見えない全容
俺たちが呼び出した戦士団が戦列に加わり、後衛から魔法と矢が乱れ飛ぶ。
更にはバフ・回復が神官部隊から飛ぶ。
王宮戦士団の支援分類は召喚型にあたる。
全体のHPが規定値を下回るか、あるいは一定時間が経過するまで、プレイヤーと一緒に戦ってくれるというタイプだ。
「おお! うっすいバフとうっすい回復! それと威力はイマイチだが広範囲な攻撃!」
「うるさいわね! 今はこれで精一杯よ!」
ユーミルとティオ殿下のやり取りはともかく……。
一つ一つの効果は高くないが、どの状況・局面にも対応可能――というゲーム内の説明通り、多数を相手取る現況での使用感は抜群。
瞬く間にカイムの眷属たちは数を減らし、俺たちは同レイドフィールド内のスコアトップに躍り出た。
「――あ、バリアが解けたでござる!」
「お!」
やはり眷属の撃退がトリガーだったのか、カイムのバリアが解除された。
行っていいか!? 行っていいか!? と、ユーミルが視線で訊いてくる。
カイムは特に体勢を崩しているわけではないので、迷うところではあるが……。
バリアが解けたと同時、剣の届く範囲――翼を畳んで地表に着地している。
近接職にとっては千載一遇の機会に見える。
「……い――」
「よぉぉぉしっ!」
一文字を発した時点でユーミルが突撃していく。
確かに「行っていいぞ」と言おうとしたけれども。
……他のどのプレイヤーよりも早く、カイムに到達して攻撃を始めるユーミル。
「はぁ」
こうなったら止めるよりも、失敗した際のフォローを考えておくほうが建設的だ。
アイテムと回復魔法、どちらか一つは蘇生手段を残しておく。
ただし出し渋りしているとポイントを稼げないので……魔法のほうの蘇生『リヴァイブ』は、WTが終了する毎にその辺で倒れているプレイヤーに使っていく。
「――お、あざーす!」
「っす」
適当な礼の言葉に対し、これまた適当に返しておく。
アイテム蘇生の『聖水』はいざというときまで温存だ。
支援型神官は攻撃ポイントをほとんど稼げないので、しっかり回復行動でポイントを稼いでいかねば。
さて、カイムに取り付いた前衛の様子は……。
「どわーっ!」
あ、全員風圧で吹き飛ばされた。
聞こえてきた一際うるさい声は、ユーミルのものだな。
サービスタイム終了か?
ダメージは割と出ていた印象だったが、カイムの次の行動は――。
「光った!」
カイムの巨体が光に包まれる。
光は形を変じ、洗練された飛行フォルムから力強い四足歩行へと至り、光が消える。
翼がなくなり、太い尾が伸び、鱗に覆われた体が現れた。
筋肉質な巨大トカゲ、というのが最も簡潔な説明になるだろうか?
「鳥じゃねえ!」
「地竜?」
「いや、恐竜っぽくねえか!?」
カイムの変身に周囲の初見プレイヤーからツッコミが入りまくる。
うん、俺たちも概ね同じ感想だ。
鳥の祖先は恐竜とされる説があるので、ある意味退化や先祖返りと言えなくもないが……。
戦闘力的にも退化したかと問われれば、違うというのが目の前で証明されている。
「どわーっ!」
「さっきと同じ悲鳴だな……」
「なにも考えずに突っ込むからですよ。少しは様子を見たらいいのに」
転がって戻ってきたユーミルを、俺とリィズは呆れた目で見る。
ついでに吹っ飛ばされ方もほぼ同じだ。
変身したカイムが最初に取った攻撃手段は、尾を使っての薙ぎ払いだった。
続けて体当たり、噛みつきなど……。
原始的だが強い暴力がプレイヤー、そして召喚された現地人たちを襲う。
「ハインド先輩! 戦士団が!」
そんなサイネリアちゃんの声を受け、俺は戦士団の姿を探して戦場を見回す。
ユーミルと違い、回避しながら戦列を維持するトビの程近く……。
王宮戦士団の前衛部隊が壊滅状態になっていた。
「うわ、いつの間に!」
壊滅といっても、戦闘不能ではなく撤退という処理なのは安心だが――召喚キャラはこちらからの回復・バフを受け付けない。
後衛のティオ殿下、そして陣頭指揮のミレスが叫ぶ。
「あ、後は任せたわよ!」
「……申し訳ない! 撤退する!」
「あ、ああ。ありが――」
礼を言い終わるよりも早く、王宮戦士団は総員撤退してしまった。
仕方ない、そういう仕様だ。
眷属掃討には十分貢献してくれたので、なにも文句はない。
むしろ、こちらがヘイト逸らしに気を遣えば、もっと長く共闘できたかもしれない。
「っていうか、カイムのデバフが切れているではないか! 仕事しろ魔女っ娘!」
「は?」
一方、こちらは吹き飛ばされて倒れたまま、見下ろすリィズ相手に文句を言うユーミル。
