ポーション価格の暴騰
取引掲示板の前までやってきた。
……簡単に言ってみたが、掲示板付近は激混みだった。
俺たちの後ろにも、もう順番待ちの人が溜まりはじめている。
「純粋な値上がり……だけじゃないですよね?」
順番待ちができているときは、閲覧・使用に時間制限が付く。急がないと。
俺はサイネリアちゃんの声を聞きながら、ざっと回復薬の項目を確認した。
中でも『MPポーション』系統の値上がりが凄まじい。
「おぉ……買い占め……転売? いや、パニック買いとか便乗値上げもあるのか。とにかくひどいね」
数日前まで適正価格で大量出品されていた回復薬が綺麗に消えている。
出品を引っ込めた可能性もあるが、多くは時勢に敏感なプレイヤーに買われてしまったのだろう。
代わりに出ているのは、品質と価格が釣り合っていないと感じる高額な回復薬たち。
サイネリアちゃんが言った通り、イベント開始前のおよそ十倍の価格といったところ。
「誰が買うのでござるか、こんなポーション!」
横から覗くトビが苛立ち混じりの声を上げる。
当然、これらは基本的に売れていないだろう。
今よりもインフレが進むと仮定しての出品か、あるいは駄目元での出品か。
なら『薬草』などの合成素材……を見ても、状況は似たようなものだった。デスヨネー。
「こんなものを買うくらいなら、店売りのポーションを使った方が賢いです」
がめつい値段設定に、リィズの顔もやや険しい。
俺たちギルドの回復薬合成担当はリィズである。
コツコツ品質を上げてきた身としては、大した品質でもないポーションに高値を付けている現状に思うところがあるようだ。
俺も気持ちの面では同じである。
はっきり言ってしまえばぼったくり価格だ。
「確かに。王都のは普段より高いし、プレイヤー産より回復量は下がっちゃうけどな」
「む?」
「え?」
ユーミルの疑問の声に、なにか変なことを言ったかと不安になる。
が、時間がないので流して掲示板のページを繰る。
「あ、見てください! 良心的な値段のポーションが!」
「即消えた」
「消えたね」
「瞬殺でござる!」
「お?」
価格が安い順に表示していると、一番上にイベント開始前に近い価格の『中級MPポーション』が。
しかし、俺が該当商品の詳細を出す前に売り切れになって存在が消える。
掲示板に張り付いている誰かに買われたのだろう。
「あ、また出た」
「そして消えました!」
「駄目だこりゃ」
その後も十倍よりは安い(それでも平時の二倍以上)なポーションがいくつか出現するも、同じようにすぐ買われていく。
不毛だな……自分で素材を集めるなり育てるなりして、作って確保したほうが絶対に早いし得だろう。
もちろん作れる数に限界はあるが。
「ハインド! ハインド! 大変な事態なのはわかるのだが、どれくらい大変なのだ!?」
「お前、さっきの声はそういう意味かよ……」
掲示板閲覧を終えて離れたところで、ユーミルが俺の服を引っ張りまくる。
伸び――ないけど、ゲームだから。
でも強く引っ張りすぎ! 転ばせる気か!
