遠距離攻撃の手段
再戦を選択しなかったプレイヤーたちは、山頂のフィールドから追い出される。
人が少ない中腹まで下り、山の中でも比較的なだらかな場所へ。
そこで俺たちは顔を突き合わせた。
「……ともかく、一旦ギルドホームに帰ろう。帰って……いや、帰り道でいいか。歩きながら対応策を話し合おう」
消極的に聞こえる俺の提案に、ユーミルがいきり立つ。
「今日の戦いは、もう終わりということか!? 嫌なのだが!」
「仕方ないだろ。だって、もうないし」
「なにがだ!? 回復アイテムならまだ余裕が――」
「ポーションじゃなくて、焙烙玉が」
「――あ」
そうなのだ。戦おうにも投擲アイテムがもうない。
カイム飛翔中の自分の行動を思い出したのか、ユーミルの勢いは一瞬で収まった。
その後は誰からも反対意見が出なかったので、山を下りながら相談タイムだ。
「実際、どうすればいいのでしょうね?」
思えば、俺たちが山を登っていく際には、下りてくる多くのプレイヤーが同じ状況に陥っていたようだ。
対策なしのゴリ押しで勝てる相手ではない。
サイネリアちゃんもそれをわかっているのだろう、難しい顔をする。
「はい! 投擲アイテムを一杯持ち込む!」
「効果はあるだろうけど、イベント終了までに破産しそうだ」
リコリスちゃんの案は、みんな最初に考えつくものだろう。
投擲アイテムさえあれば、近接職も飛翔モードで暇を持て余さずに済む。
焙烙玉で出た火力は(直撃であれば)上々で、ダメージ面でも問題なし。
ただ、先の戦いで使ったペースを考えると費用面でよろしくない。
「結局のところ、倒し切れなかった理由は遠距離火力の不足でござるな?」
「ふむ。では、メンバーを厳選するか? どこかで遠距離職を募集して……」
「俺たちの環境でそれは難しいと思うぞ」
単純に遠距離職のメンバーを増やす、という手は大所帯のギルド・同盟持ちならではの選択肢だ。
メンバーが少なめで新規募集もしていない、する気もない俺たちに使える案ではない。
それに見ろ、セレーネさんの怯えた顔を。
俺が視線でそれを示すと、察したユーミルが頭を下げる。
「あ、そうだった。すまん、セッちゃん」
「う、ううん。私こそごめんね……ご不便をおかけして……」
「はっはっは! セッちゃん一人か他の有象無象、どちらか選べと言われたら、セッちゃんに決まっているからな! 気にするな!」
セレーネさんの人見知りもそうだが、他から知らない人を呼ぶのは俺だって反対だ。
戦力面以上に物資の融通や人間関係など、別の問題が起きるのはわかりきっている。
かといって、特に俺たちが親しくしているシリウスや和風ギルドなどはサーラ所属ではない。
今回、わざわざ各地域で区分けされているレイド……。
その中で協力を呼びかけるのは、少々気が引けてしまう。
「むぅ。しかし、そうなると……遠距離エースのセッちゃんを超強化するか? もちろん、サイネリアでも構わんが!」
「お前、それでいいのか? 勇者のオーラは譲渡不可で、どちらかが1位を取れば即帰属アイテムになるわけだが」
「よくない!」
「だろうが」
カイム対策に気を取られるあまり、ユーミルは主目的である『勇者のオーラ』のことを失念していたようだ。
ただ、飛翔モードを終わらせるために遠距離火力を増強するというのは間違っていない。
セレーネさんもそれはわかっているのだろうが、申し訳なさそうにユーミルのほうを見る。
「あの、それにね? ユーミルさん。私の武器は更新したばかりだし、スキル回しも精一杯だったから。申し訳ないけど、そんなに極端なパワーアップは……」
「むむむ……」
「ご、ごめんね?」
「いや、セッちゃんは悪くない! 悪いのはそこの忍者だ!」
「なんで拙者!?」
理不尽な責任の押し付けがトビを襲う! ――のは、いつものことだからいいとして。
アイデア出しに窮したところで、ユーミルが思い出したように言う。
「……そういえば、まだハインドが思いついた策を訊いていなかったな!」
思いついた策? ……ああ、戦闘中に言ったアレのことか。
そちらはそちらでデメリットもあるが、これだけ他の案が出ないなら有効になりそうだ。
「ああ、別に大した作戦じゃないぞ。単純に――」
「ぬんっ! エアスラッシュ!」
山から下りて、およそ一時間と少し。
ユーミルが放った大きな「飛ぶ斬撃」がギルドホーム演習場のカカシに命中する。
これはスキルポイントを使って取得した新スキル……ではなく。
「おおっ! コモンの継承スキルにしてはいい威力!」
そう、今ホットな継承スキルのひとつである。
