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リィズの調合術

 ゲームの生産活動も一年近くが経過すると、それぞれ得意分野ができてくる。

 ユーミルとリコリスちゃんなら畜産、セレーネさんは元からだが、言うまでもなく鍛冶だ。

 シエスタちゃんはキノコの栽培、サイネリアちゃんは装具も込みにした馬関係。

 俺の場合は料理と裁縫がメインで、全分野の補助(雑用とも言う)もやっている。

 トビだけ得意な生産活動がないが、ゲーム知識と身の軽さを活かし、フィールドのみで獲得可能な素材を採取しに行くというのが主な役目だ。

 生産のメインである薬草畑と野菜畑はみんなで分担といった形。

 そして、リィズの担当といえば……。


「――ともかく、調合は私にお任せください」

「おお! さすが毒薬のプロ!」


 そう、調合である。

 なにか雑音が混じった気がするが、俺たちの中で『調合』といえばリィズなのである。


「必ず、この素材を回復薬に変えてみせます」

「劇薬に変えたとしてもカイムに投げればいいからな! エコだな!」


 毒と薬は紙一重と昔から言われている。

 実際TBでは回復薬の調合に毒系の素材を使う場合もあるし、高位回復薬を調合する過程で毒を経由することも多々ある。

 どう転ぶかは完成するまでわからない。


「ちょうどいい毒見役いけにえも来たことですし」

「む? 誰のことだ?」


 明らかにさっきから茶々を入れているお前のことだと思うが……。

 まあ、俺の可能性が絶対にないとは言わないけど。


「ああ。失敗は気にしなくていいからな。思いっきりやってくれ」

「お? いいのか? この高純度……魔力水! とやらは、貴重品ではないのか? ひーふーみー……12個しかないようだが?」


 疑問の声をはさんできたのはユーミルである。

 貴重品なら慎重に調合するべきでは? という意見のようだが……。


「貴重は貴重だけど、一日の取得量に制限があるだけだからな。素材はまた採りに行けばいい。全員で行けば日に24個だ。ちと遠いけど」

「ですね。実際に回復薬になるかどうか、なったとして効果はいかほどか。明日以降も採りに行くべきかを確定させるためにも、しっかり腕を振るっていきます」

「うーん、頼もしい。任せた」


 こうして調合を急いでいるのは、明日以降の予定に関わってくるからだ。

 みんながログアウトする中、俺たちだけ残っているのはそのためである。


「ところでセッちゃんたち、帰るのを渋ったのではないか? 完成を見届けずにログアウトとは」

「わかるか。説得するのがちょっと大変だったぞ」


 セレーネさんもサイネリアちゃんも、責任感が強いからな。

 しかし残りの作業が調合のみとなると、ぞろぞろ人数がいても仕方ない。

 長時間のログインで疲れている様子もあったので……といった感じだ。

 もう深夜に差しかかっている時間でもある。


「で、そういうお前たちはいいのか? 休む準備は? どういう状況でプレイしているのだ?」


 今夜は珍しく、ユーミル――というか未祐みゆは自分の家に帰っている。

 現在の俺たちの状況を知らないからこその質問だ。


「魔力水を持って帰ってきた後に一旦ログアウトして、寝る用意を済ませてから再ログインしたから。問題ない」

「パジャマか!? パジャマなのか!?」

「現実側の服装か? そうだけど……なんでそんな嬉しそうなんだよ」


 俺たちが話しているそばで、リィズが試験管を傾ける。

 この辺りまでは俺でもなにをしているか理解できる。

 薬草を使うようなので、俺は手伝いとしてすり鉢で潰していく。

 雑用は任せろー。ゴリゴリ。


「なんか、わた――ハインドの寝間着姿はおもしろいからな! 腹巻はらまきとか!」

「なんでみんな腹巻を面白がるんだよ。なんならフル装備すんぞ? ナイトキャップとかまでかぶっちゃうぞ」

「ぶっ! わははははは!」

「笑うな」

「丸いポンポンがついているやつがいいな! かわいい!」

「かわいくねえよ」

「絶対似合う!」

「似合うか!」


 そのタイプは海外の小さい子どもが着用しているところしか見たことないぞ。

 ちなみにナイトキャップの役割は、古く衛生環境が悪かったころにはシラミ防止に。

 それ以外だと寒い地域で防寒に使われていたそうだ。

 最近だと保湿・頭皮の保護・髪の摩擦防止など、主に美容の観点から用いられることが多いと聞く。

 女性用にシルクのナイトキャップとか売っているもんな。


「……私はハインドさんにはバスローブやガウンが似合うと思います」

「え?」


 作業に没頭ぼっとうしていたかと思われたリィズが、口を挟んでくる。

 発言内容からして、しっかり俺とユーミルの会話が聞こえていたらしい。


「ほう、バスローブ! 無駄にでかいワイングラスも手に持たせるか!」

「どこの銀幕のスターだよ」


 あるいは雑な上流階級のイメージか?

 なにか混ざってごっちゃになっていないか?

