形態変化と少ないチャンス
「また鳥か!」
恐竜から鳥へ。
また別の姿になるかと思ったが、最初に取っていた形態に戻ったようだ。
鳥となったカイムが再び、翼を広げて羽ばたかせる。
「飛んだ!」
前衛部隊が足止めに動くも、巨体に見合わぬ素早さで宙に浮く。
同時に、翼が発した激しい風圧により妨害は間に合わず……。
拘束系スキルも全て無効化し、カイムが悠然と上空に移動していく。
「飛ぶなぁ! 降りてこい卑怯者!」
「卑怯……かなぁ?」
上に向かって叫ぶユーミルと合流しつつ、なんとなく卑怯という言葉に引っかかりを覚える。
元々、怪鳥という名の時点で「飛ぶんだろうなぁ」というイメージができ上がっていたからだろうか?
みんなもどちらかというと俺と同じ感覚だったらしく、口々に意見を述べる。
「ま、まぁ、気持ちはわかるでござるよ? 近接職は飛ばれるとキツイでござるから」
「でも、鳥に飛ぶなはないですよねー。ダチョウかな? それともペンギン?」
「ボクサーにボクシングで戦うな! って言っているようなものです?」
「自分のフィールドで戦っているだけだしね……」
「素直に馬鹿って言われたほうがマシなのだが!?」
多数派に押され、ユーミルがたじろぐ。
――それはそれとして、カイムの攻撃に対処をしなければ。
序盤の反省を活かし、俺たちは背中合わせで防御態勢を取った。
空からの攻撃ということで、どの方向から来るかわかったものではない。
必然、こういった警戒の仕方になるわけだ。
「来るか!? 光弾爆撃!」
「今度は戦闘不能になるなよ」
「ならん! ……って、本当にきたぞっ!」
カイムが滞空、二つの翼に光が収束していく。
先程の教訓を活かし、俺たちはその場で動かずに備える。
直後、多数の光が降り注いだ。
「うおおおおおおおっ!」
「眩しいですねー」
「おあああああっ! 手に刺さったぁぁぁっ! 消えない! 消えない! あ、爆発した! 手の甲で爆発したぞぉぉぉ!」
「ユーミル、うるさい!」
相変わらず光弾の密度にはムラがあり、運が悪ければ戦闘不能も有り得たが……。
「生きているぅぅぅ! 私は生きているぞぉぉぉっ!」
ユーミルが大袈裟に生存を喜ぶ。
固まっていたので、そのまま『エリアヒール』で立て直し完了。
グループ外のプレイヤーは……さすがに二度目の爆撃ということで、初回よりは被害が少ないようだ。
すぐさまみんなで反撃! と行きたかったのだが。
「あいつ、降りてこないな……」
カイムは爆撃後、飛んだままだった。
また恐竜に変身する様子も、地上に降りる様子も見られない。
ただ、辛うじて遠距離攻撃が届く範囲を移動してはいる。
「おのれ! どうするハインド! また戦士団を呼ぶか!?」
「鬼か。撤退したばかりだろうに……」
ボロボロの戦士団を呼び戻そうという発想自体が鬼畜である。
圧倒的に遠距離攻撃の手が足りないので、そう言いたくなるのはわかるが。
矢と魔法がパラパラとカイムに向かって飛んでいる。
質は低くないものの、どうにも物足りない密度だ。
「あれ? ハインド殿、呼ぼうと思えばまた呼べるのでござるか?」
「いや。ゲーム的にも、まだ呼べないぞ」
トビにそう応じると、そりゃそうかと納得の表情が返ってきた。
支援要請には当然、スキルなどと同じように再使用までの時間が設けられている。
特に召喚型は一戦に一回が限度だろう長めの待機時間だ。
もう戦士団をこの戦いに呼ぶことはできない。
「こうなると他の支援を試すか、また焙烙玉を投げ込むしかないな……焙烙玉はそろそろ品切れだけど、仕方ない」
最悪、まるで火力に貢献できない『シャイニング』を放つことになるかもしれない。
ただし投擲アイテムが尽きても、撃つものがある俺はいいほうで……。
「むー! 近接に厳しすぎないか、今回のレイド!」
既にアイテムを使い切ったユーミルの不満が高まっている。
今にも空中に『バーストエッジ』を撃ち込みそうな雰囲気だ。
もちろん、今は眷属が出ていないしカイムへのダメージも少ないだろう。やるなよ?
