調合室にて
「やっぱり希釈すればいいんじゃないか?」
ホームに戻り、場所は調合室。
メンバーはログアウトしてまた減り、残ったのは俺とリィズの兄妹二人だけだ。
並んで椅子に腰かけ、得た素材の調合法について模索中。
ちなみに、アルボル翁に詳細を訊こうにも王宮に不在だった。
地方視察に行ったとかで、魔力の泉について彼から追加情報を得るのは不可能な模様。
事前に詳細な使用法も訊いておくんだったな……失敗。
「単純な希釈でいいのでしょうか……?」
調合机の上に置かれた、合計十二個の『高純度魔力水』。
それを指でつつきがらリィズが小首を傾げる。
悩みながらも、なんだか機嫌がよさそうだ。
三角帽子を外し、魔導書を置くとリラックスした顔で体を伸ばしている。
……機嫌がよさそうなので、今ならつまらない冗談にも付き合ってくれそうだ。
「いっそ、粉末タイプのスポーツドリンクみたいなノリで激薄にしてみるか」
「ふふふ、ハインドさんってば。普通のお水よりおいしくないですよね、あれ」
「あっはっは」
「ふふ」
あるいは濃縮タイプの乳酸菌飲料でも可。
あちらのほうが目の前にある魔力水の状態からして近いだろうか?
どうでもいいことだが。
……しかし、やはりなんだかリィズは機嫌がいいようだ。
そう思っていると、甘えるように体を寄せてくる。
「お、どうした?」
「……久しぶりに二人きりですね」
母さんが留守にすることが多いのに、久しぶりというのは――別に変ではなかったりする。
我が家には未祐が入り浸っており、加えてTBをプレイするようになってから夜の自由時間はゲームをするようになった。
そうなると、意外とリィズと二人だけという時間は少なくなってくる。
「ごめんな。寂しかったか?」
「はい。もっと構ってほしいです」
リィズの要求はストレートだ。
昔から――いや、きっと父親の悟さんが亡くなって少ししてからだろう。
それより前は遠慮がちなところがあった。
素直に……やや過剰な面もあるが、理世が素直に好意をぶつけてくるようになったのは、あのころからだ。
「でも、みんなと一緒にゲームをしている兄さ――ハインドさんは楽しそうなので、可能な範囲で大丈夫です」
「そうか。ありがとうな」
俺はリィズの髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。
現実ではせっかくのセットが乱れるので絶対にやらない行為だが、ここはゲーム内。
乱れた髪もちょっとすればすぐに戻る。
リィズは嫌がることなく、むしろ自分からぐいぐいと頭を押し付けてくる。
人に懐きすぎた猫のような動きだ。
「はふ……ひとまず満足です」
「そ、そうか。よかったな」
途中からは完全にこちらが勢いに押される形になった。
リィズの機嫌が更によくなったのは言うまでもない。
……と、その時だった。
「私、参上っ!」
ユーミルが勢いよく調合室の扉を開けたのは。
あまりにも唐突な登場に、俺もリィズも驚いて椅子を倒しながら立ち上がる。
「む、どうした?」
驚いた拍子に離れていたため、ユーミルは俺たちがひっついていたことに気づかなかったようだ。
度を超えたスキンシップではなかったと思うが、なんだか気まずい。
いっそ見られてなにか言われたほうがマシだったかもしれない。
「い、いや。お前こそどうした? 宿題は?」
「終わったぞ! 頑張った! 褒めろ!」
「お、そうか。それは本当に偉い」
中断して怪文書を送ってきたどっかのアホとは大違いである。
わーと駆け寄ってくるユーミルとハイタッチを交わし、手放しで褒めた。
危ない、リィズからの流れで頭に手が伸びそうになった。
「お? 別に撫でてくれても構わんが?」
「なんでそんなところばかり目敏いんだよ」
「……」
軽く手が頭のほうに行きかけただけだぞ? それも一瞬。
そしてリィズの機嫌が露骨に悪くなった。
これは俺の行動を咎めてのものではなく、ユーミルが登場した瞬間からみたいだが。
「確かに手が動いたのは認めるけど。軽々しく頭をなでるとか、なしだろ」
「私が昔好きだった現代風RPGの主人公は、パーティの女性陣の頭を撫でまくっていたぞ?」
「それは“ただしイケメンに限る”行動だから」
この場合のイケメンは容姿だけじゃなく行動も込みにしていい。
RPGなら危険な場面から女性を救うとか、敵の攻撃からかばうとか。
平凡な容姿に設定されがちだしな、主人公キャラって。
「いや、イケメンでもアレはどうかと思うがな!」
「あれ!? お前が撫で行動を肯定する感じで言い出したんじゃなかったっけ!?」
急に梯子を外されたぞ、RPGの主人公。かわいそう。
そして該当しそうな主人公を俺なりに考えてみたが……結構いる気がするな。
ラノベ主人公ほど多くないだろうけど。
「特に会ったばかりの、まだ大して親しくない女子相手にしていたのはドン引きだった!」
「それは……まあ」
「そしてされた側も満更ではなさそうで、さらにドン引きだった! どういう情緒だ!? 会ったばかりの男に頭を触られたのだぞ!? 意味がわからん!」
「めっちゃ貶すじゃん。好きな作品だったんじゃねえの?」
その主人公、とりあえず女子は頭を撫でておけばいいとか思ってない?