「要はインフレだよ、インフレ。回復薬の価格が急激なインフレ起こしてんだ」
「い、いや、しかし現実のインフレとは違うだろう!? この十倍出品のやつらがおかしいだけで!」
「同じだろ。まあ、現実と違ってNPCポーションっていう最後の砦があるけど」
NPCショップのポーションは価格が一定、しかも供給量は無限なので、ユーミルが現実と違うと言う理屈もわからなくはない。
だが、先程も触れたように店売り品の品質はプレイヤー産よりも低いのだ。
分けて考えるのが正解だろう。プレイヤー産のポーションに限れば間違いなくインフレしている。
俺はリィズに視線を向けた。
「よしっ。じゃあ、数字に強いリィズに詳しく説明してもらうか。経済学の分野だよな?」
「そうですね。では、まずインフレが起こる仕組みから――」
「やめろぉ! ゲームをしている時まで難しい話を聞きたくない!」
意地の悪い笑みを浮かべ、嬉々としてリィズがユーミルに密度の高い情報を流し込もうとする。
丁寧だけど、わざと難解な言い回しをしているな……これは数学が苦手なユーミルにはキツイだろう。
耳を塞いで逃げ回っている。
そんな二人はしばらく放っておくとして、セレーネさんが思案しつつ言う。
「ハインド君。私たちも売り手側に回る……のは、悪手だよね?」
「今やっているイベントを捨てるならアリでしょうけど。次のイベントまでに価格変動が収まっている保証もないですし、難しいかと」
「そうだよね……」
今イベントは生産施設へのダメージもあるため、回復薬の確保はより厳しい状況になっている。
これらは次回イベント時には復旧している可能性が高いものの、絶対ではないだろう。運営の匙加減。
それでも生産メインのプレイヤーなら、資金稼ぎに回るのも一考だが……。
俺たちはレイドイベントにしっかり参加するつもりなので、回復アイテムは売らずに自分たちで使っていきたい。
「ただまぁ、俺たちには結構な備蓄がありますんでね。売って稼げもしませんが、そこまで人から買う必要も――そういや、止まり木への連絡は? サイネリアちゃん」
「しておきました。しばらく取引掲示板への出品は控えましょうと」
「うん、ありがとう」
さすがサイネリアちゃん、抜かりはないようだ。
今回は特に、生産ギルドと提携していてよかったと思える。
止まり木のおじいさんおばあさんたち、そして子どもたちには感謝だ。
「……とまあ、しばらくの間は大丈夫だけど。後々、なにかしら対策は必要になるかな? 今回のレイドはランクインを狙うなら、かなりMPポーションを使うだろうから。枯渇しないとも限らん」
「うむ! 備蓄を全放出したはいいが、最後の一押しが足りない! みたいなのは悔しいからな!」
お、ユーミル……逃げきれたのか。
確かに、一番ありそうで嫌なシチュエーションだ。
「バーストエッジを撃ったあとのユーミル殿みたいでござるな!」
「ああ!? 私がいつ仕損じた!」
詰めの甘さに関して、からかうようなトビの一言。
当然、ユーミルが怒るが……。
「大事な場面では仕損じないけど、雑魚戦とかではよくなっているな」
『バーストエッジ』を弱った敵にオーバーキル気味に発動。
その後、残った敵に通常攻撃しかできずに戦闘が長引く。
そんな戦いはしょっちゅうなので、ここはトビに概ね同意だ。
「あー、なっていますねー」
「頻繁になっていますね……はぁ、ふぅ」
「どうでもいい敵に大技を撃つな。学習しろ」
「……」
シエスタちゃんと、息を切らせて追いついたリィズも同意する。
四人からの追及を受けて、ユーミルは明後日の方向に視線を泳がせた。
「……とにかく、MPポーション対策だな!」
「誤魔化した」
「誤魔化しましたね」
「具体的にどうすればいいのかさっぱりわからんが!」
「わからんのかい」
「店売り品じゃ駄目な理由がさっぱりわからん!」
「そこはわかれよ」
プレイヤーが合成したポーションは、最大で五割増しの性能になるそうだ。
現在TB全体での平均値は三割増し程度なので、店売りポーションで戦うプレイヤーとはじわじわ差がつくだろう。
MP量=燃料=火力となるので、特にアタックスコアにおいては重要だ。
重要なのだが……それを理解できないのは大問題である。
「わからん……私は雰囲気でゲームをやっている!」
「雰囲気でゲームをプレイするな。……いや、してもいいんだけど、ガチ勢を名乗りたいならするな」
「はい!」
「無駄に返事だけはいいんだよな……」
「古参勢の面汚しでござる……」
本当に、ユーミルのゲームに対する基礎知識が荒すぎて不安になってくる。
こんなんでも結果が出ている辺り、身体能力反映のVR万歳というか……。
ぼやいていても仕方ないので、俺はTB内のインフレ対策について考えを巡らせることにするのだった。