反省とお説教
俺とサイネリアちゃんが追いつくと、状況は既に切迫していた。
といっても魔物に囲まれていただとか、セレーネさんが戦闘不能になっていただとか、そんなことはない。
ツルハシはリィズの手に。
ノクスはリィズの肩に。
セレーネさんは洞窟の通路、硬くて冷たい床の上に正座している。
周囲に魔物の姿はなかった。
「いいですか? セッちゃん相手ですから多くは語りません」
「はい……」
『ホー』
「無事でよかったけど……」
「なんでしょうね? この状況は……」
切迫したお説教タイムが始まっていた。
高校生に説教される大学生……。
「好きなもの、興味があるものを前に、夢中になることは誰しもあるでしょう。ですが、最低限の理性は残しませんと獣と一緒です。そういうのはユーミルさんだけで間にあっています」
「す、すみません……」
『ホー?』
「ああ、さっきはこらえたのに」
「本当は名前を口にしたくなかったんでしょうね……無理でしたが」
リィズの肩でノクスがくるくると首を回す。
俺と目が合うと「戻っていい? 戻っていい?」とでも言っているかのように、体をこちらに向けて肩の上で足踏みをする。
かわいい。癒される。
「私だって、普段から最低限の理性は残しているんですよ?」
「……えっ?」
『ホ?』
「え?」
「えっ?」
リィズを除く全員が疑問の声を発し、異様な気配を察したノクスが飛びたつのをやめる。
言ってはなんだが、リィズは理性の人というよりも……。
「理性……理性? 冷静な思考のまま、理性を捨てて狂気に走れる人ですよね……? リィズ先輩って」
「結構言うよね、サイネリアちゃんも……」
抉るように的確な人物評だ。
俺はもう少しマイルドな表現をしようとしていたが、言いたいことは大体同じである。
リィズが理性的かと問われれば、微妙な顔をせざるを得ない。
「考えてもみてください、セッちゃん。私に理性や自制心がなかったら、とっくにハインドさんを私以外が接触できない空間に閉じ込めています」
「ええっ!?」
『ホー』
「なんかこっちに飛び火した……」
「確かにリィズ先輩でしたら、やりかねない雰囲気をお持ちですけど……」
サイネリアちゃん、キレッキレだね。
そしてノクスが結構な速度でこちらに飛んで戻ってくる。
リィズの監禁宣言に対して「なにこいつこわ」と思った――かどうかは定かではない。
ただ、あまりにもタイミングが良すぎるが。
「そして、閉じ込めた後はあんなことやこんなことをします」
「どんなこと!?」
口を挟むまいと思っていたのだが、ついつい大きな声が出た。
しかし、俺の声が聞こえているはずのリィズはお構いなしに話を続ける。
「でもセッちゃんは……それだと困るでしょう?」
「こ、困る! 困るよっ!」
『ホーホウ』
「ねえ、俺だけ帰っていいかな? この場にいるのが辛くなってきたんだけど」
割と近くにいるのに、その場にいない体で居たたまれない内容の会話を聞かされる。
新手の拷問にしか思えない。
もはや俺の味方は、肩に止まってリラックスした鳴き声を出すノクスと……。
横で一緒に、リィズたちの話を聞くサイネリアちゃんだけである。
「……」
「サイネリアちゃん?」
「あんなことや……こんなこと?」
「サイネリアちゃん!?」
と思っていたら、リィズの発言に引っ張られてナニカを妄想している。
頭の中を覗けるわけではないので、断言はできないが――。
その真っ赤な顔を見るに、女子中学生が考えていい内容ではない気がする。
「ついでに、ユーミルさんも閉じ込めてあんなことやこんなことをします」
「言葉は同じなのに、する内容は全然違うのが伝わってくるよ……」
セレーネさんがリィズの温度を感じさせない発言に戦慄している。
さっきまでいた雪山よりも、氷よりも冷たい目だ……。
「まあ、別に閉じ込めて放置でもいいです。邪魔ですし、構うのも面倒なので」
「ひでえ」
『ホ、ホー……』
「よくNGワードに引っかからず過激な発言ができますよね……すごい」
サイネリアちゃんが感心しているポイントがおかしい気がする。
……リィズはなんだかんだで具体的な言葉は口にしていないからな。
文脈を手繰ると、そうと言っているも同然なのだけど。
「とにかく、セッちゃん。どんなときでも最低限の理性はお忘れなく。いいですね?」
「お、おーけーです!」
そう締めくくり、セレーネさんに対するリィズのお説教は終わりを告げた。
ツルハシはそのままリィズが預かるつもりのようで、手に持ったままセレーネさんを伴いこちらに戻ってくる。
「……」
