながらも滑らかな動きで綺麗に躱した。
「当たりませんよー、そんなもの」
「ちっ……! 逃がしませんっ!」
まあ、農業区はどうせ安全エリアなので当たってもダメージ自体は無効になるのだけど。
スキルや攻撃そのものは可能なのだが、それらがプレイヤーにヒットしてもダメージは一切入らない。
安全エリア導入前は、リィズがユーミルに膝カックンをしたら微量のダメージが入っていたんだよな……今となっては懐かしい仕様だ。
そのまま二人は土の投げ合いをしながら俺から遠ざかって行ったので、関わらずに放っておくことにした。
どうせどっちも体力ないから直ぐにバテるだろう……ああやって投げていれば土も混ざるし、別にそれでいいや。
俺は鍬を握り直すと、その場の土を再度耕し始めた。
自分の担当エリアを丁寧に丁寧に、単純作業は根気が大事。
それから暫く鍬を何度も振り下ろすこと小一時間、ようやくこちら側の土も完成に至る。
暑さにどこまで耐えられるのかは分からないのだが、取り敢えず一般的な薬草関連を植えてみた。
ゲームなので同じ物を植え続けても連作障害は起きないし、生育も物凄い速度で進むらしい。
現実のように余り細かいことを考えなくても、ある程度さえ出来ていればそれで上手く行く筈だ。
全体に適量の水を撒き、今夜の作業はここまでとなる。
「はい、終了ー。みんなお疲れさん」
「「「お疲れさまー……」」」
泥だらけの姿で皆が返事をしてくる。
ゲームのアバターに付いた汚れに関しては、一定時間経過するかステータス画面のクリーニングというボタンを押下することで元の状態に戻すことが可能だ。
が、疲れたのかどのメンバーも泥汚れをそのままにして座り込んでしまった。
重労働だったしな、仕方ない。
現実にはゲーム内の肉体的な疲労は持ち越さないけど……あ、そうだ。
「昨日の内にプリンを作っておいたんだけど、食べる?」
「「「食べるぅーっ!!」」」
「あ、あの、えと……た、食べるー……?」
セレーネさんだけ乗り遅れたものの、満場一致でおやつにすることに決定。
まぁ、このプリンだって食べたからといって現実でのお腹が膨れるわけではないけれど。
精神的な疲労は癒されるということで、俺達は休憩のため農業区を出てホームへと戻ることにした。
ホームの門が見えてきたところで、俺達は異変に気付いた。
誰かがギルドホームの門の前に立っている?
それを見たセレーネさんがオロオロし出した。
なのでヒナ鳥達と後ろに下がってもらい、俺達は人影の正体を探りに先行して進む。
近付くに従って、徐々にその姿に見覚えがあることに気が付いた。
「ハインド、なんか大きいのと小さいのの背中が見えるんだが?」
「ああ。しかも二人とも馬鹿でかい武器を背に担いでいるな……大剣と大斧」
「何でしょうか……とても既視感のある背中ですね」
「兄貴ーっ!」
トビが叫んで走り出した。やっぱりそうだよな。
しかし、何でアルベルトとフィリアがサーラに居るんだ……?
取り敢えず簡単な挨拶を済ませた俺達は、ホームの客間へとアルベルト親子を通した。
『ヒナ鳥』の三人はプリンを食べたらそろそろログアウトするということで、お礼を言ってプリンを渡したら喜んでいた。
リコリスちゃん曰く、夜に甘い物を食べても太らないとか最高ですよね! だそうだ。
三人が自分達のホームに向かった後で、今度はアルベルト達への対応だ。
マームールというクルミとイチジクの入ったクッキーと、ハーブティを用意して出す。
するとフィリアちゃんが皿に乗ったマームールを次々と咀嚼して飲み込んだ。
……もしかして、気に入ったのか?
「おいしい」
さいですか。
物足りなさそうな雰囲気だったのでおかわりを出すと、それも一瞬で愛想のない口の中へと瞬時に消えていった。
うん、アルベルトの言う通りその内、背は伸びそうだね……良く食べる。
そんな客間には渡り鳥のメンバーが全員揃っている。
「立派なギルドホームを持っているな。ハインド、ユーミル」
「だろう!? 当然だがな!」
ハーブティを一口飲んだアルベルトは、建物の内装を見回しながら俺達に向かってこう言った。
ユーミルはともかく、俺は彼の飾りのない率直な賛辞に少々面食らう。
「あ、はい。周りのメンバーがみんな優秀なので……で、何の御用で?」
「兄貴、何か用があるなら拙者に連絡を入れて欲しかったでござるよ」
「すまんな、トビ。ハインドや他のメンバーの方々もすまない、突然押し掛けて。折良くサーラで傭兵仕事があったものでな、気が急いてしまった。……実は、今日はお前達に依頼があってきたんだ」
「依頼?」
この人が俺達に何かを言い出すときは頼みごとが多いな……と思っていると、インベントリから金貨を両手一杯に取り出してテーブルの上にドサッと置いた。
山になった金貨のいくつかが床にチャリチャリと落ちる。
俺達が呆気に取られていると、続けて今度は鉄とは違った質感のインゴットを取り出し、机の上は金属類で一杯に。
何だ何だ? 何がしたいんだ?
「こいつで俺の――いや、俺達の新しい武器を作って欲しい。ハインドと……そこに居る、セレーネ嬢に」
遠巻きにこちらの様子を窺っていたセレーネさんが、アルベルトの視線にびくりと肩を跳ねさせた。