「まぁ、手がないこともないんだが……」
「む!? なにかあるのか!? あるなら早く!」
「戦闘中にできることじゃないから、とにかく今回分の戦闘は乗り切らないと。次の戦いからだな」
「それだともうやることがないのだが!? ストレス!」
「我慢してくれ。手探りな初戦なんだし」
ともあれ、サーラに来るプレイヤーの多くは中級者以上が多い。
一番野良レイドがカオスになっているのは、初心・初級者を多く抱えているグラドだろうな……。
そんなわけで、序盤こそ崩壊の兆しはあったが、そこは戦い慣れたサーラのプレイヤーたち。
徐々に最適化と慣れが進み、カイムへのダメージが積み重なっていく。
「うん、いい感じにダメージが入り始めたな」
「と同時に、私のスコアが次々と抜かれていくのであった……泣いていいか?」
「泣くな。スコアが上がらないのは俺も同じだよ。チャンスを待つぞ」
ユーミルの言う通り、同フィールド内における獲得スコアの順位はどんどん下がっている。
1位はグループ内の仲間であるセレーネさんだが、ユーミルとしては悔しいだろう。
過去のレイドでは考えられないほど下位の与ダメージランクだ。
「……ハインド。地上にいる時にカイムの防御が下がるとか、受けるダメージが高いとか、そういうのは……」
「あると思うぞ、多分。そうじゃないとバランス悪いし……」
「そうか。ふふ、ふふふふふ」
「……」
戦闘中にも関わらず、すっかり手持ち無沙汰のユーミルが妖しく笑う。
実際のところ、今のようにカイムが飛びっぱなしだと近接職が不利すぎる。
偶然、俺たちが引いたパターンが悪かったという可能性もなくはないが……あっ。
セレーネさんの鋭い矢が翼を抉る。
その直後、カイムはバランスを崩して落下した。
時折、ユーミルを気遣わしげに見ていたセレーネさんが珍しく声を張る。
「落ちたよ、ユーミルさん!」
「チャンスでござる!」
「サンキューだ、セッちゃん! ……よーし、そこを動くな! ぜぇぇぇったいに動くな! 今行くぞ! 私が行くぞ! 殴りに行くぞ! 今、殴りに行きます!」
もはや半ギレの状態で、ユーミルがドスドスと荒い足音と共に近づく。
言っていることが滅茶苦茶だが、さすがに誰も止めない――というか、全力でサポートの体勢だ。
少しでも足止めになりそうな攻撃を重ね、俺は攻撃バフを乗せてやる。
「くらえぇぇぇっ! 秘奥義! 魔王煉獄――」
勢いのままに、極悪燃費だが高威力の継承スキルを発動。
カイムの飛翔中、できることがなかったユーミルのHP・MPは満タンだ。
長剣に禍々しいオーラが纏わりつき、ユーミルが大上段に構えたところで……。
「だっ……は?」
ダウンしていたカイムの姿が掻き消える。
転移の光をその場に残し、次の瞬間にはカイムが上空で羽ばたいていた。
呆気に取られるユーミル。
「はぁ?」
俺たちも呆気に取られた。
そんな中、リィズだけが冷静に己の武器である『魔導書』を閉じ、嘆息した。
「どうやら時間切れのようです」
「はぁぁぁぁ!?」
ユーミルが怒りの混ざった声をぶちまける。
あ、ああ、そうか。
レイドの討伐制限時間か……どうやら与えたダメージが足りなかったようだ。
「ふざけるな! ふーざーけーるーなぁぁぁっ!! 不完全燃焼にもほどがある! 戻ってこい! 戻ってこぉぉぉい!」
俺たちのリーダーが剣を振り回して叫んでいるが、どうにもならない。
カイムは既に空の彼方だ。
……一応、再戦を選べばすぐにでも戻ってくる仕様ではあるが。
今のままもう一度戦ったとしても、ロクな結果にならないのは目に見えている。
「えーと、先輩? これって、撃退したことに……」
「ならないだろうね……」
シエスタちゃんにそう答えつつ、頭の中でレイドの仕様を思い出す。
レイドボスは既定のHPを削りきる度に、段階が進んで戦闘時間も延長される。
設定されたHPを削り切れなかった場合は、今のように途中でボスが撤退して終了となるそうだ。
……これまで開催されたレイドイベントを通じて、初めての経験である。
「うーわ、ポイントしょっぱー。なんですこれー?」
「倒し切れないとこうなるのか……」
視界の中で精算される戦闘結果に、俺たちはげんなりとした。
討伐成功時と比べ雲泥の差である。
累計報酬でもらえるアイテムのほとんどに手が届かない。
そんなレベルの低い低い獲得ポイントだった。
新設された貢献ポイントに関してだけは、これが高いのか低いのかわからないが。
「うがーっ! ストレスマックス!」
「前途多難だな……」
「噂通りの高難易度でしたねー……」
怒るユーミルの後ろで、俺たちは今後の展望に頭を悩ませるのだった。