 どちらでもいいが、どう考えても自分に似合う恰好かっこうではない。


「かっこいい……」

「笑える!」


 ユーミルの感想はとりあえずいいとして。

 バスローブだかガウン姿の俺を想像してうっとりしているリィズ……。


「かっこいい……のか? リィズの俺に対する認知、おかしくないか?」

「ガウンを羽織ったハインドさんと一夜を共にしたいです」

「おおい! その発言は色々とアウトではないのか!? ゲームのNGワード機能、仕事しろ!」


 ユーミルが虚空に向かって叫んでいるが、ゲームシステム側に目立ったリアクションはない。

 NGワードはその名の通り、禁止された単語にしか反応してくれないからな。

 文脈や微妙なニュアンスまでは読み取ってくれないのだ。


「実際スレスレではあるよな……」

「一夜を共にしたいと言っただけで、そういう意味とは限りませんから。いやらしい人ですね、ユーミルさんは」

「あ゛あ゛!?」

「まあ、そういう意味なんですけど」

「こいつ……!」


 ユーミルが完全に手玉に取られている。

 ……といったところで、リィズの調合の手が止まった。


「そんな話をしている間に、調合が完了しました。完成です」

「簡単に言うけど、途中から俺の理解を超えていたんだが……」


 色々なものを潰したり蒸留したり、混ぜたり加熱したり、時には乾燥させて――まではよかったのだが。

 終盤はなんのためにやっているのかわからない行程が続いていた。

 魔術的な意味がありげな魔法陣が書かれた紙に薬品を乗せる、とか。

 他には手で印を切ったり結んだり……恥ずかしさを隠すようにいつも以上の無表情をしていたので、ゲーム的になにか意味のある行動なのだろう。

 それぞれの工程で、光るエフェクトも発生していたことだし。


「とりあえずこの二つです。おおさめください」

「お、おぉ」

「うわ……」


 リィズが差し出した容器は、いつもの見慣れたポーション瓶だ。

 そこまではいい。

 問題は、その中身……。


「色が毒々しい!」

「濃い色の緑と紫か……」

「どっちも毒だろう、これは!」

「いや、どっちも回復薬って可能性もあるだろ。多分。きっと」


 しかも持ってみても名前が『不明』と表示されている。

 完全初見のアイテムや拾った装備品には、まれに存在しているものだが……。

 生産の成果物でこれを見たのは、初めてのことである。

 TBには『鑑定』のような便利なコマンドは実装されていない。

 実際に使うか、装備するまでどんなものかわからないのだ。

 一応、そういった際に付与されがちな呪いや状態異常を解除できなかった例はない。

 しかし……。


「これは……使って効果を確認する必要があるけど、使うのに勇気がいるな……」

「ハインド……どっちにする?」


 やはりそういう流れになってしまうか……。

 完成したポーション? は、二つだ。

 そして、ここには二人の毒見役がいる。

 リィズには、この二つが駄目だった場合には調合作業を継続してもらう必要がある。


「……じゃあ、紫で」

「さっき私がワイングラスの話をしたからか?」

「まあ、そうかも」


 正直どっちも毒に見えるので、どっちでもいいといえばいい。

 ワインっぽい紫で、という単純な連想をしたのも正解だ。

 作製者のリィズはなにも言わない。

 黙って俺たちが、それぞれ緑と紫の液体で満たされた瓶を手にするのを見ている。


「では、私はこっちの青汁風味の緑色だな……よしっ! こういうのは勢いが大事だ! 一気に行くぞっ!」

「おう!」


 特にそうする理由はないのだが、ユーミルにならって俺も一気に謎の液体を口に流し込む。

 ……味は特にしなかった。

 一秒、二秒、三秒……と、少しの間を置いて体を強い光が包み込む。


「これは……! すげえでっかい回復エフェクト……!」

「やはり、そちらが回復薬でしたね。気分はどうですか? 体調の悪化はありませんよね?」

「ああ、平気だ! それどころか……数値を確認するまで詳しいことはわからないけど、これは効果が高そうだぞ!」


 回復時に発生する光の大きさは、回復量に比例している。

 リィズは紫色の回復ポーションを飲み終えた俺を見て微笑んだ。


「……うん? そちらが? ……やはり? ってことは、まさか――」

「ぐぼはぁっ!」

「――あっ!?」


 横を見ると、ユーミルが思いっ切り緑の液体を口から噴き出すところだった。

 そして毒やら火傷やら睡眠やら、多種多様なバッドステータスの表示を出しつつ、椅子を蹴り倒しながら豪快にぶっ倒れる。

 意識を失う前に力を振り絞ったのか、床には緑の液体で「りぃず」と書かれていた。

 そして周囲に漂う異臭。

 治療のため、俺は壁に立てかけてあった杖を慌てて取ると――


「ユーミルぅぅぅ!」


 ――倒れたユーミルの下へ一目散に駆け寄るのだった。

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― 新着の感想 ―
隠しステー…無粋か。
[良い点] 毎回更新楽しみです。 [一言] サスリズ……
[一言]  策士!w バスローブやガウンと自分が口にすれば当然ユーミルはワイングラスの話を持ち出すであろうから、それが頭にあったハインドは紫の方を取るであろうと、そう読んだ上でバスローブだのガウンだの…
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