代替品を探して
回復といえば、薬草。
薬草といえば、森。
森といえば、東のルスト王国。
そんな単純な考えから、俺たち居残り組はルストに――
「国内最北の集落ってどこだっけ?」
――行かなかった。
まだ神殿の中、『転移の間』にいる。
単純な連想からわかるように、他のプレイヤーによって隅々まで探索済みと思われたからだ。
その結果、実際に『霊草』なる幻の素材アイテムが見つかったとか見つからなかったとか。
それよりも、俺たちはサーラの生き字引こと大魔導士アルボルから、新しい湿布(×50個)と引き換えに情報を得ている。
なんでも、ベリと国境を接する山脈地帯に魔力回復に効く泉があるそうな。
「サーベッツェ山の近くで転移可能な場所は……ここですね」
転移先の一覧を見て、リィズに相談しつつ最寄りの村がどれかを探る。
目的地は今リィズが口にした『サーベッツェ山』とかいう噛みそうな名がついた山だ。
そこの『魔巌窟』という洞窟に不思議な泉がある――という話である。
「ノルスヘイムか。目的地まで割と距離があるな」
シエスタちゃんがいたら確実に文句を言いそうな行程だな。
一応ベリ側の町や村も確認したが、距離的には大差ない感じだ。
「麓までは馬でどうにかなるけど。その先は歩きだな」
この『サーベッツェ山』は連なった山脈の中でも特に険しく、付近に町や村はおろか国境砦なども存在していない。
軍事的緊張が存在しない代わりに、そもそも人が足を踏み入れない厳しい土地となっている。
俺たちが過去、ベリに行く際に通った場所は、北方山脈の中でも低地になっているルート。
そちらは付近に町や村もあり、国境砦や関所も存在している。
『サーベッツェ山』は俺たちにとって未踏の地だ。
「結局、登山は必要になるんだよな。うーん、前衛組とシエスタちゃんの合流を待つ暇は……」
「ないかと。レイドイベントもありますし、あまり探索に時間はかけられません」
「そうだよな」
「それに、あの人たちがすぐに課題を終わらせられるとも思えませんから」
「そ、そうだよな……」
期限を明日までと決めたのは俺自身だ。
そうであれば、ここで足踏みする意味もないな。動こう。
「戦闘面に不安はあるけど……とにかく、飛び込んでみようか」
無謀な意見にも聞こえるが、その場のみんなからはうなずきが返ってくる。
現実ならいざ知らず、これはゲームだという共通の考えからだろう。
最悪、敵からは逃げ回ればいい。
立ちはだかる全ての魔物を倒して進む必要はないのだ。
大体、ただでさえ『MPポーション』が足りないのだから。
戦ってさらに減らしてどうする。
「じゃあ、行こうか」
目的は魔力回復できる湧き水を採取すること。
門番のような道を塞ぐ魔物が存在しない限り、探索は戦闘を経ずとも実行可能である。
意見が統一されたところで、転移先を決定して移動を開始した。
最寄り――といっても距離がある『ノルスヘイムの村』に転移してから数十分後。
下馬して進んだ俺たちは、強い吹雪の中を縮こまるようにして歩いていた。
「足の速い魔物がいなくて、助かりましたね」
白い息を吐きながらサイネリアちゃんが先頭を進む。
文武両道な彼女は、このメンバーの中では最も体力がある。
一方、インドア一直線の二人は……。
「そ、そう、だね……はぁ、ふぅ」
「現実の気温もまだ低いですし、せめて……けほっ。探索先が、暖かい南方ならさらによかったのですが……ぜぇ、ぜぇ」
すでに青息吐息である。
VRとはいえ、最先端技術が故に感覚はリアルそのもの。
雪山登山は過酷だ。
対策していても震える体、滞る血流、凍った空気に呼吸も苦しい。
しかも足元は雪で埋まる上に不安定で、足腰の疲労は増すばかりである。
「だ、大丈夫ですか?」
「二人とも、しっかり。情報通りなら、もうすぐ洞窟だから……」
サイネリアちゃんと一緒に、前で雪を踏み固めながら進む。
正直、俺もゲーム内体力がそろそろきつい。
息苦しさ、足の痛み、冷え、目のかすみなどがフィードバックされはじめている。
「どうしても耐えきれないなら、休めるようにかまくらでも作るんだけど……」
