農地改良と魔法の巻物(スクロール)
各街や村には、都市形態に関わらず必ず農業地区というものが存在する。
これは何処であってもギルドを構えられるというゲームの都合だと思われ、その違いは主に土地の値段に現れている。
都市部の農業地区ほど価格は高く、逆に農村のような場所では地価が低い。
それでも都市部にギルドホームを構えた場合、移動の手間を考慮すると、高くとも同じ街の農業区に土地を買った方が便利だ。
「ということで、大会賞金で結構な広さの土地をワーハに買った訳だが。まず最初に――」
「ハインド、ハインド! 取り敢えず水を撒けばいいのか!? 撒いていいか!?」
「どうして貴方達までここに……」
「えー? 妹さんがそう言うんなら私は直ぐに帰りますよー。帰ってホームの先輩の部屋で寝ます」
「は? ……は?」
「シーちゃん、帰っちゃダメ! 私達のギルドホームのお礼も兼ねたお手伝いなんだから!」
「そうよ、シー! もっとシャキッと立ちなさい! 一人で帰ろうとしない! こら、ちょっと!」
「ヒャッハアアアアア! 農作業だぁぁぁ! ん? セレーネ殿、どうしたでござるか?」
「あ、あの、ハインド君がそろそろ爆発しそうな気が……」
「ハインド、返事しないと撒くぞ! いいのか!?」
「貴女とは一度じっくりと話し合う必要がありそうですねぇ……監視しやすいかと思って、ギルド同盟を了承したのは失敗でした」
「私は妹さんと話すことなんてないですけど? 何を言われても先輩で――先輩と遊びますし」
「うるせぇええええええええええ!!!! 人の話を聞けぇええええ!!」
手が空いてそうだからといって、手当たり次第に連れてきたのは失敗だった。
五人から八人に増えた程度でここまで収拾がつかなくなるとは思わなかった。
俺が叫んだことで、ようやく全員がこちらを注目して黙る。
「もう班分けするからな! ヒナ鳥ちゃん達三人は、セレーネさんと多肉植物担当! ――セレーネさん、そっちはお願いします」
「あ、うん。分かったよ」
「三人とも、セレーネさんの指示を聞きながら作業してくれ。頼んだ」
「「はいっ!」」
「へーい……」
全員で作業しようと思っていたけど駄目だ、分担する。
事前に何をするか相談していたセレーネさんに片方を任せ、こちらは地質改良から始める。
あちらは砂漠由来の植物を多く植える予定なので、それほど複雑なことはしなくていい。
「残った連中はこっちこっち。ユーミル、水は一旦置いて」
「撒かないのか……そうか……」
ションボリしているが、そのまま撒いてもこの砂ばっかりの農地に効果はない。
まずはその説明からしなくちゃならないか。
「――という風にあっちは砂地でも育つものを多く、こちらは地質から改良して作物・薬草なんかも採れるようにしていく予定だ」
「そんなこと出来るのでござるか?」
やってみないと分からん、と言うとトビは変な顔をした。
何だよ……仕方ないだろ、まだ誰もやってないっぽいんだし。
それを裏付けるように、農業地区には俺達以外のプレイヤーの姿は見えない。
「ここワーハは砂漠の中では水源が豊富で、灌漑自体は比較的容易だ。が、そのまま散水するのは良くない」
「毛細管現象による、地下水の上昇に伴った塩害が起こり得るからですね?」
「おっ、さすが我が妹。正解。このゲームでそれが起こるのかは分からないが、万全を期すに越したことはないと思ってな」
「もうさい……?」
「えんがい?」
ユーミルとトビが首を傾げるが、要するに――
「撒いた水が細かい砂地に浸み込んで、どんどん下に入って行ってしまうと良くないってことだ。それだけ分かっていれば大丈夫」
「そうすると、排水設備を作るのは難しいですから……客土ですか。どうするのですか、ハインドさん?」
二人はまだ今一つ分かっていない顔をしているが、話が進まないので取り敢えず先に。
俺はインベントリの中から大量の巻物の束をドサドサと取り出してその場に置いた。
巻物の表紙はいずれも茶色をしている。
「こいつを使う」
「魔法の巻物……? 何に使うんですか?」
「あ、これは分かったでござる!」
「私も分かった! これは――」
「そう、土魔法のスクロールだ」
「「ああー!」」
自分で言いたかった、とばかりに不満気な声だが無視してどんどん説明を続ける。
「このアースショットの巻物を大量に使ってこの一帯に客土する。魔法の土というと栄養が無さそうなイメージがあるが……」
「あるのでござるか? アースショットの土には」
「あるんだよな、これが。更に保水力もバッチリ。ちなみに泥を飛ばすマッドショットの方は今一つ」
他の土魔法も巻物として売っているものは大抵試しのだが、その上で初級魔法の『アースショット』が最も農作に適した土だと判断した。
一度に出せる土の量は初級だけあってお察しだが、ここは多少の手間が掛かっても質を優先したいところである。
「更に言うと巻物のコスパは最悪だが……土・水系の魔導士が知り合いに居ないから、こればっかりは仕方ない」
「本来なら重戦士などの魔法が使えない職の為のアイテムでござるからな。物理防御が異常に高い特殊な敵に使う以外に用途が無い以上、作成者も少ない故に」
「それも、パーティを組まないソロプレイヤーしか買わないだろうしな」
「ソロだって属性武器を持てば済む話ですから……用途の狭いアイテムですよね」
そういう都合もあって、巻物は供給も需要も少なく単価が高い。
掲示板を使ってとある金欠だった魔導士のプレイヤーに大量注文したので、普通に取引掲示板で買うよりは遥かに安く上がったが。
「そしたら全員、巻物を取って散ってくれ。このアイテムは作成者の魔力に依存しているから、誰が使っても効果は一定だ」
「うむ! 実は私も一度、魔法を使ってみたかったのだ! 紛い物とはいえ魔法は魔法!」
「拙者もでござるよ! しからば10個ほど持って……いざ!」
巻物から発生する土を、楽しそうにユーミルとトビがばら撒いていく。
俺とリィズも巻物を手にすると、適度な距離を取って作業に――
「何で密着!? 離れろよ、土が固まっちゃうだろ!」
「今夜は兄さん成分がとてもとても不足していますので……。大丈夫ですよ、このまま一緒に進んで左右に散らせば問題ありません」
「兄さん成分ってなんだ……?」
そう言って俺と腕を組んでくるリィズは、セレーネさん達の方――特にシエスタちゃんの方を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
視線に気付いたシエスタちゃんはこちらをボーっと眺めた後、プイッと顔を背けてのっそりと作業に戻った。
その眠そうな表情は特に変わらなかったように思うが、それでもリィズは満足したらしい。
更にぐっと体をこちらに寄せてくる。
「いや、何がしたいんだよ? あと、本当にそろそろ離してくれると嬉しいんだが」
「ふふ……ダメです。最低でもこの作業が終わるまでは離しませんから」
リィズは俺の要求を拒否して片手で器用にスクロールを起動すると、そのまま土を撒き始めた。
俺は恥ずかしさから組まれた腕を振り解こうとしたのだが、小さな体のどこにそんな力があるのか一向に解けない。
てか、間接極まってないかこれ? どこでこんな技を……。
諦めて嘆息すると、俺も巻物を使用して周囲に土を飛ばし始めた。
小さな魔法陣が表示され、砂の上に土がボボボッと勢いよく射出される。
あ、意外と楽しい。