魔力の泉
ルミナスさんたち、セントラルゲームスの面々と別れて少し後。
二人の話し合いは結局、トビのほうから昔のアドレスで定期的に連絡するということで決着した。
というか、させた。
「疲れた……」
そして俺は気疲れしていた。
仲裁開始から終了までの所要時間は、なんと三十分である。
セゲムの仲間二人とセレーネさん、サイネリアちゃんが付近の採掘ポイントを余裕で掘り尽くす程度の時間がかかった。なんなのあいつら。
「仲人ムーヴに慣れているハインドさんをここまで疲弊させるとは……罪深い人たちです」
「な、仲人ムーヴ?」
俺の横で仲介の補佐をしてくれていたリィズの言葉に対し、サイネリアちゃんが困惑が混じった疑問の声を上げる。
仲人といっても結婚の仲立ち人のことではない。
俺は学校で、恋愛相談を受けることが多い旨を簡単に説明した。
「――で、俺がお手伝いしてカップルを成立させたのは30組くらい。中学・高校通算ね」
「多いですね……すごい」
そりゃあ、普通は0だろうしなぁ……。
高校生だと経験がある人でも、仲良しグループの誰かを応援して――その後めでたくカップル成立! とかで、せいぜい1や2くらいだろう。
しかも俺の場合、誇るようなものではない。
単に便利に使われているだけなので。
「その中で、今も付き合っているのは半数程度かな。把握している限りだけど」
「儚いですね……悲しい」
「学生カップルなんてそんなもんだよ」
もちろん、そのまま将来的にゴールインしそうな人たちもいるにはいるが。
自分の恋愛経験は碌にないのに、付き合ったとしても別れそうな組み合わせ……そういうのはなんとなくわかるようになってしまった。
人を見る目ともまた微妙に違うので、割と無駄な技能である。
どうなるかは相性の問題だ。
不思議なもので、いい人同士でも上手くいかなかったりするようだから。
「そんなハインド君の目から見て、あの二人……どうなると思う?」
人見知りだけど、優しさ故に人間嫌いまでは行っていない。
そして恋バナも嫌いではないセレーネさんが、ちょっと楽しそうにそんなことを訊いてくる。
「言葉を選ばずに言うなら、ツンツン女子と鈍感顔だけゲーム馬鹿ですから」
「と、トビ先輩だけ修飾語が多いですよ?」
サイネリアちゃんが「いいのかな?」という顔で、窘めるべきかどうか迷っている。
いいんだよ。
あいつのせいで変な絡み方をされたんだから。
「ツンツンさん側がどれくらい態度を軟化できるかにかかっているんじゃないですか?」
実際、あの取り合わせだとそれくらいしか関係を修復・前進させる方法はないだろう。
最も付き合いが盛んだったのは小・中学生時代だったようだから、ルミナスさんの内面の成長に期待だ。
「……トビ君の察しがよくなる可能性は?」
「ないです」
「ないですね」
「そっかー……」
一方でトビのほうは期待薄である。
リィズも一緒になってセレーネさんの言葉に否定を返した。
それはそれとして、俺たちの本来の目的……。
魔力の泉はもうすぐだ。
正確な経路と残りの距離はルミナスさんたちに教えてもらった。
そういう意味では不意の遭遇も、決して悪いことばかりではなかった。
反面、簡単に教えてくれる程度には余裕があるのだな……とも。
もちろん嘘をついているような様子はなし。信用できる情報だろう。
「この先ですね」
会話が途切れたところで、これまで薄く光っていた洞窟内の通路が徐々に暗くなってきた。
まるで光がどこかに吸い込まれているようだ……と、奥のほうから淡く光が漏れている。
俺たちはその光を頼りに進んでいく。
「暗いけど、松明を持つほどの距離じゃないのがなんとも……」
「ハインドさん。暗闇に乗じて、抱きついても構いませんか?」
「そういうの、普通は黙ってやらねえ?」
俺の服の背をつかんで続くリィズから、緊張感のない発言が耳に届く。
暗いので歩調を緩めつつ、慎重に進む。
リィズの後ろにサイネリアちゃん、最後尾にセレーネさんの順だ。
「大丈夫です。ちゃんと転んだふりをしますから」
「それはどの辺が大丈夫なんだろう……」
「嫌だと言われてもやりますが」
「許可を求めた意味よ……」
嫌ってことはないけれど。
今することか? というだけの話で。
後ろの二人が微妙な顔で笑っている気配がする。
「おお」
「わあ」
そんな話をしている間に、また開けた場所に出た。
今度はエレメンタルたちの巣ではない。
……一瞬、目が慣れるまで時間がかかるほどの光量。
洞窟通路は淡いブルーだったが、こちらは更に深い深い青色の大きな泉だ。
所々に「魔力結晶」とでも呼べばいいのだろうか?
