洞窟内での遭遇
「あっ」
最初に気づいて声を上げたのは、俺と並んで先頭を進んでいたリィズだ。
視線の先、部分的に洞窟の天井が抜けて空が見える通路には……。
薄めに積もった雪の上、奥へと進む靴の跡がくっきりと残っていた。
もしかしたら他にも痕跡があったのかもしれないが、さすがにこれだけわかりやすければ見逃さない。
「足跡……」
「三人、か?」
足跡はおそらく三人分。
俺たちに歩幅から身長を割り出すような能力はないが……。
「でっかいな。こっちの足跡」
「そうだね……三十センチ以上ありそう」
セレーネさんの目測によると、三十センチ超えだそうだ。
ヒグマかな? と思わなくもないが、人間の足跡だ。
やたらでかいが、ちゃんと靴――ブーツの形をしている。
肉球やら爪の跡は残っていない。
かなりの高身長が予想されるが……足だけ大きい人っていうのもいるからな。
他二つの足跡は小さめなので、女性もしくは若年層の男性かもしれない。
「うーん。なんでもかんでも一番乗りってわけにはいかないよなぁ」
なにせプレイヤー人口の多いゲームだ。
考えてみれば魔界入りも俺たちが一番乗りではなかった。
進入する際に採った手段こそ特殊だったものの、地上にいる魔族に案内されて……という経緯で先着したプレイヤーが数名いたそうだから。
サイネリアちゃんが自分の顎に指を添える。
「問題は泉の採取形式、ですよね?」
「そうだね」
TBにおいてレアな採取ポイントとなる場所は、採取可能上限が少なめとなっている。
しかも全プレイヤー共通で採取可能数が決まっているので、簡単に言うと……。
「泉、枯れていないといいけど」
早い者勝ち、かつなくなりやすい資源ということになる。
ゲーム全体で数を限定し、レア度を担保するためにそうなっているらしい。
泉なので時間経過での回復はあるだろうが、いささかタイミングが悪い気もする。
「それと、この人たちがPKじゃないといいかな」
「あ……そういう懸念もあったね、そういえば……」
懸念「も」というところがセレーネさんらしい。
そもそも知らない人と会いたくない、という気持ちが出てしまっている。
しかし追いつくことはなさそうだが、泉から戻ってくるこの人たちには会うだろうな。
泉を挟んで別の道がある、とかでもない限りは。
「……とはいえ、ここで立ち止まっていても仕方ありません。ここまで来て引き返すのは馬鹿馬鹿しいですし、前に進みましょう」
アグレッシブな意見を言いつつ、先頭に立つリィズ。
それを見た残りの三人は目配せし合う。
サイネリアちゃんが「ユーミル先輩がいないと、リィズ先輩が積極性を出すんですね」的な目を。
セレーネさんは「実はかなり行動力あるよね……」的な目をしてくる。
大体同意である。
そんな俺たちをどう思ったか、リィズが言葉を続ける。
「私はハインドさん以外の人間にペースを乱されるのが大嫌いです。行きましょう」
言外に「誰がいても関係ねえよ」といった態度である。
うーん、マイペース&ゴーイングマイウェイ。
俺はそこまで強い意志は持てなかったが、ここまで来て引き返すのは嫌という部分には完全同意である。
「よし、進もう」
ここでどれだけ話し合っても、会ってみないとどんなプレイヤーかはわからないからな。
案外、会釈しあって通りすぎるだけなんてこともあるかもしれないし。
……その考えが甘かったと悟ったのは、およそ十分後。
『エレメンタル』や滑る足場に苦戦しつつも、ある程度奥まで進んだところで。
「あーっ!」
向こうのほうから思い切り指をさされて、大声を上げられた。
この反応からわかる通り、知っている人である。
「あんた! ハインドね!」
「そういうあなたはルミちゃん」
「ルミちゃん言うな!」
キレのいい切り返しをしつつ、洞窟奥からこちらに向かってくる美少女は……。
トビの昔のゲーム仲間、セントラルゲームスのルミナスさんだ。
気の強そうな目つき、洗練されたファッションセンスや髪型はどこか秀平の姉たちを連想させる。
……だから苦手そうにしているのかな、あいつ。
「……と、そちらは?」
そう問いかけつつも、俺にはルミナスさんの横の人たちに見覚えがあった。
といっても一方的にこちらが知っているだけだが。
彼らの動画でちらっと見たことがある。
特に二メートル以上の身長がありそうな大柄の男性。
間違いなくあのでかい足跡の主はこの人だろう。
外国人のメンバーで、確かプレイヤーネームは……ジェイジェイ? だったかな?
