ツルハシと暴走
個人的に雪、冬などの単語から強く連想する料理は「鍋料理」である。
これは持論だが、料理に変な捻りはいらない。
素直に胃袋の声に耳を傾け、気分にあった食べたい料理を作り、食す。
また、出先で品目を増やすのが難しい都合、鍋という少ない調理器具で完結できる料理は非常に便利である。
これは普段の生活でもそうだ。
多品目を用意するよりも調理時間は短く、使う器が少ないために洗い物が少なく済む。
……御託はこの辺りにして。
「あ゛あ゛ー」
喉に流し込んだ熱いスープと洞窟内との温度差で、真っ白な息が出る。
仕事上がりにビールを飲んだおじさんのような声が出たが、みんな気にしていない。
一心不乱に食べている。
煮込んだ野菜と豚肉から生じた出汁。
それを生姜の香りと程よい渋み、苦みが爽やかにまとめあげている。
スープのベースはあっさり塩味。
「いいな、豚生姜鍋」
検索したレシピとみんなの好き嫌い、それと今の気分を参考に、初めて作った鍋料理である。
味が薄く物足りない場合は、手元の「とんすい」……鍋と一緒に出てくる、取っ手がついたあの取り皿のことだ。
そこで各自調整してくれればいい。持ち込んだ調味料は色々ある。
「味噌……しょうゆ……いや、ポン酢も捨てがたい」
料理好きのプレイヤーは俺以外にもたくさんいるので、現実にある大抵の調味料は網羅されている。
なんなら現実世界での地域差まで反映されていて、各地の味噌の味比べができるほどだったり。
「ハインド先輩。味噌も合いますか?」
「合うと思うよ。俺も味噌にしよう」
塩からポン酢に行っていたサイネリアちゃんが、今度は味噌に興味を示す。
個人的にはこの九州系の麦みそ……通称田舎味噌がお気に入りだ。
入れて食べると、強めの甘味がこの鍋にもよく合った。
生姜の風味は弱くマイルドになるが、これはこれでうまい。
「私は塩のままが好きです」
「私はポン酢かなぁ」
好みはそれぞれ、自由に食べたらいい。
今回は採用しなかったが、豚骨で出汁を取るのもいいかもしれない。
その場合は麺を入れたくなるかもだが。
それからそれほど時間はかからず、鍋の中身は減っていき……。
「豚生姜鍋、完食!」
「「「ごちそうさまでした」」」
生姜と豚肉、野菜を煮込んだ鍋ですっかり満腹&ポカポカである。
ユーミルたちがいないにもかかわらず、いつものノリで作りすぎたかと思ったが……。
終わってみえば、無事に完食となった。
山登りが空腹感を後押ししていたようだ。
小食組とは思えない速度で食べきってくれた。
「お腹の中からすごくあったかい……」
「鳥団子におろし生姜を練り込んだ鍋も美味しくて温まりますよ。兄さ――ハインドさんの料理はなんでも美味しいですが」
「それもいいですねぇ……」
ポカポカというか、ホワホワと弛緩しているな……。
この後、探索なのだが大丈夫だろうか?
焚き火を囲ったまま、みんなで寝てしまいそうな雰囲気だ。
俺は食後の感想を聞きながら、組み立て式の簡易椅子を前に出して焚き火を棒で突いた。
「……」
パチパチと音を立てつつも、穏やかに火が揺れる。
しばらく静かでゆったりとした時間が流れた。
セレーネさんなんて、横になってしまったし……さすがに洞窟の床は冷たいと思うのだが。
「……はっ!?」
かと思ったら、急に起き上がって付近の床を撫でだした。
なんだなんだ?