クリスタルが生えていたり、溢れた光が浮かんでいたりといった幻想的な光景だ。
目を奪われる美しい泉がそこにはあった。
「某世界一ピュアな泉に似ていますね」
「リィズも大分ゲームに詳しくなったよな……」
「もう昔の名作・大作は履修済みなんだね……」
「私は映像で紹介されているのを見たことがあるだけですが……リィズ先輩はクリアしたんですか?」
「ええ、しました。今見ても水と光の表現が素晴らしい作品です」
と、俺たちはゲーマーらしい感想を漏らすのだった。
広間の天井はそれほど高くないが、泉の深さと奥行きはかなりある。
奥に行くほど地形が入り組んでいるようなので、洞窟潜水などには不向きだろう。
発光しているから明るいし、水は澄んでいるのだが……って、そんなことはどうでもいいか。物好きが多いゲームなので、潜水しようとする人はいるかもしれないが。
周囲は穏やかな雰囲気で、いきなり「密度の高い魔力で進化した魔物」が登場! 全滅! ということもなさそうだ。
「採取……は、空の瓶に詰めればいいのか」
近づくとダイアログが出て、ポーションの空き瓶を用いるよう促される。
特に拒む理由もないので、大人しく従おう。
道中で使ったポーションの残骸がある。数は充分。
そして三つの瓶に泉の水を入れたところで――。
「あれ?」
今日はこれ以上、入手できないとの警告文が出た。
どうも一人三つ(三瓶)までということのようだ。
「少なっ。特売のティッシュじゃないんだからさ……」
「これは場所を簡単に教えるのもわかりますね」
隣で同じように泉の水を汲むリィズが言っているのは、先程のルミナスさんたちのことだろう。
確かに。
わざわざ情報を得て、この洞窟まで来たプレイヤーに泉の場所を隠す意味はないな。
試しに四つ目を入手しようとしたところ、泉に触れた空き瓶は割れて粒子化・消失した。
やはり駄目か。
「そうだなぁ。低レベルプレイヤーが来られる地域じゃないし、採れるのがこの量なら万が一にも枯れないもんよ」
しかも最寄りの町から遠いときた。
労力に対して成果がショボいと思わなくもないが、セントラルゲームスの面々がわざわざ取りにきているくらいだ。
なにかあるのだろう。
しっかりとインベントリに入れて、ホームに持ち帰ることにする。
アイテム名は『高純度魔力水』だそうだ。種別は素材。
「水に直接触るのはどうだ……?」
一足先に手が空いた俺は、みんなが汲み終わる前に色々と試すことにした。
まずはやっぱり、これが「回復の泉」として機能するのか否か。
ちょっと怖いので、まずは指先を軽く水に触れさせてみる。
「うーん」
特に変わったところは見られない。
感触は普通の水だ。
大丈夫そうなので少しずつ手を入れていき、神官服の袖をまくって腕まで浸けてみる。
「うっ」
「どうしました?」
瓶にコルク栓で蓋をしたリィズが顔を上げる。
いや、なんといえばいいのか……。
「なんか、毛穴がキュッと……」
「冷たいからじゃないんですか?」
「それもあるだろうけど、妙な違和感が……あっ」
毛穴が閉まる感覚の後、軽い痛みのようなものが走る。
慌ててステータスウインドウを表示させる――までもなく、数値が変動したせいで視界内に数字が出ていた。
「HPが減っている……」
「本当ですね。毒――というより、魔力が濃すぎるせいでしょうか?」
サイネリアちゃんも汲み終わったのか、俺の濡れた腕を見つつ考察を始める。
……あ、いや、拭いてくれなくても大丈夫だよ。
もうスリップダメージも止まったし。
みんなも水を汲んだ際に手先が濡れているが、その程度ならダメージにはならないらしい。
サイネリアちゃんの仮説は合っていそうな雰囲気。
「かもしれない。これは無限回復ポイントとしては使えないか。その場で調合するにしても、採取量低いし」
「そうだね。残念……」
セレーネさんも言葉の通り、残念そうな顔で泉を見ている。
これは直接飲んだり全身を浸けたりなどもってのほかということで、俺たちはホームに帰還することにした。
色々と疑問は残るが、ひとまず王都に戻ってからだ。