「でも、目的地はもうすぐなんですよね……?」
そうなのだ。
アルボル翁の情報は正確で、なんと数十年も前に訪れた場所にもかかわらず、俺たちのマップにマーキングをしてくれた。どんな記憶力だ。
おおよその位置とは言っていたが、それでもかなりありがたい。
それによると、目的地はそろそろ見えてきてもおかしくないらしい。
つまり、だ。
「うん、ここまで来たら急いで洞窟を探すほうが楽だね。サイネリアちゃん、どう?」
「視界が悪いですが、どうにか……マップを拡大して探してみます」
「うん。じゃあ、俺は反対側を見るよ」
泉があるという洞窟に入れば、最低でも風雪はしのげるだろう。
それに、大抵の洞窟の気温は一定だと聞く。
この寒さなら相対的に暖かく感じるはず。
「あっ! ありました! ありましたよ! 洞窟っ!」
猛吹雪の中、無限に続くかと思われた雪中行軍だったが……。
華やいだ声を上げるサイネリアちゃんが指差す先には、淡い光を放つ不思議な横穴が存在していた。
おお、アルボル翁の言う通り本当に洞窟があった。
そしてよく雪で埋まっていないものだな……と、それよりも。
俺たちは、洞窟発見にはしゃぐサイネリアちゃんにほっこりした目を向けた。
「な、なんですか?」
戸惑うサイネリアちゃん。
まあ、このメンバーになってから薄々感じてきたことではあるが……。
「いやあ。いつもしっかりしているサイネリアちゃんだけど、ちゃんと年相応なところもあるんだなぁ……って。もっと冷静に発見報告をすると思っていたから」
「そうですね」
いい子いい子、とリィズが背伸びしてサイネリアちゃんの頭を撫でる。
普段であれば、リコリスちゃんやシエスタちゃんの面倒を見る側なので仕方ないのだろう。
今は年上たちの中に一人、混ざっている形だからな。
甘えやら素も出る。そしてその年相応の態度は可愛い。
「うんうん。なんだか、洞窟に入る前からポカポカしてきたよね」
セレーネさんもサイネリアちゃんの肩に積もった雪を払いながら、微笑を浮かべている。
先程の自分のはしゃぎようを思い出したのか、サイネリアちゃんは顔を赤くして黙ってしまった。
リィズとセレーネさんにされるがままということは、嫌ではないのだろう。
「も、もうっ! いい加減、洞窟に入りましょうよ!」
ただ、いかんせん構っている時間が長すぎた。
照れに少々の怒りを混ぜつつ、サイネリアちゃんがみんなの背を順番に押していく。
あー、いいものを見た。癒された。
サイネリアセラピーに癒された俺たちは、気力を充実させつつ洞窟内部へ。
漏れでる光からわかっていたことだが、中もそれを裏切らずに幻想的な雰囲気だった。
「おおー……見た目からもう、魔力が満ち満ちていそうな空間」
洞窟内の壁自体も淡い光を放っている上に、蛍のような小さな光も舞っている。
色合い的には淡いグリーンとブルーで、TBで魔力を表現される際に多く見る光とよく似ている。
MPポーションを使用した際に出るエフェクトにも相似ということで、これは期待度大だろう。
最悪、泉がなくても岩を砕けば面白い素材が手に入りそうだ。
「アルボル翁が修業時代に使っていた場所、というお話でしたが……」
「若いころは修験者みたいな生活していたらしいぞ、あの人」
「禁欲がたたってあんなふうに?」
「ああ。禁欲がたたってエロジジイになったんだろう。多分」
好き勝手な俺たち兄妹の言いっぷりに、引きつった笑みを浮かべるセレーネさんとサイネリアちゃん。
そこまで会った回数が多いわけではないが、見る度に王宮内の女官やら訪れた女性プレイヤーやらを口説いている。お盛んなじいさんだ。
さて、早速洞窟探検・探索……の前に。
「まずは体を温めないとな……」
俺はインベントリから複数のアイテムを取り出し、焚き火の準備を始めた。
洞窟内で焚き火……なんだかちょっと、そそるシチュエーションだと思う。
現実だったら遭難時の状況だと思うので、絶対に体験したくないものだが。
ゲームなら大歓迎だ。
入り江や森の洞窟なんかも独特の雰囲気があったが、雪山の洞窟もまたいい感じである。
さて、火が安定してきたところで……次は料理といきますか。