性能幅が広く種類の多い継承スキルには「近距離職に装備できる遠距離スキル」というものも存在している。
ユーミルが使った『エアスラッシュ』は単発型で弾が横に広く、弾速もあるので命中させやすい技だ。
俺の案というのは単純に、遠距離型の継承スキルを近接職三人に装備させるというもの。
「わっ! 盾の形の光が飛んでいきます! 面白い!」
盾形をした光の弾が空を飛ぶ、リコリスちゃんが使用した『シールド・エアレイド』。
ダメージが使用者の防御力基準で決定されるため、騎士・防御型には実用性の高いスキルだ。
エアレイドという名の割に弾速はやや遅めだが。反面、弾のサイズは大きめとなっている。
「双剣技……かまいたち! ――って、これ技名が奥義レベル! コモンでござるが!」
トビのスキルは本人が口にした通り『双剣技・かまいたち』だ。
こちらは軽戦士に限らず二刀流用のスキル。
振った剣に合わせて、複数の斬撃が使用者からやや離れた空間に発生する技だ。
ユーミルの単発スキルよりも当て勘が大事になるが、全てヒットした際のスキル倍率はこちらが上になる。
さすがに初使用ということもあり、かかしに斬撃は一発しか当たらなかった。カスダメである。
「おおー。まるで役立たずだった近接トリオが活き活きと」
「シエスタちゃん、言葉がキツイね……」
スキルの試し撃ちを俺と一緒に眺めるシエスタちゃんが、感心したように呟く。
これらの継承スキルは実装から今日までにプレイヤー間で広まった『誰でも取得できるコモンランクだけど、強いスキル』の中から選んで習得してきた。
どれも短WT、少消費MPなので使い勝手は抜群だ。
習得も『道場』と呼ばれる場所でお金を払って習うだけと、非常に簡単だった。
習得場所が散っていたせいで、最初のレイド戦から少し時間が経過してしまったが……。
「そういやー、先輩は取らなくてよかったんですか? 攻撃スキル。今のままだと貧弱でしょ?」
「うーん。支援型神官は魔力も高いし、あるならあるに越したことはないんだけど……」
シエスタちゃんの問いに、俺は改めて考えを巡らせる。
TBの回復魔法は魔力参照なので、これが高い回復職が魔力依存の継承スキルを使うと火力が出る。
出るのだが、使えるのは――
「わはははは! これはいいな! どーれ、もう一発!」
「いやいや、ユーミル殿。そこまで的に近付いたら意味なくない? せっかくの遠距離スキルなのに。しかも跳ぶの? なんで?」
「でも、ジャンプして撃ちおろすのは格好いいですよね! ロマンです!」
「そうだろう! リコリスはわかってる! 忍者はわかってない! アホ!」
「なんなのでござるか、その小学生みたいなシンプルな罵倒……」
――前衛にダメージが少ないとき限定になるだろう。
どこまでいっても、支援型の役割はイチに回復である。
他の行動は……回復の次に重要なバフかけでさえも、行えるのは余裕がある時だけだ。
「……結局、あいつら無茶しそうだし。一人くらいは回復に専念しておいたほうがよくない?」
「……。そーですね」
ともかく、これで飛翔対策は成った。
後はそれを支えるMPポーションの確保だ。
在庫はイベントの最後まで持つだろうか?
そちらはこの場にいない三人、リィズ・セレーネさん・サイネリアちゃんが取りに行ってくれている。
俺たちが継承スキルを取得しに行って、演習場で試し撃ちをしている間に補充は済んでいると思ったのだが……。
「うーむ」
……連絡がないな。
こちらの作業は終わったという旨のメッセージを送ったのだが、返信はまだない。
ホームに戻った際にも姿がなかったのだが、なにかあったのだろうか?
そんなことを考えていると……。
「ハインド先輩、大変です!」
演習場の扉が強めの勢いで開かれた。
サイネリアちゃんらしくないドタバタした動きだ。
少し遅れて、息を切らしたリィズとセレーネさんが続く。
「ど、どうしたの? サイネリアちゃん」
「あ、あのですね! ポーションの補充は問題なく済んだのですが! 空いた時間で、市場価格の調査に行ったところ……」
「うん」
合流が遅いと思ったら、そういう……。
この三人だものな。気が利くなぁ。
……などと、のんびり考えていられたのはそこまでだった。
「……中級ポーションの最低価格が、イベント開始前の十倍になっていました」
「うん!?」
サイネリアちゃんからもたらされたインフレの内容に、俺は目を剥いた。
ある程度は予想していたが……聞き間違いだろうか? 今、十倍って言った?
二倍とか三倍とかじゃなく?