バンバン叩いた後で、雪を払い、表面の土を払い、じっと床を見つめる。
その体勢のまま、セレーネさんは確信を持った声色で叫んだ。
「ここ、鉱床だ!」
「こう、しょう?」
聞き馴染みのない言葉だったからか、サイネリアちゃんが首を傾げる。
普段のセレーネさんなら、顔を上げて疑問に答えてくれただろうが……。
興奮状態なのか、答えることなく床――いや、今度は壁面に移動した。
意味があるのか不明だが、床のときと同じように壁面を触ったり、叩いて音を確かめたりしている。
「あの、セッちゃん? これはゲームですよ?」
「うん……」
「現実と同じような確認方法を取るよりも、掘ってみたほうが早いのでは……」
「うん……」
リィズの呼びかけにも、反応こそあったが生返事だ。
意地悪でこうしているわけではない。
人種特有のものというか……とにかく、職人・研究気質の人はこうだから仕方ない。
そんなわけで、俺はインベントリの中を探る。
声をかけても意思疎通は難しいので、行動で示したほうが早い。
「セレーネさん、はい」
そして管理を任されていた『不壊のツルハシ』を渡す。
彼女の腕を掴み、手を開かせ、しっかりと握らせる。
ここまでして、ようやくセレーネさんはこちらを見た。
ありがとう、と礼を言ってセレーネさんが両手でツルハシを持ち直す。
「ごめんね、みんな! しばらく手が離せなくなるかも!」
「どうぞどうぞ」
「い、行ってらっしゃい」
最後に残っていた理性でそう告げ、セレーネさんは鉱員と化した。
俺は呆気に取られていたサイネリアちゃんに視線を向ける。
やや引いているが、勉強しているときのリィズも似たようなもんだぞ?
自覚はなさそうだが。
「――で、サイネリアちゃん。鉱床っていうのは、採掘可能な鉱石が集まっている場所のことだね。ゲーム的に言葉を変換すると、採掘可能ポイントの塊っていうか、密集地っていうか」
ここで、俺は流れに置いていかれ気味だったサイネリアちゃんのほうを向く。
急な話題の転換に目を開くサイネリアちゃんだったが、軽く頭を振って声に応える。
「あ、ああ、その鉱床ですか。言葉の意味は知っていました。なるほど……」
言葉の意味に納得すると同時に、セレーネさんの行動にも納得いったようだ。
セレーネさんにとっては久しぶりのお宝発掘タイムである。
未踏破、高レベルエリア、魔力が満ちる洞窟と、事実を列挙するとワクワクするワードが並ぶ場所だからなぁ。仕方ない。
「言うなれば、あの暴走は既定路線だ。しばらく放っておいてあげよう」
「まあ、セッちゃんですしね……いつもは理性的な人ですから、あのくらいなら許せます。許せますとも、ええ」
「そ、そうですね」
二人とも、言わないが万年暴走列車の誰かさんと比較している顔だ。
勉強も普段の勢いで、ぐいぐい進められていたらいいんだけどな……。
ちゃんとやれているかな、あいつ。
「……それはそれとして、魔物の警戒はどうしますか? ハインドさん」
「うーん」
リィズの質問に短く唸る。
唸った後で、肩に乗った小さな仲間にモフッと触れて思考をまとめる。
再確認になるが、今の俺たちは前衛なし。
『ホー』
欠員埋めにノクスは連れてきたが、ノクスの役割は耐久でなくサブ火力だ。
挑発・ヘイト引きこそ可能だが、回避に徹したとしてもメインでタンクを張るのは厳しい。
そしてここは高レベルダンジョン。
目的は探索。
探索目標は鉱石……ではなく、魔力回復の泉だ。
「魔物が出たら、セレーネさんを担いで逃げることにしよう」
「逃走方向は……洞窟の奥でしょうか?」
「そうなるね」
泉はダンジョンの最奥にあるらしい。
逃げるにしても、戻らずそのまま奥に進んでしまおうという判断だ。
……そもそも全滅時のペナルティを軽くするため、最低限の装備と所持アイテムしか持ってきていないのだ。最初から選択の余地はない。
「邪魔なボスモンスターがいるようなら、それこそ明日また来よう」
「前衛組とシーを待って突破、ですね?」
「ダンジョン内のマッピングが済んでいれば、最低限の来た意味はできますか」
「そういうこと。話が早くて助かる」
俺たちはうなずきあい、採掘に勤しむセレーネさんのほうを見る。
……え? あれ?
「セレーネ先輩がいません!」
「どこだ!? まさか……」
「奥ですか!? セッちゃんひとりで!?」
先程までキャンプ地の近くでツルハシを振り回していたセレーネさんの姿はなかった。
会話を止めた直後に、奥からカツーン、カツーンという音が聞こえてくる。
「間違いない! 奥だ!」
「い、急いで後を追わないと!」
「で、でもまだ火が……ハインド先輩、食器と鍋をお願いします! 私が火を消します!」
「わかった! ――リィズ、ノクスを連れて先に行ってくれ!」
「はい! 先行します!」
慌てて火と食事の後始末を進める俺とサイネリアちゃん。
ノクスが肩から飛びたち、リィズと共にセレーネさんを追いかけていった。