どの地域の人かまでは知らないが、大柄で色白な金髪の男性。
「わお! ワタリドリ!?」
「え?」
そう思っていたら、あっちからフレンドリーに声をかけられた。
こちらに向けて大きな手を差し出してくる。
……うーん、バスケットボールの選手みたいな身長・体格だ。
「ハインド!」
「あ、はい。こんにちは」
「こんにちは! はじめまして! ジェイジェイでーす!」
言葉、通じるかな? と思いつつ、握手して挨拶してみたが。
予想に反して滑らかな日本語で返された。
高性能な翻訳ツール……とかじゃないな。非常に自然な発音だ。
「リィズ!」
「……どうも」
そのまま彼はリィズのほうへ。
並ぶと身長差がすごいな。
「サイネリア!」
「は、はじめまして」
次はサイネリアちゃん。
全員と順番に握手していく。
ただ、こうなると次は……。
「セレーネ!」
「……っ! こ、こここ、こんにちは……」
青い顔をしつつも、セレーネさんが挨拶と握手を済ませる。
おお、逃げずに踏ん張った。偉い。
ジェイジェイは俺の肩のノクスにも挨拶しようとしたが、ぺしっと羽で払われた。
それでも彼は笑顔のままだ。
「会えてうれしい!」
「……あんたたちのリプレイを残さず見るくらい気に入ったみたいよ。仲よくしてあげて」
「は、はあ」
ルミナスさんがそう言って肩をすくめる。
どこがそんなに琴線に触れたのかわからないが……。
っていうか、そもそも俺たちのリプレイ動画ってそんなに多くないと思うんだけど。
「で、こっちはキャシーね」
「……」
腕を組んだまま、指を二本だけ立てて流し目をしてくる茶髪の女性。
こちらは濃いめの肌色で、やはり日本人ではなさそう。
どこかの野菜の星の王子と同じポーズをしたせいで、クールなのかお茶面なのか読めない。
どっちも本名関連っぽいプレイヤーネームにも思えるが、動画を見ている人にわかりやすいよう……なんて配慮をされている可能性もある。
それくらい見た目に合った名前だ。キャシーとジェイジェイ。
紹介を終えると、ルミナスさんは道を遮るように一歩前に出る。
「……あんたたちも魔力の泉が目当て?」
「そうだと言ったらどうします?」
あまり友好的ではないルミナスさんの態度に、リィズが迎え撃つように正面に立つ。
ルミナスさんは眉をひそめた後、口の端を吊り上げる。
「あたしたちは今回のレイドで上位を狙っている。あんたらが邪魔になるようなら、ここで潰してやってもいいんだけど?」
「随分と上から目線な物言いですね。気に入りません」
受けて立つとは言わない辺り、戦うことが得策ではないことはリィズもわかっているようだ。
ルミナスは過去の戦いから軽戦士で確定、そしてジェイジェイは装備からして重戦士か騎士といったところだろう。
キャシーのみまったくの不明だが、軽装なので後衛かもしれない。
いずれにせよ、前衛不足の俺たちだと五対三でも負けかねない構図だ。
相手はゲームで身を立てているプロゲーマーたちなので、プレイスキルは言わずもがなだろう。
……一触即発の緊張感が場を包む中、静寂を破ったのはルミナスさんの笑い声だった。
「――ははっ、冗談よ。メディウスからくれぐれも他のプレイヤーと揉めるなって注意されているしね」
「……そうですか」
「それに……あたしはあんたみたいにはっきり物を言うタイプ、好きよ」
「私は初対面から図々しい人は嫌いです」
すげない態度のリィズだが、その言葉を聞いたルミナスさんは益々破顔した。
「うーん、いい! いいわね、あなた! ね、キャシー!」
「うん。いい。very cute」
なんだか知らないが、リィズは向こうの女性陣に気に入られたらしい。
ジェイジェイも俺の肩――ノクスが乗っていない側に手を置き、にっこり笑っている。
うん、なんで俺の隣に? 立ち位置そこでいいの?
……まあ、ともかく。
この雰囲気から戦いに発展することはないだろう。
ああ、よかったよかった。
……セレーネさんはちょっとしんどそうだけど。