「……そんなに見つめないでください、ハインドさん。照れてしまいます」
「え? お、おう……え?」
「……」
「サイネリアさん。なにか言いたいことでも?」
「い、いえ! なんでもないです!」
「そうですか。では、行きましょう」
結果的にセレーネさんは魔物に囲まれておらず、余計な戦闘は発生せず、リィズのお説教により暴走も止まった。
良かった……はずなのだが。
俺とサイネリアちゃんには、なにか釈然としない気持ちが残ったのだった。
さて、あれだけ騒いでも魔物が寄ってこなかった理由だが。
洞窟を少し進んで広い空間に出ると、すぐに発覚した。
「あー……エレメンタル系」
エレメンタルという名がついたあの魔物は、雪の結晶のような形をした精霊系モンスターだ。
広間には、そいつらが群れてふよふよと浮いていた。
固有属性ごとに色がついており、赤は火、青は水、風は緑といったように、属性に応じた魔法攻撃を行ってくる。
「確かにあれなら、大騒ぎしても寄ってこないわけですね」
「動物系の魔物じゃないからな」
エレメンタルは感知範囲が狭く、音や匂いには反応しない。
もっとも索敵範囲内に生き物が入ると容赦なく撃ってくるので、間違いなく敵ではあるが。
「避けやすい敵……なのは助かるんだけど」
「数が多いですね」
「高レベルのせいか、サイズも大きいよ?」
「属性も偏りなく揃っていませんか?」
みんなで入口から広間を観察するも、すんなり突破とはいかないようだった。
広間の奥にいくつかの道が見えるが、どこに向かっても、どのルートを通っても接敵を完全に避けることは難しそうだ。
ちなみに……。
「光のエレメンタルだけ倒しながら進もうか?」
「それが一番の安全策でしょうね」
エレメンタルの弱点は、反対属性となる魔法攻撃だ。
TBで光と相克する属性は闇となっている。
今のメンバーでまともな魔法攻撃を繰り出せるのはリィズだけなので、必然的に『光のエレメンタル』が最も倒しやすい敵――ということになる。
総じて物理攻撃の通りはいまひとつだ。全く効かないわけではないが。
「あの。ハインド先輩の光魔法で、闇のエレメンタルを倒すのは……」
「はっはっは! ダメージが低すぎて明日になっちゃうぜ!」
「ですよね……」
一応、といった様子でサイネリアちゃんが訊いてくるが……。
まあ、攻撃魔法が『シャイニング』だけではな。
光の攻撃魔法だったら、シエスタちゃんがいないと厳しい。
「……アルボル爺ちゃん、もしかして全属性の魔法を使えるとかいうパターンなんだろうか?」
ふと「修業時代に使った」というアルボル翁の話を思い出しつつ。
俺はエレメンタルの群れを見ながらつぶやいた。
セレーネさんがつぶやきを拾ってうなずいてくれる。
「そうかもね。多様な魔法をエレメンタルに撃てるだけ撃ち込んで、奥の泉で回復……みたいな行動パターン?」
「RPG的には最高の稼ぎ場ですね」
「うんうん。無駄に長居しちゃうよね。セーブポイントが近くにあったら完璧」
「敵の弱点が魔法系なのもプラスポイントですよねー。若き日のアルボルにとっては、ですけど」
「私たちが魔法職だったら、次のレベル開放時はここで稼ぎたいくらいだよね」
大魔導士になるのも納得の修行環境だ。
無料で無尽蔵に湧く魔力回復の泉があって、適切な狩場が目の前にあるんだからな。
二人で共感しきりである。
リィズは首を傾げているし、サイネリアちゃんは共感半分といった愛想笑いだが。
「ところでセレーネさん。属性武器って持ってきていませんよね?」
「あ、うん。ないんだ……ごめんね?」
「いえいえ。俺も持ってきていないですから」
こちらも一応、といった程度の質問だ。
TBの属性付与された武器の効果は、オマケのダメージが乗る程度だ。
防具のほうは効果がそれなりに大きいのだが……。
だから全属性の武器を揃えて持ち歩く、というスタイルを取っているプレイヤーは極めて稀だろう。
普通は無属性で最も攻撃力が高い武器だけを持っていれば事足りるのだから。
……つまりもし属性武器を持ってきてくれていたとしても、それこそ近接攻撃で与えるダメージが少し増える程度なのだ。
根本的な解決にはならない。
「……よし。代案も出なかったことだし、光のやつだけ倒しながらゆっくり進むとしよう」
「そうですね。他にプレイヤーがいるわけでもないですから。ペースを乱される心配もありませんし、慎重かつ確実に行きましょう」
――果たして、リィズのその言葉がフラグだったのかどうか。
しばらく洞窟を進んだところで、俺たちは……。
他のプレイヤーがこの場所を通った痕跡を発見したのだった。