もどかしい距離と面倒な仲介役
「その、ハインド……あいつは……?」
不意に、ルミナスさんが誰かを探すように視線を彷徨わせる。
察しはついているが、ストレートに返すと怒られそうだ。
「トビですか? やっぱり気にしているんですね。ぷぷぷ」などと口にしようものなら……。
そんなわけで、念のためとぼけたふりで応じる。
「あいつ? 誰のことです?」
「カイトよ! バカイト!」
「あ、ああ、はい。トビですね」
結局怒られた。
なんだろう、トビに関してはどうしたって怒るんだろうな。きっと。
『カイト』はトビが過去、別のゲームで使用していたプレイヤーネームである。
「なんでいないの? くたばった?」
「生きていますよ。半生くらいで」
「半分は生きていないの!?」
自分で振ってきておいて、心配が混じった驚きを滲ませるルミナスさん。
あまり深刻になられても困るので、素直にトビが置かれている状況を説明する。
「今ごろは宿題を前に唸っていると思いますよ。あいつは難しい勉強しているとき、腹を下しているような顔になるんで」
「ふーん。変わんないわね、そういうところ」
俺は中学生時代からしか知らないが、昔からそうなのか。
やっぱり……という感想しか出てこないが。
「ん?」
そんな話をしていると、ピロンという軽い音と共にメールが着信。
ルミナスさんは昔を懐かしむような顔で上を向いているので、その隙にさっと確認。
『そろそろ拙者がいなくて寂しくなってきたんじゃない!? いえーい! ふぅぅぅ!』
「……」
なんてタイミングでメールしてきてんだ、あいつ。
つーか、絶対に宿題終わっていないだろ?
まだログアウトしてから小一時間程度だ。
今日の宿題はそこそこ多かったはず……秀平の集中力で、あれらが終わったとは思えない。
「ルミナスさんは、トビ先輩のお知り合いなんですよね?」
俺がメールを確認していることに気がついたのか、サイネリアちゃんがルミナスさんに話しかけて間を持たせてくれている。
「うん、そうよ。かれこれ七年くらいは……って、あなたも可愛いわね!? えっ!? っていうか、そっちの眼鏡さんもよく見たらレベル高っ! みんな可愛いじゃない、バカイトのとこの女子! は!? ほんと馬鹿なの!?」
「間違えないでください。私はハインドさんのところの女です。トビさんのところのではありません」
……まあ、リィズの発言は一旦放っておくとして。
俺は少し距離を取って背を向けると、トビに返信を送る。
チャット代わりの使い方をしたいので、短文でタイトルはなしだ。
『お前、宿題は?』
ピロン。
返信早いな。音声入力か?
こういうときはチャット機能がほしくなるな。
意図された不便さとはいえ、割と面倒だ。
俺のほうはルミナスさんに気づかれないよう、手打ちの文書入力である。
『そ、そんなもの! 拙者の手にかかれば……』
『かかれば?』
『……まだ終わっていません。ごめんなさい』
案の定か。
それはそれとして、トビにはやってほしいことがある。
『後で手伝う。それよりも、今ルミナスさんが目の前にいるんだが?』
『え』
どうにもトビへの執着心が強いのか、ルミナスさんは未だ居座る構えだ。
仲間の外国人二人も止める様子はないので、いい機会だ。
もう直接トビが話して満足させてやってほしい。
『拙者、ちょっと急用が……』
『なにビビってんだよ。お前の許可がない限り、勝手にフレンドコードを教えたりしないから安心しろ』
『そ、そっか。っていうか、なんでそんなところでエンカウントしているのござるか? 北部の山?』
『頭の回転止まってんなぁ。ログアウト前にしていた会話を思い出せばわかるだろ』
『あー』
この様子だと、途中までとはいえ宿題はやっていたようだ。
軽い息抜きにしては、ゲームにログインというのはやりすぎだが。
ゲームギアを装着して横になってと、VRゲームは手軽なオン・オフには向いていない。
スマホゲームのような手軽さはないのだ。
トビは鈍っていた思考を巡らせるような声を出すと、どうにかといった様子で俺たちの状況を推察する。
『……探索先が被ったのでござるな? でもあいつらいるんなら、その場所むしろ有力なのでは?』
『素材が枯渇していなければな。ルミナスさんたちの後追いで来たからな、俺ら』
『あ、そうなの……あの、ハインド殿』
『なんだ?』
ルミナスさんと話す決心がついたか?
期待しつつ、俺はトビとメールを続ける。
『ルミちゃん、まだそこにいる?』
『いるぞ』
ルミナスさんは可愛い人やものが好きなのか、今はセレーネさんに絡んでいる。
両手を広げて、笑顔でゆっくりゆっくりと距離と詰めているといったところ。
人見知りなのを察してか、強引には行っていないあたり人の良さが出ているな……。
怯える犬や猫を安心させるような動きだ。
人間だけどね、セレーネさんは。
『このまま、メール越しでルミちゃんと話したいのでござるが……ダメ?』
『このままって……このまま、俺に間に入れってか?』
こんなメールがトビから来ていますよ、とルミナスさんに伝え。
ルミナスさんの言葉をメールにしてトビに伝えると。
そんなの、率直に言って……。
『嫌だよ面倒くさい。直接メールしろよ』
『うっ』
異言語の通訳ならともかく、なんでそんな手間を取らにゃならんのだ。
それに正直、そろそろ切り上げて洞窟の奥に進みたいのだが。
『だ、だってハインド殿が間に入ってくれたら喧嘩せずに話せるかもしれないじゃん!』
『……』
気まずくなった昔の友人との関係に悩む気持ちはわからなくもない。
ちょっと気が進まないのは、明らかにルミナスさんの矢印がトビに向いているからだ。
俺は学校のクラス委員である佐藤さんに肩入れしているのである。
まあ、トビ側の矢印は魔王ちゃんにしか向いていないんだけどな!