リィズはイラッとしたような声を出したものの、それ以上は反論せずにこちらを見る。
……賢い選択かもな。今は言い争っている暇もないし。
「……いや、ユーミル。多分変身したときに消えていたぞ」
「ほわっつ!?」
「形態変化で消えるんだろ。変身直前に他のプレイヤーがデバフの効果時間を延長していたけど、それもなくなっているし」
俺が得ている事実を端的に伝えると、ユーミルは唖然とした顔になった。
次いで、謝るつもりで――だろうか? やや申し訳なさそうに、リィズのほうを見たのだが……。
「……はっ」
「ムキーッ!!」
勝ち誇った顔をされ、謝意はどこかに消え去ったようだ。
うーん、この相性の悪さ。噛み合いの悪さよ。今更だけど。
「お、御三方ぁ! 遊んでいる場合じゃないでござるよっ!」
トビの切羽詰まった声が俺たちを戦場に引き戻す。
気がつくと、周囲には戦闘不能のプレイヤーが積み重なっていた。
かなり危機的な状況だ。
「フィールド全体の戦力維持がヤバイ! 恐竜形態、めちゃつよでござる!」
「むむっ!」
ここで座ったままだったユーミルが、ようやく立ち上がる。
それから辺りを見回し、後衛組の盾をしていたリコリスちゃんを見つけて呼び戻す。
意図は明白だ。
「リコリス、行くぞ!」
「はいっ!」
「ハインド、いいな!?」
「おう。支援する」
レイドは自分たちだけが生き残り、ダメージ・スコアを出せばいい……というのは実行性を欠いた極論である。
人が減りすぎるとレイドボスの攻撃がこちらに集中し、満足に与ダメージを伸ばすことが難しくなる。
トビが口にした「フィールド全体の戦力維持」というのは、最終的に自分たちの利益に繋がる項目だ。
慈善の気持ちもないではないが、スコアのため、時には周囲のプレイヤーを助けることも必要となる。
「こっちだ! 鳥野郎! ……じゃない、恐竜野郎!」
「私たちが相手です!」
騎士二人が挑発系スキルを使用しながら前に出る。
俺はユーミル・トビ・リコリスちゃんへの防御バフと回復を優先しつつ、手が空いたら適当に蘇生――ではなく。
ある程度の優先順位をつけて、グループ外のプレイヤーを蘇生・回復していく。
前線の状態が悪いということもあり、ここではアイテムの出し惜しみもなしだ。
「ありがとう、本体マン!」
「変な呼び方やめて?」
「助かる! 後で女王様のスクショをあげるぞ!」
「あ、はい」
なんかカクタケアのメンバーが混じっていたな……スピーナさんはいないようだけど。
サーラのフィールドということで、顔見知りが多く微妙にやりにくい。
それはそれとして……。
特に優先しているのは蘇生持ちで戦闘不能になってしまった神官たち、それが終わればスコアの高いプレイヤー、といった順番だ。
ただし、ユーミル以上に鉄砲玉なプレイヤーはスコアが高くても後回しだ。
蘇生即戦闘不能になられては、いくらなんでも手が足りない。
「騎士と、重戦士の大盾持ち……いたいた。次はあっちだな」
防御職でスコアが高いプレイヤーが堅いな。そういった人たちなら間違いない。
一番はグループ内の仲間たちとしつつも、周囲のプレイヤーを少しずつ蘇生・戦線復帰させていく。
「おー、盛り返してきましたねー」
隣に来て、そうのんびり話すシエスタちゃんだが……。
その回復行動は俺以上の割り切りと非情さに満ちている。
戦力外と判断したプレイヤーは放置、とにかく放置。
戦闘不能状態のプレイヤーから「助けてくれぇ……」との呻き声が聞こえても無視だ。
俺は余裕ができてきたこともあり、微妙な動きのプレイヤーでも蘇生させちゃっているなぁ。
「な、何度もすんませへぇん……」
「い、いえいえ。お気になさらず」
もちろん、ちょっと経ったらまた戦闘不能になってしまったりするのだけど。
脳内で順番をつけている割にドライになりきれない。
ただ、上位を目指すプレイヤーとしてはシエスタちゃんが圧倒的に正しい。
正しいが、腕が悪くてもマナーが悪くないプレイヤーは、つい助けてしまう。
……これで態度が悪いやつなら、どんな実力者だろうと秒で切り捨てられるのだけど。
「――よし、小康状態」
戦闘不能のプレイヤーがかなり減ってきた。
仕上げに『ヒールオール』で全体を微回復し、危機を脱したことを確認。
蘇生猶予が切れて離脱してしまったプレイヤーもいるが、まだ四十名以上は生存している。
これなら一気に壊滅! ということにはならないだろう。
そうしてカイムに視線を向けたところ……。
「ハインド! ハインド! また光ったぞ!」
恐竜形態をとっていたカイムだが、最前線に立つユーミルのすぐそばで……。
再び全身から強い光を放ち始めた。