確かに場面や相手を選ばない常習行動だとしたら引くな。
……ここまで聞いた限り、俺とユーミルの「異性の頭を撫でる」という行為に対する見解や感覚に相違はほぼない。
だったらそれでいいじゃないか、と思いつつも話の続きを促す。
「私が言いたいのは、私たちは既に親しいからオーケー! という話だ!」
「ああ、そういう結論になるのか……」
「親愛度は足りているだろう!?」
「そりゃそうだが」
親愛度って。そのRPGに引っ張られていないか?
オーバーフローしているよ、そんなもん。
……しかし、ユーミルにしては遠回り気味に話を展開させたものだ。
黙って一人で勉強していたせいで、会話に飢えていたらしい。
「というわけで、さあ! 撫でろ! 私の頭を存分に撫でろ! さあさあさあ!」
「断る」
「なぜだぁ!?」
頭突きせんばかりに頭を寄せてきたユーミルだが、俺の拒否の言葉を聞いて目を見開く。
頭を振り回しているせいで、サラサラと長い銀の髪が右に左に揺れている。
「――クスッ」
「!?」
そんなユーミルに対し「私は撫でてもらいましたけど?」という顔で小さく笑うリィズ。
……一応、俺なりの弁解というか断った理由を説明しておくと。
「そう極端に待ち構えられると、ちょっとな。男の俺が言うのもなんだけど、ムードもへったくれもないじゃん。ついでに恥ずかしいし」
「ぐぬぬ」
納得はいかないが理解はできる、といった顔でうなるユーミル。
そんなんで喜ぶならいくらでも、と言ってやりたい反面。
場所と状況、雰囲気くらい考えてほしいというのも本音だ。今じゃない。
「……フッ」
「!?!?」
再度「私は撫でてもらいましたけどね?」という顔でユーミルを見下すリィズ。
意図は理解できないまでも、鼻で笑われたユーミルが憤慨する。
「おいハインド! なんかこいつ、一言も発していないのにむかつくのだが!?」
「まあ別にいいじゃないかそんなこと」
「そんなこと!?」
「それよりも」
個人的に早く流してしまいたい話題だったので、力技で押し流していく。
……俺は魔力の泉の話と、そこで得た『高純度魔力水』についての話をユーミルに聞かせた。
「――って状況なんだが。ユーミルはどうしたらいいと思う? なにかないか?」
ユーミルは調合については――調合についても詳しくないが、アイディアというのは広く募るのが大事と聞く。
突飛なことでもなにかヒントになるかもしれないので、考え込むように組んだ腕が解かれるのを待つ。
「……粉末スポーツ飲料みたいに、多めの水で薄めて淡くする! これでどうだ!? 私にしてはそれっぽいナイスな意見だろう!」
「俺と同じ発想」
「そのくだりはもうやりました」
「あれぇ!?」
残念ながら、出てきたのは俺と同じ凡庸な意見だった。
なにもそこまでだだ被りせんでも。