トビのせいでしょうもない相関図だよ、本当に。
……仕方ないなぁ。
「……あの、ルミナスさん」
「うへへへへ、セレーネちゃん。ちょっとその眼鏡外して……ん? なに?」
どうなるかはともかく、関係修復には協力してもいい。
ちょっと馬鹿馬鹿しい話ではあるが、ありのままをルミナスさんに伝よう。
ついでにセレーネさんを安全圏へ移動させた。
眼鏡萌えな人に喧嘩を売る発言はやめよう。燃やされちゃうぞ。
「トビからメールが来ていてですね。ルミナスさんと話したいって言っているんですけど」
「え? ……べ、べつにいいけど?」
「ただですね。なんかこのままゲーム内のメール機能で、俺を間に入れてとか抜かして――」
「あ゛ん!?」
怒っていらっしゃる。
そりゃそうなるわ。誰だってそうなる。俺が言われたとしてもそうなる。
これは断る流れだろう……そう思い、トビに返信しようとしたところ。
「そ、それでもいいわ! 話す!」
「えー……」
「む、むしろ、そっちのほうが喧嘩にならなくていいかも……」
「ええー……」
意外にも承諾の返事をするルミナスさん。
正直、断ってほしかったのだが……同じようなことを言っているし、意外と似た者同士なのか?
「いいですけど、細かい話は個人でしてくださいね。取っ掛かりまでは協力しますけど」
「う、うん。じゃ、じゃあさ、メッセージアプリってあるじゃん?」
「はい」
「あいつ、メールだとすっっっ……ごく! 反応悪いのよ。連絡に使っているのが、小・中時代の古いアドレスだからかしらね? だからアプリのアカウントを教えるか、ないなら新しく作れって言ってみてくれる?」
「了解です」
メッセージアプリというのは、簡単にいうとグループや個人間で開きっぱなしになっているチャットルームみたいなやつだ。
大抵は吹き出しの中に文字が入力され、送ったメッセージを相手が見たかどうかは送信元にも通知される。
というわけで、トビにルミナスさんから言われた内容を送信。
『え? 嫌でござるよ?』
『おい』
したのだが、拒絶された。
なんでだよ。
『だって、文字のやりとりでも圧がすごいんだもんルミちゃん……既読がつくメッセージアプリでやり取りとか、恐怖でしかない。返事寄越せ! 早く! とか言われる。絶対』
『一応訊くけど、苦手なだけで嫌いなわけではないんだよな?』
『そうでござるよ? 昔の仲間でござるし』
だったら、それくらい別にいいのでは? と思うが。
トビにも色々あるのだろう。強くは言わない。
言わないが、妥協案は必要だろう。
『じゃあせめて、定期的にお前のほうからメールしろよ。その昔から使っているアドレスとやらでさ。その約束があれば俺は解放される』
『ええー。そういうの、気が重いから間に入ってもらっているのでござるが?』
「……」
あれもだめ、これもだめでさすがに苛立ってきた。
大体、寒いんだよこの洞窟。外の雪山よりかはずっとマシだけど。
こんなところでいつまでも話しているのはおかしいと思う。
「あいつには言いたいことが山ほどあるの。頼むわよ、ハインド!」
『ハインド殿ならわかるでござろう!? 野郎同士の、連絡が稀でも多少返事が遅れてもお互い怒らない……あのゆるーい感じ! ルミちゃんともそうなるのが理想! 上手く説得して!』
「……」
そして不安げなルミナスさんからもせっつかれる。
こっちはまだいい。
面識の浅さからくる遠慮が多少はあるからな。
だが、トビのメールと同時対応させられているせいで苛立ちが加速する。
お互いの要求に温度差がありすぎる。
落としどころも折衷案も見えてこない。頭が痛い。
「ねえ、どうなの!? なんて言ってる!?」
『メッセージアプリは無理! マジ無理! ちゃんと断って欲しいでござるよ、ハインド殿! 拙者の存亡にかかわる!』
「はぁー……こいつら……」
見かねたリィズが険しい顔でこちらに寄ってくる。
それを俺は手で制した。
大丈夫だ、俺が言う。いや、言わせてくれ。
大きく息を吸い、吸い、吸い……今度は大きく息を吐き、冷静になった上でルミナスさんのほうを向いた。
「……もう直接話してくれませんかね? ねえ?」
「ひっ」
冷静になったつもりではあったが、多少……ほんの少し? 少しだけね? こめかみがひくついていたかもしれない。
ルミナスさんが小さく悲鳴を上げた。